ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第十話「決着、選ばれたウマ娘は一体どちらだ!?」

「よっしゃ、ここだ! 入ろうぜ!」

 

ウオッカに言われるがまま連れてこられた場所は、ゲームセンターだった。トレセン学園からそう離れていない場所にあるのは知っていたが、今回来たのは電車で乗り継ぎを2回ほどしてから降りた、田舎とも都会とも言えない微妙な繁華街の一角。

歩きながら、ついでにちょっと食べ歩きなんかしたり、愛用のスキットル(未成年のくせに、何故愛用している。え、麦茶飲むため? 頭ゴールドシップか?)のお手入れ道具を探したり。今着ているライダースの、レアなタイプ……アメリカとかイギリスとか国によって違うんだとか。それを見つけて、大はしゃぎする姿を見たりしつつ。これもうほとんどデートなんじゃ? って疑問を、いちご飴をかじりながら思っていると、ようやく目的地に到着したらしい。

ちなみに、ウオッカは私服に着替えてある。なら、トレーナー室に来る時だって私服で良かったのに、と尋ねると『学校に入るなら制服じゃないとダメだろ?』なんていう、テイオーやスカーレットにファッション不良(ヤンキー)と言われる所以を垣間見る返事を貰った。

 

自動ドアが開き、冷風が体に叩きつけられる。歩いてたからじんわりと掻いていた汗が、体温低下の機能を十二分に発してくるので、半袖のシャツな俺は思わず身体を縮こめた。

ありとあらゆる方向から、電子機器の激しい喧噪が耳に飛び込んでくるうえ、最近はかなり分煙化が進んでいるとはいうものの、やはりどこかしらから煙草独特の香りがする空間。誰かに連れてこられるならいいけれど、自分からは中々足を踏み入れない場所だ。

 

「こんなところに、何しにきたんだー!?」

「いいから来いって!」

 

雑音で良く聞こえないので、耳元でもやや大きめの声を出して会話をする。意気揚々と歩んでいくウオッカの背中を追っていると、とある一角で足を止めた。

 

「! こ、これは……!?」

「へへ。なんだよソーマ。知らなかったのか?」

 

自信満々に披露してきたものは、バイク型のレース体感ゲームだった。

俺がまだ小さいころに、そういうものがあるんだよ。と聞いたことはあったが、もうとっくに廃れてしまったゲームだと思っていた。

と、言うか。待て待て、これは……!!

 

「タイラントの愛機、アンファード!?」

「流石だなソーマ! 今、コラボやってんだってよ!」

 

スポーツタイプのフォルムに、赤と黒のグラデーションカラーで塗装されたボディ。シートが真っ白な所まで完璧に再現されている。すげえ、ファン垂涎のグッズじゃねーか、これ!

 

「今日は、俺のドラテクを披露しようと思ってさ。スカーレットなんかより、シビれる姿を見せてやるぜ!」

 

ここに至るまでの道程が楽しくて、当初の目的を忘れかけていた。そういえばそうだった。俺に対して、魅力的な何かをしてもらって、『うまぴょい』を促すんだったな。

……その方面に関しては、一ミリもそそられないんだが。大丈夫かな。そう得意げな顔をされると、俺も何も言えないけれど。

 

バイクに跨る前に、カードを取り出したウオッカは、ICリーダーにそれをかざす。彼女の個人データと共に、決済も完了させていた。今ってコインをチャリンと入れなくても良いんだ……知らなかった。

画面にけたたましい音と、気品のかけらもないバイクたちが映りタイトルが表示される。おお、本当に『ゴールデン・タイラント』だ。

 

「ここのコースが一番難易度高くてよ。ほら、見ろよ。俺のタイムがこれで、一番うめぇヤツと2秒も差があるんだ」

 

慣れた手つきで操作をしながら、バイクを選んでコースも決める。ヘアピンカーブの続くこの道は……ウオッカが好きだと言ってた、あのぶっちぎりの峠とそっくりだ。

 

「何度やっても勝てなくてさ。……けど、今日は……へへ。ソーマが見てるからな。カッコよく、ぶっちぎってやるぜ」

 

屈託のない笑顔をこちらに向けてから、ウオッカは前に向き直った。ローディング中の暗転した画面に反射する顔つきは真剣そのもので、とても遊びに興じているようには見えない。レースと同じ。好きだからこそ、真摯に取り組んでいるのだろう。

