ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第十八話「追跡、ファル子が逃げたら? 『うまぴょい』するしかな~い!」

「奇跡を起こしたあなたを見て、(わたくし)も何もしないわけにはいきませんもの」

 

とんとんと、左足の爪先でやや強めに床を叩く。靭帯を痛め、場合によっては二度と走ることすら叶わないとまで言われていたメジロマックイーンの足。リハビリに励んでいるのは聞き及んでいたが、良い噂は耳にしなかった。だから、てっきりまだまだ時間が必要か、あるいは……と思っていたのだが。

 

「本当に、もう走れるの……?」

 

大きな瞳を潤ませながら、けれどライバルの前では泣くわけにはいかない、と。テイオーは懸命に堪えながらも、質問をする。

 

「ええ。まだ全快ではありませんが、レースに出ても支障はないと主治医から許可が下りています。つまり、テイオーさん。あなたとまた、走れるのです。……約束、でしたからね」

「……ッ!」

 

本心では抱き着いて泣き叫びたいぐらい嬉しいはず。それでも、テイオーにとってマックイーンは友達以上の仲間でライバル。再起して、闘志をぶつけられた以上は相応の態度を取らなくてはいけない。

すがるように伸ばしかけた手を引っ込め、拳を胸の前で作り、瞳に戦意を交えて言う。

 

「よかった。……復帰レースは何に出るの?」

「まずは京都大賞典に。そこで良い成績を収められたら……年末、有記念に出走します」

「!」

「春の天皇賞は、あなたにとって長すぎるコースでしたからね。2500mならば、(わたくし)にとっても、あなたにとっても、ちょうど良い距離かと」

「……うん」

「ですから、そこで今度こそ……決着をつけましょう」

「……へへっ。負けて泣いても、知らないからね!」

「その言葉、そっくりお返しいたしますわ」

「……待ってるから。ボクも秋の天皇賞を獲って、キミが出来なかった天皇賞春秋制覇をして。そのまま、最強のウマ娘としてキミを迎え討つ! だから、絶対。中山に来てよね」

「ええ、必ず。」

 

テイオーは拳を解き、手を差し出す。マックイーンも、白く細い手を差し出して握手を交わした。かつて、春の天皇賞で対戦した時はマックイーンの完勝だった。けれど、今のテイオーは『うまぴょい』の効果もあって、長距離も十分に戦える。果たして、史上最強のステイヤー相手にどこまで通用するのか。トレーナーという枠を超えてでも、楽しみなカードと言えるだろう。

 

 

 

「…………あ、あの……好井さん。」

「……うん」

 

不安げに指で腰をつつかれた。俺も冷や汗全開で腕組みしながら、強張って動かない笑顔のまま答える。

 

そう、そうなのだ。

 

そこに、このスマートファルコンを参加させなくてはならないのが、最大の問題なのである。

 

 

 

 

 

 

「ってわけで、短期間だがスマートファルコンをウチで預かることになった。みんな、仲良くな!」

「みんなに笑顔を届けます☆ 最強ウマドル、スマートファルコンでーす! ファル子って呼んでね♪」

「ファル子ーーー!!」

 

用の済んだ桐生院さんや安心沢たちが帰った後のトレーナー室にて。俺一人しかやっていないコールが、空しく部屋中に響きわたった。

なんだいなんだい、キミ達。ノリが悪いぞ。初対面の子はさておき、フラッシュ。キミは同室の友人だろう。

 

「友人であることと、掛け合いに参加することは別問題だと思いますが。TPOというものもあります。」

「えー!? でもでもフラッシュさん。時々ファル子のライブに来てくれてるよね?」

「あなたの活動を応援はしていますが、そのような大声を出したりはしていません。」

「見てみてファル子。これ、この前のキミのライブ席に居たフラッシュ。いつもはこんな風に笑顔でサイリウム振ってくれてるのに、今日はつれないよなぁ?」

「い、いつの間にそんなものを撮ったんですか!? すぐに消してください!」

 

