※作者の前作『セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~』を読んでいると楽しめると思います。
※時空的にはパラレルです。前作今作、どちらの本編にも直結してません。
それぞれのウマ娘達が合宿を終えた最後の日。
明日からも当然のように走るため、すぐに眠った子。枕投げが白熱し、クレームを入れられるまではしゃいでいる者。恋バナが止まらず、布団をかぶってから既に何時間も会話をしている部屋。様々なウマ娘達が、宵闇の中存在していた。
「そう、そうやって足を絡めてから……反対の足で挟んで、後は腕ごと持ち上げればあいたたた!! ぐ、グラス! ちょっとは手加減してくださーい!!」
「あら、ごめんなさい。軽くやったつもりだったのですが」
その中の一つ。
マスクをつけた特徴的なウマ娘が、苦しそうに呻き声をあげていた。原因を作り出した、普段は穏やかな表情と所作の、栗毛のウマ娘グラスワンダーは悪気なく謝る。
ボブカットの黒鹿毛のウマ娘、スペシャルウィークは目を輝かせる一方。隣にいるキングヘイローは風呂上りのスキンケアをしながら、その光景を白い目で眺めていた。エアコンの冷房が寒いのか、既に布団にくるまって寝落ちしかけている葦毛のウマ娘はセイウンスカイだ。
彼女らはデビューした頃合いを同じくする、いわゆる同期達だ。デビュー前から多大な期待を寄せられ、それに恥じない輝かしい結果を残している。平地GⅠを全て同年代で制覇していることから、歴代でも類を見ない『最強世代』と名高い猛者達なのだ。
そんな悍ましいとすら言える走りを生み出す彼女らからは、想像もつかないほど和やかな雰囲気。一たびレースという枠組みを外れれば、ライバルである前に親交の深い友人なのだから当然だろう。
他愛のない話をしている最中、突然始まった護身術の話題から、エルコンドルパサーが得意とするプロレス技の流れにいつの間にか変わり、グラスワンダーがそれを実践する。というシチュエーションになっても、誰も止めようとしない。いつもの光景、と言えるからだろう。
「あー痛かった……。いまのが、オクトパスホールド デース。日本では確か、卍固めって呼ばれていますね」
「へぇー。あ、じゃあさエルちゃん。私、名前だけ知ってる技あるんだけど! 教えてくれる?」
「おっ、なんデスか? エルに出来ない技はないデスよ!」
「パイルドライバーって言うんだけど、有名なのかな?」
「セラちゃん、それは遊びでやるには殺意が高すぎる技デスよ!?」
相手をさかさまに吊り上げ、そのままの姿勢で地面に叩きつける技と説明すると、流石に質問をした金髪のウマ娘……セラフィナイトも苦笑いをした。
同じ部屋で、今晩泊まる6人のウマ娘は『最強世代』の間でも、特に仲の良いグループだ。
加えてクラシック・シニアを含めたGⅠのトロフィーを誰かしら手にしている凄まじい面子。中でも、かつて最速のレコードを中山レース場で叩き出し、世代間の評価を再度覆したウマ娘がセラフィナイトだ。
肩まで伸びた柔らかそうな金色の髪、ほぼ同色の白い輪っかが額を染めている。くりっとした丸い緑色の瞳が、彼女のチャームポイントだ。
「なぁんだ。パイって付くから、なんか美味しそうだなーって思って覚えてたんだけど……」
「パイルドライバーを『パイ』で区切るヒト、初めて見ましたよ……」
「ねえねえ、エルちゃん。他にはどんなのがあるの?」
「おっ、スペちゃん食いつきが良いデスねぇ。それじゃあ次は固め技ではなく、打撃系の技にしてみますか。例えば、ゴルシ先輩がよくやってるドロップキックとか……」
「……ちょっと、スカイさん。そこにいると危ないわよ」
寝転がったまま動かないセイウンスカイを、キングヘイローが心配して揺り起こす。頭まで毛布を被ったままなので、反応がないところを見るに寝入ってしまっているのだろうか。申し訳なさを感じつつも、暴れそうな人たちを止めるよりはこうする方が安全だろう。そう思って、キングは布団を引っぺがした。
「うわ、ビックリした」
「なんだ、起きてるんじゃないの。返事しなさいよ」
スカイはスマホとにらめっこしながら、胎児のように身体を丸めたまま横を向いていたのだ。急に光が入ってきたことと、室温の低さに驚きながらキングヘイローを見上げる。
