ウマ娘×トレーナーのSS。   作:バンバ

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友人たちにこの話とタイトルを見せたところ「人の心無いんか?」とか「鬼! 悪魔! バンバ!」とか言われてしまいました。悲しいなあ。


ライスシャワーがトレーナーにレバ刺しを奢る話

「やったねお兄さま!」

「ああ! 凄いぞライス!」

 

 ウィニングライブを終え、控室でライスを抱き上げてその場で一周する。

 汗が飛んで出来上がった即席のキラキラエフェクトにより、黒いドレスを纏ったお姫様がより綺麗に可憐にドレスアップされていく。

 

「……本当に、来るところまで来たなあ……」

 

 菊花賞はライスの生粋のステイヤーとしての才へ賭け、同時にミホノブルボンの逃げが『2500を超えて尚維持できるか』に賭けて徹底的にマークを行い、菊花賞をもぎ取った。

 天皇賞(春)はメジロマックイーンを食い破る気迫を見せつけて、堂々の一着を以てマックイーンの三連覇を阻んだ。

 

 故障や怪我、不調に悩みながら一年明けの天皇賞(春)をもう一度一着でゴール。

 そして、宝塚を不調を抱えながらハナ差で勝利し、トゥインクルシリーズを引退。

 

 そして今回の、半年間に及ぶ休養とトレーニングを重ね事実上の復帰明け、WDT長距離部門京都3000mで一着。

 

 ミホノブルボンの三冠、メジロマックイーンの春天三連覇を阻んだが故の心無い罵声。ヒール呼ばわりされる時期もあった。

 けれど、彼女は泣きながら、へこたれながらも前に進み続け、やがてシンデレラに、彼女の憧れた青い薔薇になれたのだ。彼女の軌跡を導いてやれたトレーナーとして、鼻が高い。

 

「さあ、帰ったら今日は休んで、明日は祝勝会だ! 俺は外で待ってるから、シャワー浴びて着替えてきなさい!」

「うん、待っててねお兄さま!」

 

 とててて……とライスが駆け足で更衣室 スペースに向かったのを尻目に、俺は控え室から出る。

 

「……ふー……君は本当に凄い子だよ、ライス」

 

 扉に背中を預け、ずるずると座り込む。復帰明けの大一番が終わったことを自覚した途端、どっと疲れが回ってきた。なんならお腹も痛い。トイレに駆け込むような類いではなく、シクシクと鈍くも持続する痛みだ。

 

「よっ、随分とお疲れじゃねえか」

「あ、沖野さんどうも。何か、大一番が終わって安心しちゃって……」

「ああ、わかるわかる。どっと疲れるよなぁ」

 

 俯いていた俺に声をかけてくれたのは、先輩トレーナーの沖野さんだった。チームスピカのトレーナーにして、ライスが打ち破ったメジロマックイーンの担当トレーナー。

 そして気さくで飄々として、ウマ娘への愛が溢れてる人でもある。

 ……無断で彼女たちのトモに触れに行くとかいう自殺志願者も真っ青な事をするのは、見ていてハラハラするのでやめてほしいところだが。

 

「そういえばよ、この後飲まねえかい? おハナさんと安藤、桐生院の嬢ちゃんも呼ぶつもりなんだがよ」

「あー……俺は遠慮しておきます。最近少し調子が悪くて。申し訳ないです」

「なーに、気にすんな。まあ、俺らの仕事も体が資本だしな。病院に──ふぶぉ!?」

 

 話していた沖野さんが突然横にすっ飛んでいった。横腹目掛けてえげつないドロップキックである。毎度の事なので最近は気にしなくなったが、あれで命に別状がないとか、意識を失うとかそういう次元にいない沖野さんって一体。本当に同じ人間なんだろうか。今も「うぐうぉおあ……」と地獄の底から這い出てくる悪魔みたいなうめき声を上げているものの、割とピンピンしてるみたいだし。

 

 その下手人である芦毛のウマ娘は、それはそれは大層見目麗しい、美女美少女揃いのウマ娘の中においてもなかなかお目にかかれない美人さんであった。

 

「おっ、誰かと思えばライスのトレーナーじゃねえか! ちーす! どしたどしたー?」

「どうしたはこっちの台詞なんだよなあ……沖野さん大丈夫なの?」

 