あまり見ない柔らかい表情で、ケミカルライトを慣れない手つきで持つフラッシュを映したスマホを、ポケットにしまう。同志(デジタル)からの貴重な情報提供だ。消すわけにはいかんぞ。

 

「トレーナー。ふざけてないで、さっさと本題に入ったら~?」

 

あっけなく力負けして、スマートフォンは奪われてしまっていた。だが、ロックが掛かった画面を突破するのは不可能……という思惑を、フラッシュは一発で粉砕した。630420という見せたこともないはずのナンバーを躊躇なくタップし、写真アプリを開こうとしたところ、テイオーが奪って俺に投げて寄越してくれた。

 

「それもそうだな。みんなには、事前に話したと思うけど。これから、俺とテイオー、ファル子で『うまぴょい』をウイニングライブとして新生させる。その為に……」

「あ、それ。ちょっと気になったんだけど」

 

ネイチャが手を挙げて、割って入って来た。目線を合わせ、少しだけ首を傾げると答えるように続けてくる。

 

「『うまぴょい』って、そもそもそんな方法で効果が出るものなの?」

 

もう我々の間では隠すこともないので、議題について俺はためらわず返答する。

 

「ああ。実際に異性のトレーナーとするより効果はちょっぴり弱いけど、同性トレーナーと比べれば十分な成果が見込めそうなんだ」

「へぇ~。いつの間に、そんなことを」

「聞きたいか? トレーニングの合間や休日などのわずかな時間を割いて、俺がルドルフや他の理解あるウマ娘たちと、共にやってきた実験の数々を……」

 

 

 

 

そう、あれは夏合宿に入る前のことだった。

 

 

 

「いや、浸りすぎ」

「まだ回想の入り口なんだけど!?」

 

せっかく、発見や苦労の数々を披露しようと思ったのに。ツッコミが早すぎるよ、ネイチャさん。

まあいいや。長々と話しても、そんなに面白い話ではないしな。結局はトライアンドエラーの繰り返しという地味なことをやってただけだから。

 

「百聞は一見にしかずだ。テイオー、俺に合わせて、やってみせてようか」

「うん、わかった」

 

一応、外から見えないようにカーテンや施錠をしっかり確認してから、二人でみんなの前に立つ。

 

そして、俺がスマホでメトロノームでリズムを作るとテイオーは踊り出した。それに合わせて俺も踊ってみせる。まだまだ開発中の段階なので、曲の振付としては荒さしかないが、それでも、テイオーは巧みな足取り、身のこなしで舞う。動きと動きの合間に入る、絶妙な『すきだっち』など、教えた通りに完璧にこなしてくれた。予定では、もっと大人数で踊れるうえにセンターは3人なのだから、未完成も未完成なのだけれど……。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。とまあ、こんな感じだ。完成度としては、まだ半分にも満たないんだけど……。どうだ、みんな?」

 

涼し気な顔をしてるテイオーの横で、ウマ娘の動作に合わせただけなのに息を切らせている俺は皆に尋ねた。

 

「どう、って……」

「特に変化があるようには思えませんが……。」

「ファル子も」

「私も特には~」

 

ククク……甘いな。本当にそうかな? なあ……クリーク!

 

「え?」

「あ!?」

 

一瞬の出来事だった。本人すら気付いていないほどの、無意識の領域。

額に流れる汗を拭きながら、柔らかい膝の上でソファーに俺を寝そべらせている。ついでに、おしゃぶりまで付けられそうになったが、必死に抵抗を試みつつも押し込まれたので一旦咥えながら、俺は得意げに語る。

 

「ひま、ふりーふひふはほいのほうはは……ぷはっ。すまんな、テイオー。今、クリークに『うまぴょい』の効果があっただろう。以前にも起こった、母性(ママみ)の強化だ。俺と直接『うまぴょい』してもいないのに、これだけの効果があるんだよ」

 