 

「行くぜ!」

 

しみじみとその健気な背中を見ていると、いつの間にかレースは始まっていた。タイムトライアル形式のモードなので、相手はいない。半透明のキャラが重なるように存在するだけ。これがウオッカの越せないタイム保持者の動きを再現してくれているのだろう。

コースは長い直線と高度な操作を要求されるカーブが、いくつも設置されたもの。特にラストのヘアピンカーブは、見ているだけでもどう操作すればいいのかさっぱりわからないほど。

だけど、ウオッカのテクニックは素晴らしかった。アクセル、ブレーキを巧みに使い、車体制御は身体をそのまま倒しこんで行うので、車型のゲームより一層精度が求められる。それを、狂いなく何度もやってのけて、参考数値を余裕で超えるラップタイムを叩き出していた。

 

だけど……記録保持者の影だけはまだわずかに抜けない。ウオッカの信じられない操作方法をもってしても、まだ最速ではないのだ。本人も、そして見ている俺でもその原因はわかる。

途中まではほぼ同じなのだ。なんなら、追い抜かしていることもある。けれど、最後のヘアピンカーブでいつも先を行かれてしまうのだ。それさえ克服できれば、ウオッカでも勝てるはずなのに……。

 

「くっそ……!」

 

騒音にかき消されながらも、小さな悔しさが聞こえる。レースは最終ラップ。もうここで抜けなければ負けだ。ストレートでの差は変わらない、道中のカーブでウオッカは会心の位置取りを決めて追い抜かす。

あとは、問題の箇所でアドバンテージを維持できれば……。

 

「……ウオッカ! ビビんな! アクセル、フルスロットル全開でぶっちぎれ!!」

「!」

 

車体を限界まで倒し、なおかつ手元のアクセルを解放していく。ゲームの性質上、あまり傾けるとそのままキャラクターも転倒してしまうのだが……。ジャイロ機能の精度が高いこのゲームなら、ギリギリ一杯を攻められるはずだ。俺の言葉を信じたか無意識なのか、ウオッカは決死のドリフトを決め込む。

 

そして、遂にゴーストキャラを後ろに置いたまま直線に入った。緊張で噴き出していた汗が弾け、ウオッカの身体が真っすぐに戻り、一気にゴールへ向かっていく。

 

「うぉおおお! やったぜ!!」

 

喜び両手をあげるウオッカの目に映る画面には、新記録が表示されていた。そして子供のような無邪気な笑顔でこちらを向くと、手を差し出された。俺も間髪入れず、その手を叩き称賛する。

 

「ソーマ。さっきの、バーシオン戦でのイケケンのセリフだよな?」

「ああ。フルスロットル全開って、意味二重になってるけど最高にアツくていいよな」

「へへ。つい俺も気持ちが入っちまったぜ。おかげで良い記録が出せた……。ありがとな」

「なにを。やったのはウオッカだろ。記録更新、おめでとう」

 

満足げに筐体から降りると、ウオッカはパスを差し出した。なんのつもりかと首をかしげると、座っていたバイクの横の機械を指さされる。同じ色と形だが、良く見るとウオッカの座っていた方には『ウマ娘用』と書かれている。そりゃそうか、力んだ場合の負担が違うもんな。

 

「ソーマもやってみろよ。免許持ってんだろ?」

「いやいや、俺が持ってるのは自動車の方だから……。それに、こういうの得意じゃないんだよ」

「こまけえことは良いんだよ。教えてやっからさ。ほら、乗った乗った」

 

しぶしぶバイクに跨る。乗り気はしなかったが、いざハンドルを握って前傾姿勢になると流石に気分が高揚する。操作方法を教わりながら、とりあえず練習用のモードで触ってみることにした。

カウントダウンが始まり、レースがスタートした。今度は共に走る敵キャラも複数いる。正真正銘のレースだ。

アクセルを捻ると車体が動き出す。同時に振動が筐体から響き、本当にバイクに乗っているような感覚が伝わってきた。

 

「う、おお! け、結構怖いなこれ!」

「大丈夫だって。ほら、ちゃんと身体を倒さねーと、曲がりきれねーぞ」

 