 ゴールドシップ。かの三冠ウマ娘の妹であり、クラシック二冠にして宝塚記念を連覇している。

 追込……とは本質的に全く違う、1000m前後伸び続けるロングスパートによるまくりとコーナリングを得意とするスタミナお化けのウマ娘。ライスが打倒して見せたメジロマックイーンと同質の、圧倒的と言う他ないスタミナを誇る芦毛の不沈艦。

 

 外見だけ見れば深窓の令嬢に見えるが、実態は大変破天荒──この表現もオブラートに幾重にも包んだもの──である。姉妹揃って気性難というか、兎角不思議な人柄をしている。

 しかし、彼女がいなければ今のチームスピカは存在し得なかったとまで沖野さんから言われるほどの存在であり、彼女もまた素晴らしいウマ娘であることには間違いない。

 

「ゴルシアーイ! ……ふぅん? 過去数十秒の話は見聞かせてもらったぜ。病院に行くんだろ? だったらうちのねーちゃんの居るとこで見てもらえよ」

「え……」

「ねーちゃん、有マでトゥインクルから引退した後『アタシ、卒業したら医者になる』とかなんとか言い出してよー。マックイーンのツテで学生しながら実質研修中なんだわ」

 

 えーと、つまるところゴールドシップは俺に病院を紹介しようとしてくれている、のだろうか……。ていうか、遠くから聞いてただけじゃ……。

 しかし、あの暴君……というか、情緒の乱れが激しい、激しすぎるレースで展開から話題から全てを掻っ攫うあのウマ娘が、医者……。

 しかも看護師さんとお医者さんって本質的には違う仕事だから看護師さん経由してお医者さんになるってメチャクチャ大変なのでは……。

 そんな俺の思いは他所に、のそのそと這い出るように沖野さんが立ち上がった。

 

「ってて……おいゴルシ。流石に横っ腹にアレはやめろ。死ぬって」

「トレーナー、アンタがあの程度でくたばるなんて思ってねーぞ」

「お、沖野さん……大丈夫……そう、ですね……」

 

 やはり沖野さんは人間やめてるような気がしてならない。俺だったらあれを受けたら三日は立ち上がれない自信がある。最悪即死だ。

 

「お兄さま。ライス、戻ったよ……あれ? スピカのトレーナーさんと、ゴールドシップさん?」

 

 こうしたやいのやいのとした騒ぎは、ライスが出てくるまで続いた。

 

 

「精密検査の結果ですが、肝臓癌でしょう」

 

 血液採取を終えて、そのままCT、MRIと通されて、何時間か経った。

 その後診察室で向き合うメジロ家の実家で雇われているお医者さんから告げられた言葉に、数拍認識が遅れた。そのくらい淡々と告げられた。

 冗談だろう。嘘だろう。ゴールドシップの紹介だからちょっとしたタチの悪いドッキリだろうetcetc……そんな現実逃避的な言葉が列を作る。白い清潔感のある天井がどうにも現実味を払拭させてくる。

 そんな淡い期待を胸に、視線を天井から降ろす。

 

 けれど、お医者さんもその後ろに控える長髪栗毛のウマ娘の看護師も、全く真面目な顔をしていた。事実なのだ。本当のことなのだと。

 どうしてだろうか。実感がまるで湧かない。自分の事のはずなのに他人事だ。認識と事実の齟齬が激しい。擦り減った歯車が噛み合わないまま半端に当たっては空転するような気持ちの悪さ。

 

「既に、かなり進行が見られます。一刻も早い治療が必要かと」

「……わかり、ました」

 

 震える声を聞いて、そこでこれが自分の喉から漏れた声なのかと驚く。まるで別人のようだ。

 同時にライスがこの場に居なくて本当に良かったと、心から思った。

 

「ライス、泣かないでくれ」

 

 お兄さまの言葉にわたしの喉はしゃくり上げて、ボロボロと涙を流し続けることしか出来ない。

 

 WDTの後、スピカのトレーナーさんたち、マックイーンさんから病院を紹介されていたのは知っていた。確かに、お兄さまは少し体が弱いところがあった。

 

