ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第十六話「終結、長い夜の脱走劇。そして明かされるソウマの計画!」

――――――――見つけた。

 

 

思わず頬が緩んだ。ポニーテールを靡かせながら、体温を放熱するための汗すら置き去りに、トウカイテイオーは坂道を下る。

ゴツゴツとした足元に不安がないわけではないけれど。暗がりの中であろうと、彼女は己が欲を満たすべく走っていく。かつての怪我に怯える少女はもう居ない。それは、既にトレーナーとの『うまぴょい』で克服された欠点だから。

当然、捻ったりすれば痛めることもあるだろうが、それを補えるほどの筋力もつけてきた。この合宿の成果が、なだらかでない道を力強く駆けられているという事実に現れていた。

 

暗闇の遠く遠くの向こう側。木々の隙間から見えた、ウマ娘の影。

こんな時間に、こんな所に居るヒトは限られている。『うまぽい』を察知されたのは予想外だったけれど。いくらフラッシュを使おうとも、長らく共にいた経験から、ある程度の行動予測はつく。

ネイチャを先に沿岸部へ向かわせ、自分は大通り方面から進めば、どこかで挟み撃ちに出来るはずだ。

足の速さに関して、エイシンフラッシュとそこまで大きく差があるわけではないけれど。それでも、人間一人と共に行動するのであれば、絶対に自分たちより鈍る。なにより、あちらは警戒しながら進まないといけない。場合によっては遠回りや停止を余儀なくされるだろう。

 

そこまで見越したうえで、テイオーは既に一度宿泊施設を訪れていた。そして、名簿に好井ソウマの名がまだ無いことも確認した。

であれば、することは一つ。見つけて、掴まえる。網にかかるのを待っているより、自らの手で取りに行く方がずっと楽しい。

ある日の練習中に言っていた、「追いかけっこをしたい」という願望がこんな形で実現するのは思いもよらなかったが。ワクワクしているのも本当だ。避けられいるような気にもなっているが……今は気にしないでおこう。

 

そんな思いを施設の玄関に置き去りにしてから数刻後、テイオーは遂に目的の相手を見つけられたのだった。

高揚する気持ちを必死に抑えながら、徐々にスピードを落とす。走っているウマ娘同士が全速力でぶつかれば、事故にしかならないから。

興奮していても、そんな冷静な判断が出来るのが彼女の強み。これから起こることに歓喜しつつ、テイオーは、弾んだ声を発しながら抱き着いた。

 

「トレーナー、つっかまーえたー♡」

「うぉわぁあ!? ちょ、ちょっとテイオー!?」

 

だが甘えた声を浴びた相手は、エイシンフラッシュでも好井ソウマでもなく。同じ目的を持って、彼女と共に挟撃するように走っていたはずの、ナイスネイチャだった。テイオーを受け止めると、ダンスのようにくるくると遠心力で勢いを殺し、そのまま着地させた。

 