実際のバイクは確か、クラッチ操作やギアチェンジなど必要だろうが。これはゲームなので、AT仕様になっている。ブレーキも自転車と同じだから、感覚でわかりやすい。だが、仮想現実を相手にしているとはいえど、一つだけ実際の技術を要する部分がある。それが……

 

「か、カーブが……! む、むずいぞ!」

 

レースゲームをやってて、コントローラーごと身体が傾くなんてことはよくある話だが。これは本当に身体を傾けなければ、ジャイロ機能が発揮されない。ゲーム内のコースは、簡単な所でも現実では中々お目にかかれないカーブだったりするし、そも二輪で公道を走った経験なぞ無い俺にとってはかなりの難易度だ。

 

「ビビりすぎだってーの。ったく……しょうがねえなあ」

「!?」

 

思わず画面から目を離してしまった。右手で掴んでいたハンドルの上から、ウオッカの手が被せられる。そのまま上手にコース取りできるように、バイクを傾けてアシストしてくれた。

温かくしなやかな細指からは、普段のがさつな彼女とは思えない繊細さを感じる。しかし、そんな優しいタッチにも関わらず、筐体ごと成人男性一人を軽々動かせられるのは、やはりウマ娘なのだとも同時に思う。

 

「いいかー? コーナーに入る前から少し傾けてよ~……そんで、ここでアクセル吹かせば……! ほら、いけた!」

「……」

「おいソーマ、ちゃんと聞いてっかー?」

「あ、ああ……」

 

せっかくアドバイスをしているのに申し訳ないが正直、声は耳に入ってこなかった。理由は単純だ。

 

近い。

 

近すぎるのだ。

 

粗暴な言動と、ちょっと幼稚な行動で普段は隠れているが。

ウオッカの顔は、とても整っている。ボーイッシュな髪型なのも相まって、レースを走っている時は黄色い声援の方が多く聞こえるぐらいだ。本来は男性にしか使わないが、眉目秀麗という言葉が良くあてはまる。

そんな彼女が、吐息すらかかりそうな距離で、俺の手に触れつつ真剣な顔をするものだから……異性としてではなく、純粋な顔面偏差値により心の中の何かが揺れ動いてしまった。

やだ、まるで乙女ゲーの主人公じゃないのアタシ!

 

「おっ、良い感じだったな。今の!」

 

何度か周回するうちに、補助もなくなり俺のスキルは上達した。そして向けてくれる、この屈託のない笑顔に、俺は何故か胸の高鳴りを押さえることが出来なかった。…………いや、これは多分全然違う方向に心がときめいてるだけだわ。

 

そんなこんなで、すっかりエスコートされてしまった俺は無事にゲームをクリアして、ウオッカと再びハイタッチする。好きな漫画のワンシーンに没入体験できたみたいで面白かった。誘ってくれたウオッカに感謝しつつ、お腹が空いたことに気付き昼食を取ろうと提案した。

 

 

「……」

「ん? どうした、ウオッカ?」

 

近くのファミレス(やっぱ、たまり場と言えば、ココだろ! と化石のような発言により決定した)で、食後のコーヒーを楽しんでいる時だった。目の前に置かれたキンキンに冷えたコーラに手も付けず、何かを思い出したかのように、ウオッカは自分の右手を見つめていた。

 

「……いや、その……」

「?」

「…………さ、さっきよ……。俺……その……ソーマと……」

 

みるみる顔が赤くなっていく。夢中で気付かなかったみたいだが、ようやく実感してしまったらしい。『うまぴょい』の話題の時でもそうだったが、案外この子は異性への免疫が低い。トレーナーと生徒という関係でありつつ、気の置けない友人のような俺相手でも、やはり少しは意識してしまうようだ。

愛らしい反応が面白く、俺は少しからかってみることにする。

 

「手、握っちゃったな」

「どああーー! い、言うなーー!!」

 

普段の男勝りな感じとは一風違う反応が楽しい。頭を抱えて、思い返される記憶に勝手に悶絶している。さっきは思わず主導権を握られてしまったから、これはこれで逆襲できた感じがして気分が良いものだ。大人をナメるんじゃあないよ。

 

「くそ……俺としたことが……夢中になってたとはいえ……あんな……!」

 

割と真面目に悩んでしまっているようなので、追撃をしようとした口をたしなめる方向に変更してあげることとした。

 