 緊張やプレッシャーが苦手で、特に菊花賞や天皇賞(春)の前後では凄い顔色をしていたし、月に一度か二度は熱を出していた。

 

 そういうところを見て結果的にわたしも冷静になれていたから、そういう意味ではわたしたちはぴったりだったのかもしれない。

 

 でも、今度はちょっとした病気じゃない。命に関わる、大きな病気。

 お兄さまと永遠にお別れしないといけないかもしれない。考えただけで、味わったことのない絶望感に打ちひしがれる。

 

 ライスが、お兄さまの担当だったのがいけなかったのかな。ただでさえ体が弱かったお兄さまに、余計なストレスを与え続けてしまったのかな。

 

 自己嫌悪と自分が振りまいてしまった不幸に、ただただ謝ることしかできない。

 そんなお兄さまは、わたしにコツン、と。おでこに弾かれたような痛みが走る。抑えながら顔を上げると、右手をデコピンを放った後の形にして、真面目な顔をしたお兄さまがいた。

 

「いけないよライス。。それはよくない。俺に降り注いだ誰も悪くない不幸を自分のせいだとするのは、それは、ダメだ」

 

 「人によっては侮辱にもとれちゃうよ」と「だから、謝らないで」と。その言葉に耐えきれなくて、抱きついた。恥ずかしいとか、はたないとかそんな事は気にならない。

 お兄さまは、暖かかった。体だけじゃない。春の陽だまりの下のような、全てを包み込んでくれるような、柔らかな暖かさ。

 

 ぎゅっと、抱きしめた。この暖かさが今にも冷たさに変わってしまうんじゃないかと思うと、息が苦しくなる。本当に本物の神様がいるとしたら、なんて残酷なことをするんだろう。

 これがライスならまだよかった。これがわたしたち以外の誰かならどれだけよかっただろう。

 顔も知らない他人なら────あ。

 

「ぁ……ぅうああぁああああ!」

 

 ……ライス、悪い子だ。みんなを幸せにする青い薔薇のようになりたいと思っていたのに、『誰か』が不幸になればいいと思っちゃった。

 

 お兄さまが居なくなってしまうかもしれない恐ろしさに。あまりに生きているわたしたちに平等に接する神様の恐ろしさに。『誰か』の不幸を願っちゃった、ライスの恐ろしさに。

 

「うあああああああああああん!!」

 

 気がつけば耐えられなくなって、声さえ抑えきれないまま大泣きした。

 

 

 どうすればいいんだろう。わたしに何か、出来る事。ロブロイさんも手伝ってくれて、何か出来ること、やれることはないかと悩む日々。

 お兄さまは今、トレセン学園にいない。治療を受けるために入院してしまっている。その間はスピカのトレーナーさんが面倒を見てくれているけど、一ヶ月間トレーニングは禁止されちゃっている。

 

『流石に、今の状態のままトレーニングはさせられない。ゴルシから聞いたぞ。現実逃避気味にオーバーワークを繰り返してたってな』

 

 でも、その言葉のおかげで冷静になれた。

 嫌な現実を見るくらいならと目を瞑って、大切なことも見落としてしまうようなことはなくなった。

 でも、ライスに何ができるだろう。

 理事長にも、樫本チーフトレーナーにも無理な相談をしてしまった。

 

『陳謝……ッ! ライスシャワー、私は君のトレーナーに降り注いでいる試練への打開策を、持っていない……』

『ごめんなさい、ライスシャワー。私には、どうする事も……』

 

 違うんですと声を出したかった。あなたたちにそんな顔をさせる為に聞いたわけじゃなかったんだと声を出したかった。申し訳なさで気落ちしながら、それでも考えることだけは辞めない。

 

 寮に戻る道を歩きながら、でも、答えの出なさに歯噛みする。寒さも和らぎ、春の訪れを感じさせるようになった。けれど、ライスの心は真冬のまま。

 こんな時、お兄さまならどうしただろう。ブルボンさんならどうしただろう。ゴールドシップさんなら、マックイーンさんなら……。

 そう考え耽って歩いていたのがいけなかったんだろうか。前が見えていなかった。誰かにぶつかってしまった。「見つけたぜライス!」と咆えるように言うのはゴールドシップさんの声に間違いはなかった。

 

「先に謝っとくわ。勝手にプライバシーの侵害みたいなことした。けど、結果的にお前のトレーナーなんとか出来るかもしれないきっかけを掴めたんだよ」

 

 …………え?

