第四話 到着 その1
実際のところは、全景の上半分しか彼には観察することができず、寺は四方を高さ三メートルほどある焦げ茶の木材の塀で囲まれていた。寺の裏手には広大な森が、丘のように広がっていて、それは天国まで続く、自然が作り出した巨大な階段のように彼には思われた。
寺の前の、道路を挟んで向かい側に駐車スペースがあり、彼は車を停めて外へ出た。長時間のなれない運転のせいで、彼の精神は少し興奮しており、ポケットから煙草を取り出して、気持ちを落ち着かせることにした。
もくもくと白い煙が空へ上がっていく様を見ていると、寺の後方に広がる山のてっぺん辺りから、何者かがこちらを見ているような感覚にとらわれた。彼が気になってそちらを向いてみると、たしかに米粒のような影が浮遊してはいたが、それが人間であるかは判然としなかった。
ー「よし、彼が寺に来たぞ。お前たち嵐を起こす用意をしておけ。彼を派手に歓迎してやるんだ」そう言って、上空から彼を見下ろしている天狗の姿がそこにはあった。
その声に呼応して「うん」「てめえ、間違えたらただじゃおかねえぞ」と、一対の風神・雷神がはるか上空から天狗に返事をした。彼らはこの地方の天気を担当するようになってから、まだ数百年という新米だったが、最近は安定して嵐を起こすことができるようになっていたので、天狗の力を借りることは少なくなってきていた。彼らは雲の上で座禅を組み、嵐を起こすべく精神を深く集中させたー
もうこれ以上の暇つぶしを彼は持ち合わせていなかったので、住職に渡す菓子折りを持って立派な門を潜った。
敷地内に足を踏み入れると、右前方に貫禄のある本堂が彼を出迎えた。隣には二階建てのごくありふれた一戸建てがあり、渡り廊下で本堂と住宅とを行き来できるようになっていた。
「やあ、いらっしゃい。遠くから大変でしたね」と中から、袈裟を着た初老の痩せた住職が声をかけてきた。
彼は適当に相槌を打って、軽く世間話をし、住職に祖父の墓参りに来たことを伝えた。住職に祖父の名前を尋ねられたので、彼は祖父の名前を伝えた。少し待っててください、と住職は言い、住宅の方の扉を開けた。どうやら、住宅の一階部分の半分は和室になっており、そこは仕事部屋になっているようだった。壁一面を書類が覆いつくしており、たくさんの資料がきれいに並べられていた。
そうやって、何とはなしに住職の後ろ姿を眺めていると、さらに奥の住居へとつながる襖が開いて、五、六歳くらいの幼い男の子の顔がこちらを凝視していた。
---次へつづく---