まー君が用を済まして便所から出てくると、彼が床に頭からいもむしのように崩れ落ちていた。トイレが空いたのを見計らって、廊下にオーム型に崩れ落ちていた物体は、のそのそと中へ入っていき、胃の中のものを全て便器にぶちまけた。嘔吐中は最悪の気分だったが、それが終わると彼の調子は快方に向かっていった。さっき食べたうどんが消化されずに便器に浮いていたが、その光景から悪寒しか催されなかった彼はすぐに気持ち悪くなってトイレの水を流した。他人の家に迷惑をかける事態は避けられたが、脱水気味になった彼は、その場から立ち上がることができなくなってしまい、わずかでも水分を摂取する目的で、便器の中の水を手ですくいとり、背徳感に浸りながらその水を口の中に注ぎ込んだ。便所の壁にはチョモランマのポスターが貼ってあり、彼は薄れゆく意識の最中で、どうしてその山が選ばれたのだろうかとずっと疑問に思っていた。
しばらくすると、小康状態になり起き上がれるようになった。彼が少しすっきりして部屋に戻ると、彼女はすでに目を覚ましていて、自身のベットに腰かけて彼が帰ってくるのを待ち構えていた。
「酔いつぶれた君を、天狗がここまで運んでくれたのよ」
「そうだったのか。やっぱりあれは夢じゃなかったみたいだね。ということは、僕は祖父にとんでもないことを宣言してしまったかもしれないな」
「そんなことはないわ。来るべき時がやってきたというだけのことで、あなたはただ自分が楽しむことだけを考えればいいの」
「それが正しい選択なのか今はわからないけど」
「あなたはもう帰ったほうがいいわ。ここは、生者がいつまでもいていい場所じゃないの。ここに慣れてしまうと後々大変になる」
「君は?」
「わたしはここで生まれ育ったから大丈夫だけど、普通の人々にとって、ここはあまりにも非日常的すぎるから、長く滞在することは勧められないわ」
「祖父に再会できたことで、今の自分のやるべきことがはっきりした気がする。まずは、家に帰って、今日の出来事を小説にすることから始めてみるよ。それで、色々な物事が明瞭になっていくような感じがしているし」
「再会できたのは、あなたの祖父だけじゃないわ」
「どういうこと?」
「何も覚えていないのね。今日、出会った人ならざる者たちは、全員あなたがここに来るのを楽しみに待っていたのよ」
「全員? それはさすがに冗談だろう」
「それじゃあ、これからわたしがひとつずつ丁寧にあなたとあなたの仲間の物語を語ってあげるから、一言一句聞き逃さないように。あ、でもその前に」と彼女は言いながら、彼を引き寄せて激しく接吻した。彼にはそれを拒む気力がもはや残っておらず、されるがままにベットへ押し倒された。彼が、彼女のキャミソールを脱がそうとすると、汗でベトベトになって肩に引っ掛かり、うまく脱がすことができなかった。しかし、それは彼の身体も同様のことで、全身にまとわりついている汗が不快感を増加させ、さらに疲労と眠気と性欲と二日酔いが絶妙に混ざり合って、彼らの良識ある理性の制御装置はいつの間にか外されていた。堰を切ったように、二人の男女は獣欲のままに貪りあい、やがてベットの上で互いに不足していた凹凸を満たしあって、溶けるようにひとつとなった。
空の上では、彼の祖父と白竜と天狗と風神・雷神がその他多くの死者と宴会をしていて、まー君は彼女の妹とテレビゲームに熱中していた。
彼女との接吻は日本酒の芳香がしたものだった。
---FIN---
これでこの物語は終了となります。最後まで読んでいただきありがとうございます!
この小説は、2020年にとある小説賞に応募して落選したものです。
また落選したら、小説を投稿しようと思っていますので、皆さんどうぞお楽しみにしていてください!!