ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第十三話「成長、これが管理するということ!」

「次の信号を右です。その後、564m進んでから交差点を左折してください」

「おっけー。……おっとぉ、間違えちゃった」

「なっ……!?」

「悪い悪い。急いで、ルート再検索してくれる?」

「絶対わざとですよね、トレーナーさん?」

「いやいや。ミスぐらい誰だってあるもんだよ。ほら、早くしないと。どんどん山奥行っちゃうぞ?」

「もう……。ええと……。次の小道を斜め右に曲がってください。それから……」

 

合宿当日の朝。今までは俺の自家用車で通っていたが、今年は人数も多いのでワンボックスカーをレンタルしての出向だ。隣にエイシンフラッシュを乗せ、広い後部座席ではテイオー達が遊んでいる。シートベルトはしっかりするんだぞ、テイオー。お前だけだからな、こういう注意をしないといけないのは。

 

「移動時間ぐらい、ゆっくりすればいいのにね~」

「良いんじゃない? 本人がやりたがってるわけだし」

「辛かったら、いつでも代わりますからね~」

「お気遣いありがとうございます。」

 

後方から仲間たちが声をかける。真剣な様子で生返事をしながら、必死にスマホを弄って今の状況を確認する様子が、視界の端から伺えた。

 

ちなみに、俺も他の皆と同じ意見を出発前に思ってたのだが…。まだ傘下に入って日も浅く、何を話していいかわからないらしく。ナビゲーターとして助手席を希望したいと提案されたのだ。管理トレーニングの兼用も出来るし、と。

 

本来は交友関係を深めて欲しいが為の移動時間なんだけど……。と言ったのだが、ちょっと涙目になっていたので、今回ばかりは折れてあげた。不器用だなぁ、この子。そういえば、あんま友達も多くないってスマートファルコンも言ってたっけ。まあ、追々でいいか。

 

 

走ること数時間。昼前にはなんとか見慣れた宿泊施設街に到着。学園が所持している宿は、それぞれグレード分けがされている。先輩がいた頃は、スズカさんとクリークの戦績のおかげで、まあまあ良い補助を得られていた。今も、テイオーが復活したこと、ネイチャの初G1制覇とあって、上級と言っていいぐらいの立派な和風旅館に泊まれることとなった。

 

 

 

「よーし。じゃあ、荷物置いたらすぐ練習始めるからなー」

「具体的には30分後に、着替えを持参して浜辺に集合です。この場合『すぐ』という言葉はやや不適切かと。」

「こ、こまけえことは良いんだよ!」

「よくありません。指導者ならば、正しい言葉と指示をお願いします。では、29分37秒後に。」

 

ピシャリと言い放ち、フラッシュは自分の部屋へ入っていった。もしかすると、移動中のことを怒っているのか……? 急なスケジュール変更に対応できるような練習のつもりだったんだけど……。

 

「トレーナー、嫌われちゃってんの~。ぷぷ~!」

 

一部始終を見ていたテイオーが、にやけながら俺に追撃してくる。肩を落とす俺の頭に、優しく温かい手が添えられた。

 

「後でちゃんと仲直りするんですよ~?」

「どうみても自業自得ですしね~」

 

ネイチャの追撃を背に受けつつ、クリークに礼を述べてから俺は自室へと向かうこととした。部屋は二人部屋を用意していて、テイオーとネイチャ。クリークとフラッシュといった具合だ。俺は一人用の少し離れた角部屋だ。いくら担当の子達といえ、男女は流石に別じゃないとな。

……ちなみに、予約直前まで俺はテイオーと同室になっていた。ギリギリで気付けて良かったけど……。あいつ、どうやって俺のパソコンのパスワード突破しやがったんだ。

 

ちょっとした怪奇現象に悶々としながら、俺は定刻通り(正確には18秒の遅刻と言われた)に浜辺へ到着した。みんな学園指定水着に着替えて、アップも完了しているらしい。

中でも一人だけ。エイシンフラッシュだけは、手にストップウォッチと防水カバーのついたタブレットを持っている。俺のサポートが目的でもあるが、何より彼女はまだデビューすらしていないウマ娘。基礎的な能力が、3人に比べると圧倒的に足りていない。まずは見学してもらい、そこからちょっとずつ慣れていってもらうことにしたのである。