「あれ? ネイチャじゃん」

「あー、ビックリしたー。テイオーこそ、もうこんなとこまで来てたんだ。……というか、今の、トレーナーさんにするつもりだったの?」

「え? そうだよ?」

「……はは。アンタのその大胆さ、アタシも見習った方がいいのかな……」

「ネイチャはネイチャのままでいいと思うな。……けどおっかしいなぁ、絶対トレーナーとフラッシュだと思ったんだけど」

「アンタ、上から下ってきたんだよね? こっちからは、誰も来てなかったよ」

「えー!? うーん……ネイチャが海沿いから引き返してきたなら、すれ違ってないはずないんだけどなぁ」

「まー、こんな暗がりの中じゃあねえ。見逃してる可能性も十分あると思うけど?」

「それもそうだけどさ……。ん? なにか言った?」

「え? ううん、何も言ってないよ」

「…………まさか、思ったよりフラッシュが早くて。先に迂回されて、施設行っちゃったかな……」

「どうだろ。もうホテル戻ってるとかも、あり得るんじゃない?」

「あー、もー! せっかく追い詰めたと思ったのにぃ! ネイチャ、もっかい探そ!」

「えー? まあ付き合うけどさ。もういい時間なのも忘れないでくださいよー。アタシ、朝は温泉入ってから帰りたいんだからさ。あんま遅くなると、起きられなくなるじゃん」

「ちょっとちょっと! ネイチャはトレーナーとホテルの温泉、どっちが大事なのさ!」

「どっちも大事」

「ネイチャの薄情ウマ娘! とにかく、探索再開だー!」

「えぇ~。どっちも大事って言ったのに……」

 

 

 

 

・・・。

 

 

声が遠ざかり、戻ってくる気配も消え去ったのを確認。

もう安全だと判断した私は、足場を蹴って地面に降り立った。着地の振動音が鳴っても、警戒するは必要ない。聞いているのは夜行性の動物と夏の虫、そして抱えられていた姿勢からゆっくりと覚束ない脚取りで立ち上がったトレーナーさんだけ。衝撃が思ったより強かったのだろうか。心配しないわけではないが、それ以上に私は自分の感情を抑えきれず、声もかけないまま少し前へ歩いていった。

 

「……あの、フラッシュ」

「……。」

「……えっと……」

「……。」

「……ごめん」

 

深く反省をしている声色で、短くトレーナーさんが謝罪をする。いつもはもっと饒舌にまくしたてて、装飾された理論で嗜めようとするのだけれど。今は、余計な言葉を紡がない。それだけ、心を込めて頭を下げているのだろう。

悪気があって、『あんなこと』をする人ではない。それはわかっている。だけど、上手く折り合いがつけられないのも事実。一旦は危機が去ったとはいえ、油断のならない状況だ。掛かってしまった場合の対応の一つとして、心を落ち着ける術も学ばなくてはいけない。

 

「……はぁ。」

 

重い溜息をつくと、暗がりに見えるシルエットがビクっと反応した。無視したまま、私は背を向けて、しゃがみ込んだ。手を後ろに向けて、身体を預けても構わない合図を送る。

 

「……すま……。いや、ありがとう。フラッシュ」

 

優しい声色を使って、耳元で囁くのはやめて欲しい。ジャージ越しに感じる手の感触すら、意識をしてしまいそうになる。

私は、気温のせいではない体温の上昇を感じながら走り出す。

そして、何故今こんなに心が乱れているのか。それを整理するために、さっきの出来事を思い返すこととした。

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

トレーナーさんを抱えた私は、思い切り地面を蹴り飛ばした。目標は、生い茂る木々の中にある適度に低い枝。自分の体重とトレーナーさんの重さを考慮したうえで、耐えられそうな太さの足場に狙いをつけて跳躍した私は、予想違わず着地できたことに安堵する。

衝撃で枝先が揺れ、青々とした葉っぱが波の音のように周囲に鳴り響く。連鎖して、夜行性の鳥が鳴き声をあげなら羽音を立てて飛び去った。

自らの居場所を知らせるような愚行かもしれないが、同じような物音は周囲でいくつも発声しているから、カモフラージュは出来ているはずだ。そう信じて、私は再び不安定な足場を蹴って、もう一つ高度のある枝に飛び移る。

 

ここなら、大丈夫だろう。

唯一の均された道から、大きく外れてはいないけれど。ウマ娘は横への視野は広くとも、上への反応は鋭くない。レースで研ぎ澄まされた水平方向の感覚が一流であっても、暗がりの中で、視界の悪い樹上に居るとは思いもしないはずだろう。

 

腕の中で、赤子のようにおとなしくしていたトレーナーさんを私は下ろす。このままでは眼下の状況が把握できないから、背後でじっとしていてもらおう。

音を立てないよう身を乗り出し、枝葉の影から足音のする方を覗き見た。

 

 

「トレーナー、つっかまーえたー♡」

「うぉわぁあ!? ちょ、ちょっとテイオー!?」

 

