ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第十五話「苦悶、揺れ動くフラッシュの下した決断!」

(ホントにこっちで合ってるのかなぁ……)

 

時速60kmほどで道路を駆けながらネイチャは疑問を浮かべる。テイオーが言うには、目的地は『共同宿泊施設』とのこと。

そのルートの設定は、トレーナーではなくエイシンフラッシュがしているであろうこと。トレーナーのことならば大概のことはわかるけれど、フラッシュの場合は別。読み切れないなら、出来るだけ早く目的地に向かいつつ、探索しながら手分けして進もう、と提案された。

 

はっきりとはわからないけれど、選ぶならどちらかのルートのはず。海沿いか大通りか。森林地帯はトレーナーの安全を考えると、自ら狙っていかないだろう。

というわけで、テイオーは大通り側から。ネイチャは海辺に向かって走り出したわけである。

 

そもそも、本当に逃げ出したのかすら確証が持てない。だが、長らく苦楽を共にした担当ウマ娘が冗談ではない様子で言うのだから、きっと真実なのだろう。トレーナーと連絡が取れないのも、信憑性を高くしている。

自分には決して見えない、二人だけの強いつながりにネイチャは軽く嫉妬をした。自分だって、トレーナーと合意の上で『うまぴょい』をしている、特別な存在……のはずなのに。

悶々とする気分の中、アスファルトを蹴って風を切りネイチャは走る。時折スマホで位置情報を確認して、テイオーの言う予測ルートを潰していくようにしていた。

 

「……ん?」

 

ふと、通りを曲がったところでネイチャの耳に、会話が聞こえてきたような気がした。

夜も遅く、時折車が通りがかる程度の人気のなさ。街灯と遠くに鳴る虫の音に、潮騒が加わった以外に変化はなかった。

なので、彼女はその異音に敏感になっていたのだ。反射的にその方向へ振り返る。

 

……だが、そこには何も居なかった。

 

信号の色が赤から青になったこと以外の動きはない。気のせいだったか、と首を傾げるとネイチャは再び走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……行ったか?」

「はい。もう通常の声量で会話をしても問題ないかと。」

 

屈んだまま、建物の影から私は暗がりの先を見つめた。走り去る音も残さず、真っすぐ揺れる鹿毛の尻尾が闇に消えていく。声を押し殺した質問に対し、普段と同じように返事をした。

 

「ふぅ。よかった。ありがとう、フラッシュ。気付いてくれて」

「いえ……。」

 

胸をなでおろすトレーナーさんの顔をまともに見れなかった。

さっきまで、私はこの人が望むことと反対の行為をしようと葛藤していたのだ。ばつの悪さが目立ち、中々視線を上にあげられない。

 

「しかし、もうここまで来ていたなんてな。テイオーの初動が早いのもあったけど……回り込み方が的確だ。それに、あの方向に行ったということは……」

「海沿いのルートは難しそうですね。ネイチャさんが引き返してきた場合、障害物となる物がほとんどありません。見つけられてしまった場合、まず機動性の問題で捕まってしまいます。」

「だな。動きながらでいいから、抜け道を探してみようか」

「わかりました。」

 

 

……本当は。

あの時、ネイチャさんに向かって声をかけようとした。あなたの探している人は、ここにいますよ。と口に出せば良かった。実際、その為に湿る空気を一吸いした。

だけど、言葉を発するに足る覚悟が私には……なかった。

 

私を道具と見ていたであろうトレーナーさんのことなんて、どうだって良いと思ったのに。

脳裏に浮かんでくるのは、いつだって楽しそうなこの人の顔。いっつも誰かに振り回されてるのに、嫌な顔一つしない。ウマ娘(私たち)の為なら、自分のことなんて後回し。自分の幸せより、他人の幸せを第一に考えられる、聖人のような生き方をした真面目で実直な方。

 

騙したりしないはずだ。陥れたりしないはずだ。

 

言葉が足りないことなんて、誰だってある。トレーナーさんが私のことを信じてくれているのに。私がトレーナーさんのことを信じてあげられないなんて、担当される身として失格だ。

少なくとも、好井ソウマというトレーナーは。自己欲の為だけに、私たちと笑って過ごすような人間ではないはずなんだ。

 

確証もない、ふわふわしたものを信じるなんて私らしくもない。だけど、今はそれを惟うのが私にとって『正しいこと』だと、断言できる。

 

私が背を向けて腰を下ろすと、トレーナーさんは再び背に乗った。手の平から伝わる緊張と体温に、少しでも応えてあげたい。

 