 

 

「よーし、いいぞテイオー! 次はインターバル走だ! フラッシュ、タイム計測頼むぞ」

「はい。」

「クリークとネイチャはタイヤ引きだ! アンクルウェイトもつけとけよ!」

「はぁ~い」

「はい、ネイチャちゃんの分ですよ~」

 

クリークが涼し気な顔をして手渡す、足につける重り。数字は一つで俺の体重に近いぐらいのものだが、ネイチャも当たり前の様に装着していた。おお、足が砂浜にめり込んでる。

準備の間に、クリークはt単位の巨大なトラックタイヤを運んでいた。改めて思うけど、ウマ娘ってホントとんでもない超人だよなぁ……。

といっても、ここまで高負荷なトレーニングはシニア級の子にしかできないだろう。本格化して、体つきはそれなりに整っているとは思うが……筋力量や、そもそもの経験値の無さから怪我をしてしまう可能性が高い。

特に俺の場合、テイオーやスズカさんを見てきたからケガに関しては特に厳しく監視している。

 

「……」

 

だから、ここは心を鬼にすると決めた。道中のことは謝罪済みで、お互いもう気にしていない。だから、意地悪とかじゃないんだ。ストップウォッチを手に、フラッシュが皆の練習を眺めている姿を見ながら俺はそう思う。

最初は計測も上手く出来ていなかった。それは彼女のドジな属性のためではなく……単に、GⅠ制覇者たちの走りを間近で見たことによる羨望が原因だ。

目を輝かせ、時折口元に手を当てて驚き、前のめりになるようにして強者達の走りを見ている。

 

『凄い……。これが、最前線を行くウマ娘の走り方なんだ……。いずれ私も……!』

 

ドイツ語で何かを言っているが、俺が知っているのはKugelschreiber(ボールペン)ぐらいだから、漏れた呟きは理解できない。けど、なんとなく心情は察せる。

 

「フラッシュ、ちょっと併走してみるか?」

 

そんな子供が新しい玩具を手にした時のような表情をされて、俺はもう自制できなかった。ウマ娘である以上、フラッシュも走りたい欲求があるはずだ。負荷をかけない、普通のダッシュなら問題なかろう。

 

「……いえ。私は私の責務を全うしますので、お構いなく。」

「3本目のラップタイム、15秒じゃなくて10秒だよ」

「え? あ……。」

 

記録の打ち間違いをするほど集中できてないなら、もういっそまとめてトレーニングをしてしまえば良い。

3人の中で比較的無茶をさせる心配のない、スーパークリークを呼び寄せると俺は併走を依頼した。

 

「あら~。良いですよ~。よろしくお願いしますね、フラッシュちゃん」

「ですが、私のトレーニング予定は午後からになっているのですが……。クリークさんの予定も狂ってしまいますし。」

 

フラッシュの予定は自分で立ててもらった。その上で俺が添削し、これで行こうとOKを出した。

にも拘らず、いきなり初日から変更をされては、彼女も堪ったものではないのかもしれない。

だから、俺はハッキリと伝えてあげた。これから、フラッシュが何度もぶち当たるであろう壁の乗り越え方を。

 

「クリークについては、明日のダッシュトレーニングを今日の分に持ってくる。タイヤ引きはテイオーも予定してるから、一緒にやれば準備時間や効率は落ちたりしない。

キミは午前中にここで10本ダッシュを済ませる。午後の分は座学に回そう。そうすれば、夕方から夜にかけての予定が前倒しになるからフリータイムが出来るな? その間に、リスケジュールをしよう。俺も体を空けておくからさ。それで良いかな?」

 

ぽかんとした顔で話を聞いていたが、途中から我に返り、自分用のノートに今言ったことを書き起こしていく黒髪の少女。話し終えてから少し間を置き、文面をなぞるように視線が何度か動いた後、こちらを青い瞳が捉えた。

