ヒトがウマ娘に敵うわけがない   作:背水 陣

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第二十一話「奮闘、これがソウマの導く新しい世界!」

足が芝を掴む。

 

蹄鉄が地を抉り、振動と共に緑の筋が空中を舞う。

次いでつむじ風が巻き起こり螺旋を描き、浮かんだ大地の欠片がバラバラに砕け散っていく。

 

本来、もっと踏ん張りの利かない砂地を走るための力強い走り。逆に言えば、軟度を持つターフの上では適切な力を伝えきることが難しいのだが……今日、その日のスマートファルコンはそんな観衆の誰もが思い描いている常識を、現実として突き付けることでちぎり捨てた。

 

(ホームストレッチの声が……こんなに大きいなんて……!!)

 

最終直線に差し掛かり、彼女をファンたちが迎えいれた。

本日開催の有記念。客入りは、大盛況の15万人。ダートのレースで最も盛り上がる東京大賞典、行われる大井レース場の倍以上の人数。

誰しもが、スマートファルコンを応援しているわけではない。少し後ろで、熾烈なデッドヒートを繰り広げているトウカイテイオーとメジロマックイーン。更にはナイスネイチャまで加わり、場内の熱量は完全に限界を越えていた。熱さと声で、爆発すら起こってしまいそうなほど。

 

そんな中。ゴール板から見て、もう残り1ハロンに満たない距離。後続と7バ身差をつけたまま、縮まることなく駆け抜けていくウマ娘。

スマートファルコンは、複雑な思いで走っていく。

 

 

もっと、早ければ。

 

 

脳裏に浮かぶのは、彼女のスピード……『速さ』ではない。

 

今きっと、グランプリレースの結末をあらゆる人が見ているだろう。この揺るがない、彼女の勝利を。

出来るなら、もう少し多くこの歓声を浴びたかった。自分しか見てない、自分しか見られない。この好機の目。皐月賞でもらった、憐れみの声をスマートファルコンは幾度も勝利を重ねることで、忘却の彼方へ押しやったつもりだった。

それでも、脳裏にこびりついた自他の落胆は簡単に拭えるものではない。時折思い出して、理想との狭間で切歯することもあった。

 

 

だけど。

 

 

 

「頑張れーーー!! ファル子ーーーー!!」

「いけーーー!! そのままそのままーーー!!」

「勝って、ファル子ちゃーーーーん!!!」

 

 

 

知ってる。

 

知ってる。

 

 

みんなの。

 

 

みんなの声だ。

 

 

いつも、ライブに来てくれる人たち。

大井レース場で応援し続けてくれた人たち。

聞いたことのある、安心するたくさんの声援。

 

 

来てくれてたんだ。

気付かなかっただけなのかな。

私が緊張してただけなのかな。

 

 

 

いつもと違う私を応援……してくれるんだ。

 

 

 

……嬉しいな。

 

 

 

途端に肩の荷が下りた思いをした。

 

 

負けないために、必死で食いしばって。目を見開いて、ひたすらにゴール板を見ていたスマートファルコンは、最後のその瞬間。

 

苦しい最中というのに、少しだけ頬を緩ませて……入線した。

 

 

 

 

――――。

 

 

「予定通り。やってくれましたね、ファル子」

「……は、い」

 

震える身体を、ハッピーミークが優しく支えている。爆ぜた声援を一身に浴びながら、笑顔で観客たちに手を振るファル子を見て、遂に耐え切れなくなった桐生院さん。必死に我慢していた涙も隠さず、しゃっくりを上げながら、それでも伝わる歓喜の思い。まだまだ、心の整理には時間が掛かりそうだ。

 

俺はミークを一瞥してから、目で合図を送る。きょとんとしていたが、俺が一度頷くと何かを理解したのか、頷き返してくれた。

 

 

観客席の一番前。俺の正面には、一人のウマ娘が俯きがちに立っていた。

 

燃えるようなマフラーが特徴的な、地の果てまで駆けることをイメージした勝負服。年度代表URA賞を貰った際に受け取ったものだ。

去年は、昔の王子様風の衣装で勝利したから、今度こそはと意気込んでたのだが。

 

 

結果は……2着。

 

十分に凄い成績だ。並みいる強豪たちを押さえて、あのメジロマックイーンより先にゴールしたのだから。

 