テイオーさんをやり過ごせればよかったのだけれど、どうやら、ネイチャさんも追ってきていたようだ。悪い方の想定を回避できたことに胸を撫で下ろしつつも、状況的には良くないままなことに少し焦る。

下では他愛のない会話が繰り広げられている。出来るなら、話しながらでも移動をして欲しい。自分たちが見つかる可能性を少しでも下げて欲しい。祈るように聞き耳を立てていると、二人の会話とは別の声が私の耳元に届いた。

 

「……フラッシュ」

「静かにしてもらえますか。居場所が割れてしまいます。」

「いや……その……」

 

話かけてきたというのに、口ごもる理由がわからない。非常事態なのは、トレーナーさんだってわかっているはずだけれど。

 

「キミ、虫とか苦手?」

「何故、そんな質問を今……」

 

と口にしかけて、私は察した。跳躍による運動後なこと、緊張していることによる脂汗。そのどちらかだと、ずっと思っていた。

背中のあたりがむず痒い。流汗から生まれる感触にしては、やけに重みがあると感じていたけど……。

 

「な、何が付いてるんですか!?」

「見ない方が良いと思う……」

「そうは言われましても……」

 

見るなと言われれば気になるのが性というもの。首をひねって、違和感の辺りを見てみるが暗所というのも相まってよくわからない。ならば、と手を伸ばそうとしたところ、トレーナーさんに掴まれてしまった。

 

「危ないから、触らないで」

「そ、そんなモノがついているんですか……?」

「俺が取るよ。じっとしてて」

 

こちらを少しでも安心させるよう、落ち着いた口調で告げた言葉。だけど、やや緊張感の籠った言い方だった。何か危険を及ぼす類の虫なのだろうか。とにかく、今はトレーナーさんの行動に身を任せて・・・。

 

「ひゃぅっ!?」

「!?」

 

 

「ん? なにか言った?」

「え? ううん、何も言ってないよ」

 

慌てて口を手で押さえるが、漏れた声は既に眼下に届いてしまっていた。幸いなことに、雑音として捉えられたようでこちらに気付いた様子はない。

それより、なんてことをしたのだと眉間に力を込めながら振り向くと、暗がりでも青ざめた様子のトレーナーさんが目に映った。

言葉を発すると、注意がこちらに向いてしまう可能性もある。だから、トレーナーさんは怯えたような申し訳ないような表情のまま、両手を合わせて何度も頭を下げてきた。しかし、その後のジェスチャーを見る限り、どうやらまだ原因の除去は出来ていないらしい。

 

それはそれで困る。葛藤しながらも、危害を加えてきそうな害虫(?)の処理を私は首を縦に振ることで依頼する。

 

「……んんっ!?」

「……ッ!」

 

手で押さえた口から、再び声が漏れる。出したくて出しているわけでもないのに。なぜなのか、トレーナーさんの指が私の背に触れると、全身に電撃のような感覚が走ってしまう。身構えている姿勢なのに、膝の力は抜けそうになるし、手の力も碌に込められない。

 

「……ちょっとだけ我慢してくれな」

 

そんな様子を察したトレーナーさんは、一言だけ短く耳元で囁く。すると、ゴツゴツした手が私の口元に添えられた。

私自身が押さえている手の上から、更に押しこむように。重力に負けそうな身体を支えるように、やや強引に力を込めてくる。

普段なら、この程度のパワーへ抵抗するのは何も苦は無いのだけれど。背に走る、絶妙な違和感が全身の力みを奪っていってしまう。

 

「ふっ……! んっ……! ぅうっ!」

「……よし、取れたよ」

 

我慢できずに溢れた私の有声も、指の隙間から零れていく。なすがままにされていると、呑気な解放の合図が聞こえた。浅い呼吸で崩れ落ち、木の枝から落ちないように必死に弛緩した身体で踏ん張る。