 

「……なるほど。それなら、心身ともに余裕ができますね。」

「予定を流れる時間に任せるんじゃなくて、一つ一つをタスク化して常に入れ替えが出来るようにすれば、まき直しも簡単だろう? トレーニングの場合なら、負荷率を考えて総合的に想定した数値と同じになれば、それでいいと思うしさ」

「……わかりました。」

 

今までは、遅れたり予定変更があったら、その日のうちに立て直すようにしてたんだっけな。そうすると、削ってはいけないはずの休憩時間や睡眠時間が減ってしまう。それを次の日にもちこし、疲労が溜まりパフォーマンスが維持できず、体調を崩す。実直ゆえに陥りがちな傾向だ。

先の予定を考えすぎているからこそ、それに縛られ過ぎている。だから、最終的な着地点を決めて収まるように調整をすれば、結果的には問題ないはずなんだ。

……まあ、将来的に就きたいというパテシエの仕事として考えると、それは通用しないのかもしれないけど……。代用案とタスク管理の仕方を覚える、ってのは無駄になることはないだろう。

 

「では、行ってきます。」

 

パタンとノートを閉じると、フラッシュはミリ単位で切り揃えられた尻尾をなびかせて、所定の位置へ走っていく。その後ろをすぐにクリークが追いかけるかと思ったのだが。ふとたちどまると、頬に手を当てたままこちらを振り向いた。

 

「どうした?」

「いえ~。トレーナーさん、なんだか……」

「え? なに? なんか付いてる? 服後ろ前とか?」

「いえ~。ズボンのポケットが出てるだけですよ~。そうじゃなくって……指示の仕方とかが、前よりハッキリしてきたと言うか……。うぅん……何と言えばいいか……」

 

少し考えて、はみ出したポケットを戻してもらいながら、俺は思いついた言葉を口にする。

 

「有能っぽくなった?」

「……言葉を選ばなければ、そうですね~」

「ははは。ありがとう。まあ、俺だって成長ぐらいするよ。なんだかんだ、トレーナー歴も長くなってきたしな」

「……ええ、とっても良いことだと思います~」

 

少しだけ何か違和感を覚える返事を聞きながら、俺は待っているフラッシュの下へ向かうよう再度お願いをした。

なんか変わったのかな、俺も。褒められたし、良いことなんだろうけれど。

 

浮かれ気分はそこまで。クリークの軽く流すアップについていけずに肩を落とす姿や、全力ダッシュで更に力の差を感じて落ち込みかける姿のエイシンフラッシュを、なんとかケアしながら、その日のトレーニングは終えることにした。

 

 

 

 

・・・。

 

 

【トレーナー、部屋に居るぅ~?】

「ああ、居るぞ」

【じゃ、入るねー】

「せめて返事を聞けよ!!」

 

スマホを耳から離しながら、俺は当然のように自室へ入って来たテイオーへ叫んだ。いつものことじゃん、と からから笑いながら寝間着姿で入ってくるが、俺の前方に視線を移すとピタリと止まった。

 

「あれ、フラッシュもいたんだ」

「はい。明日のスケジュール確認をしたくて、付き合って頂いてるんです。」

「悪いなテイオー。ってわけで、取り込み中だ」

 

旅館によくある、窓際の対面スペースで資料を開きながら俺とフラッシュは、今日のことをまとめていたのだ。俺と遊ぶ気満々だったテイオーは、口をとがらせながら不服そうに言う。

 

「え~? もう自由時間なのに、勿体ないじゃん。ちょっとぐらい遊ぼうよ~」

「子どもじゃないんだから、わがまま言うなよ」

「中等部は子どもでぇーす!」

「……いえ問題ありません。トレーナーさん、後15分でアジェンダの再設定を終わらせましょう。そうすれば、就寝時刻まで1時間は余裕が取れます。その間に、テイオーさんと息抜きをしてはいかがでしょうか。」

「おっ」

 