「……お疲れさん、テイオー」

「……あーあ! 負けちゃったぁ。完敗だよ、完敗!」

 

だけど、納得も満足も出来るわけがない。だって、勝つために死ぬほどトレーニングしてきたんだ。勝利のために、自分の身体が持てる限界の限界まで鍛えてきたんだ。

 

 

それでも、テイオーは負けてしまった。

『うまぴょい』をした、スマートファルコンに。

 

暗い顔を上げながら、無理に晴れ晴れとした表情に変えつつ、敗北を宣言するけれど。

 

俺には十分伝わっている。そこに本心など、一ミリもないことを。

 

 

「……ねえ、トレーナー」

「なんだ」

「これで、堂々と言えるね。帝王を越える力が、『うまぴょい』にはあるって」

「そうだな」

「……はぁ。あー、疲れた! じゃあ、ボク。ライブの準備いくね」

「テイオー。」

「ん?」

「後で、控室行くから。少しだけ待っててな」

「………………なに、トレーナー。着替えの覗きでもする気ぃ?」

「ばーか。良いから、待ってろよ。いいな?」

「……うん。ありがと」

 

 

やり取りが終わると、テイオーはファンへ作り笑顔のまま手を振り、地下バ道へ走っていった。

 

その後ろから、心配そうな顔でマックイーンが小走りで追いかける。

彼女だって、負けて悔しいはずなのに。

それでも、思うことがあるのだろう。

 

俺の方へ、一度礼をするために立ち止まってから。すぐに、走り出した。

 

 

「……クリーク」

「はい」

 

ウイナーズ・サークルに人が集まり出している。ファル子が呼ばれ、俺もスタッフさんに声をかけられた。

 

「ネイチャのこと、ちょっとだけお願いしてていいかな。」

「はい、もちろんです」

「悪いね、身体が三つありゃいいんだけど」

「ご心配なく。私も、同伴しますので。」

「ああ、ありがとうフラッシュ」

 

記念、4年連続3着の記録も惜しく。今年は4着だった、ナイスネイチャ。声をかける間もなく、すぐに地下バ道へ行ってしまった。心情を察するに余りある。

 

……いつか。

この高い壁も、辛さも。きっと乗り越えられる日が来るよ。キミはその名に恥じない力を持っているんだから。

また、一緒に頑張ろう。俺と。

 

胸の苦しさを自分の中で述懐することで、少しだけ和らげる。本当は直接言ってあげたいんだがな。

 

 

ネクタイを締め直し、髪も整え髭もバッチリ。

負けた自分の担当達への思いは、一度断ち切る。

 

今から、これから。俺がしなくっちゃいけないことは、もっともっと大きな壁を壊すことなのだから。

 

 

 

 

「お疲れさまでした。宣言通りの有記念制覇、おめでとうございます。とても素晴らしいレースでした。一度もハナを奪わせない大逃げは、サイレンススズカさんを彷彿としました」

「ありがとうございます♪ ダートでも芝でも、キラキラのファル子を見せられて嬉しいですっ☆」

 

ウイナーズサークルから、観客席へハートを作るファル子。呼応するように大歓声が沸き起こり、会場の雰囲気は最大級だ。インタビュアーのお姉さんも、思わず身をすくめている。

 

眩しい笑顔と愛嬌のある仕草を、こうしてとっさに作り出せるのは彼女のたゆまぬ努力の成果だろう。幾度も大舞台を駆け抜け、そしてウマドルであることを第一に思っているからこそできる芸当。

……普通の、ありふれたウマ娘なら。きっと、今頃感涙で何も言葉を発せないはずだ。

 

向けられたライトで潤んだ瞳を俺は見逃さず、隣で話に耳を傾ける。

今の気持ち、今までの思いをファル子は質問され、楽しく明るく答え続ける。

 

そして、遂に。誰しもが聞きたいであろう問いが飛んできた。

 

「出走前、特別なトレーニングを行っていると仰っていましたが。勝利した今こそ、その内容を明かしても良いのではないでしょうか?」

「……好井さん?」

「ああ。後は任せて」

 

目配せする栗色の瞳に応じ、俺は一歩前に出る。

 