「まあまあ。とにかく、今日はウオッカの良さを知れて良かったよ」

「え、ホントか?」

「ああ。十分伝わった」

「って、ことは! スカーレットより、俺を選ぶんだな!?」

 

そうは言ってないんだが。前のめりになって、目を輝かせる少年のような顔を見ると強く否定はできない。落ち着くように、手で制してしっかり座らせる。まだ判断するには、考える時間が必要だから。少し待ってくれ、と伝えた。

 

「ちぇっ。んだよ。さっさと決めちまえっての」

 

ふてくされながらコーラを一気に飲み干し、ストローから下品な音を鳴らす。はしたないから止めなさい。

 

「しかし、ウオッカ。手を握るぐらいで、そんなになっちゃうなら、大丈夫なのか?」

「あ? 何が?」

「うま……あー。『アレ』だよ。キミら二人、どっちか選んだ方とする、『アレ』」

「あ……ああ。『アレ』か……『アレ』ね。……うん」

「ウオッカ、キスシーンとかでも結構やばくなるんじゃなかったか?」

「キッ……! そ、そそそんなことねーよ!」

「『ゴールデン・タイラント』のラブシーンでもダメって言ってたような」

「あー! うるせーうるせー! あ、あんま思い出させるな! は、鼻血出るだろ!」

 

再び赤面しながら縮こまる。指を突き合わせて、伏し目がちに冷や汗を流す姿を見ていると、ふとした疑問が頭をよぎった。スカーレットにもしたのだが、俺自身がちゃんと確認したくて、その疑念をぶつけてみる。無理をするならワケがあるはずだから。

 

 

「どうして、そこまでしてスカーレットに固執するんだ?」

「あん? なんだよ、いきなり」

「前見た時も思ったけど。あんまり他のウマ娘たちじゃあ見ないぐらい、二人は強く対立してるからさ。なんかよっぽどの理由でもあるのかと思って」

「……別に、そんなんじゃねーよ」

 

遠い目をしながら、ウオッカは語る。

デビュー戦に至るまで、何度も衝突があった。同室で同期だから、嫌でも目に付く。それはレースだけではなく、日常生活でも同じ。壁に張ったポスターにいちゃもんをつけてきたり、後で畳もうとしてた服を早く片付けるよう吠えてきたり。そうこうするうちに、すっかり敵対する関係になってしまった。なにより、お互いの実力は切迫している。絶対に負けたくない気持ちも、いつのまにか膨れ上がったのだ。

 

だが、一つだけ懸念事項があった。

 

「俺さ、ダービーを走りたいんだ」

「へえ。どうして?」

「だって、一番アツいレースじゃねえか。一生に一度だけだし、他にも命がけで挑んでくる本気の奴らが勢ぞろいするだろ。そんな中で勝ったら、めちゃくちゃカッコいいじゃん。オークスも良いけど、俺は断然ダービーだな」

「なるほどね」

「でもよ、スカーレットはティアラ路線に行くらしいんだ」

 

ウオッカの言うダービーとは、クラシック路線。皐月賞、日本ダービー、菊花賞。ティアラ路線とは、桜花賞、オークス、秋華賞。それぞれ、格式の高いレースだが距離もレース場も違うため、普通はどちらかの路線を選んで調整する。つまり、ダービーを走る予定のウオッカとスカーレットが、当たることはない。

 

「……それでいいのかなー。って思ってよ」

「珍しく弱気だな。別に、良いんじゃないか。クラシックとティアラで勝負をつけなくっちゃならない決まりもないだろ」

「……だよなぁ」

「……別に、不安があるとか?」

「……」

 

少しだけ溜めてから口にしたのは、今回の一件の核心部分についてだった。

 

「俺、長距離になるとてんで走れねぇんだ。鍛えればいい、って話かもしれねぇけどさ。中々、できねーことを無理にやるって、難しくってよー」

 

短距離気質の身体を、想像を絶するトレーニングにより克服したウマ娘としてミホノブルボンがあげられるが。易々と真似することは出来ないだろう。

 

「トレーナーとも先のこと話たりしたんだけど。そうなると、クラシック、ティアラ路線以外のビッグタイトルなら、どこで当たるんだろうって」

 

