ゴルシ×Tの地続きものです。
──ゴ・ルード=メジロンティーヌ男爵は絵本の読み聞かせのように朗々と語った。
「あの青い星の真奥を見よ。ドラマティックな水底の果て。それこそ浜辺に打ち上げられた昆布のようなカセットテープのような絡まり具合を。そのドラム缶の如き最奥の秘中にこそ我らの求む────」
「なにやってんだゴールドシップ……?」
がらんとした音楽室のど真ん中で、台本のようなものを片手に部室の中で右足を椅子の上に乗せ、天井にまっすぐ指を伸ばすのは、ここ最近『破天荒』やら『猛獣』やら『イチゴ大福』やらと、割と酷い渾名で呼ばれることが増えたゴールドシップ。
しかし途中の台詞の訳の分からなさを除けば声の抑揚、力強さの加減、男性と言われても違和感のない低い声と、深い練度を感じられる。本当になんでも出来るな。演劇の登場人物と言われても何も違和感がない。
「──んお、トレーナーか。いやー、こないだ絡んできたチビっ子に読み聞かせてやろうと思ってさー。『ゴ・ルード=メジロンティーヌ公爵の冒険の書』」
「なんだそれ」
「悪徳貴族の長男坊が気まぐれに野菜の栽培しながらゴルゴル星の秘宝【黄金の旅路】を巡って大冒険をする話だ! 上中下巻でそれぞれ1000ページあるぞ!」
「……悔しいけどゴールドシップが書いた作品だから絶対面白いんだろうなって確信があるね。悔しいけど」
「おいおい、わざわざ二回も言わなくていいだろー。なんたってアタシは──ゴルシちゃんだぜ⭐︎」
「なんだろなあ、この……ダサい感じ……」
「おい、顔背けんな。メジロバスターきめんぞ」
お前メジロの出じゃないだろと言いたくなったが、実のところYesともNoとも言い難い。シュレンディンガーのゴールドシップなのだ。きっと。たぶん。
それはともかく。
ゴールドシップはいつもこうなので、割ともう慣れた。
ノリと計算ずくと愛しさと切なさと力強いゴリ押し、それによって齎される面白おかしい不可思議体験の数々も、なんだかんだ楽しいもんである。
いや訂正。振り回される機会が圧倒的に多い。気苦労も多い。けれどストレスに感じない程度には、振り回され慣れたとも言える。
「んで、今日はその読み聞かせの練習?」
「んにゃ、打ち合わせ前の練習だな」
「……打ち合わせ?」
「そーそー。演劇の片手間に人生生きてる覇王と一緒にやるからさー。流石に普段のノリを何も知らねえちびっ子たちの前でやる訳にもいかねえだろ?」
何故そこでブレーキが効くのに普段はあんな風になるんだゴールドシップ。そして何故ブレーキパッドに油を差してトドメにローションぶっかけてくるような奴を連れてくるんだゴールドシップ!
というかオペラオーもオペラオーでサマードリームに向けて調整中だろうによく付き合って……いや付き合うだろうな。『ボクを含めて、生きとし生ける人々誰もが素晴らしい!』なタイプだもんな。
あれはあれで覇王たれと仮面被ってるけど。
その本性曝け出してる輪田トレーナーのこと大好き過ぎて私物化してるとか何とか変な噂が立っているけど。
……にしても本当に大丈夫なのだろうか。子供たちが半分も内容を理解できるだろうか。……無理だろうなあ。
ニュアンスが違うが。
豚に真珠。
猫に小判。
ゴールドシップにオペラオーだ。
むしろ化学変化を起こすのが確定な分、タチの悪さだけは上がってるかもしれない。
アヤベさんやマックイーン、それこそタマモクロスでも手の施しようのなさに匙を彼方へ投げるだろう。
「──さーて、演劇の練習も終わった事だし、トレー……うん?」
言いかけた途中で言葉を区切り、ギュンと効果音でも付ければらしくなりそうな勢いで俺に近づいてくる。
なんだろうか。嫌な予感はしないが。
そのまま徐に抱きついてきたと思えば、スーツに顔を押し付けて深呼吸しているようである。
前にも似たようなことはあったなと反省と共に思い出す。ストレスと不眠からくる体調不良で彼女には多大な迷惑をかけてしまった。添い寝の件や料理を作ってもらった件もそうだが、マッサージや耳かき……とにかく俺にかかっている心身の不調を取り除くのに、全力で取り掛かってくれた。
いやでも、今回に関しては本当に心当たりがない。前日はお酒も嗜んだが、ちょっと高めのブランデーをロックで一杯だけ。流石に酒臭いなんてことは無いだろう。
