再会   作:ピットくん

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第六話 到着 その3

 それまでの彼には、どうしてほかの人たちが、一日の終わりになっても、精神を消耗するどころか、むしろ元気に振る舞っているのを、傍から見ていて不思議に思わずにはいられなかった。彼にとって周囲の人が立てる物音は、彼の精神にひどいダメージを与え、彼の思考は直ちに中断されてしまうのだった。彼にとっては、そのことが幼少期の頃からの悩みの種で、誰もいない所では、人並みに思考することができるのだが、ひとたび、人前に出ると直ちにそれらが空中に霧散していき、昨日まで積み重ねてきたものも台無しになってしまうのだ。彼は五歳の時、そのことで、保育園に行く必要なんかないという結論を下したが、周りの大人たちは呆れた顔をして、聞く耳を全く持たなかった。彼にとっては切実な問題なのに、いくら訴えても、保育園まで引きずられてこの問題はなかったことにされてしまうのだった。また、当時の彼にはそれほどの勇気や行動力がなかったのも原因だったのかもしれない。結局、そのうち彼は考えるということを止め、世間に順応することを選んだ。それは、彼にとっては、先の見えない絶望に思えたが、実際に、あまり深くものを考えず、友達と外で走り回ることは、意外にも彼に多くの幸福を与えた。そして、彼が高校三年生の、倫理の授業でパスカルに出会い、そこから哲学にどっぷり嵌って、考えるということを考え始めるまでの十数年間、彼は正真正銘の白痴であった。

 

 

 

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 この状況に相応しくない思考の糸を辿っていた彼だったが、ふと我に返ると、祖父の墓に手を合わせた。

 祖父が亡くなったばかりの頃は、部屋で一人でいるときに、天井から祖父が、彼のことを優しく見守っているのではないかという考えに憑りつかれたことがよくあった。祖父に見守られていると思うと、彼は自分がしていることがあまりにも月並みで、祖父に誇れるようなことを何ひとつ成し遂げていないことを不甲斐なく思っていた。だが、そんな考えも祖父の死から時間が経つにつれ、だんだんと薄れていった。その結果、彼には人生をどう組み立てていくのかという思考に至ることもなくなり、目先の欲望を満たすためだけに行動する、彼の姿がそこにはあった。

 しかし、祖父の墓に手を合わせることで、再びあの頃の不甲斐なさが蘇ってきて、彼の心をつよく締めつけた。

 祖父の死は、すべての人間に平等に訪れる生命の終わりという命題を、彼に与え、普段なら存在すら世間から隔離されている、人間の死というものを彼に明確に提示した。

 

---次へつづく---


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