第十二話「勧誘、ちょっぴり抜けてる実直ウマ娘!」
「……ふぅ。25分20秒。概ね予定通りですね」
汗をタオルで拭い、手元の時計を見ながら黒髪を輝かせるウマ娘。パティシエである父の、その正確で完璧な仕事ぶりを見て育ったが故、几帳面な性格になったらしい。そんな父を支える母を見て、自分もいずれは実家の手伝いをするためトレセン学園には、所謂『最初の3年間』を終えたら通う予定はないのだとか。
余り交友関係は広くなく同室のウマ娘、ウマドル(ウマ娘+アイドル)のスマートファルコンから仕入れた情報なので、正確なのかはわからないが。曰く、10年先までの予定を書き込んである手帳も持っているらしい。……ああ、今開いてるアレがそうなのかな。
そんな彼女……エイシンフラッシュは、ターフの上でこちらを見つけると怪訝な顔をしてきた。
「……なんでしょうか。スカウトの件は、以前お断りしたはずですが」
俺と
スタッフ専門コースの子を頼っても良いのだが、やはり実際に走っているウマ娘の方が良い。純粋にアスリートを目指している以上、身体能力は段違いだから。
「断られて、はい。そうですか、っていかないのがトレーナーなんだよ」
髭を撫でながら、俺は警戒を解かないフラッシュの方へ歩いていく。ちなみに、普通は一度断るとトレーナーとウマ娘が再コンタクトすることは、ほとんどない。大体は他のトレーナーに取られるから。フラッシュの場合は、選抜レースにも出ているが、中々気の合う人が現れないから一人のままらしい。
まあ、それはわからなくもない。彼女は、とても時間を大切にしている。正確さの象徴である数字が、彼女の生きていく上の指標なのだとか。それを守れないような人と、仲良くやっていけるわけがなかろう。
……ホントは別に思い当たる節があるのだけれど。
「……休憩時間は3分です。今、2分経過したので、これ以上余計なお話をすることはありません」
「じゃあ、1分以内に終わらせるよ」
咳ばらいをして、俺はエイシンフラッシュへもう一度頭を下げた。
「頼む。キミの時間を俺に欲しい。共に成長していきたいんだ。絶対に損はさせない」
「……以前と変わらない言葉ですね。時間ですから、もう行きます」
「まあまあ。少し待ってもらえないかな」
「今日はウッドチップコースで、ダッシュ10本。クールダウンに15分のランニング。その後には、17時に予約していたケーキの受け取りがあります。あなたとの会話はスケジュール外です」
うんうんと頷きながら、彼女の話を聞いていく。ここまで、オンオフ共に自己スケジュールを管理できているのは本当に凄いと思う。自分の能力を把握しているなら、トレーナー側だって引く手数多だろう。だが、それでも彼女はフリー。友人のスマートファルコンは既にシニアクラスにまで上がっているというのに。
理由は、明白だった。彼女のことを少し知れば、それはすぐに目につくから。
「フラッシュ。今日は何曜日だ?」
「火曜日です。なんなんですか、もう行きますからね?」
「残念だが今日は水曜日だよ。それにキミが行こうとしているケーキ屋。水曜日の営業時間は16時までのはずだが」
「え?」
「あと、ウッドチップコースはタイキシャトルがこの後使う予定になってる。今からぶっ倒れる速度で走れば10本行けるかもしれないが、そうなればクールダウンは15分で済むのかな?」
「……そんなはずは……。あ、時計のカレンダーがズレて……!?」
手にしたお気に入りの時計を見ながら青ざめるフラッシュ。
そう。誰もが知っている、彼女をスカウトしない大きな原因!