とはいえ、この即効性については俺が直々にダンスを踊ったからなのだが……。ウマ娘同士の場合は、もうちょっと時間と効能が下がる。けれど、出来るのは間違いない。頭を撫でる手に礼を言いながらゆっくり離脱すると、俺は立ち上がった。

 

「これが完成し、恒常化できれば……。きっと、みんなもっと自由に走れるはず。才能の差はあるかもしれないけれど。けど、走るウマ娘として確実に一歩先へ進めるようにはなれると思うんだ」

「ふぅ~ん……。トレーナーさんは、それでいいの?」

「? なにが?」

 

気持ちを高ぶらせながら言っていると、ネイチャが少し不満……いや心配そうな顔で質問をした。意図が掴めずに聞き返すと、伏し目がちに返答が来る。

 

「トレーナーさんって、『うまぴょい』の天才なわけでしょ? みんな平等になっちゃったら、トレーナーとしての……その。評価とか下がっちゃったり……しないかなぁ~? なんて」

 

言われてみれば、俺のトレーナーとしての才能は特別凄いものではない。桐生院さんのような名家の知識も、安心沢のような突拍子もない育成理論も、先輩のような地道な努力による成果も……俺には無い。

誇れるものはなかった。だから、確かに『うまぴょい』が他人と違うと知って、ほとんどが戸惑いであったとはいえ、どこかで喜びを感じていたのも事実だ。

それを自ら手放す行為に、ネイチャが気を揉むのも当然かもしれない。

 

 

だけど。

 

 

「俺たち……いいや。俺、好井ソウマはウマ娘が大好きだ。キミ達一人ひとりが、一秒でも長く楽しく、嬉しい思いをしながらターフを駆けて続けて欲しい。それが、俺のトレーナーとしての本懐なんだ。その為なら、なんだってするし、どうにでもなっていいと思ってる。だから、俺のことは気にしなくていいよ」

 

とはいえ、平凡なトレーナーの下で教育を受けるというのが屈辱と感じる子も居るだろう。非凡な人の方が、輝けるチャンスは多いだろうから。

そのことに対しては、俺は出来るだけの努力をするとしか答えられない。

それでも、思うことがあるなら……その時は……。

 

「ああー! ごめん、トレーナーさん! そういうことが言いたかったんじゃないの! アタシの悪い癖で、つい……」

 

慌てて頭を下げながら、ばつの悪い様子で頬を掻いていると、その小さな肩をクリークが優しく抱いた。

 

「大丈夫ですよ、トレーナーさん。私たちは、好井ソウマさんっていうトレーナーのことが好きで一緒に居るんですから」

「そーそー。ボクやクリークなんかは、その前からずっと一緒だったじゃん。今更何さ~? って感じだけど」

 

逆におかしなことを言われたかのように、困った顔で笑うテイオーとクリーク。その少し後ろで、フラッシュはため息交じりに口を開く。

 

「考えは尊重しますが、ご自身がどうなっても良い。という点については賛同しかねます。」

「身を粉にしてでも頑張るよって、意味なんだけど……。足りない?」

「いいえ。そうではありません。」

 

柔らかく笑いながら、フラッシュは言った。

 

「私が、そうはさせません。共に支え合うために、あなたが誘ってくれたのですから。トレーナーさんの手が及ばない部分の補佐は、私に任せてください。」

「フラッシュ……」

 

俺は本当に、良い子達に恵まれているなぁ。感涙してしまいそうだ。滲む景色を必死でこらえながら、鼻を一啜りして、きょとんとしているスマートファルコンに向き合った。

 

「そうと決まれば、計画をどんどん進めていかないとな。ファル子、準備はいいか?」

「え? あ、うん。良いけど……何するの?」

 

おっとっと。そういえば、ファル子は赤点や補修の常連だったっけな。今まで飲み込みの良い子とばかり話してきたから、ちょっと意外な返答に戸惑ってしまった。

だが、わからない子にはわかるように伝えるのが指導者の務め。俺ははっきり、小さな肩を掴んでから言った。

 

