傘は、やはり彼女の家がある寺の方向を目指しているようで、雨が激しく打ちつけるアスファルトの上を、裸足でびちゃびちゃと進んでいた。彼らの目は、視覚的情報として傘の悲愴な後ろ姿を捉えてはいたが、全ての生き物が無条件に放つ生命的な気配というものを、傘から一切感じることができなかった。そもそも、彼らには得体のしれない何者かが、脳にイメージを植え付けて、その対象だけに傘を可視化できるようにしているのではないかと思われた。それほどに傘の存在感は薄っすらとしか把握できず、その刹那的な雰囲気が余計に二人の興味を惹いていた。
結局、それ以降は何か特別な出来事が発生することもなく、彼らが気づいた時には、再び彼女の家の門の前まで帰ってきていた。相変わらず傘は一団の先頭を率いていて、それは寺の敷地内でも同様であった。ただ、強いて一つだけ先ほどとの変更点を上げるとするならば、それは、傘が人の住んでいない母屋の方へと向かっていったことである。この時、彼はひょっとしたら、傘には動物で言うところの帰巣本能のようなものが働いているのではないかと考えていた。そうすると、今まさに傘が帰還しようとしている母屋には、傘とは別の仲間が巣くっているのかもしれないと思われた、彼がこの場所に来てから、まだ数時間しか経っていなかったが、彼は自分の中に、少しずつ気味の悪い違和感のようなものが一滴ずつ確実に溜まっていくのに気がついていた。それは、パソコンになかに誤ってウイルスソフトをダウンロードしてしまうのと同じである。累積していくにつれて、彼の動作は徐々に鈍くなっていき、最後には、ウイルスが全身を巡っていったことでほとんど身動きが取れなくなってしまうのである。
彼は、ふと自分の考えがどれほど真実に近づいているのか気になり、彼女の横顔を盗み見た。けれども、彼女の表情からは一切の情報を読み取ることができず、ずっと中立の立場を守り続けていた、さすがに、普段温厚な彼と言えども、ある程度内情は知っているであろう彼女から、この状況に対する説明が一言もないということに少しずつ苛立ちを覚えていた。どうして、傘が自律して動いているというのに、顔色一つ変えずに無言を貫くことが可能なのだろうか。もしかしたら、彼女にとってこういうことは日常茶飯事であり、特段驚くようなことではないのかもしれない。もしかしたら、彼女は他の仲間の頭数に含まれていて、目の前の傘と協力して、彼を母屋へと誘おうとしているのかもしれない。そうなった場合、彼は良くも悪くも手厚い歓迎をされるに違いない。まあいずれにせよ、そう遠くない未来に彼女の口から判決が下されるであろうことは想像に難くなかった。
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---次へつづく---