「おーい、ソーマぁ! ちょっとゲーセン付き合えよー!」
「あの、好井さん。またフォームチェックをしてもらいたいんですが……」
「好井トレーナー、先日はお付き合い頂きありがとうございました。また美味しいお店教えてください」
「好井くん、テイオーの調子はどうかな。たまには生徒会でお茶でもしようじゃないか。抹茶があ「まっちゃ」って困っているんだ」
「……」
――――とある日のトレーナー室。
「ねえ、みんな。トレーナーのこと、なんて呼ぶ?」
ソファーに寝転んでいたテイオーが、ふとそんな質問を投げかけた。
机に向かって宿題をやっていたネイチャは、発言に対して怪訝な顔をして問い返す。
「いやいや何言ってんのさ、テイオーさんや。トレーナー、って呼んでるじゃん」
「そーじゃなくて。ボク達にとってはトレーナーだから、トレーナーって呼んでるけど。そうじゃない人は、みんな名前で呼ぶでしょ? もし、みんなならどう呼ぶのかなーって」
「ああ、そういう……」
室内の棚を整理していたスーパークリークが、その話を小耳に挟むと自ら持っている答えを口にした。
「私はソウマさん、って呼びますよ」
「そうなのですか。あまり耳にしたことがありませんが……。」
発言に驚きながら、トレーナー業務の補佐でタブレットを触っていたフラッシュが思わず声を立てた。
「ええ。二人きりの特別な時にしか呼びませんからね~」
「なっ……!?」
ウインクしながら、いたずらっぽくクリークは笑う。きょとんとするフラッシュを他所に、遠くでその反応を見たネイチャが思わず小さな声をあげていた。
「私の場合は、普通に好井さん。でしょうか。実際に、そうお声がけしたことはないですけれど。」
皆よりも、ソウマとの付き合いが短いフラッシュだからこその適正な距離感の呼び方。
テイオーは頷きながら、ネイチャを見る。
「アタシも好井さん、かなぁ。特別移籍前は、そう呼んでたし」
「……なんか、みんな普通だね」
「別にそんな面白いもんでもないでしょうが……」
「じゃあさ、ネイチャ。今ならどう呼ぶ?」
「はい?」
「昨日今日の関係でもないでしょー? ボクら『うまぴょい』までしてるんだよ? 今更そんな他人行儀な呼び方、しないんじゃないの~?」
「……言われてみれば、そうですね。仲の良い友人になると呼称が変化することも、進展の証と言えますから。」
「フラッシュちゃんなら、なんて呼びたいですか~?」
「え? いえ、私は別に……。変わりなく、好井さん、かと。」
「フラッシュ~! そんな硬いことじゃなくってさ! 本当はどう呼びたいの、って聞いてるのぉ~!」
「質問の意図がわかりかねます。」
「やれやれ、頑固者なんだから。じゃ、ネイチャは?」
「あっ……アタシも……別に、好井さん、のままで……」
「ホントに~? そんなもんなのかなぁ、ネイチャとトレーナーの関係って?」
「…………ん」
「ん?」
「……そっ……ソウマさん……って、呼ぶのは……変……かな?」
「全然そんなことないですよ~。よく言えましたね、ネイチャちゃん」
「あ、頭撫でないでくださいよぉ!」
「……Schatz……。Haseでもいいかも……。」
「ん? フラッシュ? 何言ってるの?」
「……なんでもありません。あえて親しみを込めるのであれば、私もソウマさんとお呼びするかと思います。」
「そっかー。ふーん」
「大体、そういうテイオーはなんて呼ぶのさ! アタシらにばっかり質問するのはずるいじゃん!」
「え? ボク? ボクは……」
と言いかけたと同時に、トレーナー室の扉が開く。
入ってきたのは、家主でもあり話題の中心だった好井ソウマだ。
「やあ、みんな揃ってるのか。今日は早いな」
これ幸いとばかりに、テイオーがニヤリとした。
そしてソウマに駆け寄ると、見上げながら満面の笑みを向けて言う。
「やっほー、ソーくん♡ 今日も元気そうだね!」
「!?」
「ソッ……!?」
クリークを除く二人が思わずたじろぐ。
「おお。なんだ、懐かしい呼び方だな。どうした急に?」
「えへへ。まあ、そういう遊びだよ。ね、みんな?」
余裕の表情に、意図せずしてウマ娘達が持っている競走本能に火が付く。
動揺しながらも波に乗るべく、顔を真っ赤にしたままネイチャが応えた。
「そ、そうそう! 遊びですよ、遊び。だからさ、そっ……ソ! ソウマ! ……さん、は気にしなくていいからね! アタシらが勝手にやってるだけだから!!」
「お、おう。なんか、ネイチャに名前で呼ばれるの新鮮だね」
「今日一日は、みんなそう呼ぼうと思うのですが……いかがでしょうか、ソウマさん?」
「フラッシュもなのかぁ。へへ、なんか照れるな」
(上目遣いに首傾げのコンボ……!? ふ、フラッシュさん……大胆……!! で、でもアタシだって!)