スカーレットはマイルを走れないわけではなさそうだが。中距離のレースなら、秋の天皇賞あたりだろうか。グランプリレースなら、宝塚記念でも良い。

 

「それも良いけどさ。……やっぱ、やるなら有でケリつけてぇんだ。クラシックの次に盛り上がるレースって言えば、年末総決算のそこじゃねーかな」

 

コースの起伏が激しく、距離も2500mの長距離。ウオッカにとっては、最も苦手とするレースと言えよう。

 

「だからさ。その……あ、『アレ』をすれば。そういうのもなんとかなるんじゃねーか、って思ってよ」

 

俺は頷きながら、二人の求めているものが何かを理解できた。お互い欲しているのは、長所を伸ばすことじゃなく欠点の克服だった。

それは、自分の力でどうしようもない所を補うことで、自分の力でどうにでも出来る部分でだけは、相手に打ち勝ちたいという純粋な願い。

犬猿の仲に見えるような二人だけど、勝負においては真っ向から挑むことを望んでいる。スカーレットは、これを卑怯かもしれないと不安に感じていたが。やっぱり俺は、そうは思えないな。

 

「わかった。今日はありがとな、ウオッカ。色々話せて良かったよ」

「おう。俺の方こそ、楽しかったぜ!」

 

そこで真面目な空気はお終いにして。後は、普段から語らっている漫画の話や、先ほどのレースゲームの話なんかで盛り上がり、お開きにした。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

それから数日、時間を置いてもらい、俺は評価の選定を行った。合宿前で、みんなのスケジューリングもしなくてはならないから、多くの時間を割けない。迅速に判断し、その上で彼女らに結果を伝えるべきだ。

二人と話したこと、やってくれたことを思い出しながら、パソコンに打ち込んでいく。腕を組んで首を傾げ、椅子の上でくるくる回りながら悩むが結論は出ず。印刷した比較表に、更に手書きで判断材料を書き足しながら、机の上でペンを咥えながらも熟考する。朝、苦いコーヒーを口にしながら、元気に飛び込んでくるテイオーと遊び、クリークの作ってくれたお弁当(オグリとタマモの余り物。それでも重箱三段)で気合を入れ直しつつ、ネイチャとの他愛ないお喋りで夕日を浴びていると、査定最終日が終わった。

 

日付が変わるギリギリまで悩み、資料をまとめた俺は隈のできた目元のまま二人をトレーナー室に呼び寄せた。

 

「よくきてくれたね」

 

「……」

「……」

 

互いに視線を合わせず、ウオッカとスカーレットは俺の前に立っていた。

トレーナー机に身体を預けながら、ペン入れし過ぎてめちゃくちゃ見づらくなった資料を2束。手にしながら話す。

 

「まず、スカーレット。キミは、俺に走る姿を見せてくれたね。フォームも良く、スパートの掛け方も非常に上手かった。デビューしたてと思えない完成度は、まさに圧巻だったよ」

「はっ! なんだよスカーレット。お前、せっかくのチャンスで走っただけだったのか~?」

「はぁ!? 別になんだっていいでしょ! アンタこそ、何したのよ!」

「ウオッカはゲーセンで、バイクのゲームを一緒にやったんだ。その後、ファミレスでご飯食べたな」

「……ぷっ。なによ、あんたの方こそお子様丸出しじゃないの。ゲームにファミレスって」

「あぁ!? オメーに言われたかねーよ!」

「はいはい。そこまでそこまで」

 

口を開けば喧嘩するんだから。顔を突き合わせて歯をむき出しにしながら怒号を浴びせ合う二人をたしなめつつ、俺は続ける。

 

「……それでだね。そんな二人がしてくれたことを踏まえた、結果を伝えるわけなんだけど……」

 

吊り上がっていた目が、同時にこちらを向く。緊張した面持ちに変わり、固唾を飲んで顛末を見守ってきた。

真剣な表情に、俺は思わず身じろぎ出来なくなりそうだった。お互いがどうこう、っていうより。それで本当に良かったのか、疑問と不安を抱かせたままなことに違いはない。

ゴクリと唾を飲み込んでから、俺は資料を下げて、咳ばらいをした。息を一つ吐いて、己の中の心音を少しでも下げようと努力する。そして目を閉じ、考えていたことを伝えるための口を作っていった。

 

「…………」

 

冷房の音だけが室内を満たす。窓越しに聞こえる、炎天下の中でもやっているウマ娘達のランニングの音だけが場を横切る。

 

「…………」

「…………」

 

心配そうな目をする二人。

ウオッカは前のめりになり、拳を作って待っている。

スカーレットは胸元に手を置き、じっとこちらを見つめている。

 

共に冷や汗を流す姿を見ながら、俺は。

 

 

 

俺は……!