さっそくタスク管理が出来るようになっていて感心した。どこを縮めれば、どこでバッファが出来るのかを理解し始めている。それもしわ寄せの出来る行動計画ではなく、純粋に『急げば問題ない』と自己の力を踏まえたうえでの発言だ。だが、既に想定していた内容と現実には乖離が起きている。これを15分で整えるには、それなりに労力と才能が必要だが……。揺るがない真っすぐな目をみて、俺も腕まくりをしながら応えることとした。

 

「よし。じゃ、一気に終わらせるぞ」

「はい、お願いします。」

「……」

 

普段なら、ここでもう一回ぐらいテイオーが何か茶々を入れてくるのだが。珍しく黙ったままだったので、ちらりと視線を座敷の方に向けると、テレビをつけながらスマホを触っていた。どっちかにしないと脳みそ疲れるらしいから、やめておけよ。

 

と、声をかけられる状態になるまで15分ピッタシ。明日の起床時間から就寝時間までの、みんなの行動表 改訂版が完成した。思わず顔をあげると、フラッシュも同じように驚いたような顔をしていた。

 

「で、出来ましたね。」

「ああ、完璧だ。よくやったな!」

「……!」

 

喜びを噛みしめながら頬を緩ませるフラッシュを見て、俺は自分の選択に間違いがなかったことを再認識する。やりたいこと、やれるようになるって嬉しいよな。

 

「よっし。テイオー、こっちは片付いたぞ。なにするんだ?」

「トレーナーの元カノの話」

「俺に一時間も妄想を語れと?」

「なんだ、トレーナーなのに彼女居たことないんだ?」

「とっ、トレーナーであることと関係ねえだろ! ほっといてくれよ! 自分で言ってて悲しくなるだろうが!!」

「ふぅん。……へへ。まあいいや。こっち来てゲームしようよ。ネイチャとクリークも呼んだからさ」

「……ったく。一時間だけだぞ。……なあ、フラッシュ?」

「はい!」

 

そんなことを言っておきながら、結局4人も集まってパーティゲームをすれば、一時間で熱が収まるわけはなく。5分伸びるたびに、怒られてしまい予定時間の30分後にようやく収まりがついた。だけど、俺達の間に本気で怒っている人は誰もおらず、ただただ楽しい空間を作れたことは本当に幸せなことだったと思う。

 

 

 

「クリークさん、次は坂路ダッシュ5本いきましょう。終了後15分の休憩を挟んだのち、室内でトレーナーさんと座学に移ってください。」

「はぁ~い」

「ごめーん、フラッシュさん。潮の流れが強くって、ちょっと戻ってくるの遅れちゃった」

「遠泳はブレの多いトレーニングですから、想定内です。次のエアロバイクの時間を20分削減すれば、負荷は同率ですから問題ありません。シャワーを10分で済ませて頂けるならスケジュールに狂いは出ませんよ。」

「りょーかーい」

 

「……」

 

合宿後半のこと。俺は感動で涙を零しそうになっていた。

失敗もしてたし、その度に俺に相談もしてくれた。秋のメイクデビュー戦に向けて、自分の調整もあるのに。それでも、フラッシュは文句を言わずに付いてきてくれた。

その結果、何も言わず予定のズレも完璧に適応できるようになってくれた。元々の素質はあったのだから、当然ではあるのだけれど……それでも、これは彼女が辛抱強く、信じる道を貫いてくれたおかげだ。

 

「凄いねー、フラッシュ。もうトレーナー居なくても良いんじゃないの~?」

「俺もそう思う」

「じゃあさ、今から抜け出してボクとどこか遠い所に行かない?」

「せっかくの海だしな。ダイビングとかするか?」

「え~? もっとロマンチックなことしようよぉ~。砂浜で追いかけっことかさぁ!」

「いや、俺お前に追いつけねえよ」

「えっ、追いつけるならやってくれるの!?」

「さあ、どうだかな」

「あ、じゃあ、ボクが捕まえてあげる♡ それならいいよね?」

「テイオーさん。休憩は5分前に終わってますよ。早く練習に戻ってください。具体的には10秒後です。さもなければ、昼のおやつ時間を削ることになりますが。」

「うぇ!? ホント、トレーナーよりよっぽどスパルタだよぉ。ちょっとぐらい良いでしょ~?」

「あと4秒。」

「わかったわかった! 今から行くからぁ~~!」

 