エイシンフラッシュはこんな性格なのにも関わらず……ドジなのだ。
自分で何でもやりたがるくせに、結構大事な所を見落とす。さっきも25分20秒を概ね予想通りと言ってたが、本当なら20分で済ませるべき、運動前のアップなはずなのだ。
こんな不安定な子を、誰が引き入れたいと思うだろうか? ……多分、居たには居たんだろうけど。気付かずにスルーしてた可能性が大いにある。
「……だ、だからなんなんですか! 私は私の計画通りに動きます!」
「そう自棄にならないの。まったく、話を聞けって」
自分の落ち度を指摘され恥ずかしくなったのか、運動による体温上昇ではない顔の赤さで走り去ろうとするフラッシュを、俺は諫める。
彼女の予定内時間1分など、とうに過ぎているが。そんなの問題ない。
「コースの利用時間は調整しておいた。全力ダッシュ30本やっても問題ないぐらいにな。ケーキ屋については、スマートファルコンが取りに行って、寮の冷蔵庫に入れておくって言ってたよ」
「え……」
「わかるかい。これがトレーナーとウマ娘の間柄なんだよ」
ウマ娘のやりたいことを全力でサポートするのが
「私のスケジュール管理が甘いと言いたいわけですか?」
「違う違う。フラッシュ、キミの魅力はその『管理したがるところ』なんだ。自己管理は誰だって大事だし、出来るウマ娘は勝手にやっているけれど。そこに重点を置く子は多くない」
「……」
「純粋にまだ成熟していないだけなんだよ、キミは。俺が支えるから、その能力を伸ばして俺を助けて欲しい。そういうお誘いなんだ」
「……レースのことは、どうでもいいと?」
「キミにとって大事なことって、レースだけか?」
「違います。私は『正しさ』を証明したいだけです。そして、両親に成長した私を見せてあげたい。ウマ娘であるから、その『正しさ』の手段としてレースを選んでいるんです」
「……の、割には担当すらつかないまま、もう夏だよ。時間のまき直しが、そろそろ必要なんじゃないか? メイクデビューする子は、早ければ夏休み明けにはもうしちゃうぞ」
「それは……」
彼女もわかってるはずだ。頑固に不器用な今のまま、自分に合うトレーナーに見つけてもらうだけじゃもう遅いって。先生にも言われているはずだ。このままズルズルと無契約期間が過ぎると、下手すれば学園を去らないといけないかもしれない。だからといって、焦って情報も碌にないまま適当なトレーナーと契約すれば、困るのは双方だ。
「だから、俺が来た。GⅠ級ウマ娘を3人も抱えるトレーナーが不満なら、もちろん蹴ってくれて構わない」
「……」
「それに。もし嫌になったなら、すぐに申し出てくれ。これは飽くまで、俺自身の問題だから。キミに負担をかけたり、苦労をかけるだけになるなら。その時はキミからでも、俺がそう判断した時でも。絶対不利にならないよう、移籍の調整をするよ」
「随分と甘い定義ですね。それは契約と呼べる代物ですか? ウマ娘を預かる立場として、余りにも軽薄に感じられます」
ああ言えばこう言う。この偏屈な所も、他のトレーナーが去っていった理由でもある。だけど、俺は簡単に引き下がるつもりはない。
「捉え方の問題だよ、フラッシュ。軽いんじゃなくて、緩めてあるだけだ。俺はどうなっても良いけど、キミの経歴と計画に障害がないようにしてるんだ」
「……」
少し考え込むエイシンフラッシュ。厳しい表情のまま、上目遣いでこちらを見た。
「なぜ、そこまで私に拘るんですか? 私より、時間やスケジュール管理を得意とするウマ娘は居るはずです。私でなくても、問題はないように思えますが」
それを言われると、確かにそうかもしれない。探せば居るだろうが。俺だって、安直に選んだんじゃない。他に、フラッシュを選ぼうとした理由があるなら、それは……。
「走ってるキミの姿に、目を惹かれた……からかな?」
「……え?」
「スパートに入ってから、ただ真っすぐ前を向いて。己の限界を見極めているからこそ、自信を持って走る姿が、とても綺麗だと思ったんだ」
「……」
「まあ、いつもタイミングがブレブレで、ゴール前にスタミナ切れしてるのが玉に瑕なんだけど」
「私を褒めてるのか貶してるのか、どっちなんですか!?」
小粋なジョークを受け止めきれない初々しさと生真面目さも、フラッシュの魅力だ。弁明をしてから、改めて尋ねてみる。
「どうかな。物は試しだ。スケジュール管理の観点でもいい。レースの観点でもいい。一度、ちゃんと教えてくれる人の下で、トレーニングをしてみないか」
エイシンフラッシュは再び考え込む仕草をした。途中で一度呼びかけてみるが、反応はなく。無視されているのかと思ったが、単に声が届かないほど自問自答しているだけのようだ。
カラスが二鳴きほどしてるのを、地上から見上げていると、視界の下方からようやく声が返ってきた。
「私の予定に、あなたは居ません。ですが、現状考えうるメリットとデメリットを秤にかけるなら……お話、受けたいと思います」
「おお! そうか!」
「ですが、あなた自身が仰ったように、少しでも嫌悪感を覚えたり道を違えたと感じた場合は、すぐに契約解消させていただきます。構いませんか」
「わかった。それでいいよ」
言葉を聞くと、少しだけ硬かった表情が解れた。そのままピシッとした姿勢で、小さくお辞儀をしながら言う。
「……では。改めて。エイシンフラッシュです。よろしくお願いします」
「よろしくな、フラッシュ」
それから。
俺とフラッシュは一緒に夏合宿のスケジュール管理を作成することにした。本来の目的は俺自身に関してだが、いかんせん今の彼女にいきなりは難しいだろう。トレーナーとウマ娘とでは、勝手も違う。なので、まずはチームメンバーと自身の予定立ててもらった。