 

 

 

 

 

「ごめん、決められなかった!!」

 

 

 

神速の土下座をかました。

 

「……はぁ!?」

「おい、なんだよそれ!!」

 

勢いあまって地面に頭突きをしたせいで、二人の声がちょっとだけ遠くに聞こえる。ふらつく頭を押さえながら、顔をあげつつ弁明する。

 

 

「だって、二人ともすっげえ良いウマ娘なんだよ! どっちか選ぶなんて、俺に出来るわけないよぉ~~!」

「それでも選ぶのがトレーナー(お前ら)だろ!? 何ヒヨってんだよ!」

「そうですよ! ちゃんとしてください!!」

 

半泣きで、感情ぐちゃぐちゃになった俺の襟をウオッカが掴みながら揺さぶる。絶対こういう反応されると思ってたんだけど、どうしようもないんだよ。

こんな真摯に、ライバルと向き合って己の強さを目指すウマ娘は俺は見たことない。そんな二人に対して、どっちかだけが有利になるような行為をして、関係を崩すようなことが出来るか、って話なんだ。

 

「……だからさ、あの。一つだけ代替案があるんだけど」

「おっ? んだよ、そんなのあるなら先に言えって」

 

脳震盪を更に助長されそうな動きで、むしろ逆に整ったように思える頭をしっかり押さえてから。

俺はもう一度、命の危険を覚悟しながら見つけた妙案を叩きつけてみた。

 

 

「二人一緒に、というのはどうでしょう……か?」

 

恐る恐る口に出してみると、固まっていた二人は同時にお互いの顔を見た。そして一緒に頷くと、目にも止まらぬ速さで俺に向かって、上手に重なるようにラリアットをかましてきたのだった。痛覚と衝撃を実感できたのは、壁に叩きつけられて地面に転がって少ししてからだった。それでも、声だけはちゃんと聞こえる。

 

「バカ野郎! できるわけねえだろ!!」

「そうですよ! こいつの前で『うまぴょい』なんて、絶対イヤ!」

 

「うぅ……。で、でもさあ。どっちとも、して良いと思ったんだから……仕方ないじゃんよぉ……」

 

もうどこが痛いのかわからないので、とりあえず頭を摩りながらゆっくりと身体を起こす。

 

「……ん? 待てよ。そっか。別に、『アレ』をしたくねえ。ってことじゃないんだよな」

「そ、そう言ってるでしょ……」

「ちょっと、ウオッカ!?」

 

突然身体を持ち上げられて、まるで米俵を担ぐようにウオッカの肩に乗せられる。

何をする気だ?

 

「じゃ、じゃあ。後はもう早いもん勝ちって、ことだよな?」

「はぁ!? ズルいわよ、アンタ!」

「へへん! お先~!」

「させないわよ!」

 

ガチャリと内鍵を閉め、スカーレットが扉の出口に立ちはだかる。出入口はそこしかないので、自然と対峙する形になっていた。……と、見えない視界から察する。

 

「ちっ、いつもいつもお前は……」

「アンタこそ、自分勝手すぎるのよ!」

 

そうして言い争いが始まり、ついでに縦横無尽に動き回る激しい攻防も開催された。当然、ウオッカのパワーに一ミリも勝てる要素のない俺は、事の顛末を見守るしかない。

シューズが床と摩擦を起こす音。俺の机の上にある書類が風で舞い落ちる音。視界は左右だけでなく、偶に上下に動き、ソファーや机を上から跨ぐように見るという不思議な光景を何度か目にしているうちに、二人は手と手を握り組み合ってしまっていた。

 

「離せよ……!」

「あんたこそ……! 観念なさい……!」

「別に後でも一緒なんだから、いつだって良いだろうが……!」

「アタシは一番が良いの……! アンタこそ、ちゃらんぽらんなんだから、いつでもいいでしょ……!」

「この!」

「なによ!」

 