「あー、気付かなかった。セイちゃん、こう見えて忙しいからさ~」
「……あら、その子……。」
見るつもりはなかったが目に入ってしまったので、つい声が出てしまう。セイウンスカイが熱心に操作していたスマホの画面は、チーム所属の後輩とのやりとりが映っていたからだ。キングヘイローも、彼女と同じチーム<アルタイル>に属しているため、当然知っている相手でもあった。ちなみに、セラフィナイトも彼女らと同チームである。
「なんか、急に不安になっちゃったみたいで」
「……スカイさんも、すっかり良い先輩ね」
「セイちゃん的には、こういうのキングが適任だと思うんだけどな~」
「その子が不安の相談相手にあなたを選んだんでしょ。だったら、あなたが最後まで責任を果たしてあげなさいな。……それにしても、あれだけ頑張ってトレーニングしてたのに、何をいまさら……?」
「そりゃあそうでしょ。一生に一回しか出られないクラシックレースに初めて挑むんだよ。それにこの子、春先は脚部不安でリハビリ大変だったじゃん。ダービーもギリギリ間に合わなかったんだし」
「そうね。でも、それを乗り越えてきたその子の強さは本物よ。奮起こそすれ、不安に思うことなんてないじゃない」
「……まあ、キングは大きな怪我とかしたことないからわかんないかもね~」
「なっ!? そ、そういうつもりで言ったんじゃ……!」
「さてさて。ついでだし、ちょうどいいし。その辺りのことを皆にも聞いてみようかな」
「……スカイさん?」
セイウンスカイは高速で返事をすると、スマートフォンをしまって伸びをしながら立ち上がった。
そして、今まさにドロップキックを披露しようと構えるエルコンドルパサーの間に割って入る。
「おや? セイちゃん、どうしました? まさか、エルの技を受けるつもりデス?」
「いやいや。セイちゃん、そういうの苦手だから。ちょっと、みんなに聞きたいことがあってね」
「? なにかな?」
首を傾げるスペシャルウィークと共に、セラフィナイトも同じ角度で頭を傾ける。耳につけた緑色の石が嵌められたアクセサリーが小さく鳴る。
そんな二人と、ちょっと離れて傍観していたグラスワンダー。背後でなりゆきを見守っていたキングヘイローも、手招きしてセイウンスカイは呼ぶ。
6人で泊まるにしても広い部屋(アルタイルのトレーナーの手引き)の、真ん中に集まった彼女らは顔を付き合わせるようにして輪になる。
そして、よほどの大声でないと外に聞こえないというのに。声をひそめながらスカイは質問をした。
「みんなさ、『うまぴょい』って知ってる?」
「ちょっ……スカイちゃん!?」
「なっ!?」
「あら。」
「?」
「なんデスか、『うまぴょい』って?」
一様の反応を見て、セイウンスカイはにやりと笑った。知っている者も当然いるが、きょとんとしたスペシャルウィークと、疑問を素直に口にしたエルコンドルパサーへ説明を始める。
・・・。
「……ってことをすれば、どうやら『最高の肉体』が手に入るらしいんだよ」
「へぇ~。そんなトレーニング? があったんだ。知らなかった~。グラスちゃん、知ってた?」
「え? え……ええ。まあ……」
「スペシャルウィークさん。今の話を聞いて何とも思ってないのは、流石にどうかと思うわよ……」
スカイに教授されても、変わらずきょとんとした表情。そんな彼女とは打って変わって、エルコンドルパサーはマスク越しでも顔が赤くなっているのがわかる。自分の不用意に出した単語に恥じらっているようだ。これ幸いにと、セイウンスカイはその珍しい表情をカメラに収めた。
「ちょっとセイちゃん!? 何してるんデスか!? 消して! 消してください!」
「やーだよ♪ へっへー、良いお宝ゲットですな」
「スカイちゃん、それで……聞きたいことって?」
狭くない部屋をぐるぐる追い掛け回す二人を、セラフィナイトが宥めながら質問をする。スマホを上手にしまって、エルコンドルパサーの背中に回り込んで圧し掛かってから、セイウンスカイは答えた。
「うん。私たち、たくさん走ってきたでしょ? でも、誰も『うまぴょい』はしないで、ここまで来たよね」
少し顔を見合わせた一同は、頷く。