 

「ねーちゃんからさっき連絡きてよ。ワンチャンあるぜ、ライス」

 

 

「的屋さん、体調はいかがですかー?」

「今のところは、大丈夫かな」

「……ホンット、ツラの皮厚いこと。……パイルドライバーからのJr.目掛けてカカト落としでも決めてやろうか」

「物騒なこと言わないでくれ!? てかそれ誤用だよ!」

 

 一旦開腹したものの、ほぼ肝臓全体に転移が見られた上に肝炎まで見つかったらしく、手術は一度中止となってしまった。

 そして今はドナー、つまり肝臓の生体移植を許してくれる、あるいは出来る候補者を探しているが、やはり中々現れるものではない。

 

「だって実際そうじゃないっすか。生まれたての子鹿よろしくプルプル震えてる内面隠して、普段通りに明るく振る舞おうとする。ツラの皮が分厚い鉄仮面でもなきゃできない真似っすよ」

 

 栗毛の看護師さんは怒ったような雰囲気で、かったるそうに「あ゛ー、男ってこういうところ面倒臭くってきもいっす」と。

 言葉の様子には似合わない、どこか寂しそうな顔をして。

 

「子供みたいに、ガキンチョみたいに泣きたいときゃ泣きゃいいんっすよ。

 泣いて、泣いて、現実への怒りぶちまけて、それでも生きたいと生に縋り続ける。……生きることに、生き続けたいと思うことに貴賎なんてないんっすから」

「……その貴賎って、君の名前と、金額とかの『金銭』と、三冠ウマ娘として先達の皇帝を交えた高度なギャグだったりする?」

「ぶっ殺しますよ。いやぶっ殺す。てめーだけはここで殺す」

 

 Q.青筋を浮かべた、大変、それはそれは大変いい笑顔のウマ娘がパキパキ拳を鳴らしながら迫るのを眺める心境を述べよ。

 尚、当ウマ娘はなかなか見ないレベルの気性難であるとする。

 

 A.絶 対 に 死 ぬ 。

 

「待って待って待って悪かったからストップいや本当にごめん待て待て俺はまだ死にたくはないんだって! 死ぬつもりもないから! ライスたちとまだ一緒にいたいしトレーナーだって辞めたくない! 受け持ったまだ見ぬ子たちと一緒に夢をかけたいさ!」

「……本当っすか?」

「ああ本当! 本当に! でも、両親はそもそももう亡くなってるし、直近の血縁者ももう高齢で、肝臓の提供してはもらえない。それに……」

「それに? なんすか?」

 

 僅かに口ごもり、漏れ出すように続けた。

 

「……なんかこう、別のトレーナーのところの、担当の話なんだけどね。その子がよく『推しの幸せは私の幸せ』と言うんだ。…………正直、滅茶苦茶気持ち悪いこというけど、あの子の傷跡にでもなれるならそれでも良いかなって諦めかけた気持ちもあった」

 

 けどそれじゃあ、無意味なんだと気が付いたのは、本当につい最近の事だ。

 

「あの子が、心の底から幸せで、そこに俺が生きて、居ないのは、なんだか悔しくて。

 だから、せめてうちのライスの晴れ舞台というか、結婚式とかくらいには、出席したいというか……」

 

 まだ死ぬわけにはいかないんだ。死んでやるものかよ。死神が足音を立てて俺に近づいて来ようとも。その鎌を振り上げる準備を着々と進めていようとも、知った事じゃない。

 せめて、せめて。あの子が。ライスシャワー自身が『大衆の知るウマ娘・ライスシャワー』ではなく、『一個人の少女、女性・ライスシャワー』のしての幸せを掴むまで……なんて。

 俺は、ライスシャワーの親でも何でもない。だから、ここまで入れ込んでいるのはおかしな話だろう。俺自身もダメだと思う。

 けれど、本心でそう思えるんだ。その思いに偽りはない。

 

「うわ、気色悪っ」

 