心を落ち着けるために、懸命に深く息を吸っていると、ようやく眼下の世界も落ち着いたことに気付く。テイオーさんもネイチャさんも、とっくにその場から離れていた。

 

「……だ、大丈夫か。フラッシュ……?」

 

トレーナーさんも、もう声を出して良いと理解したのか、私を気遣う言葉をかけてきた。それに対し、恥辱の限りを尽くされたことによる憤りの視線をぶつけると、私は強張るトレーナーさんを無言で抱えて、地面に降り立ったのだった。

 

 

 

(……何より、もっとも私が許せないのは)

 

回想を終えて、やっぱりされたことに対し簡単に怺える出来事でないのは間違いない。

ストレッチなどで身体に触れるのとはわけが違う。抵抗できないウマ娘を一方的に、弄るなんてありえないこと。

 

しかし……私が最も感じてしまった怒りの矛先はトレーナーさんではなく。自分自身。

 

(……ちょっとだけ……わ、悪くないと思っちゃった。)

 

身体に走る衝撃は、不快感ではなかったから。

トレーナーさんの手から伝わる、繊細な優しさ。そこから生まれた、私の身体に響く……えも知れぬ感覚。

もうちょっとだけ。本当に不本意だけれど。もうちょっとだけ……続けてくれても、良かった気がする。

 

 

そんな考えが頭をよぎったことが、今回の一番の由々しき事態だと思った。

 

 

 

 

「……見えたぞ、フラッシュ。ゴールだ」

「ええ、そのようですね」

 

コンクリートのウマ娘専用道路を、街灯りの下走っていく。

何度か人目のつきにくいルートを選んだりしてみたが、杞憂だった。たまに車が通りすぎるぐらいで、ウマ娘の影すら見かけなかったから。時間的には、確かに健康的な生活を送る者ならばとっくに自室に居る頃合いだ。こんなところに、人を背負って走っている奇抜な存在は私だけだろう。

 

「……よし。オッケー。これでミッション完了だ。お疲れ様、フラッシュ!」

「ええ。お疲れさまでした。」

 

トレーナーさんが、共同宿泊施設の宿泊者帳簿に名前を書き終えると笑顔で振りかえった。達成感のある表情を受け、私も湧き上がる想いがあったが……素直に喜べない側面があるので、ぎこちない笑みでしか返答できなかった。

 

「……少し、いいかい。フラッシュ」

「え? あ、はい。」

 

不満があると思われたのか、私はトレーナーさんが一晩明かすための部屋へと招かれた。通常はトレーナーしか入れないが、宿泊者本人が許諾を得て招く場合なら、少しは許されるらしい。

入ったのは、合宿中に泊まった旅館と比べると、畳の質も室内の広さも劣る簡素な一室。一人部屋なのもあって、今対面して座っているちゃぶ台をどけなくては就寝スペースも作れないほど。

 

「改めて、お疲れ様。フラッシュ」

 

冷蔵庫に入っていた備え付けの冷たい麦茶を、ペットボトルからコップに注いだものが置かれる。距離的には少し重めのトレーニングと言えるぐらい走っていたので、そういえば喉がカラカラだった。断りを入れてから、私は一気に中身を飲み干す。トレーナーさんは何も言わず、再びコップの中を満たしてくれた。

 

「ありがとな、こんなバカみたいなことに最後まで付き合ってくれて」

「……いえ。そんな……私は言われるがままにやっただけですから。」

「謙遜しなくていいよ。キミは本当に、俺の期待以上に頑張ってくれた。自分の欠点をちゃんと見つめ直して、俺の後押しだけで成熟してくれた。レースに関しても、きっと問題なくメイクデビュー戦は勝てるぐらい仕上がったと思うけど……それ以上に、キミはキミの伸ばしたいところを、しっかり伸ばしてくれた。それが、俺は心から嬉しい」

 