「もしもの話だけど。『うまぴょい』してたら、どうなってたかなー。っていう、たらればを聞いてみたくってさ」
「もしも、自分の欠点を無くせたり、長所を伸ばせたら……?」
「そう。みんななら、何を望んでたかなぁ?」
指を顎に当てながら、スペシャルウィークは振り返る。
色々なことがあった。デビュー戦、クラシック三戦、春シニア三戦、秋の天皇賞に有馬記念……。脳裏に浮かぶは、激闘の数々。付随するは、それを演出した強く熱いライバルとの競り合い。
「エルはもちろん! "世界最強"を望みまーす!」
腕を組んだり、目を閉じたり考え込む面々の中でエルコンドルパサーが一番に声をあげた。背に倒れこむセイウンスカイを捻りながら抱き寄せ、布団の上にそっと置く。それから、いつもやるような両手を空に掲げるポーズを取って豪語した。
「具体的には?」
グラスワンダーの質問に、鼻を擦りながら返事をする。
「凱旋門賞制覇デス。エルにとって、あれが
「……ふふ。あの時のエルったら、意地張って『チャンピオンは二人いた』って現地の方に言われたことを電話で自慢してきましたけど……。結局最後は、泣いて会話にならなかったですよね」
「ケ!? グラス! それは秘密にって言ったじゃないデスか!」
「あら。ごめんなさい、もう時効かと思って。」
「本当に油断も隙も無いウマ娘デェス……。そういうグラスは、何を望むんデスか?」
「私は……。やっぱり、怪我に負けない強い身体……でしょうか」
今でこそ、そんな不安もなく元気に走れているが。グラスワンダーは、クラシック期に骨折で一時期戦線を離れていた。秋ごろには完治したのだが、距離的にも復帰後は難しいだろうと、菊花賞も回避。そんな苦渋の決断で下した復帰戦の毎日王冠では、上の世代の"異次元の逃亡者"サイレンススズカやエルコンドルパサーと激突。しかし、結果は振るわずに5着。
周囲の期待に沿えなかった自分を、あれほど許せないと思ったことはない。もし、自分が万全であったなら。考えられる彼女にとっての、ターニングポイントはそこだった。
「二人とも、やっぱり悔しかったことに対してって感じなんだね~」
「セイちゃんは?」
「私はとーぜん、『練習しなくても強くなれる身体』だね」
「あはは。セイちゃんらしいね」
「だってサボって遊んで、そのうえレースで勝てたら最高じゃない?」
目を輝かせて断言するセイウンスカイ。みんなも、そんな彼女の怠惰な性格を知っているから笑って受け止める。
しかし、一人だけその言葉に反論する者が居た。
「けれど、もしそうなってたとしたら。あなたは、きっと走り続けてないわよ」
冷静な口調でキングヘイローが、空気を切り裂いた。
「え? そうかなぁ?」
本心のつもりだったのだが、否定が入るとは思わずスカイは首を傾げた。
「簡単に手に入る勝利なんか必要としてないもの。何度も挫けて、負けて。その度に、前を向いて足掻いて。自分の限界を越えてきたからこそ、あなたは勝利に飢えているでしょう? ちょっと『うまぴょい』したぐらいで勝ててたら、挑戦することに飽きてるはずだわ」
「…………ふぅ~ん……」
「……何よ?」
間違った意見ではなかったと思うが。セイウンスカイは半目でじっとりとキングヘイローを見返す。
「いやいや。全く同じこと、キングにも言えるんじゃないかと思っただけだよ」
「……どうかしらね。私はあなたと違って、一流を目指していたわけだし……。常に王者であるのなら、いつだって挑戦を受け続けていたと思うわよ。ちゃんとトレーニングだって、やっていたと思うわ。それを踏まえるなら、私が望むのは『常に一流であり続けること』かしらね。」
「えぇ~……。誰より強いのに、まだ練習するの~? キング、絶対おかしいって~」
「例え、あなた達の誰よりも強くなったって練習はするわよ!? 当然じゃない!」
「うへ~、それはもういっそ、へんたいだね。ストイックへんたいキング!」
「その呼び方はやめなさいって言ったでしょ!!」
「う~ん。相変わらず、仲良しデスね。この二人は」
「ええ。微笑ましいですね~。……それにしてもずっと悩んでいますけど、スペちゃんは何か思いつきましたか?」
「んん~~……。もうちょっと待って……」