 割とマジトーンで「ひくわー、まじひくわー」とジト目を向けられる。

 確かに一回り近く歳の差がある、花ある女子高生に対して向ける言葉、思いの重さではない。

 けれど、そのくらいライスは俺に夢を見せてくれたんだ。

 

「……こりゃ、余計な心配だったか」

「え?」

「いーえなんでも。ただ、私の妹には今のキモい感じの発言チクっとくんで、その辺の事後処理はご自分でどうぞ」

「う、うそだろ……?」

 

 思いの丈の発露とは。他人の激声とは。他人を思いやる怒りとは。健気さとは。ウマ娘とトレーナーとを繋ぐ絆とは。

 

 時に雷鳴にも似るのだと。ミホノブルボンは初めて知った。

 

『お兄さま。ライスはね。悪い子なの』

『ライス』

『だから、お兄さまが嫌がっても、曲げるつもりはないよ。お父さまやお母さまだって、説得したの』

『ライス!』

『ライスはね。決めたの。みんなを幸せにする青い薔薇にならなくても良いって』

『ライス!!』

『だって、だって! 一番大切な人を手放してまで掴める幸せなんてないよ! そんな偽物の幸せなんていらない!』

『ライスシャワー!!! 早まるな!!』

『悪い子のライスは、みんなの夢を背負い続けることなんか、しない!』

『違うだろ! そうじゃないだろライス!!』

『違わないよ!! ライスは、私はお兄さまからもらってばっかり!!』

 

 反射的に耳を伏せそうになる。

 病院の廊下に響く怒号と呼び掛け。多少の防音はなされている個室ではあるものの、聴覚に優れたウマ娘たちは容易にその全容を拾いきった。

 

『違う、それは君が君の手で掴み取った──』

『違わないよ……だって、お兄さまが居なかったら、わたしは最初の一歩だって踏み出せないままだった』

 

 だからこそ、感じるのは混ざり混ざった、不可解な感情。言語化の極めて難しいそれ。

 悔しい。類似。怒り。類似。悲しい。類似。恨み。類似。嫉妬。類似。寂しい。類似。

 サイボーグとまで称された彼女の中では、線香火花にも似た言語化出来ないエラーが頻発していた。

 

『だからね。お兄さま。ライスに任せてほしいの。お兄さまに付き纏う死神なんて、運命なんて、ライスが防いで見せるから』

『……バカ娘め……!』

『バカでいいよ。ライスは、バカでいい』

 

「……私は……」

「あら、ブルボンさん」

「……マックイーンさん」

 

 いくつかの自販機と丸テーブルが並ぶロビーのスペースで、ミホノブルボンはメジロマックイーンと遭遇した。

 ともに、ライスシャワーに大きな夢と、それに見合う大きな期待を打ち破られた者同士。なんとなく通じ合えるような、言葉を選ばないのなら、傷の舐め合いにも似た思い、シンパシーめいた何かがブルボンにはあった。

 故に問う。

 

「マックイーンさん。私の、胸の内を聞いてもらえますか?」

「……えぇ、いいですわよ」

「感謝します。では──」

 

 そうして吐き出されるのは、ミホノブルボンという少女が抱くライスシャワーという唯一にして最後のライバルに対する、言語化できていない思いの丈に他ならない。

 

 無敗の三冠に挑み、それを阻まれた悔しさ。侮りはなかった。慢心もなかった。憂いもなかった。しかし、それでも負けた。

 その後は、怪我を理由にトゥインクルシリーズを引退。けれどそこで止まれないと、坂路を再び走り続けトレーニングを重ねた。

 復帰明けとなったSDTでは優勝を果たし、数年の間ライスシャワーと再び相見える日を待ち望んで、トレーニングに明け暮れたこと。

 

 そして、待ち続けたライスシャワーと、同じく天皇賞三連覇の夢を破られたマックイーンとともにWDTに挑み、同タイムアタマ差三着に敗れた。

 その時、改めてミホノブルボンはライスシャワーに宣戦布告をしたのだ。次のSDTは絶対に負けない、と。

 事実としてこれまで以上に精力的にトレーニングに明け暮れてきた。かつての失敗を乗り越えるべく、けれどダービーの頃以上に強くなる為に。

 