美辞麗句を、嫌味なくすらっと言ってくるのがこの好井ソウマという人だ。褒めるところはしっかり褒める、厳しいところはきつくする。飴と鞭を上手に使い分ける、敏腕トレーナーたる由縁だろう。本人こそ謙遜するけれど、この短い期間を過ごすだけでもハッキリと力量がわかった。

 

だから、どうしても……。この胸に残る、ざらついた気持ちが受け入れられない。

 

「トレーナーさん。」

「うん?」

 

麦茶をもう一度、喉を湿らせるために小さく嚥下してから。私は戸惑いつつも、目をそらさずに言ってみた。

 

「どうして、あなたが……その……。『うまぴょい』をすることが、私の管理能力を高めることが。ルドルフ会長と企てた計画に直結するのでしょうか?」

 

質問を聞くと、ちょっとだけトレーナーさんは目を見開いて驚いたような表情をした。しかし、すぐに緊張を緩め、いつもの優しい笑顔をすると。リラックスするため立てていた膝を整えて、私の正面にしっかりとした姿勢で座り直した。

 

そして、一呼吸してから真剣な顔で語ってくれた。

 

「まだ、この話は上の人にも言ってないことなんだけど。俺は、『うまぴょい』について考えてることがずっとあってさ」

「……とても不純な気もしますが。」

「ま、まあまあ。とりあえず聞いてよ。俺が『うまぴょい』を知ったのがそもそも最近だったってのが大きな要因でもあるんだけど……。凄いことだと思わないか?」

「質問の意味がわかりません。」

「念のため聞くけど、フラッシュは今まで『うまぴょい』したことある?」

「な、なななんてことを聞くんですか!?」

「ご、ごめん! いや、存在を知ってたから経験あるのかなぁ、って思って……」

「あってもなくても、人前で簡単にお話することではないでしょう!?」

「あはは。そうだよな。うん。そうなんだよ」

 

顔に熱をこめながら、必死で返すと。トレーナーさんも、流石に悪いと思ったのか茶化すように対応する。だが、最後は何故だか愁いを帯びたような表情で空を見つめ始めた。

 

「……それなんだよ。俺が思ったのは」

「それ……とは?」

 

スッと再び私の困惑する表情へ、真っすぐな瞳がぶつけられる。

 

「こんな素晴らしい行為が、隠蔽されているのはおかしくないか?」

「隠蔽……というのが正しいかどうかはわかりませんが。普通なら、誰しもそうすると思いますけど。」

「でもさ、効果は本物だろう? 不得意が得意になったり、得意を伸ばせたり。トレーニングとは違う側面で、こんな夢みたいなものがあるのに……それを、隠している。おかしくないか?」

 

今までそんな疑問を感じたこともなかったので、言葉に詰まる。それが当然だと思って生きてきたのだから……。

 

「だからさ、俺はルドルフと考えたことがあるんだ」

「なんでしょう。」

「『うまぴょい』を、もっとポップでカジュアルなものにできないだろうか、ってね」

「……」

 

私の怪訝な視線で、何が言いたいのか全て理解してくれたのだろうか。トレーナーさんは、まあまあと言いながら嗜める仕草をしつつ続ける。

 

「何も考えなしに言ってるわけじゃないんだ。ルドルフや他のウマ娘と協議しててさ。一つ、いい方法があったんだ」

「それは?」

「ウイニングライブだ。つまり、『うまぴょい』を取り入れた新しい曲を作って踊るんだよ。踊りの最中に『うまぴょい』の動きがあると、わずかながら効果があることも実証済みだ」

「ウマ娘のことをなんだと思っているんですか、あなたは!」

 

防音性が高い部屋なので、私の怒号は外に漏れはしないだろう。だからこそ、心の底から叫んで叱責する。

そんなことをすれば、URAからはもちろん、世間一般にも非難の的になること間違いなしだ。

 