頭に手を両側から当てながら、目を瞑り悩むスペシャルウィーク。まだ時間がかかりそうだと、グラスワンダーは隣のセラフィナイトに問うた。
「私は……うん。特に無いかな」
「え、ウソ!? ないの、セラちゃん!?」
考え込む
皆が目標とするほど速く強い彼女は、高い評価の裏に多くの挫折があった。元々の彼女のポテンシャルは凄まじく、デビュー時から既に"世代最強"の名を譲ることはなかった。しかしジュニア級からクラシック級にあがる際、足の大ケガにより1年もの間レースから離脱。同時に、輝かしい戦績を築き上げていく同期たちの眩しさに負け、マネージャーとして歩むことすら決意してしまった。
シニア級にあがり、たくさんの人の助けと彼女自身の鍛えられた不屈の心をもってして、今ようやくトゥインクル・シリーズにて"最強世代"における"世代最強"という呼び名と共に走れている。
長期の戦線離脱をした仲のグラスワンダーですら、己の境遇を呪ったというのに。更に酷い状況だったセラフィナイトは、何も望まなかった。
「だって、失敗したことも、苦しかったことも。全部なくっちゃ、今の私はないと思うから。そりゃあ、怪我しにくい身体になれば多少は楽だったかも、って思うけど……。私、この思い出には色あせて欲しくない。たくさん遠回りしてきたけど……それでも今、この私が最高なんだって胸張って言えるよ」
少し照れたように、はにかんで笑うセラフィナイト。その言葉を聞いた一同も、同じように微笑んだ。
「確かに。セラちゃんに、簡単に勝てるようだったら、面白くないデスね」
「エルちゃん……」
「エルにとって、二番目に悔しいレースが凱旋門賞。一番目は、セラちゃんに負けた有馬記念デス。この悔しさが消えない限り、エルはまだまだ強くなれると信じてます。だから……そうデス。エルも同じデスね!」
「エルったら。調子のいいこと言って」
「グラスは違うんデスか?」
「いいえ。私も、あなたに、セラちゃんに負けてきたからこそ、今も『不退転』を掲げられるのだと思います。セラちゃんの言うように、最短の道を進んでいたとしても、最高の私は手に入らなかったと思います」
「ちょっとちょっとー。たらればの話なんだからさー、そんなイイハナシ~にしなくていいのにぃ。もぅ。ラフィのせいだよ~?」
「あはは。ごめんごめん。でも、実際『うまぴょい』してもそんな効果ないからさ。結局、変わらなかったと思うよ。私たち」
・・・。
「ん?」
未だに自分の答えを悩むことで手いっぱいになっているスペシャルウィークを除き。
誰もが、疑問符を浮かべた。
「セラちゃん、今なんて?」
「…………あ、私お手洗い行ってくるね」
自分の発言に気付き青ざめるセラフィナイトは、表情だけは変えずに徐に立ち上がる。
「スカイさん!」
「はいはい。わかってますって」
歩き出すセラフィナイトの前に、セイウンスカイが立ちはだかった。
「ちょ、ちょっとスカイちゃん!?」
「ラフィ。ダメだよ~? そういうのは気を付けないとさ。せっかく、トレーナーとのこと黙っててあげたのに」
「へ……スカイちゃん……知って……?」
どこで漏れたのかはわからないが、既に周囲の者にとっては事実だったようだ。反応を見るに、同じチームの二人ぐらいしか知らなそうだが……。それでも、迂闊であった。
「緊急逮捕デース! これは詳しく話を聞く必要がありますよね!? ふふふ……セラちゃん逃がしませんよー!?」
「きゃー! 離してよ、エルちゃーん!!」
「まったく……。あなた、要領良いんだか悪いんだか、時々わからなくなるわね」
「じゃあ助けてよキングちゃん!」
「ここまできたら、話したらどうかしら? ねえ、みんなも聞きたいでしょう?」
「怖っ!? みんな、笑顔で頷かないでよぉっ!!」
「さあさあ、セラちゃん! 洗いざらい話してもらいますよぉ~~~?」
「いやぁーーー!!」
夏の夜に、悲鳴が響く。
姦しい思春期ウマ娘達の夜は、まだまだ終わりそうになかったのであった……。
「……うん。グラスちゃん! 私の望み、決まったよ!」
「あらスペちゃん。どんなものですか?」
「たくさん食べても、太らない体質!」
「…………スペちゃんも、ずっとそのままで居てくださいね」