「決まってるだろう? ……『うまぴょい』だ」

「……へ? あのあの……好井さん。もしかして……今、ここで?」

「ああ。ライブ用のとは違う。純度100%の、俺との『うまぴょい』だ。芝と長距離を走れるようにするため、今出来る最短の方法さ」

「ちょ、ちょっと待って!? ふぁ、ファル子……心の準備が……」

「大丈夫大丈夫、動いてれば自然と気分も上がるからさ」

「そんなこと言われても……! う……うぅ~~!! やっぱ無理ーーーー!!」

「おわっ!?」

 

俺の伸ばした手から、するりと逃げるようにしてファル子は走り去っていく。視線で追いかけようとしたのだが、もう既に部屋からいなくなってしまっていた。

 

「流石は、逃げ切りシスターズのリーダーだ。逃げ足の速さは半端じゃないな」

「今のはトレーナーが悪いと思うけどぉ? いくらなんでも、みんなの前でいきなり、はねぇ?」

「風情ってもんがないよね。あと、なんか発言がいつもより、やらしー感じする」

「そもそも脚質の逃げと、逃げ足の速さに関係はないと思いますが。」

「ちょ、ちょっと夢を語って気分が高揚しちゃってただけだわい! とにかく、ファル子と『うまぴょい』しないと、話が進まないんだから! 手伝ってくれよ!」

 

俺を立ち上がらせるために手を伸ばしてくれたクリーク以外は、非協力的だな。なんでだよぅ。

施錠していたはずの戸を開けて、重たい足音のしていった先を見る。既にファル子は豆粒ぐらいの大きさの状態で、遠くの廊下を走っていた。あんなそんな走り方してたら、流石に先生たちに怒られちゃうぞ。

 

「よし、テイオーとネイチャは一階から。クリークとフラッシュは三階から追いかけよう。挟み撃ちにすれば、ファル子といえど掴まえられるはずだ!」

 

それぞれに指示を出すと、各々が返事をして走っていく。俺は俺で、瞬きした時には既に手の届かない範囲に散った皆を視界に映しながら動き出す。

合宿時のテイオー達との追いかけっこが、まさかこんな形で必要なトレーニングになるとは思いもしなかった。スマホが鳴るたびに一旦停止をして(歩きスマホは禁止だぞ)情報を元に、そこへ向かう。

流れてくるメッセージ、飛んでくる電話の内容から徐々にファル子を追い詰めていってくれているのを、ひしひしと感じた。俺の担当している子たちは、本当に優秀だ。

 

だからこそ、その『差』に俺は激しい劣等感と申し訳なさを感じる。

 

「あぁ~。トレーナー、もうちょっと早く来てくれれば良かったのにぃ」

 

頬に汗を垂らしながら、それ以上に疲弊して項垂れている俺の頭頂へテイオーが不満の声を漏らす。

校舎の端まで追い詰めてくれたテイオーが、ファル子を拘束してくれていたらしいのだが……パワー負けして、逃げ出してしまったらしい。伊達にダートを走っていないな。テイオーの力を以てしても、長く捕まえられないとは。

そして何より、『うまぴょい』をしないといけない俺自身の到着が遅いというのが難点だ。言うように、もう少し早ければ、なんとか出来たはずなのに。

 

「背負って走ろうか?」

「いや……ファル子の速度とパワーに、俺という重しを載せたら負けるのは必至だ」

「そうかなぁ。トレーナー軽いし、別に問題ないと思うけど」

「ちょっとは鍛えてる男の子に、軽いとか言わないでぇ!」

「事実を言っただけじゃん。……で、どーすんの?」

「ふふふ……こんな時の為に、秘策があるのだ。任せておけ」

「嫌な予感しかしない台詞やめようよ……」

 

テイオーの言葉を尻目に息も整ったところで、俺は髪をかき上げながら自信満々に叫んだ。

 

「安心沢さん!!」

「はいはーい。お呼びかしら?」

 