「まだスマートファルコンの有記念制覇という偉業の興奮冷めぬ中、こんなお話をするのは少々心苦しいのですが……。あえて、今だからこそお話させていただきます」

 

ただならぬ雰囲気を感じたのか、マイクもストロボも吸い寄せられるかのように俺へ向けられた。前回は緊張したが、腹をくくった以上は俺も物怖じしてられない。

 

トレセン学園の、ウマ娘の、未来のためだ。

 

一度伏せた視線を前に向ける。どこを見るのではなく、だけど遠くへ定めた眼差しを作り俺は口を開く。

 

「私が、彼女に施した特殊なトレーニング……。いえ、行為。それは……」

 

 

一呼吸おいて。言う。

 

 

「『うまぴょい』です。」

 

 

ざわめきと沈黙がちょうど半分くらいだっただろうか。今まで引っ切り無しに沸いていた歓声の中だったからこそ、理解できる現状。

俺に質問をしていた記者さんは、その単語にピンと来ていないのだろう。疑問符を浮かべた表情のまま固まっていたが、すぐさま別の方が質問をぶつける。

 

「『うまぴょい』とは、もしかして……あの『うまぴょい』でしょうか?」

「ええ、そうです。ファル子と私は、『うまだっち』の関係にある、あの『うまぴょい』です」

 

 

ちょっとずつ、ざわめきが伝播していった。

わかっている人からすれば、公共の電波を使ってなんてことを口にしているのだと思っているだろう。

 

だけど、ここまで来たら退く選択肢はない。

 

「ご存じの方にとっては、驚くかもしません。ですが、これは別に特別なことでもないのです。過去に、この『うまぴょい』を以て、勝利を掴んだウマ娘は何人もいると思われます。それほど、一部の界隈では当たり前のことなのです」

 

今までのことを話さなくては、これからのことも理解できまい。特定の誰かを名指しにしているわけじゃないから問題ないだろう。そもそも、俺だってわかんないことだしな。

 

「ですが……今も思い当たる方がいらっしゃらないように。飽くまで、これは秘密裏に行われてきました。理由は……。少々刺激的な部分もあるので、そこは控えさせて頂きますが……。主には、この効能によるものでしょう」

 

かつてのトレーナー達が、辿って来たであろう結末を俺は伝える。

『うまぴょい』は、異性の間でしか大きく効果が出ないこと。そして、最初の一人のみにしか意味がないこと。

 

「結果的に、一人のウマ娘を強くすることは出来たのでしょうが……。逆に言えば、一人しか強さを得られないのわけですから。複数のウマ娘を預かるトレーナーの場合、軋轢が生まれてしまうのは必然でしょう。また、我々は人間ですので。ウマ娘側の体力に合わせて『うまぴょい』をするのも厳しく、それがきっかけで引退する人も居たそうです。ウマ娘には、この『うまぴょい』を本能的に求める『うぴうぴ』という状態になってしまうこともあるため、一筋縄ではいかない問題だったのは多分に理解できます」

 

だから、多く広くの人間には知らせないようにしていたのだろう。

個人差もある、こんな不平等な能力の底上げ……。ドーピングと同じと揶揄する人が居たっておかしくない。

 

 

 

 

 

「好井トレーナー、今それを公言した意味をご理解されていますか……?」

 

 

歴史の暗部を明るみに出す、愚行蛮行をしているように映ったのだろうか。

俺の説明を遮るように、一人の記者が警笛を鳴らす。もう意味はないことなのに。

 

 

「はい。当然です。この問題に対する解決案を持っているからこそ、お伝えしました」

 

 

一歩前に踏み出し、自信をもって言った。

 

「今、この『うまぴょい』をすべてのウマ娘に適応できる術を、URAに提出しております。認可されれば、トレーナーの性別も関係ない。技量も関係ない。ただ、ウマ娘が勝利への思いを込めて、歌って踊れば同等の効果が得られるウイニングライブを試案したのです。即効性はありませんが、効果は間違いありません」

 

再び騒めく会場。

記者たちは、そんな情報手にしていたか? と互いの顔を見合ったりして確認している。当然、情報に関しては綿密に扱ったから、第三者には漏れているはずもない。理事長やルドルフ達を舐めてもらっては困るぜ。

 