会話を聞いていたフラッシュが呆れた顔でテイオーを諌めた。渋々言うことに従い、名残惜しそうに俺の側から離れていく。

 

「まったく。テイオーさんだけ、いつも言うことを聞いてくれませんね。」

「ああいうやつだからな。でも、上手にコントロール出来てるよ。さすがだ」

「……ありがとうございます。」

 

先ほどまでテイオーが居た場所に来ていたフラッシュは、ほんのり頬を染めながら俺の賛辞を受け取る。忘れかけていたが、この子もまだ学生なんだ。厳格で粛々とした態度から、どうにも無縁にも思えたが、どこにでもいる普通の子供と同じ。庇護欲に任せて、ついみんなにもするように黒鹿毛の頭に手を伸ばし、軽く撫でてしまった。

 

「!」

「あ、悪い!」

 

反射的に手から離れ、頭部を押さえてしまうフラッシュ。仲良くなったつもりだったけど、流石に距離の縮め方を間違ったかな。それでも、思ったよりも強めに拒絶された気がして、意気消沈しながら重ねて謝罪をする。

 

「いえ……すみません。突然だったので、驚いてしまっただけです。」

 

その割には顔は先ほどから赤いままだし、頭に手は当てたままだし……。そんな怒らなくても良いじゃないか。俺だって、ちょっとはヘコむぞ。

 

「……おっと。フラッシュ、そろそろ時間だな。練習、行けるか?」

 

気を取り直して、俺は確認した。

みんなの行動の割り振りが終わったので、次は彼女のトレーニングだ。ようやく気分も落ち着いたのか、深呼吸をしたのちに、首を縦に振ってくれた。

準備運動を念入りに、想定した10分の間にじんわりと汗がにじみ出るまでストレッチや整理運動をしていく。時間きっかりで終えると、インターバルトレーニングを始めた。

こちらからの指示は出さない。合図も送らない。フラッシュ自身が持っている時計、物理的なものではなく彼女の中にある体内時計(サーカディアンリズム)を基準に、どれぐらいのペースで走れば効率が良く出来るのか、全て一任してあるからだ。俺はそれを記録に残すだけ。

 

真っすぐ前を見ながら、走り出す彼女はとても美しかった。指導を始めた頃の、理想と現実のギャップに苛まれていたウマ娘はもういない。少し背中を押してあげただけで、ここまでの成果をあげられるのは多分、俺にもフラッシュにも予想外だったに違いない。

そして、その予想外に対する予定のまき直しも既に彼女から提案として受け取っている。心配事など、もうなにもなかった。

唯一あるとすれば、時折その愚直にすら思える憧憬への姿勢に目を奪われて、記録取りが疎かになりかけたことぐらいかな。はい、俺が悪いだけです。

 

クリークが予定通りに坂路ダッシュを終えて、俺の下へ戻って来た。休憩を挟んで、午後からは室内で、スポーツ傷害の予防などの講習だ。クリーク自身は、まだまだ現役のウマ娘であるけれど最近はそういうのにも興味が出てきたらしい。ネイチャもテイオーも、割かし怪我しやすい体質だから嬉しい限りだけど。……ああ、でも二人とも『うまぴょい』してるし、そこまで心配いらないのかな。

 

改めて、『うまぴょい』が常軌を逸した行為だと俺は再認識する。ケガの予防にもなる、トレーニング効果を絶大に引き上げる、距離適性を伸ばす……。普通じゃ考えられないもんな。

 

「……どうかしましたか、トレーナーさん?」

 

肩を弾ませたフラッシュが、既定の時間に戻って来た。変わらず純粋に夢へ向かって進んでいくこの子も、他のウマ娘達に対しても。諦めることなく、ずっと走り続けて欲しい。

その為に、俺にはエイシンフラッシュが必要なのだ。そして今はもう、充分に実力を備えてくれているだろう。

 

ならば……!