彼女は安心沢刺々美(ささみ)。俺の後輩、安心沢育功美(いくみ)の姉だ。

笹針師という、特殊な形状の針を使いウマ娘の身体能力や健康面を底上げする秘孔を突くのを生業としている人だ。学園関係者としては、許可もなくいつの間にか侵入しているのでただの不審者なのだが。背に腹は代えられない。

彼女の笹針は、言うなれば不安定な『うまぴょい』みたいなものなのだが。特筆すべきは、人間にも効果があること。一時的とはいえ、俺もウマ娘並の身体になれる……とか、なれないとか。

ともあれ、今俺がウマ娘に少しでも近づくには彼女の力を借りるしか……。

 

「…………ん?」

「どうしたのかしら? 呼んだのはアナタでしょう? 好井先……トレーナーさん!」

「お前……育功美(いくみ)だな?」

 

広がるような金髪に、怪しげなマスク。真っ赤なルージュが特徴のはずだが、今日はオレンジのリップだし。髪は信じられないくらい真っすぐだし、身長も少し低い。なにより、マスクじゃなくていつもの三角眼鏡だ。

 

「やだぁ! トレーナーさんったら、突然名前を呼ぶだなんて、大胆☆」

「誤魔化すな! 笹針師の姉はどうした!?」

「姉さんはさっき、たづなさんに見つかって追放……じゃなかった。所用が出来て、来れなくなったのよ」

 

別人と自白していることに気付いてすらいねえ。そんなことより。

 

「お前、笹針も出来るのか?」

「ええ、当然よ。(やったことないけど)」

「おい、今小言で」

「そんなことより! 急いでいるんじゃないのかしら、先輩!」

「お、おお。そうだった。もうこの際、お前でもいいや。出来るってんなら、頼むぜ!」

「まっかせなさ~い! さ、背中向けて!」

「よっしゃ!」

「行くわよ……ブスッとな♡」

「うっ……!?」

 

身体の一部に、鋭いものが突き刺さる。服の上からなので、衣類による反発があるから貫通まではしない。だが、それでも痛みを伴うような奇妙な感覚が、針を起点に広がっていく。

 

「うが……ぁああ!!」

「と、トレーナー!?」

 

全身を巡る感覚にのたうち回っていると、テイオーが心配して寄ってきた。安心沢は変わらず俺を見下ろしている。こいつ、まさか……。

 

と、脳裏に失敗の文字が浮かび上がってきたと同時だった。

 

「!」

 

全身を漲る力が走っていった。感じたことない高揚感、身体の内から湧き上がるパワー。

これが……これが、ウマ娘の領域……なのか!?

 

「うぉおおお!! 力がみなぎってくる! サンキュー、安心沢! これならイケるぜ! テイオー、今度は後れを取らねえ! 俺はやるぜ!!」

「ちょっ、トレーナー!?」

 

昂る感情のまま、お礼を言いながら俺はファル子の追跡に移った。流石は安心沢の家系だ。ちゃんと技術が確立されているんだな。

 

 

 

――――

 

「……ねえ、安心沢……さん?」

「なぁに、トッティー」

「あの力、一体なんなの?」

「……さあ。知らないわ。ちょっと怖かったわね」

「無責任すぎるでしょ!?」

 

――――

 

 

見える、見える。足が軽く、息も深い。ちょっと全力を出せば、すぐに一杯になる肺が急に広大な草原にでもなったかのよう。

カーブのついでに減速をする際、スマホでフラッシュから届いた情報を整理する。なんてこった、頭の回転も上がっているぞ。無敵になったかのような気分だ。

 

階段を5段飛ばしで駆けあがり、つむじ風を起こしながら廊下を走る。本当に俺の身体じゃないみたいだ。

これなら……!!