「これが実現すれば、ありとあらゆるウマ娘が夢を叶えられます。強くなりたい、怪我に負けたくない、芝で走りたい、ダートで駆けたい。スプリンターからステイヤーへ成ることも、可能なのです」

 

今度は、明確にソプラノのどよめきが聞こえてきた。

 

知っている人も知らない人も、誰しも思うのだろう。

 

本当なのか。嘘じゃないのか。

勝ちたいと願うあの子に、負けないと誓ったあの子と。同じ舞台で直接勝負が出来るのかもしれない。

 

誰だって一度は思い描いた、夢物語のような出来事。

もちろん、するだけで意味はなく。能力が底上げされるだけ、ということ。トレーニングはトレーニングとしてしなくては無駄なことも説明する。

すっかり冗談でも虚言でもないと理解される空気が出来たことで、新たに生まれた疑問を記者たちはぶつけてきた。

 

「しかし、好井トレーナー。具体的に、それはいつ実現するのでしょうか? 特にトレセン学園内において、現時点では男性トレーナーはあなただけですよね?」

「つまり、現状であるなら『うまぴょい』を独占している状態になるわけですが。他のトレーナーに、ウマ娘に対して、どのようなお考えをお持ちですか?」

 

当たり前の様に出てくる質問に対して。

 

俺は向けられたマイクを一つ手にしながら、ライトの眩しさも意に介さず公言した。

 

 

 

「独占はしません。もし、今『うまぴょい』をしたいと希望するウマ娘が居たら……私を訪ねてください。代替案の許可がURAから下りるまで、私が希望者と『うまぴょい』をします。過去の方々とは違い……私は『うまぴょい』に対して、かなり特異な体質を備えておりますので、何人であろうと相手が出来ます。効果も出ます。だから。」

 

これから始まるURAファイナルズを控えている、そこのキミにも。

クラシックを走りたいと願った、スプリンターのキミも。

ケガからの療養明けで体力と身体に自信が持てず、出走を見送ろうとしていたキミも。

 

レースを走りたい、勝ちたいと願うのであるならば!

 

「みーんな、俺のところへおいで。俺なら、絶対にキミを強くできる。夢を現実にしてみせる! 走って走って、勝利を手にしようじゃないか! 俺とキミで作ろう、『うまぴょい伝説』を!!」

 

 

拳を突き上げると、歓声が沸き起こった。

黄色い声を浴びながら、みんなの嬉しそうな声援を浴びつつも。俺はまだ、掲げた拳を下ろさずにただただ小さく震えていた。

 

だって、これから始まるのは……過酷すぎる毎日なのだから。

 

 

 

 

「テイオーは走り込み、午後はジムでバーベルトレーニングとボクシング。ネイチャはタイヤ引きで、午後はクリークと座学。……今日はこんなところか。……フラッシュ。あっちのスケジュール教えて」

「わかりました。まずは……」

 

フラッシュがタブレットを操作しながら、淡々と告げていく。

それは、今日一日の『うまぴょい』のスケジュールだ。

 

 

 

「午前9時30分。リードマガジンさん。」

 

 

「は、はじめまして。あの、私ダートを走れるようにしたいんですけど…できますか?」

「ああ、任せて」

「ホントですか!? やったぁ! これであの人と一緒のレースに出られるんだぁ!」

「トレーニングは欠かさず続けるようにね」

 

 

「10時40分。トコトコさん。」

 

「クラシック路線に挑みたいの。でも、あたしスプリンターだから、長い距離が走れなくて……」

「うん、わかった。中長距離を走れる適正に持っていこうか。スタミナも基礎部分から底上げしよう」

「え、すご! そんなことまで出来るの!?」

「出来ちゃうんだよ。トレーニングに関してはトレーナーと相談するようにしてね」

 

 

「11時35分。ビワハヤヒデさん。」

「やあ、好井くん。『うまぴょい』は身体的変化を期待できると聞いた。私の髪質をストレートにすることも可能なのだろうか?」

「それは無理だよ!?」

「な!? そうなのか……。…………そうなのか」

「後輩に、良いヘアケア用品あげるよう頼んでおこうか」

「ああ……それはありがたい」

(レースで負けた時よりヘコんでる……)

 

 

「昼休憩を挟んで、午前のトレーニング結果を確認。それから13時30分より、ダイワスカーレットさんです。」

 

