この世界線におけるゴルシは、宝塚三連覇を成し遂げたG17勝ウマ娘にして、現状唯一の同一G1三連覇ウマ娘として扱います。
URAファイナルズを終えて1ヶ月。トレセン学園はいつも通りの騒がしさと静けさを取り戻していた。
まあ、アタシには関係ないけどな! 爆発するかのように現れて嵐のように立ち去る。静かなところにも騒がしいところにもゴルシ様そこにありってな。
長距離部門の優勝者になって取材を受けたり、同じゴルシ仲間──本人に言うとメチャクチャ不服そうな顔をされる──のシチーから紹介されたモデルの仕事を受けたり、学園生活の中にはなかった新しい刺激を得られたのは棚ぼたってやつだったと思う。
特に面白かったのはテレビの『最強のスタミナ持ちはどのウマ娘か』っていう企画に参加して、一定以下までスピードが落ちたら即脱落の耐久レースに挑戦して、8000mを走り切った時だな。
いやぁ、『あ、これこのペース維持でもいいけどそれじゃあテレビ映えしねえな』となってから、最後の1000mでロングスパートかけたら一緒に参加してたマックイーンに『スタミナお化けにも程度があってよ!?』と真っ青な顔で言われちまった時は面白くて吹き出しちまったぜ。
なお、マックイーンは7500mだった。
あの企画、ステイヤーって明言しなかったのがミソだよな。アタシのスタミナがあるって言っても、結局はレース。スピード勝負になるところもあるから、その強い武器を示したと言っても、それだけでアタシがステイヤーとして強い、って理由にはならない。言い方が悪いけど、別にステイヤーじゃなくてもアタシに勝つ方法なんて割とある。
スプリンターやマイラーのスピードで序盤をゴリ押して、中盤脚を溜めて終盤逃げ差しされると割とどうしようもないし。スズカなんかはもっとスタミナさえ付けば割とやってきそうで怖えんだよなー。
URAファイナルズの時も、セイウンスカイやマックイーン、ライスにパーマーにクリーク、挙げ句の果てに自分のトレーナーと結託してガッチガチにスタミナつけてきて長距離レースも射程にねじ込んできた委員長まで居たからとにかくハイラップ、長距離レースの中でも春天より長い3600mなのに1000m時点で59秒台とかいう超高速バ場だった。正直、あの場に救われたというのもある。特にアタシの走りはまくり……他が疲れだしたところを一気に追込んでぶち抜く走りは、逃げや先行で走る相手が互いに潰し合う中で特に生きた。結果的には制覇したものの、周りから最強ステイヤーと呼ばれるのは違和感が拭えなかった。
かと言っても、ステイヤーとしてマックイーンにもライスにも負けてやるつもりはない。愉悦こそ王道なゴルシちゃんといえ、やるからには勝ちに行くのが流儀だし、走り競い合う上で絶対のマナーだ。
そして、変わった事もあった。このゴルシ様専属だったトレーナーが、何人かのウマ娘たちの面倒を見ざるを得なくなった。まあこれに関しては新人トレーナーとして数年間、アタシを導ききったトレーナーとしての手腕を見込まれて、との側面が強い。最後の一年に関してはシニア級のアタシとクラシック級二人、メイクデビュー前〜ジュニア級のウマ娘四人の面倒を同時に見るとかいう、中々に地獄のような環境だった訳だしな。
その結果アタシとトレーナーが関わる時間が減ってしまった。我儘を言うなら少し、寂しい。ごめん嘘。やっぱメチャクチャつれえわ。かと言って新しく入ってきた奴らが憎いわけでもねえし。メンタルイワシかよ。はー、ままならねえ。
そんで、あいつ自身が『アタシを育て上げた』新人トレーナーとしてメディアの目に留まってしまったこと。問題なのはこっちだ。
アタシという、強いウマ娘を育て上げたという実績。それが与えるプレッシャー。
その輝かしい実績という格好の餌にしか興味のない、サメまがいのメディア。この間もストーカーじみた密着取材に巻き込まれかけていた。
アタシが問題行動を起こした時も「彼女の育成方針としてそのような対応を取らせているのは自分である」といった趣旨の発言をして、自分を盾にしてアタシを庇ったり。
……あいつは、とにかく優しい。そんで無茶をする。抱え込むだけ抱え込んで、吐き出そうとしないんだ。フグかっての。
その癖、アタシのノリにもついて来てくれる。それでいて真面目なところはきっちり真面目なので、ギャップが凄いんだ。思わずアタシでも勝てない変態がいう萌えとか推せるとかっていうワードが出てくるくらいにはな。
そんで、いつもその優しさとギャップ助けられてるアタシみたいなやつからすると、その優しさに傷付けられたりする時もある。居た堪れないのもあるけどな。
何が言いたいのかといえば、ゴルシちゃんレーダー的にはあいつは相当無茶し出している。しかもこのままいくと倒れるくらいの。突然泳げなくなっちまったマグロみたいな、そうなってしまいそうな危うさがあった。
マンボウのことすら笑えないくらいには酷いとレーダーは示した。これは流石にほっとけない。
一宿一飯の恩じゃねえけど、少なくともあいつが居なきゃ今のスーパーゴルシ様は存在し得なかった。──皇帝が、世紀末覇王が何するものぞ!