「トレーナーさん。」

「うん?」

「事情については、後程きちんと話して頂きます。その為の時間を確保するべく……目的地まで、後30分以内に到着しましょう。助力して頂けると、少しはバッファが取れると思いますので、どうか。」

「……ああ。わかった。頼むよ、フラッシュ」

 

振りほどかれないように、トレーナーさんが強く私の肩を握った。ウマ娘からすると、余りに弱々しく頼りのない力。落とさないように、壊さないように。私は絶妙な加減をしながら、背に抱える腕の力を強くした。

 

 

 

 

 

「そうだ、フラッシュ。先に言っておこうと思うんだけど」

「はい、なんでしょうか。」

 

走り進めている最中、トレーナーさんが周囲の様子を伺いながら口を開く。振動で舌を噛んでしまうので、あまり喋らないように言いつけていたのだけれど……。逆に言えば、それぐらい火急の用ということになる。

 

「ホテルに戻る選択肢は除外しておこう」

「……理由は。」

「俺がそう思ったからだ。テイオーに読まれている可能性がある。俺達の状況と身軽な彼女らのことを考慮するなら、そもそもこの脱出劇は『一度も見つからない』ことが最優先事項になる」

「待ち伏せされていた場合、逃げ場がない。ということですね?」

「そういうこと」

 

確かに、目的地に向かって進むならば『まだ到達していない』という可能性が十分にありうるけれど。元来た道に戻る場合は、『既に待ち構えている』という状況が発生することもあるだろう。リスクを考えるなら、私も一瞬よぎった『ホテルに一度帰る』行為は作戦に入れない方がいい。

 

「では、私からも一つ、よろしいですか。」

「うん」

「ネイチャさんとテイオーさんは、きっと連絡を取り合いながら移動していると思われます。」

「だろうね」

「先ほどネイチャさんが、海岸沿いのルートへ。そして、テイオーさんは大通り側から攻めている……と予想されているのですよね?」

「距離は長くとも、テイオーの足なら大通り方面を走ってるのは間違いないと思う。それで?」

「となると、私たちに残されたルートは一つ。森林地帯のみです。」

 

危険性が最も高い道を選ばざるを得なくなったことへの了承と……もう一つ、懸念していることを伝えてみる。

 

「ネイチャさんに、気付かれた場合の問題です。」

「? 見つからないことが前提だろう?」

「いえ、そういうわけではなく……。こちらはネイチャさんの動向はわかっていますが、あちらはまだ未知。ですが、逆に……どこかでネイチャさんが『私たちを追い抜かした』ことに気付いた場合、どうすると思います?」

「…………下手すりゃ挟み撃ちか!」

 

短く返事をしながら、脂汗を横に流していく。

これから入る、鬱蒼とした森は視覚的にもかなり移動難易度の高い場所であるが……何より、整備された道が一つしかない。ハイキング用のルートなので、無駄に分散する必要がないのもあるけれど……。

けもの道を行くのは、あまりにリスクが高い。であれば、私の出来ることは一つ。

察知されるより前に、道を進んで抜けるしかなくなる。

テイオーさんの足なら、先に宿泊施設に着く方を選ぶかもしれない。そこで待ち伏せをする……というのも、どうやらトレーナーさんは否定してきた。

 

「あいつ、絶対この追いかけっこを楽しんでるはずだから。ここまで来て待ち受けることは選ばないと思う。探しに来るよ、必ず。」

 

となれば、どのタイミングで、どのように気付かれるのか。もう運しかない。不確かな物に縋るのは、本当に不本意だけれど。それしか確証がないのなら、進むべきだ。

 

周囲の建物が少しずつ無くなっていき。舗装された道が、簡単に均されただけの土へと変わっていく。風切り音に、割って入ってくるほどの虫の合唱が鳴り響いてきた。

節電の為か予算の都合か、先ほどまで等間隔に並んでいた街灯が、心もとない数になっていく。一つ灯りを過ぎると、目線の先には蛍程度の小さな光しか見えなくなる。

 

その離れ小島のような灯りを過ぎると、後は本当に暗闇しかなかった。私たちウマ娘は、夜でも比較的視界に苦労はしない方だけど、人間であるトレーナーさんは違う。

これから、車ほどの速度で入る森林地帯は、ハイキングコースとはいえ木々が生い茂っている。ふいに現れる枝葉もあるだろうし、この時期なら突如襲来する昆虫も居るだろう。

 

「トレーナーさん、気を付けてくださいね。」

「ああ。任せたよ」

 