 

「見つけたぞ、ファル子!!」

「ええぇ!? よ、好井さん!? どーして追いつけるの!?」

 

若干の疲労が見えるスマートファルコンを、俺はようやく捉えた。腕を振る毎に、彼女に一歩近づく。今にない感覚を上手く制御できず、思わず追い越してしまった。

だが、それがちょうど良かった。回り込むような形になったのを良いことに、切り返しと同時に俺は跳躍する。

 

「ファル子! 掴まえたぞ~~!!」

「や、やだぁーーー!!」

「どわーーーー!!??」

 

某怪盗のように、ダイビングしながら接近すると想像を絶する力で俺の身体は弾かれた。

そういう玩具かのように、綺麗に弾かれた俺はそのまま窓の方へ飛んでいく。けたたましい音と共に、そのまま二階という高さの空中へ放り出されてしまった。

 

「や、やだ……! 好井さん!? だい……」

「大丈夫!!」

 

鮮やかに宙返りをして、落下先にある木の枝を俺は掴みそのまま腕の力だけで旋回。綺麗に枝の上に載ると、親指を立てて無事をアピールした。

 

「よかったぁ……。ごめんなさい! ファル子、つい……」

「……いや。謝るのはこっちだよ。無理くり『うまぴょい』をしようとするなんて、俺らしくなかった。怖がらせてごめんよ、ファル子」

 

こんな心配そうな顔をさせるために、追いかけているんじゃないんだ。当初の目的を忘れてしまいそうだった。安心沢の笹針が、そうさせたんだろうか。それとも、少しでも早く計画を進めたいという焦りからだろうか……。

とにかく、強烈な一撃で目の覚めた俺は続ける。

 

「少しずつでいいからさ。距離を縮めていこう。まだ俺達、まともに知り合ってちょっとしか経ってなかったもんな。ファル子が、人懐っこいからつい忘れてたよ!」

「……好井さん」

「今日のところは、とりあえず座学をやろう。中央でのレース経験が少ないから、しっかりコースのこととか学んでいこうな。だから、先に部室へ行っててくれ!」

「でも……でもでも! それじゃあ、好井さんが!!」

「良いんだ……。俺のことは。キミ達ウマ娘が無事ならそれで……」

 

気が付けば、音を聞きつけて群衆が出来始めていた。このままファル子を現場に置いておくと、犯人にされかねない。いや、犯人ではあるんだけど。俺の不始末に、加担させるわけにはいかない。

笹針の効果が切れたのか、反動で体が強烈に重くなる。膝をついて、浅く呼吸をしているとファル子が不安げに声をかけようとしてきた。

 

「いいから、早く行くんだ! 後のことは俺に任せろ!」

「……!」

 

俺の言葉に気付いたのか、いつの間にか後ろに居たテイオーがファル子の肩を掴んだ。そして、目で何かを訴えると、校舎の奥の方へ共に走っていった。ありがとうテイオー、それでいい。

 

 

「……おい、貴様。何をしている」

 

ボロボロになった俺を、見上げるウマ娘が居た。

恐ろしく低い声と鋭い眼光で、女帝……エアグルーヴが犯人と思わしき俺へ声をかける。

 

どうやら、ここまでのようだな。

だが甘いぜ、エアグルーヴ。俺だって、人生経験を無駄に積んでいるわけじゃない。反省文の書き方なら、先輩の下でドジ踏んだ時にアホほど学んだ。今更1枚や2枚、どうってことないぜ。

 

それよりも、ファル子との距離の縮め方を考えなくてはな。ゆっくりでいいとは言ったけど、時間があまりないのも事実。何か、こう……きっかけが作れれば。

 

「質問に答えろ、好井ソウマ!」

 

……まあ、それよりも先に。まずは目下の問題を片付けなくっちゃな。

観念したように俺は木を降りていく。

 

さあて、反省文常連の俺様の実力を見せつけてやりますかねぇ。ちゃっちゃと終わらせますよ、っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

「立腹! 学園設備を何だと思っている!!」

「修繕費はお給料から引いておきますからね。始末書は明日までに提出してください」

「はい。本当にすみませんでした……」

 

 

反省文だけで済まないようにするのは、ずるいよエアグルーヴ……。

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