「テイオーさんの初日のメニューは、このようなものでいかがでしょうか」
「どれどれ~? …………え、キツすぎない? こんな詰め込むの?」
「テイオーさんの次走は秋の天皇賞とお伺いしました。東京レース場芝2000mで、確実に勝利するためには、スタミナ、スピードの観点から、このぐらいは必要不可欠……とトレーナーさんからのお達しもありましたので、私なりにディストリビューションしたのですが」
「でぃすと……? じゃなくって! 最終日までみっちりトレーニングじゃん! ボク、合宿の最後はトレーナーとお祭り行くって言ってたでしょ?」
「あ……。そうでした。すみません、すぐに訂正します」
「もー! 息抜きのない合宿なんて、絶対ムリムリ! フラッシュだって、嫌じゃないの?」
「私は構いませんが……」
「えぇ~……うっそぉ……」
クリークとネイチャのスケジュールを作りながら、トレーナー室でそんなやり取りを耳にする。ある程度の内容は伝えていたが、まだ他人の管理は難しいか。
「ごめんな、テイオー。フラッシュ。それはこっちでやるから。フラッシュはまず、自分の予定を作ってみてくれないか?」
「いえ。課題を途中で投げ出すわけにはいきません。最後までやらせてください」
「……わかった。じゃあ、一緒にやろう」
レースに出るウマ娘は、本来自分のことだけ考えていればいい。それなのに、彼女は嫌な顔を一つもせず懸命に俺の取り組みに協力してくれた。時に眉間に皺を寄せながら、冷房の効いた部屋なのに脂汗を流しながら、必死に考えてリスケジュールをする。
「やっぱり凄いな、キミは」
時間は、既に門限ギリギリ。流石のテイオー達も、もう寮へ帰っている。外泊許可は出してないので、今日はここまでだろう。
最後まで自分の持参したノートと、今日やったことの復習を続けるエイシンフラッシュへ。冷たい飲み物を渡しながら、素直に感じた称賛の言葉を投げかけた。
「何がですか?」
真意が伝わっていないことに驚きながら、俺は続ける。
「その熱心さだよ。レースと同等……下手すれば、それ以上に入れ込んでやってるじゃないか。それも、こんな遅くまで。途中でキリをつけても良かったのに。正直、想像していたよりずっと意識が高くてビックリしたよ」
意味を理解すると、フラッシュはノートを机に置いて伏し目がちに答えた。
「……実は、結構ショックだったんです」
自信なさげに紡がれる言葉は、彼女の純粋な想いだった。
「私は私なりに、常に正しくある両親を見て……それに憧れて、時間を管理することを覚えました。ですが、本当のプロの考え方、予定の組み方を知って驚愕したんです。私のやってきたことは、子どもの遊びだったのだと」
時たま抜けがあるのは、一つのことに集中しがちな性格がゆえのもの。それを払拭するために、予定立てを行い、沿って行動するつもりだったのに。根本的な部分が変わっていないせいで、結局スケジュールの通りにいかず、いつもタイムテーブルが瓦解するらしい。修正を試みようとしても、ところてん式に問題がずれていくだけなので、休みの日を削ったりしてるんだとか。
シュンとする姿を見て、俺は前から感じていたことを伝えてみた。
「……フラッシュ。実は思っていたことがあるんだけど」
「はい?」
「キミの予定の立て方は、本当に上手に出来ているんだ。でも、大事なものが欠けている」
「なんでしょうか」
「余裕、だよ」
「余裕……つまり、バッファがないということですか?」
「例えば、さっきのテイオーの予定表だけど。トレーニングの内容は完璧だ。でも、その他の部分がキツすぎる。移動時間なんて、ほら。全速力で移動しないと、次の場所へ間に合わないだろ?」
「効率を求めるのであれば、不要な部分を削るのは当然だと思うのですが。走ることでトレーニングと併用することもできます」
「不要な部分じゃないよ。移動時間も、休憩時間も、食事や睡眠。それらも大事な時間だ。もちろん、健康面にも関係するけど。それ以上に、今回はせっかくの合宿なんだから、たまには羽を伸ばす時間があっても良いんじゃないかな」
一人で動くのではなく、みんなで動くのだ。移動中にくだらないゲームをしてもいい。休憩時間に、やけに値段の張る海の家でアイスを買ったって良い。食事中に、最近見た動画の話をしたっていい。お風呂で尻尾の洗いっこしたって良いんだ。
キミ達は立派なアスリートだけど。それ以前に、学生なんだから。もっと青春を謳歌しても良いんだよ。
「……追い込みをかけるのは、無駄だと?」
「じゃなくて。締めるところは締めて、力を抜くところは、ちゃんと抜くように。ってこと。俺だって、365日24時間ウマ娘のこと考えているわけじゃないんだぜ。そうだな。一日の中なら、三分の二ぐらいかな」
「他は何を?」
「寝てる!」
「……ふふ。それなら、四六時中考えているのと同じじゃないですか」
ようやく、フラッシュが笑ってくれた。余裕がないのは、予定表だけじゃない。彼女自身もだ。
想定したデビューの次期が過ぎ、友達は既に最前線で走っている。焦らないわけがない。結果的に、ちゃんと予定を組む力があるにも関わらず、欠点が浮き彫りになり、トレーナーからは目をかけてもらえない。泥沼にハマりかけていたのだ。
肩の力を抜くことを覚えれば、きっとフラッシュは俺にとって大事な役割を担うウマ娘になってくれるはずだ。
それを、この合宿で心技体の全て鍛え上げて、本物にしよう。寮までフラッシュを見送りながら、俺はそう誓った。