私が言えるのはこれだけだった。姿勢を出来るだけ低くしてもらい、私の身体の影から出来るだけはみ出さないようにする。トレーナーさんの体格だと、どうしても難しいことだが。しないよりはマシだ。

まるで密着するかのような体勢だけれど、この際四の五の言ってられない。

 

足音に抜け落ちた広葉樹が混じるのを実感しながら、私は祈りつつコースの入り口へと駆け出した。

 

 

 

 

・・・。

 

 

共同宿泊施設は、丘の上にある。大通り側からならばほぼ平地だが、海岸からだと急な坂……というより、ほとんど崖に近い道を進むことになる。

ちょうどその合間の森林ルートは、急でなくともそれなりに勾配のある道を走っていかなくてはならない。トレーニングにも使われることがあるくらい、身体的負担は大きい道だ。

 

そこを、私は人間一人を抱えながら登っていた。時間帯によっては、足元に設置された石灯篭が視界を確保してくれるのだけれど、今は管轄時間外なのかただのオブジェと化している。

夜目が利くにしても、本当ならばライトの一つでも照らしながら進みたい所。だけど、自分たちの居場所を知らせる行為はできない。

険しくはあっても、道自体は綺麗なものだから変に動いたりしなければ足を取られることもないはず。

 

潮騒の音が聞こえなくなる代わりに、虫の音が大合唱を奏でている。風切り音の合間を突き抜けるほどの鈴虫やコオロギの鳴き声が耳に届く。数分前までは、文明の存在を感じられる場所に居たのに、今やすっかり原始に還ったかのよう。

砂利を踏みしめ、背にかかる重みを離さないように、集中して私は進んでいく。距離としては、もう半分くらい登り切っただろうか。

 

追手の気配はない。このまま行けば再び街道へ入れるだろう。そうなれば、分岐の選択肢も増える。安全性も高まれば、この不可思議な逃走劇にも終わりが見えてくるはず。

ようやく見えてきた終点に、気分が高まる。何事も、計画を立てて目標を見据え、それを達成すべく邁進するのは楽しい。気分の高揚と共に、力強く駆けだそうと踏み込んだ時だった。

 

「フラッシュ、待って!」

 

トレーナーさんが小さな声で静止を促した。きゅっと肩に力を入れられたことで、反射的に私は足を止める。慣性が働く中、土煙を上げながら踏ん張りつつ、衝撃を背に流さないようにやや前かがみの姿勢で、制動は果たされた。

 

「どうしました?」

「……マズイ」

 

視線を後ろに動かすと、スマホを見つめているトレーナーさんの表情がぼんやりと映った。こんな暗がりで使うと、蛍のように自分の居場所を知られることになってしまうはずだけれど。

それを諫めるより先に、焦った語気とディスプレイの光だけでもわかる白い顔が現状の凄惨さを表している。

 

「テイオーが、もう近くまで来ているぞ……!」

 

連絡を取り合ってるなら、もしかすると位置情報の設定を再びオンにしているかもしれない。そう思って開いた地図アプリだったが、まさかの事態を知らせることとなったらしい。

テイオーさんの居場所は確かに表示されている。それも、おそらく既に森林地帯に入ってきているみたいだ。

動き方が、自分たちのものとは違う……道ではなく、雑木林の中を突き進むような動きだ。本来なら、ぐるりと回りこんでハイキングルートに入るところ、道なき道を走ることでショートカットしている。

 

「……」

 

急いでスマホをしまってもらい、居場所を少しでも隠蔽するよう努める。

しかし、このまま進めばどこかで鉢合うかもしれない。なにより、あちらは身軽な上に長距離も物ともしないGⅠ級ウマ娘。私の体力、末脚では太刀打ちできないだろう。なにより、テイオーさんは下りで私は登り。背中に抱えた重しも踏まえるなら、逃げ切ることは不可能。やはり、見つからないことを最優先事項として動かないとダメだ。

 

でも。……でも。

 

ネイチャさんが迫ってきていたら。テイオーさんに発見されてしまったら。どう逃げる、どう躱す?