「こんにちは好井さん。もうすぐ、アイツと初めて重賞で走るの。絶対ケガしたくないから、今日はお願いします!」

「オッケー。ああ、そうそう。実は昨日、ウオッカも来たんだよ」

「え!? そうなんですか!? アイツは何を……。いえ。なんでもありません」

「聞かなくていいの?」

「はい。なんであろうと、勝つのはアタシですから!」

「うん、そうだね」

 

 

 

「14時30分。アグネスデジタルさん。」

 

「あ、あの!! ウマ娘ちゃんからのみ、気配を感知されないスキルとか手に入ったりします!?」

「……あ、もしもしフラッシュ? 募集要項のページに『レースに関係ないことはお断り』ってつけ足しておいてくれる?」

「へぁ?」

「悪いけど、それは無理だよデジタル……」

「しょ、しょんなぁ……。あ! それでしたら、ありとあらゆるレースに出られるようには出来ますか!?」

「キミ、もう既にほとんど出来てるでしょ?」

 

 

 

「次は15時30分より…………」

 

 

 

 

 

 

――――。

 

 

「うぅ……疲れたぁ……」

 

そんな日が続いた結果、当然だけど俺の心身は限界を迎えつつあった。『うまぴょい』を求めてくるウマ娘は日に日に増え、一人1時間を想定していたのを今では30分で終わらせないといけない状態に。平日の午後はいつも門限ギリギリまで対応するし、休日は基本的に朝から晩までひっきりなしだ。

一人当たりの『うまぴょい』を早くするには効率と技術の向上は必須で、それに伴う俺への負担も増加していた。いかに連続して行えるとはいえ、一回『うまぴょい』するだけでも、汗がにじむ程度には疲れるのだから。

 

それでも、まだサイクルとして回るようになっているのは、何よりもフラッシュの管理能力のおかげである。スカウトした俺の目に狂いはなかった。彼女が居なければ、俺は自分の責務と仕事量の板挟みでとっくにパンクしていたであろう。最低限熟すことが出来ているのだけは、小さな幸運だ。

 

 

「大変ですねぇ、ソウマさん……。えらい、えらい」

 

トレーナー室のソファーで俺は柔らかい膝枕をされながら、頭を撫でられていた。体は横向き。頭を上に向けると、視界の半分くらいが二つの曲線遮断されるので、スマホを触れなくなるためである。

 

舌の根も乾かないうちに、心の声を吐露しながら、仕事を熟しつつクリークに労ってもらう。先輩には溺れないように、と言われてたけれど。この全肯定全身(ママ)のクリークが居なければ、とっくに俺は精神崩壊していたかもしれない。時に母性(ママみ)は必要不可欠なのだ。しょうがないだろう、赤ちゃんなのだから。

 

「でも。ヘコたれるわけにはいかないよなぁ」

 

手元の有機EL画面に映っているのは、ウマ娘の特集記事。

憧れの人と、ダートコースを楽し気に併走する姿。3000mを息切れすることなく走り切り、感涙している子。来たる勝負に向けて、順調にトレーニングを重ねているルーキー。

 

こんなのを見て、俺が簡単に弱音を吐くわけにはいかない。幸せそうな姿が見れるのは、トレーナーとしてこの上ない喜びなのだ。

辛いには辛いけど、今はまだ我慢の時期。辛抱強く耐え忍べば、いつか……。

 

「ん?」

 

と、奮起しようと思っているとスマホの画面が変わる。黒い背景に緑と赤の丸が下部に表示されている。受話器のマークを押すと、スピーカーから表示された名前主の声が聞こえてきた。

 

「フラッシュ? どうしたの?」

「すみません、突然。想定していた問題が発生し始めたので、そのご相談をと思いまして。」

「……。ああ、なるほど。今、どこにいるのかな」

「教室です。」

「じゃあ、トレーナー室に来てもらえるかな。みんな連れて来ていいよ」

「わかりました。」

 

通話を切ってスマホをポケットへ。クリークの膝を優しく叩き、身体を逸らせてもらい起き上がる。

 

乱れた頭髪を整え、シャツの皺などもチェックしてもらい受け入れの準備を行った。通話内容で察してくれたクリークに最後、ネクタイの寄れを直してもらい余所行きの支度は完璧だ。