「ホントにそうかな?」

「はい?」

「URAはわからないけど……多分、ウマ娘の世界に詳しくない人達は、何とも思わないんじゃないかな」

「……それは……。」

「だって、トレーナーの俺が知らなかったんだぜ? ウマ娘達のことを学び、こんなに近くで見てきたのに。ということは、大多数の人はまだ『うまぴょい』を知らないんだよ」

「……。」

 

しかし……。それでも、中々納得できるものではない。知っているウマ娘、からすれば何てことをするのだろうと、非難轟々だ。

私が今、ここで聞かずにそれを公表する形になったとすれば、まずその群衆の中に居るだろう。我々ウマ娘に対する冒涜ともいえる。

 

「……フラッシュ。俺さ、ウマ娘のことが心から好きなんだ」

「なんです、藪から棒に。」

 

いつもの諭すような、穏やかな口調でトレーナーさんは続ける。

 

「さっきも言ったけど。俺は、キミ達が悲しんだり苦しんだりする姿を見たくない。己の限界を、簡単に認めて欲しくない。こうできれば、もっと輝ける。ああすれば、あの子より速くなれる。その機会が、トレーナーだけに左右されるのは、不平等だと思うんだ」

 

以前、トレーナーさんはルドルフ会長と同じような内容で問答があったらしい。その時は、使える物は使って、何が悪い。ぐらいのスタンスだったそうだけれど。

ルドルフ会長が常に抱いている『すべてのウマ娘を幸せに』という理念に間近で触れて、徐々に変化があったのだとか。

 

幸福に出来る術があるなら。それを実現するために、最大限の努力と研鑽をする。それこそが、ウマ娘を預かるトレーナーの本懐なのだ、と。

 

熱心に、茶化すことなく。変わらない真っすぐな瞳で、夢を語るトレーナーさん。

一緒にいるテイオーさん達の普段の態度を見ても、本気で語っていることはわかる。

 

だったら、私は。

 

 

「言いたいことはわかりました。あなたが、ふざけているわけでもないことも理解できます。」

「フラッシュ……!」

「ですが、それならば私を傍に置く理由が不明なままなのですが。」

「ああ、それは計画の第二段階で、きっとこうなる。って場面が来るから。その時に、守ってもらうつもりなんだ」

「第二段階? 第一段階ではなく?」

「実はまだ『うまぴょい』の楽曲は固まってなくてさ。それも含めて、『うまぴょい』の効果と実績を世に知らしめるのが第一段階。そっちについては、また話す。で、それが成功してからが第二段階。知らない子も、知っている子も。みんなが『うまぴょい』を求めるはずだ。んでもって、今のトレセン学園には、男性トレーナーは俺一人……。まず間違いなくさばききれないだろう。その辺りの管理と護衛を、キミに任せたいんだ」

「……。」

 

今後、訪れる危機……危機なのかは不明だけれど。とにかく、それを未然に防ぐために私の管理能力と、ウマ娘としての身体能力を買ってくれたのだろう。

 

「……なるほど。結局、私はあなたの道具の一部というのに変わりはないのですね。」

「いやいや。別に誰だって良かったわけではないんだよ。理論派なら、イクノやハヤヒデ、シャカールみたいな子もいるんだから」

「……では、私でないといけない理由でもあるのでしょうか?」

 

少し拗ねながら聞いてしまったのが、不用意だった。

 

「そりゃあ、もちろん。前にも言ったろ」

 

心の準備もしないまま、無垢な子供のような笑顔で受け止めてよい言葉ではなかったのだから。

 

「キミの走る姿が、綺麗で好きなんだ」

 

 

 

胸の奥が苦しくなる。心臓をわしづかみされたかのように、きゅうっと締め付けられた。

ずっと、一生懸命自分なりに走ってきた。けれど、いつも肝心なところで上手くいかなくて。本格化したのに、誰の目にも留めてもらえず、私は夏を迎えるところだった。

 