こちとらG1七勝馬にして初の同一G1三連覇ウマ娘じゃ! 他にも色々やったんだぞ! メイクデビューレコードとか! 同一重賞三連覇とか!
「そうだな。汚れた金魚鉢を洗うのと同じくらい当たり前だよな」
幸い、ドリームトロフィーリーグに移籍して現状そこそこ暇とランデブーをキメてるアタシには『暇してるからトレーナーに洒落付きに行く』というのは丁度いい口実だった。様子を見るにしても、会えるなら1番手っ取り早い。
今年はサマードリームは回避して、ウィンタートロフィーに専念すると決めていたのもあって、まだ少しだけ余裕がある。
夏季冬季それぞれ一回ずつ行われるドリームトロフィーリーグだけど、夏季方はアタシらの体への負担を考慮して最長でも2200なんだ。ウマ娘の体そのものが暑さに弱いっていうのが大きな要因だろう。夏場の海でのトレーニングなんかは、すぐ海に入って体を冷ましたりできるように、なんて緊急措置的な理由も多少あるみたいだし。
ぶっちゃけ、良バ場中距離でやれと言われたら『出来なくはないけど勝てるかはわからない』
適正ってもんがある。どの距離を走りきれるか。どのくらい脚を溜め、そして残せるか。最高のスピードを出せるか。そのスタミナはどの程度か。競り合いになった時崩れないパワー、体幹を発揮できるか。
他にもコース取りや時には根性も必要だろうけど、まあおおまかにゃそんなもんだろう。
そのことを考えても、宝塚三連覇成しといてアレだけどアタシに1番いいのは2400を超えたくらいからだ。
特に夏季はルドルフとオペラオーたちがバッチバチに鎬削りあってるしなー。G1勝利数並んでるとはいえ、その辺りに首を突っ込みに行くかはアタシでも悩むのよ。
なら、最長距離が2500に伸びてバ場が荒れがちなウィンタートロフィーの方が戦える。バ場の荒れ具合はぶっちゃけ無視できるし、ライスから教わったプレッシャーのかけ方をアレンジしたやつを使えば、対策してなかったやつはまくりを通し易くなる。
とまあ、そんな理由で夏まではトレーニングに専念しつつ割とのんびり出来ているわけだな。
独り占めなんて言うつもりもないけど、何となく会いにいける口実がある……この考え方自体が、なんだか悪い事に手を染めているようで少し高揚する。
という訳でヒャァ! 待ちきれねぇ! ピッキングだ! とチョチョイと鍵を開けて(所要時間9秒。最速記録!)寝起きドッキリよろしく部屋に突撃した。突撃! トレーナーが朝ごはん! ……いやこれじゃアタシがトレーナー食っちまうな? それはまずい。
それはともかく。
ピッキングして、扉を蹴り開けて、そこまでは良かった。問題だったのはトレーナーが既に起きていた……いや違う。目が、耳が、鼻が、違うと訴えかけてくる。
メガネ越しに見える目の下はこれ以上ないくらいクマが浮いている。間違いなく、ここ数日、なんて頻度じゃないくらいには眠れていないようだ。顔も何処かやつれている。
肌の色も確実に青白く、血色が悪い。
部屋から漂う、若干の男性特有の汗臭さ。そこに混じる若干のツンとくる異臭。少し前のトレーナーの体臭は、流石にここまで違和感を感じるほど臭わなかった。
過労気味になると肝機能が落ちてアンモニアやら臭いの元になる要素を分解しきれなくなる。するとそれが汗に乗って流れ出ることがある、とは昔何処かで見聞きした気がする。忍び入ったマックイーンの屋敷の書庫だったっけか。
遠くからであるものの、聞こえる心音は若干テンポが上がったり下がったり、安定しない。脈が振れている。けれど、前に意識して聞いた時よりもハッキリと心拍数が上がっていることがわかる。動悸か?