 

いつの間にか、俺の身体は自由になっていることに気付いた。

手を掴み合っているなら当然だな。

 

それから俺は、いい加減この終わりの無さそうな喧嘩を終わらせるため。

そっと二人の筋肉の張った肩に手を置き。さも自然な表情を向けてから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うまぴょい』をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマウマウミャウニャ 3,2,1,ファイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……じゃ、結局しちゃったんだね。トレーナー」

 

合宿の予定を伝えるために、担当ウマ娘達にトレーナー室へ集まってもらった日。

ソファーの上で、俺はシガレットを口にしながら少し満足げにことの顛末を話した。

 

「まあな。でも、それ以外の選択肢なんて無かったんだよ。ウマ娘の発展と繁栄を助けるのがトレーナーの本懐だからな。俺もまさか、自ら『うまぴょい』するだなんて……一皮むけちまったかな」

「なぁに言ってるんだか。こんなんでカッコつけて言っても、全然だよ?」

 

対面のソファーで寝転がって聞いていたテイオーが、口にしていたシガレットを徐に奪い去り、自分の口に入れた。コラ、俺のココアシガレットを勝手に取るんじゃないよ。

 

「それで、二人は今どんな調子なんですか?」

 

訊ねるクリークに、外を指さす。窓の向こうでは、いつものように二人が競り合いながらコースを走っている姿が、そこにあった。

 

「あれ、2500mを想定しての模擬レースらしいよ。しかも、今日これで3回目だとか」

「あら~。それじゃあ、効果があったんですね」

「だと良いけどね。……で、ネイチャさんは、なんで不貞腐れてるのかな?」

「……別に。なんでもないで~す」

 

テイオーの横で、頬を膨らませているネイチャ。合宿用メニューがお気に召さなかったのだろうか。二人とのいざこざの間も、しっかりぬかりなく対応したつもりだったけど。

 

「トレーナーも乙女心がわっかんない人だね~。ネイチャはさ、トレーナーがたくさんの人と『うまぴょい』するのが嫌なんだよ」

「は!? そ、そそそんなこと一言もいってないし!? 何言ってんの、テイオーさん!」

「そんな顔真っ赤にして、説得力ないよ。ネイチャ」

「なってないなってない! あーーもう! 違う、違うからね、トレーナーさん!」

「あらあら~。ネイチャちゃんったら、やきもち妬いてたんですね~」

「だから、違うんですって~!」

 

ははは。微笑ましい光景だ。担当ウマ娘以外の子との『うまぴょい』なんて、俺も正直抵抗があったけれど。お互いを高め合うための、一つの手段としてならいいかもしれないな。と思えるような結果に終わったな。

今後はどうなるかはわからないけど。まずは、ちゃんと自分の担当と向き合って。これからどうしていくか、しっかり地に足付けて頑張っていこう。

 

「ん?」

 

と、気分良く締めに入ろうとした時だった。

トレーナー室のドアからノックが鳴った。訪問者の予定はないので、誰かはわからない。

 

「はぁい、どなたですか~?」

 

首をかしげているとクリークが先に対応してくれた。声の主はそれを聞くと、こちらから動く前にドアノブを開き、室内に堂々とした足取りで入ってきたのだった。

 

「好井ソウマ。会長がお呼びだ。来い」

 

それは、生徒会副会長であり"女帝"と名高いウマ娘のエアグルーヴだ。誰に対しても、やや不遜な態度を取るので、いつも怒っているかのように見えると評判を耳にする。

 

「え? 今から?」

「ああ、今すぐだ」

「一応、会議中だったんだけど。少ししてからじゃ、ダメかな?」

「今! すぐ! 来い!」

 

と、言い残すとドアを乱暴に閉めて出ていってしまった。

 

何をしてしまったのか、全然検討がつかない。

ただ、それでも副会長自らが、このトレセン学園でもかなりの権威を持つ生徒会長……シンボリルドルフの下へ、火急的速やかに呼びつけるのはよっぽどのことだろう。

 

室内にいるみんなと、冷や汗を流しながら顔を見合わせ、誰も心当たりがないことを確認してから。

俺はシャツのボタンをしっかり留め直して、ゆっくりと生徒会室(処刑場)へと向かうことにした。

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