そんな時に、トレーナーさん……好井さんが私の手を取ってくれた。レースと関係ないところに関心があったようだけど、それでも私を見てくれたことは素直に嬉しかった。

テイオーさん、クリークさん、ネイチャさん。みんな栄えあるGⅠを制覇している、素晴らしいウマ娘たちだ。そんな方々に比べて、贔屓することなく……いや、むしろ実績や状況を考えれば多大なほど目にかけてくれている。

 

言っていることは、まだ半分くらい理解が及んではいないけれど……。信ずるに値する人間性なことは、もうとっくに心でわかっていた。

 

「……ああ。でも、キミがそれでも嫌な思いをすると感じたなら。契約は解消しても構わないよ。最初に、そう約束したもんな」

「そうですね。」

「大事なことを隠して、勝手だったよな。別に今からでも良いよ。嫌だったら、これで」

「いいえ。それには及びません。」

「え?」

 

遮るように言葉を被せ、私は私の意志をはっきり伝えた。

 

「あなたが私を信じてくださるように。私も、トレーナーさんを信じています。もう今さら、他の人のところでやっていくことは……私でも管理しきれないでしょう。」

「フラッシュ……それじゃあ!」

「乗りかけた船ですから。最後まで、あなたの担当として居させてください。トレーナーさん。」

 

我ながらとんでもない台詞を言ったと気づき、くっつけたままの視線を思わず下を向けてしまう。そんなことはお構いなしに、トレーナーさんは徐に立ち上がると、慌てるように駆け寄って膝の上で揃えている私の手を握った。

 

「ありがとう、フラッシュ! こちらこそ、これからもよろしく頼むよ!」

「……」

 

こういう、妙に人懐っこい所は本当にずるいと思う。あまり似合っていない髭を除けば、顔のパーツはとても幼く見えるからだろうか。

 

何故だか、悔しい思いをした私は。さっきから、ずっと胸の奥から沸き起こっている思いを行動に移してみることにした。

 

「トレーナーさん。」

「なに?」

「計画のことも、私のことも。よくわかりました。ですが……。」

 

握ってきた手を、力強く握り返す。

 

「『うまぴょい』のことは、私はまだわかりません。今、ここで。教えてもらえますか?」

「へ……」

「ズルいじゃないですか。他の皆さんとはしているのに、私だけ仲間外れにするんですか?」

「いや……そ、そういうわけじゃ……。と、とりあえず一旦手を離してくれないかな。フラッシュ。誰か来るかもしれないだろ?」

「周囲の部屋への防音性は完璧です。両隣の部屋は既に消灯済み。正面の部屋は空き部屋。また、巡回の方は30分前に通っていきました。つまり、再び戻ってくるまで、少なくとも2時間は誰もこの部屋に近づきません。」

「よ、用意が周到すぎる……!?」

「そのように指導してくれたのは、トレーナーさんでしょう?」

「そうだけどさ~~!」

 

一生懸命、抵抗しようとしているが。汗で摩擦が弱くなっても、私の手は決してトレーナーさんを逃さない。所詮は人間の出せる力。いくらトレーナーさんが男性でも、ウマ娘との力量差は歴然だ。

 

「無駄ですよ、トレーナーさん。ヒトがウマ娘に敵うわけがないのですから。」

「…………デスヨネ」

 

諦めた顔をしたトレーナーさんの、か弱い手を私は思い切り引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキュンドキュン! ムネガナリ~!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて。みんな、今日で合宿は終わり! カリキュラムも終わり! つまり、トレセン学園に戻るまでは自由時間だ! 好きなように過ごしていいぞ!」

「はーい! じゃ、アタシはお土産買いに行くんで!」

「あら。では、私もついていきますね〜。託児所のみんなに何か買って送ろうと思ってたんですよ〜」

 

 

次の日の朝。予定通り、トレーナーさんは早朝に旅館へ戻って来た。

私と『うまぴょい』したので、疲労があるのかと思ったけれど。どうやら、トレーナーさんは体質的に疲労を感じにくいらしい。いつもの溌溂とした表情で、みんなに声を掛けていた。

