結局、彼らは例外に選ばれることはなく、他の人類と同じように無関心な姿勢を、とことん貫かれた。先ほどまでの、状況を代わりに説明することのできる、唯一の証人に裏切られてしまったため、心の喪失感が満たされることはなかった。その代わりにと言っては何だが、二人の間には、秘密を共有したことによる結束感のようなものが、芽生え始めていた。それは、UFOを目撃した幼い兄弟が、アフロの母親にそのことを信用されなくても、互いに宇宙飛行士になるのと似ている。彼には、この事実がことさら嬉しく思われた。なぜなら、この秘密を知っているのは世界中で自分たちだけであると確信していたからである。
二人は、広大な湖を眺めて、未練がましく無言で立ち尽くしていた。お互いにとって、いま最も重要なことは、どうやら会話を継続させることではなくて、自らの喪失感の原因を解明することの方に重心が傾いているようであった。
そのとき、不意に彼の丹田の部分から、すなわち胃の部分から、食料要求の号令がなされた。彼は、彼女に今のお腹の音がばれてしまったのではないかと、気まずい表情になって目線は足元をさまよった。しかし、彼女の顔は湖の方を向いたままで、一切彼の変化には気づいていないようであった。それがわかると、彼の精神は打って変わって余裕を取り戻し、金持ちの富豪のように、手を後ろで組み、上半身を後方にそらしてむしろ尊大な態度を取り始めた。
「そろそろ、お昼だね」と、彼女は何かを察したようにつぶやいた。それは、魂がゆらうらと空想世界を漂うのをあきらめ、現実世界の彼女の抜け殻になっていた、御神体に再び憑依したことをあらわしていた。そして、空想世界にいた彼女の魂が、彼の奏でた音色聞き逃していなかったことが明らかになった。
その事実は、彼に先ほどまでの気まずさを再燃させ、顔が次第に熱を帯びてきた。
「そうだね、ぼくはもう帰ることにするよ。だんだんとお腹が空いてきたとこだし」そう言って彼は名残惜しくも、その場を後にすることにした。
「ちょっと、待って」と、彼女は言いながら、もう完成間近のイーゼル板を指さした。
「あと、五分で描き終えるから、そこで待っててくれない。あとで、近所の美味しい定食屋を案内するから。もう少し、あなたの絵画についての話しを聞かせてほしいの。わたし、普段絵画についての意見を交わせる友達がひとりもいないから、こういう人が、次にいつ現れるのかわからないし、もしかしたら、この先、一生自分の中で、絵画に対する考えが腐臭を発しながら腐っていくのかと想像するだけで、身の毛もよだつような思いがするの。もちろん、あなたがどうしても大事な用があるというのなら、わたしには止める権利はないわけだけど」
「わかった。特に用事もないし、ここで待ってるよ」
「よかった。そしたら、しばしのお待ちを。超特急で片付けちゃうから」そう言って、彼女は、宣言通り残りの余白部分を、一度も筆を止めることなく描き上げた。
---次へつづく---