 しかし、ライスシャワーの調子がここ最近よくないことを聞き、会うために追っていた──あまりの気迫に声をかける事を躊躇われ、しかし声をかけなければと後を着けた形になってしまったが──ところ、この病院にたどり着いて、先程のやりとりを聞いてしまった。

 

 そして、言いようのない重く、苦しい感情が大きなうねりを伴って溢れてしまいそうな現状。

 

「──マックイーンさん。この感情は、何という名前なのでしょう」

「……私も、そう言われると難しいですわね」

 

 ややあって、迷うように言葉を選ぶマックイーン。そこに、ブルボンは確かに見たのだ。

 メジロ家の、誇りあるウマ娘たる『メジロマックイーン』の姿と、同じく夢をかけて鎬を削った『メジロマックイーン』としての姿を。

 思いの丈を、彼女は彼女なりに形にしていた。

 

「でも、そうですわね。強いて名をつけるのなら、それはきっと『惜別』と呼ぶのだと、私は思います」

「惜別……」

「別れを惜しむ。その一言には、沢山の想いが詰まっています。……私とて、勝ち逃げされる形になってしまい、本気で悔しいですもの」

 

 その言葉に、ブルボンは同調するように頷いた。事実としてブルボン自身もその思いに浸り、そして振り払いきれていない。

 もっと感情的にものを言えるのであれば、きっと自分らしくもなく『逃げるな!』と叫ぶくらいの真似はしていたと、ブルボンは何となく推察した。

 

「しかし。……しかし、こうも思うのです。彼女が覚悟を決めたその瞬間を阻んでしまうというのは、あまりに野暮というものですわ」

「……? 理由がわかりません」

「あら、知りませんの? 他人の恋路を邪魔する輩は、ウマ娘に蹴られて死んでしまうのです。そういうことですわ。……そういう点では、彼女のトレーナーさんには、少し妬いてしまいますわね」

「……恋」

「恋も愛も、生きる為に必要かと言われれば不要と切り捨てられるものでしょう。けれど、それは我々が決めるべきではなく、当人たちが決めるべきである、と」

 

 その日、ミホノブルボンはライスシャワーと顔を合わせることなく帰寮した。

 明日、トレーニング前にトレーナーに色んなことを聞いてみよう。そう心に決めて。

 

 

「センセー、センセーは運命ってやつ信じてたりするっすか?」

「そうですね。覆しようがない、という意味合いでは信じていません」

 

 センセーに問いかけると、寂しいくらいあっさりとした返答が返ってきた。いつもの小難しそうなことを考えて、実際その通りな顔をそのままに。

 少しイラッときた。PCから目も逸らさずに対応されるとちょっとは傷付く。少しくらい年頃のオトメの暇つぶしに乗ってくれてもいいじゃないかと思わない事もない。暇つぶしというより難解な医療書籍の解読という地獄のような作業からの現実逃避という側面もあるけど。

 

「ですが、どうしようもないものも確かにあります。加老による老衰は諦めざるを得ません。治療を拒む患者、治る気のない患者への治療ほど無謀なものもない」

「……」

「そういう意味では、あなたはその反例を知っている筈です」

 

 こちらを見て、変わらないその顔を見て思わず弾かれるように立ち上がった。胸倉を掴みそうになる。三冠を、六冠を成した脚が、瞬間的にあの有マに戻った気がする。

 そんな私を見ても、顔色ひとつ変えずにセンセーは淡々と告げる。

 

「あなたのその激情は、武器です。患者の諦観さえ吹き飛ばす。その黄金の輝きは、暗闇の中で座り込む誰かを引き上げる導そのものだ。レースにおいてもそうだったように」

「…………なんで、知ってんすか」

「……申し訳ありませんでした。あなたの事情は、あなたの妹より聞いています」

 

 あいつ絶対ズタボロにしてやる。タイタニック号なんて生ぬるい。竜骨から何から何までへし折ってバミューダトライアングルのど真ん中にふんじばって投棄してやる。

 ……でもあいつなら次の日にはケロッと戻ってきてそうで怖いな。てか、なんで知ってやがるシップのやつ。

 

「……あの件は私の中の、誰にも触らせたくない私だけの黄金なんすよ。勝手に触んないでほしいっす」

「失礼しました」

 