様々なパターンを脳内で処理していくが、どれも現実的ではない。結局のところ、近くまで接近を許してしまった時点で詰みなのだ。

今のところ、起こりうる可能性が最も高いのは、テイオーさんに見つかること。時点で引き返し、ネイチャさんが居ないことを祈り別ルートへ抜け出すこと。

 

ダメだ。こんな藁にもすがる思いで、何かを実行に移すなんて私らしくもない。

私が私らしくあるのであれば。

 

それは、最も可能性の高いものに身を委ねること。

 

つまり……もう、諦めればよい。

 

「!?」

 

私は脱力し、ゆっくりと背のトレーナーさんを地に下ろした。

動揺する仕草を見ながら、向き合い、告げる。

 

「すみません、トレーナーさん。どうやら、ここまでのようです。」

「……フラッシュ」

 

深くお辞儀をして、謝罪した。力の及ばないことは心から反省している。バカげた逃走劇について、思うことがないことはないけれど。それでも、要望に応えられなかったことは自分の責任だ。

 

「下ってくるテイオーさんから逃げることは難しいと思われます。引き返した先にネイチャさんが居れば、回避は不可能。地の利を取られた時点で、私たちの敗北は必至だったのですね」

 

誠心誠意でもって不備を認める。期待に沿えなかったことは申し訳ないが、どうしようもないのだから……。

 

「フラッシュ。まだだよ」

「え?」

 

仕方ない、と言ってくれると思った。トレーナーさんだって、今の状況は理解しているはずだ。

だけど、それでも。

トレーナーさんは私の縮こまった肩に手を置きながら、小さな声で励ますように言った。

 

「確かに、不利なことに変わりはない。でも、まだ終わってないじゃないか。決着もつかないないうちに、諦めちゃダメだよ」

「ですが……。」

「先のことを予想して、色々なパターンを考えたうえで結論づけたのはわかってるよ。立派に成長してくれたからこそ、そう言ったんだよな。フラッシュの成長が見られて、俺も本当に嬉しいよ」

 

真っすぐな瞳を向けたまま、私の落ち込んだ視線を捕まえるように続ける。

 

「でも。終わる前から諦めるのだけはダメだ。それだけはしちゃいけない。こんなふざけた出来事に付き合わせてるのは悪いと思うけど……。それでも、俺は。最後の最後まで、ウマ娘(キミ)達に諦めて欲しくない」

「……」

「レースだって、これからの人生だって同じだ。後のことが見えるから不安になるのはわかる。だけど……だからって、その場で立ち止まっちゃいけないんだ。キミ達は……フラッシュは、ウマ娘なんだから。ゴール板を駆け抜けるまで、絶対に下を向くな!」

「トレーナーさん……」

「……それにさ。もし、今回ダメでも、次があるから。次がダメでも、その次がある。いつか必ず、望んだ結果を手に入れられるよう、俺が傍にいるから。苦しさも悲しみも全部、俺も一緒に受け止めて。絶対もう一度笑えるように、前を向かせる。だから、そのためにも……今、ここで自棄(やけ)になるのだけはやめてくれ」

 

……服の上からでもわかる。気温ではなく、緊張でじっとり濡れた手の汗を感じながら、私はその言葉を受け止める。

確かに、なまじ考え方や管理の仕方がわかってきてしまったからといって。結末を迎えることなく、結論づけるのは弱気が過ぎる。言うように、これからも強者と競っていくのならば……絶対にやってはいけないことだった。

 

ああ、本当にトレーナーとウマ娘は信頼関係で繋がっているんだ。

この人が、ここまで私に言うのなら。届くと信じているからなのだろう。不必要な言葉は伝えないはずだから。

 

それなら……。私も。

 

 

「すみませんでした。仰るように、少々見切りをつけるのが早すぎました。」

 

状況に何も変わりはないけれど。自分を信じてくれる人の気持ちぐらい、私だって汲んであげたい。求められている期待に応え、私が私であることを証明したい。

 

「私も、持てる力を出し切ってみます。」

「……ありがとう、フラッシュ」

 

優しい言葉を背に、私は考え込む。

抗うことに決めたとはいえ、現状に変わりはない。テイオーさんが時期に、こちらの方へ来ることは間違いないだろう。

うっかり通り過ぎることに期待する……。いや、そんな及び腰ではいけない。

ネイチャさんの追走の可能性もあるなら……。

 

ふと、何か案がないかトレーナーさんを見上げた。

暗がりでも、やや緊張しつつ無理に不安にさせないよう笑顔を作って首を傾げているのが見えた。

 

「……あ。」

「?」

 

そっか。あった。

一縷の望みであることに変わりはないかもしれないけど。最も現状を打破できる可能性の高い道が。

 

「トレーナーさん、こちらへ。」

「うん?」

「しっかり口を閉じていてくださいね。」

「え、あ。は、いぃっ!?」

 

驚きの声をあげるトレーナーさんの姿勢を崩す。

今度は意図的に横抱きをして、私は素早く行動に移った。

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