彼が、慌てて玄関の方から、家の中に入ると、ゲームをしていたはずのまー君と呼ばれていた男の子の姿は、いつの間にか、テレビの前から消えていた。代わりに、洗濯物を取り込んでいた縁側の方から、「まー君さすがだね」という妹の声が彼の耳に届いた。どうやら、彼が昔のことに思いを馳せていた刹那に、まー君は妹の手伝いに行ってあげたようだった。その瞬間でないと、まー君はこの建物の構造的に、洗濯物を取り込んでいる部屋にはたどり着くことができない計算になる。もし、彼が壁をすり抜けることができるというのなら話しは別だが。そんなふうに、彼の妄想癖が制御不能になり始めたので、彼は意識的に思考を止め、二人の子供たちの手伝いをしてやるために隣の部屋へと行った。彼の不確かな記憶によると、布団が干されていたはずなので、子供二人には、さぞかし骨が折れるだろうと思っていたが、部屋をのぞくとそこには彼が想像していた状況とは異なる光景が広がっていた。
家族四人分の布団と洗濯物は、すでに和室を埋め尽くすように、きれいに室内干しが完了されていて、妹とまー君は腰に手を当てて、胸を張りながら彼のことを迎え入れた。
「これ、二人だけで干したの。結構な量があったと思うんだけど」
「いや、わたしはほとんど何もやってないの。まー君が大体干してくれたからね。こう見えてまー君は意外とパワーがあるんだから」と、妹は彼に得意気に返事した。まー君の方はというと、ずっとぼーっとした表情をしていたが、最後には彼ににこりと笑顔を見せてくれた。そして、まー君は、急に後ろを振り向いて、家の右奥へと続く廊下の方へ全速力で駆けていった。彼には、突然まー君の頭がおかしくなってしまったのかと心配したが、まだ物心ついていないような年頃の男の子なので、別にそこまで危惧する事態ではないと、彼は自分に言い聞かせた。
「あれは、まー君が家に帰る合図なの。そうしてなのかは知らないけど、まー君は十二時ちょうどになると、トイレに一度行って、そのままわたしに何も言わずに家に帰ってしまうの。最初のうちはびっくりしちゃったけれど、本人にいくら言っても、勝手に帰っちゃうからもう諦めることにしたの。ちなみに、朝は八時ちょうどに家のチャイムを鳴らしに来るわ。休日だろうとお構いなしに、八時に遊びに来るから、わたしとしてはもう少し寝かして欲しいなって思うこともあるけれど、まー君は空気を読んでるだけで、人の言うことなんか、一切聞かないんだから。あれはもう病的ですらあるわね」と、妹が彼のために、丁寧に今の状況を説明した。
---次へつづく---