自棄になっているかのように、ネイチャはトレーナーの腕を掴んで抱き寄せる。
……ほど、勇気は持てず。だけど、やりたいことをやりたい思いに従順になった結果、ちょこんと袖の端を握るのが精いっぱいだった。
「た、たまには……こういうのも……いいんじゃないかな~、って思うんですけど。……どう、ソウマさん?」
「え? ああ、まあ。キミ達の気分転換になるなら、全然オッケーだよ。ただ、あんま外では言わない方が良いんじゃないかな。変に誤解されたりするかもだし」
(頬を染めながらのおねだり……。ネイチャさんのことですから、狙ったわけではないのでしょうが……。負けていられません。)
「普段から名前を呼び合うトレーナーとウマ娘はいますから、問題ないと思いますよ。それよりも、ソウマさん。トレーニングメニューのことでお話が。」
(い、今絶対無駄に髪の毛をトレーナーさんに向けて、なびかせたでしょ! うぅ……フラッシュさんって、ホント大人っぽくてズルいなぁ……)
ヒートアップする応酬。いつの間にか両手に華の状態になっていたソウマが、慣れない環境にドギマギしていると。
「ねえ、ソーくん。昔した約束、覚えてる?」
「ん? ……約束……っていうと、アレか?」
「そうそう、アレ。覚えててくれたんだね」
「忘れるわけないだろ。絶対守るまでは一緒に居るんだ、って言ったんだからさ」
「うん。わかってて聞いた」
((二人しか知らない、秘密の約束……!?))
「なにそれ、アタシも聞きたいな~?」
「そうですよ。あなたの管理をする以上、秘匿事項があるのは頂けません」
「えぇ~? なんだよ、二人とも。別にそんな大したことじゃ……」
「え……。ソーくん……そんなつもりだったの……? ボク、あの時の誓いがあるからここまで頑張ってこれたのに……ヒドイよ……」
「い、いやいや! 何言ってんだ!? 違う違う、そういうわけじゃなくって!!」
「では、お話して頂けますよね?」
「なんで今日はそんな積極的なんだよ、キミ達は! クリーク~! 助けてーー!」
「あらあら。ダメですよ、ソウマさん。トレーナーさんなんですから、そういうことは大事にしなくっちゃ」
「味方が居ねぇ!!」
「ほらほら、ちゃっちゃと話して楽になっちゃいなよ、ソウマさん!」
「そうです。今後の私にとって……こほん。私たちにとって大切な情報なんですから。さあ。」
「ソーくん……ボクとの思い出……そんな簡単に話しちゃうつもり……? ぐすん」
「誰か助けてくださーーーい!!」
ウソ泣きするテイオー、火のついた暴走ネイチャ、淡々と詰め寄るフラッシュ、子どもの恋バナを耳にしているような優しい笑みを浮かべるクリーク。
ソウマの叫びは誰に届くこともなく。徹底的に向き合うことでしか、その状況は解決できなくなってしまっていた。
がんばれ、好井ソウマ。