同期のトレーナーたちが贈ってくれた逸品を埃被らせておくのは、あまりに惜しかったし。何よりここ最近は寝付けないことも、過労で動けなくなるようなことも無かった。ので、体に負担にならない程度にしか飲んでないし、本当に問題はない筈だ。
……ああ、いや、前言撤回。あったわ、心当たり。消臭タブレットも噛んだし、臭い消しのスプレーも使ってこそいたが。
「トレピ……お前、煙草吸ってるな?」
「……ハイ」
流石ウマ娘。他の人に気が付かれないような微かな臭いさえ気が付くか。
◆
「うわーーん、トレーナーが不良になったーー」
「いやすごい棒読みじゃん」
「だってなあ、あんだけ抱え込むトレピの事だし、タバコや酒の一つや二つあるだろ。むしろやってなかったらビックリだわ」
「ははっ、……たまにどっちが大人かわからなくなるね」
「トレーニングよりもトレピの煙草吸ってる姿見たい見たい見たいー!!」と迫真の駄々をこねたアタシとの話し合いを優先すると折れたトレーナーは、アタシを引き連れて近辺の喫茶店に顔を出した。
本来なら他のウマ娘たちも、トレーナーたちもトレーニングに励んでいる、なんなら社会人たちもまだ働いている、昼下がりとも、夕方とも呼ぶには微妙な時間帯。アタシらにとってはだいたいの芝GIレース開催時間くらいなので、少しソワソワしてしまう気分だ。
そこでしれっと禁煙席に座ろうとしたので、アタシは速攻で喫煙席をお願いした。
ただ、一つ予想外なことが。
「……あの、ごめんゴールドシップ。俺、タバコは吸うけど、3〜4日に一本くらいなんだ」
「えっ、そうなのか。……てことは、全身つったマグロみてーだった時には吸ってたのか?」
「どんな表現だよそれ……まあ、うん。そうだね。吸ってる余裕すら無かったけど」
「……ちぇっ。吸ってる姿見れると思ったんだけどなー」
割と本気でショックである。トレーナーの意外な一面や、“アタシの知らない顔を知らないままにしたくない”っていう幼い独占欲だけど、ゴルシアイにかかれば半永久的に保存できるってのによー。
届いたコーヒーゼリーパフェをつつきながら、どこか愛想笑いめいた、けれど本心から楽しそうな、なんとも中途半端な笑顔のトレーナーに悪態をつく。
「なんだよその顔ー」
「いやぁ……?」
ゆったりと。含みを持たせるような言い方で。人によっては小バカにしてるとでも思われてしまいそうな雰囲気すら感じさせる態度にも思える。
でも、アタシはわかってる。トレーナーのこれは、特に何も意識してない時の、リラックスしてる時の喋り方だ。
「ゴールドシップとご飯を食べにきたりした事はいくらでもあったけど……よくよく考えてみたら、お前の言い出した事とはいえ……俺が主目的気味にこうして出かけたのは初めてじゃないかって」
「……おお、言われてみればそうじゃん。今日はアタシがコバンザメか」
「毎度思うけど魚の知識量どうなってるの?」
「いいだろ、年間水揚げ量564t級の不沈艦だぜ? 税金に120億かかるけど」
「うわ赤字くせー」
「……なあ、トレーナー。今は、楽しいか?」
「…………そうだなぁ。お前と居ると、楽しいよ。悪い、一本だけ、つけるわ」
そう言って、懐からオレンジ色のあまり見かけない色合いのタバコを一本だけ取り出した。
普通のタバコじゃねえな。巻紙も茶色い。リトルシガーってやつか。
一緒に取り出したマッチの箱から器用に一本だけ棒を取り出して、タバコの先端に火を灯す。
僅かに口元が動き、煙を溜め込んで、ゆっくりとアタシに向けないように吐き出す。微かに漂ってくる煙たさの中に、バニラフレーバーのような甘さを感じ取りつつ。
濃い白さに、少し目を細める。
「……フカシか?」
「なんでわかんだよ」
「色、白いじゃねえか」
「……まあ、リトルシガーってのは、吸い込むやつじゃないからね。酒のサカナにしてる節もあるし」
「へえ。煙をサカナに、ねえ」
……こりゃあ、次に襲撃する時はトレピッピの健康管理をチームのやつらと一緒に考えねーとダメかもしんねーなと、何処か他人事のように思った。
いや別に止めさせるつもりはねえけど。ニコチン×アルコールとか絶対指数関数的に害がやばいだろ。
けれど、だ。
口に出すつもりも、人がタバコを吸っている姿に、特に何も感じたことはなかったのだけど。なんとなく。漠然と。
かっこいいなと。煙をふかしているその姿に、何となく見惚れていた。
アタシのトレーナーだから、そう思うのだろうか。