そんなことを彼が考えていると、目の前で三人に立ちふさがっていた引き戸が、旧家であることを微塵も感じさせない軽妙さでするするとダイニングキッチンへの道を開いたのだった。彼の頭の処理が追い付かないでいると、まー君と彼女はダイニングの横から行ける二階への階段を上がっていき、彼はその場にひとり取り残された。次々と起こる不可解な現象に出会ったことで、頭が痛くなっていた彼であったが、その反面、彼の無意識の領域ではマグマだまりが形成され始めていて、彼の身体はだんだん熱くなり心臓が高鳴っていた。この状態になると、彼は自分の意識が薄れてくるのを感じ、ほぼ全ての意識活動を、彼の内奥に存在している別の行動規範を備えた相棒に譲り渡した。普段、相棒と呼ばれているもう一人の彼というのは、精神医学で言うところの二重人格に分類されるもののように大げさなものでは決してなく、連綿と受け継がれてきた彼の祖先の遺伝子の変異体のひとつに過ぎないのである。彼もまた、たかが百年ぽっちの遺伝子の乗り物のひとつであるにすぎず、彼のわずかばかりの脳みそから導き出した答えとしては、意思を持っているのは人間ではなく、遺伝子の方ではないかとということだった。あくまで、子孫繁栄をしようとしているのは遺伝子の意志であり、人間は使い捨ての動物であるようにしか思えなかった。遺伝子とは神であり、永遠の命を持っているというわけだ。
彼の剥き出しになった御魂は、眼前に迫っている危機的状況をその柔らかい身体で受け止め、その結果、激しい心臓の鼓動が襲ってきて、彼はその場に立っていることが困難なほどに呼吸が苦しくなってきていた。彼はたまらずその場にうずくまり、肺から生成された酸素が少しでも多く脳に供給されるようにじっとしていた。
少し呼吸が落ち着いてくると、彼は先ほど自律して行動していた引き戸の方に興味が再燃してきた。こうして引き戸だけを意識的に観察していると、家族の人間が使わなくなって久しい家屋や家具に比べると、そこには生命に類似した熱のようなものが感じられるような気がした。我慢ができなくなった彼は、無意識に手を引き戸へ伸ばして、それから発せられる熱の正体は一体何なのか突き止めようと試みた。しかし、彼があと少しで触れられるはずだった引き戸は、彼に触れられることを極度に拒み、この世界の物理法則を無視して、彼から遠ざかるように、徐々に壁の中へとめり込んでいった。ついには、追跡していた彼の手が奥の壁に当たり、目の前から引き戸の存在を確認することが完全にできなくなってしまった。
---次へつづく---