 そこで一旦、お互いに無言になる。いたたまれず、しかし話題に困った私は的屋さんとライスシャワーの血縁に関して聞いてみることにした。

 

「……にしても、彼女から見たら年上のいとこと、はとこの子供が自分のところのトレーナーで、肝移植の条件もクリアしてる。んで、お互いに血縁を知らなかった。……こんなケースもあるんすね」

「いとこ婚自体は特別珍しいものではありません。今回のような『血縁だと知らなかった』ケースは極めて稀でしょう。ですが、近代においては徐々に減ってきているのもまた事実です」

「ふぅーん。血が濃くなりすぎるーってやつなんすかね。わかんねー部分っす。

 ……ぶっちゃけ、ウマ娘ってその辺りの感覚ピンときてないの多いっすよ、私含めて。親と子供とか、ガッチガチの近親相姦なら別っすけど」

「そのように統計データも出ています」

 

 同じ世界で、同じ目線で対等に生きているはずなのに、ちょっとした考え方の差異は大きい。こういう部分、少し不思議だなあと思いながら、口に合わないブラックコーヒーで眠気を押しやって、解読作業に着手し直した。

 

 

「では、的屋トレーナーの退院を祝って、カンパーイ!!」

 

 あれからのことを話そうと思う。

 まず、ライスシャワーのドリームトロフィーリーグの電撃引退で世間に激震が走った。

 そして、トレセン学園卒業を機に自身のトレーナーと結婚する事を発表し、より一層世間に注目された。

 それを騒ぎ立てるメディアや出来ちゃった婚だと騒ぎ立てるパパラッチ紛いの雑誌も出た。

 そして、それらを全て受け止めた上でライスシャワーは、ライブ中継されている記者会見の場で言ったのだ。

 

『わたしのトレーナーさんが、命の危機に瀕しています。

 わたしを導いてくれた人を助ける為に、わたしはレースを引退します。

 わたしは、ファンのみんなの青い薔薇では居られなくなりました。

 ごめんなさい。

 でも、わたしは今、とてもとても、幸せです』

 

 この記者会見の際、質問をした月刊『トゥインクル』の記者、乙名史氏よりさまざまな情報が引き出された。

 そうして結果的に、世論としては『青い薔薇に祝福を』『ライスシャワーにライスシャワーさせる為に援助させろ』等々、批判的な意見はごく一部に留まった。

 その裏で『トレーナーの治療費を稼ぐ為にレースに出ていたのではないか』という憶測が溢れ痴情の縺れを期待した黒いメディアとトレセン学園、URAの暗闘もあるが、今は関係ないだろう。

 

 そんな伝説的な記者会見から半年。沖野主催による『的屋トレーナーの退院祝い』の食事会、もとい飲み会が開かれていた。

 

「って、俺お酒飲みませんよ?」

「いーんだよ。安藤と嬢ちゃんたちが退院祝いやるって言って聞かねえから、先輩風吹かせたくなったんだよ」

「あら、てっきりまた私に金の無心でもしてこの場を切り抜けようとしてるのかと疑ってたわよ」

「ちょ、おハナさんそれはやめてくれよ……」

「……で、俺、速攻で出来上がってるあの二人のところに近寄りたくないんですけど」

 

 少し離れたところ、的屋の視線の先には普段は見せないようなべろんべろんに酔いが回った桐生院とその介抱に世話を焼いている……というか押し倒されて抱きしめられている安藤がいた。

 

 見なかったことにしよう。

 

「んで、的屋。ここの居酒屋はレバ刺しが有名なんだよ」

「……俺、この間そのレバーを傷めて入院してたんですけど」

「まあそう固いこというなって。ライスシャワーもそう思うだろ?」

「ラ、ライスも食べたいなって……お兄さまもライスも、まだ貧血気味なところがあるし」

「すみませーんレバ刺し二皿!!!」

 

 ライスが何故この場にいるのか。ぶっちゃけ言えば、既に卒業して的屋とくっ付いたからだ。

 

 同じ傷をお腹に刻んだらしい愛の重さは、この場についてくる躊躇いにはならなかったらしい。

 

 この後、ライスシャワーのペースに付き合ってレバ刺しや脂の乗った肉類を食べ過ぎて的屋のやつが数日腹の調子を崩したのは言うまでもないことだ。

 

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