 

「トレーナーさん。」

 

私は、そんな背中を小さくつつき、耳打ちする。

いつもと違う様子のウマ娘が一人いたからだ。

 

耳を後ろに、表情は硬く。腕を組んで、そっぽを向くウマ娘。遊ぶことに関しては人一倍積極的な、テイオーさんが無言で立っていた。明らかに、怒っているのがわかる。

 

「テイオーさんのことは、本当に良いんですか?」

 

昨日、『うまぴょい』の後にそれとなく聞いてみた。

私の成長を促すためとはいえ、テイオーさんを避けたことに変わりはない。本人からすれば、求めていることと逆のことをされたのだ。不満を感じないわけがないと思う、と伝えたのだけれど。

 

「大丈夫だよ。心配ありがとな、フラッシュ」

 

昨日と同じように、余裕を持った表情で笑うトレーナーさん。

他人のことではあるが、当事者でもあるので、二人の関係が険悪になってしまうのは私としても責任を感じてしまう。

どうなるのだろう、とハラハラしていると……。

 

「テイオー」

「なに、トレーナー」

 

声をかけるが、耳を後ろに倒したまま頬を膨らませている。

そんな様子を気にも留めず、トレーナーさんは続けた。

 

「悪かったな。昨日、メッセージ送ったと思うけど。埋め合わせ、ちゃんとするからさ」

「何さ。別にボクよりフラッシュのが大事ってだけでしょ。トレーナーにとって、ボクはその程度だったってことじゃん」

「その辺りは説明したろ~。機嫌直してくれよぉ」

「ふんだ!」

 

むっつりした表情は変わらない。やはり、私も何か一言謝罪をしておくべきかと一歩踏み出した。

だが、やはりトレーナーさんはそれを止める。目をこちらに向けて、得意げにウインクしてから再び向き直った。

 

そして。

 

「ほら、これで勘弁してくれねーか?」

「……あ。」

 

テイオーさんに背を向けてから腰を下ろし、手を後ろに。身体をやや前に傾けたまま、じっと待つ。

その姿を見たテイオーさんは、驚いた顔をしてから……。すぐ、嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「もー。トレーナーってば、こうすればボクが喜ぶとでも思ってんの~?」

「ああ、そうだろ?」

「ちぇっ! せーかい! そりゃ! いっけー、好井ソウマ号!」

「おっしゃ! どこだって連れてってやるよ、テイオー!」

 

笑顔で背に乗ると、元気よくトレーナーさんは立ち上がり、駆けだした。

昨晩、私がしたのと立場が逆だ。人間がウマ娘を乗せて走っている。

 

スピードも速くない。自分が走る方が何倍も快適だ。それでも、この二人にとっては、とても特別な行為らしい。

 

かつて、テイオーさんは怪我でとても苦しい思いをしてきた。目標にしてきたものを、全て失い大きく落ち込んだ時期もあったらしい。もう走ることすら、止めてしまおうと考えるほど。

 

だけど、そんなテイオーさんをトレーナーさんは親身になって支えてくれた。

三度目の骨折の時、落ち込んでふさぎ込むテイオーさんにトレーナーさんは今と同じことをしたそうだ。

 

少し恥ずかしくなったのか、そこからの詳細は話してくれなかったけれど。

結果的に、あの有記念の復活劇を演出したのは間違いない。

 

私のような新参者では、決して立ち入れない。二人だけの、二人しか感じられない通じ合った気持ち。

 

「スピード上げんぞー! 落ちんなよー!?」

「落ちるわけないでしょー? ぜーったい離さないからね! トレーナー!」

 

 

青く澄み渡る空の下、楽し気な笑顔が二つ。誰も邪魔が出来ない、されることもない笑顔の空間。

 

そんな二人を見ながら。私一人だけ、ちょっとだけ複雑な思いを抱きつつ。

硬く結ばれた絆の強さに、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

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