 

「……あのさ、フラッシュ。話があるんだけど……」

「? なんでしょうか。」

 

スケジュールに支障がない時間を選び、俺は大事な話を持ち掛けた。それはこの合宿における最大のイベント……になると思う。俺の予想が間違っていなければ、だが。

そして、フラッシュに対してもそれこそが最も過酷な課題になるかもしれない。だけど、信じてみようと思う。

……彼女が、俺をちゃんと信用してくれていれば、だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

「はー、お祭り楽しかったね、ネイチャ」

「そだねー」

 

部屋に戻り、手荷物を置くや否やテイオーは敷きっぱなしにしてあった布団へ飛び込む。リラックスし、今日のことを思い返しながら、シーツの上でゴロゴロしていると静かに窓辺に佇む背に気付いた。

 

「……? どしたの?」

「ん? ああ、いや。別に、なんでも」

 

一通りのカリキュラムが終わり、それぞれが秋からのレースに向けてみっちりと鍛錬できた。トレーナーの手腕だけでなく、共に管理体制を布いてくれるウマ娘が加わったことによりその効率は更に上昇。

テイオーは秋の天皇賞へ、ネイチャは毎日王冠へ。お互い、勝利を掴むに値する練習が出来たと自負している。

 

他に、何か心残りでもあるのだろうか。

なんだか寂し気な背中を見ていると、テイオーはふと思いついたことを、ちょっと意地悪な風に口にした。

 

「はは~ん。ネイチャ、もしかしてトレーナーと思い出作りしたかったの~?」

「は、はぁ!? 何言ってんのテイオー!? そそ、そんなわけないじゃん!」

 

冗談めかして言ったつもりだったが、想定よりも強い照れ隠しが返ってきたので思わずたじろぐ。まさか、とは思っていたけれど図星だったようだ。どもりながら振り返った顔は、薄紅色に染まっていた。

 

「……テイオーはさ、不安になったりしないの?」

 

慌てた反応で、誤魔化せなくなったと判断したネイチャは再び窓の方へ顔を向けながら問う。

 

「なにが?」

「トレーナーさん……色んなウマ娘に手を出してるじゃん」

「たしかに、最近はそうだね」

 

ソウマにとっては、基本的に襲われた側なので言い方に語弊があるが、この場に居ない以上否定できるものが誰もいない。事実として会話が進んでいく。

 

「……いつか、本当にどっか行っちゃったりしないかな……」

「……」

「あはは。な、なーんてね。冗談冗談。ささ、ちゃっちゃとお風呂に入って寝よっか! 明日で帰るんだしさ」

「ネイチャ、ホントにトレーナーのこと好きだね」

「すっ!? な、なな何言っちゃってんのテイオーさん!? そ、そそそそういうんじゃないんですけど!?」

「まー、トレーナー優しいし、ボク達のことをすっごく尊重してくれるからさ。人当たりの良さで心配になる気持ちもわからなくないよ」

 

でも、と続ける。

 

「トレーナーは、ボク達のことを置いて勝手にどっかに行ったりしない。それだけは絶対だって言える」

「……テイオー……」

 

レースに挑むときのような、熱く真っすぐな眼。ネイチャには埋められない、分かち合えない、苦楽を共にしてきた二人の絆。

信頼のおける言葉が嬉しかった半面、嫉妬の熱が心を駆け巡る。

ライバルでもあるが、友人でもある鹿毛のウマ娘の、微細な心情の動きを察知したテイオー。

 

仕方なさそうに立ち上がると、窓の反射越しに目を見つめて口を開く。

 

「……そんな不安ならさ。あれ、やっちゃう?」

「あれ?」

 

 

 

「決まってんじゃん。『うまぽい』(※)だよ」

「う……『うまぽい』!?」

 

 

 

思わず振り向いて、恐々尋ねるナイスネイチャに対して、トウカイテイオーは不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※夜間に相手の下を訪れて行う『うまぴょい』のこと。主にウマ娘側から実行する場合に使われる一般用語。……一般?

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