自宅がある千葉から、墓参りに行く寺がある茨城までは圏央道で行くことに決めていたので、高速の入り口付近まで車を走らせ、そこで一服するために車を停車させた。まだ、走り始めてから三十分ほどしか経っていないが、何度かここの高速に乗ったことがあったので、目的地の出口までは五十キロ以上休憩ができないということを知っていた。これは、日常的に運転をしない彼にとってあまり歓迎できないことであり、また、単純に煙草が吸いたいという理由もあった。おそらく、後者の方が大半の理由を占めていただろう。
車を停めたコンビニの駐車場で煙草に火をつけた。煙を肺に吸い込んで少しとどまらせ、ふうっと、息を吐くと、副流煙とともに白い煙が、もくもくと空へ上がっていく。晴れた空に何食わぬ顔で浮かんでいる雲と煙が、同色で重なっていくと、だんだん境目がわからなくなっていった。それを見ていると、現在の生命ある自分が、死という永遠の称号を手に入れた祖父よりも不明瞭なものに見えてくる。祖父には雲のように遠くから見ている分には明瞭な輪郭が与えられ、彼の方は副流煙のように、人類にとってはなんら利益がなく、軽く息を吹きかけられただけで、その存在が今にも霧散してしまいそうな儚いものに思えた。
これ以上余計なことを考えていても、気分が沈んでいくだけだと思った彼は、煙草を携帯用灰皿に捨て、車に乗り込んで目的地を目指した。
高速を降りる頃には、あたりの人家は姿を消し、周囲は田園風景が広がる田舎道に様変わりした。たまにぽつんと現れる農家以外は、人工的なものが一切なく、車窓を開けてみると、都会とは違う純度の高い空気が体の底まで吹き抜けた。彼には、田舎から都会に訪れた人が、都会で空気を吸うと、あまりの空気の汚さに気分が悪くなり、ここで住んでいる人々の健康は大丈夫なのだろうかと心配になってしまう理由が納得できた気がした。住宅の皆無な田舎に来ると、彼にはある解放感に関するイメージが想起された。それは、都会で彼の全身に付着するストレスや周りからの期待感などが、風呂で垢を洗い流すように落ちていくというものである。その感触は、新鮮に感じられ、原始的なものへと回帰したいという彼の無意識の欲求を掻き立てた。
ナビの音声案内が、目的地付近に到着しましたルートガイドを終了します、と言った。ナビ上では目的地のピンに、車のとんがりマークが徐々に近づいていることを示していた。申し訳程度に現れた、寂れた商店街を抜けると目の前に立派な寺が現れた。
---次へつづく---