彼のたった四半世紀の短い人生経験によると、こういう事柄においては理性よりも感性の方で感じることが重要で、彼は全てをなるがままに任せることにした。まー君と目が合うと、まー君は右側のダイニングキッチンの方へつながる引き戸をおもむろに指さしたが、その行動の意味するところが彼には理解できなかった。やがて、彼女が「置いたはずの場所にないんだけど」と、ぶつぶつ言いながら正面の和室から帰ってきた。彼は、彼女がこの状況に対して、どういう反応を示すのかによって彼女の立ち位置が判明するのかもしれないと考えた。しかし、彼女はまー君がいるということに全く驚く素振りを見せず、あろうことか、ピコピコやっている彼に、絵画って今どこにあるんだっけ、と饒舌に尋ねる始末だった。これには、彼も呆れて開いた口がふさがらず、彼女が向こう側陣営に所属している可能性も少なからずあると考察した。それは、人狼と市民の数がほぼ同数の時に、彼女が白人外であると気づいてしまった村側の気持ちに通ずるところがある。この日本家屋の屋敷には、何か重大な秘密が隠されているのかもしれない。そう考えるだけで、彼の気分は次第に高揚してきて、いくらこの先に見え見えの罠が仕掛けてあったとしても、その罠を軽はずみに踏み抜いていく冒険者としての性が徐々に彼の思考を侵食し始めていた。
なぜかは知らないが、彼女よりこの家について物知りなまー君は、自分が役に立てることがうれしいようで、顔には満面の笑みを浮かべていた。「こっちきて」と言い放つと、右前方の閉ざされた引き戸の前まで勢いよく走っていき、いかなる物体をも通せんぼしている引き戸に対して、まー君は「どいて!」と、なかば興奮気味に大声で言った。しかし、彼の必死の懇願はその引き戸の所で打ち消され、思うような成果を出すことができなかった。彼は、その場で赤面して下を向いてしまった。
それを傍から見ていた彼は、昔の自分のようにどんな出来事に対しても、常に全力で立ち向かっていくゲーム少年の姿を見て、なつかしい気持ちが込み上げてきた。今でこそ、頭のてっぺんからつま先まで、がっしりと論理武装している彼であったが、小学校を卒業するまでは、多くの小学生がそうであるように、自分の住んでいる限られたごく一部の地域が世界の全てだと思い込み、その小さな箱庭の中で偶発的に起こる、ごくごく平凡な出来事に対して、日々全力投球していた。まだ身長が低い時期ということもあって、何を認識するのにも顔は上を向かねばならず、それ故に常に心は上に向かって背伸びをしていた。また、その心に答えるように、日々目線は高くなっていき、人生経験が浅いために、少なからず表面を取り繕っている大人たちでさえも、全てが格好いいように見えたものだった。
---次へつづく---