再会   作:ピットくん

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第十九話 嵐 その9

 厨房の方から、おばさんがお冷を二人分持ってきて彼らのテーブルに置いた。そして、徐に「ほらほら、若い人には若い人のペースがあるんだから、そっとしておいてあげましょう」と、保護者を装うとしながらも下品な笑みを浮かべて言った。

「この人たちの言うことは、全部無視していいから」と彼女はつんけんしながら彼に忠告した。

「それで、注文はどうしますか」とおばさんが尋ねると、「わたしは天そばで」と彼女が即答したので、「ぼくも同じやつもらっていいですか」と彼は言った。郷に入っては郷に従えで、こういう田舎の定食屋では、当たり外れのメニューが混交している可能性が高いと思われたので、地元の人がよく頼むものなら大きく外れることはないだろうと彼は踏んだのであった。

「さっきの話しの続きだけど」と彼女は前置きし、「わたしが愛国主義者であることがもしかしたら強く影響しているかもしれないんだけど、十九世紀にフランスで花開いた印象派の絵というのは、ほとんどが日本の浮世絵の影響を少なからず受けていて、わたしが印象派を愛好している根本の考え方みたいなものがあるんじゃないかと最近はよく思うのよね」

「まあ、たしかにモネが葛飾北斎の浮世絵に強い衝撃を受けて、人物画から自然画へと移行していったという話しは有名だからね。ただ、モネはもともと若い頃から静物画を描いていたみたいだから、あくまで浮世絵は一要素であって、全要素ではないんだろうね」

「そうね」

「当時は、ジャポニスムが流行っていたという時代だったから、きみの質問に答えるとするならば、その愛国主義という言葉はあんまりよくないんじゃないかとぼくは思うな。そういう場合には、もっと控えめな日本愛くらいの表現で事足りると思う。日本愛なら、ぼくたち日本人は全員持っていて、十分に共感することができることができるからね」

「日本愛なんて言葉は思いつかなかったな。確かに、なかなか面白い表現化もしれないわね」

「そうだろう。それに、モネは晩年に睡蓮の絵を描くために、シヴェルニーに日本庭園を参考にした庭を造ったくらいだからね。きみの言うところの愛国主義は十分に満たされることだろう」

「いや、日本愛に便乗させてもらうわ」

「そうかい」

「そういえば、これは言うかどうかすごく迷ったんだけど、うちの寺の敷地内にある、昔使われていた母屋に、絵画の収集が趣味だった先代が集めた絵がたくさん保管されているんだけど、よかったらあなたに紹介したいなと思ったんだけど」

 彼は、彼女のこの言葉を聞いた瞬間、どうしてもその収蔵品を見てみたいという強い衝動に駆られた。普段の彼は、怠惰で何事もマイペースに行動するタイプだが、一度彼のやる気スイッチを押したが最後、物事を達成するまで、異常なまでの行動力を発揮して、その好奇心を満たそうとする、彼の隠された側面がみるみるうちに彼の内奥から姿を現し、思考を支配した。しかし、彼も未熟なりに社会経験を積んできたひとりのにんげんとして、目の前に出された魅力的な選択肢を無分別に享受するということが、多くの場合得策でないということくらい、理解できるようになっていたので、軽く関心を示すだけにとどめておいた。

「いくら今は人が住んでいない家と言ったところで、昨日まで顔も知らなかったような男を、急に家に連れて行ったりして、ご先祖様たちは驚いたりしないかな」

「どうだろう。わたしが許可を出している時点で、そういう心配をする必要はないと思うけど。それに、うちはよそのご先祖様がうじゃうじゃいるようなところだから、あまりそういうことを考えても仕方がないと思う」

「そうかもしれないね。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」

「うん」

 

---次へつづく---

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