それらを総評して、このゴルシ様のスーパーブレインが下した結論は──どれもこれも自律神経がぶっ壊れかけてるか、壊れてる時のサインじゃねえか。
なんでここまで無理をするのかと思わず頭を抱えたくなりながら、しかしこのアホアホアホウドリなトレーナーは仕事があるとのたまうのでとりあえずベッドにぶん投げる。
このままだとマジでフラッと死にかねねえ。
命あっての物種なんだわ。
ゴルシちゃんと関わって面白おかしくはじけてきた人生が突如として終わっちまうわけだ。
おわかり? おかわり必要か? わかるか? 一味マヨネーズししゃも食わせんぞ?
それに、アタシとしてももしもこんな所でトレーナーが倒れたり、万が一死んだりしたらとても嫌だ。
……なんか癪だけど。ゴルシちゃんの53万を誇る語彙力もって説明しようとしても『親愛以上である言葉にし難い答えがでなさそうな感じの想い』を、トレーナーに抱えている。
シットリテイオーならぬウェットシップ様なわけだ。ウェットティッシュかよ。
ふー、『気遣い』と『欲望』どちらも実行しなきゃいけないのがゴルシ様の辛い所だぜ、全く。
まあそれはそれとして。
「ちょ、ゴールドシップ……!」
「うるせえ、騒ぐと息できなくすっぞ」
「……っ」
胸に顔を埋めてる(アタシが押し付けてる、とも言う)トレーナーは、泡食ったように顔を赤くして逃れようとする。はー、ウブかよ。ちょっと可愛いかもしんない。
しかし残念。トレーナーは普通の人間で、私はウマ娘。持っているパワーがまるで違う。ましてや、絶不調真っ只中のトレーナーが抜け出せるはずもない。
…………今度シャワー浴びてる時に突撃してやろうかな。どんな反応すっかなー、こいつ。茹で上がったタコみたいな様子にゃなりそうだな。
暴れるのを押さえつける為に入れていた腕の力を緩め、背中を一定のペースでトントンと叩いてやる。
抵抗を諦めたトレーナーは、顔を赤くしながらも5分もすれば僅かにうつらうつらし始めた。空いた右手で頭を撫でてあげると、恥ずかしがっていた様子はどこにいったのかと言わんばかりに甘んじて受け入れている。
「……ゴルシ、ごめんな。俺が不甲斐ないばっかりに」
「あーはいはい。そういうお小言はお前が起きてから聞くっての」
ポンポンと背中を叩きさすりながらも、目を合わせて叱るように、けれど語気を強めないよう努めて伝える。
「お前は今、ボロボロなんだ。少しくらい休んだって誰も文句言いやしないっての。むしろこのゴルシ様をスーパーゴルシ様に、黄金の不沈艦に仕上げたお前がぶっ倒れちまう方が、よっぽどやべえんだぞ」
「……ありがとう」
まったく。本当に手のかかるトレーナー様だぜ。まあ、アタシっていう不沈艦の船長を務めてもらうからには、これくらい神経質な方がいいのかもしれねーけど。
この世界線のゴルシ
・ステイヤー最強候補。というか距離が伸びれば伸びるほどスタミナ任せにロングスパートかけつつ、周囲には圧をかけまくり掛からせ、最終コーナー手前からブチ抜いてくる不沈艦。
・特にロングスパートの掛け方が(良くも悪くも)尋常ではなく、追込脚質のウマ娘たちの中でも『参考にしてはいけない走り方』筆頭。なんやねん1000mからロングスパートかけてスタミナ持つって。8000m走破って。
・トレーナーのことは恋愛対象としては見れないこともないが、現状見るつもりはない。せめてトレセン学園を卒業後。
ゴルシのトレーナー
・気が付きゃ無自覚にメンタルを病んでた。
・ゴルシが最初の担当だったからこそ病まずにトレーナー業に励めたし、逆に最初の担当がゴルシだったからこそ自分の調子が大きく崩れたことを自覚しきれていなかった。
・良くも悪くも無自覚に社畜をしてた。