 

少し遅れてノックが鳴る。返事をすると扉が開き、凛とした表情のフラッシュが入って来た。

 

 

……複数人のウマ娘を連れて。

 

「やあフラッシュ。引率ありがとう」

「いえ。道すがらに、皆さんに事情は話したのですが……。」

「いいよいいよ。それも含めて、改めて話を聞くから」

 

見ない顔ぶればかりの、ウマ娘を俺は一望する。……ちょっと予想より多いかも。

 

 

「あの、私どうしても次のレースで勝ちたくて。どうにかなりませんか?」

「あたし、また走りたいんです。今度の重賞レースで出るあの子と、決着をどうしてもつけたいんです」

「最近調子悪いから、活を入れてぇんだ」

 

 

と、各々の意見を耳にする。

 

彼女らは全員、俺の『うまぴょい』を望む子たちだ。

 

それは構わないのだが……問題は、『うまぴょい』の抽選から落ちていること。

専用の募集サイトがあり、そこに必要事項を記入して応募。その中からランダムで選ばれた子が、俺と『うまぴょい』できるシステムに今はなっている。

 

俺の身体は一つしかない。

故に、対応できる人数に限りはある。そして、どんな子であろうと贔屓も出来ない。優劣を俺の判断でつけてしまったら、公平さが失われて不満と涙が生み出されるのは間違いないから。

 

だが、『うまぴょい』を求めるウマ娘は日に日に増え、遂に対応数に限界が来てしまったのだ。

時間は待ってくれない。次のレースに勝たなくては、今から調整を始めなくては、自分の夢を叶えられない。そんな子ばかり。

 

 

 

「どうしましょう。トレーナーさん……。」

「うーん……」

 

困っている子に手を差し伸べないわけにはいかない。

かといって、この人数をまとめて相手するには時間がないし……既に先約で埋まっている。どうしたものかと思案を巡らせていると……。

 

「あー、いたいた! トレーナー、ちょっと助けてよぉ! この子ら、みんな『うまぴょい』したいらしいよー?」

「うえぇ!? ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

開きっぱなしの扉から、テイオーが困った様子で引き連れてきたのは、またもたくさんのウマ娘。

みな困った顔をしてたり、中には思うようにいかない歯がゆさから苛立ちを覚えている子もいる。

 

「トレーナーさん、助けてくださいよぉ」

「好井さん! なんとかして!」

「『うまぴょい』で勝てるようにしてくれるんでしょ!?」

 

ずいずいと追い込まれそうになるのを、フラッシュやクリークが引き止める。

そうこうしているうちに、今度はネイチャまでもがやってきて、ウマ娘であふれかえるトレーナー室に驚いていた。後ろに付いてきている、同じ目的であろう友人らに謝罪する姿が見えた。

 

 

どうする。

 

こうなるのはわかっていたけれど、現実になると、どう捌いたものか困ってしまう。

 

脂汗を流し、懸命に脳細胞を働かせてリスケジュールをする。門限外の時間も応対できるようにするか……午前の座学授業の時間も申請を通してもらえば対応可にするか……。俺の睡眠時間が削られるのはいいけれど、それでまともに『うまぴょい』が出来るかどうか……。

 

 

「傾注ッ! 一同、お静かに願おう!!」

 

喧噪を吹き飛ばすように、元気な声が今度は届いた。

騒ぎを聞きつけたのか、秋川理事長とたづなさんが、いつの間にか部屋に入ってきていた。海割のように、ウマ娘達が脇に逸れて少女を見つめる。

 

その手に持った扇子に書かれている文字は『朗報』。

隣のたづなさんが持っている大きめの封筒には、URAのマーク。

 

 

まさか……。

 

 

「待たせたな、好井トレーナー! これで、キミの計画は遂に完成するぞ!」

 

 

粛々と書類の封を開けるたづなさん。

 

秋川理事長が中身の書類を受け取ると、その内容をかみ砕いて読み上げてくれた。

 

 

 

 

「年度末開催のURAファイナルズ! 決勝でのウイニングライブ! 新曲『うまぴょい伝説』の採用が決定したッッ!!」

 

 

 

気が付かないうちに、俺は強く握りこぶしを作り……空に掲げていた。

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