「……」
「……」
風がコースの上を舞う。ウマ娘達が走ったことで削れた芝と土が、ダートコースの塵が、俺とスーパークリークの間を吹き抜けていく。無言のまま、クリークは俯きがちに立っていた。目に涙を浮かべて、今にも零れそうだ。
多分、今彼女が感じているのは『拒絶』なんだろう。
俺は拳を握りしめる。手のひらから血が滲みそうなほど震わせて、痛みと共に頭を整理していく。目を瞑り、最終確認をもう一度行ってから、意を決して口を開いた。
「クリーク、少し場所を変えないか?」
「……はい!」
俺の提案に嬉しそうな返事が戻ってきた。今日、担当しているのはクリークのみ。この場を立ち去った所で問題はあるまい。むしろ、メンタルケアこそ大事だ。俺も、何より彼女も。こんな精神状態のまま、先を目指すようなことは不可能だろう。
歩幅を合わせながら、ゆっくりとトレーナー室へ向かう。道中、俺は正直まだ悩んでいた。
というのも、クリークにどこまで、どうやって話せばいいのか。その線引きをしっかりしなくては、取り返しのつかないことになりそうで。
雲をつかむように伝えても、きっと要領を得ないまま終わるだろう。それで、彼女が納得するかどうか。俺にそこまでの話術があるのか……。
「……ふぅ」
「……」
考えるうちに、既に入室してしまった。応接用ソファーに腰をかけて、一息つく。クリークは、その様子を見てお茶の準備を始めた。長くなりそうだし、思考を張り巡らせていたせいで喉はカラカラだ。いつも、この気遣いには本当に助かる。
少し暖かくなり始めたこともあり、今日は冷えたお茶を出してくれた。
「ありがとう。クリークも座りなよ」
「はい」
コトンと、容器が机に置かれる。
ストンと、身体がソファーに沈む。
スルンと、俺の身体も一緒に沈む。ちょっと横に。
え、こっちに座るの???
「最近、ちょっと暑くなってきましたね」
「そうだな」
距離感が完全にバグってるような気がしてならない。応接用のセットだから、当然対面にもソファーは存在する。もちろん、数人が腰かけられる大きさのものだ。手入れをしてるから、本革の座面もピカピカである。座るのに、何も抵抗はないはず。なんで、隣に来たんだクリークは。
必死に平静を装いながら、俺はお茶を一口飲みこむ。
「……昨日は早くに帰られましたけど。『トレーナーさん』に相談、出来なかったんですか?」
出来なかったわけじゃない。むしろ、事態の深刻さを理解させられるだけだった。心情を吐露することで、少しだけ気が楽になったが。解決していない以上、胸の重さに変わりはない。
ちなみに彼女の言う『トレーナーさん』は俺のことではなく、先輩のこと。まだ癖が抜けておらず、気を付けないとそう呼んでしまうそうだ。承知の上で、俺は答える。
「ああ。先輩と話をしたんだけど。結局、用が出来て、途中で話が終わっちゃってさ」
「そうだったんですね……」
クリークも勿論、先輩の元担当ウマ娘だから
そんな人が、話を半端にするならよっぽどの理由だ。そこまで理解した上で、だからこそ気付かれてしまったこともあった。
「やっぱり、トレーナーさんのお悩みって、結構重たいものなんじゃないですか?」
「……」
膝に肘を付けて、手を組み、前かがみの姿勢で考える。
クリークは、とても面倒見の良いウマ娘だ。自己犠牲をすることで他人の幸せを助け、それを己の幸福と出来る。素晴らしい献身力だ。
一見すると、悩みの相談相手には打ってつけに思えるだろう。だが、俺……いや、俺と先輩がかつて話した内容が、どうしても心に引っかかっているのだ。
「ソウマ、クリークには気を付けろよ」
「え?」
ある日のトレーナー室。仕事を終えて、片づけをしている時だった。夜の帳は下りて、既に寮生たちは門限の時間を過ぎた頃。つまり、学園内でウマ娘に会う確率は極めて低い状況で言われたのだ。字面よりもっと意味のあることのはず。
「なんでですか? あの子、めちゃくちゃ良い子じゃないですか」
まるで背中でも刺される可能性があるような含みのある言い方に、俺はたじろいで返事をしたのを覚えている。冗談ではない真剣な眼差しで続けてきたので、更に身構えた。
「あいつは母性の塊だ。一度でも心を許すと、抜け出すのは相当難しい」
「ウマ娘との結束力が強いことに、何か問題が……?」
「バカ言うな。クリークの場合は、結束とかそんなもんじゃねえ。軽い気持ちで寄ってみろ。あっという間に、膝の上でおしゃぶり付けられるぞ」
「何を言ってんスか先輩……」
物の例えでも、それはない。だが、俺がドン引きしたのを見ているのに、先輩の表情は強張ったままだった。……まさか。
「マジ……なんですか?」
「ああ、マジだ。実はオレも、深みにハマりそうになったことがあってな……」
俺がまだ先輩の所へ来る前。思うようにウマ娘達の成績が伸びなかったり、ケガによる戦線離脱で苦しんでいる時があったそうだ。そんな折、心配してきたクリークに色々と心情の吐露をしたところ……共依存のような関係になってしまったらしい。
結果的に、俺が後輩として配属されたタイミングで仕事の負担も減り、更に危なっかしい新人という庇護対象が出来たことで、ようやく抜け出せたんだとか。
「当然、悪いヤツじゃない。むしろ善意のみで生きているぐらいだろう。だが……オレ達はトレーナーだ。いっぱしの大人なんだ。しっかり地に足を付け、ウマ娘達を指導していかなくっちゃならない」
「……そんな役割の俺達が、逆に手籠めにされていると……沽券に関わる、ってことですね」
「ああ、そういうことだ。お前も、トレーナーがなんたるか わかってきたじゃねーか」
「……ちなみに先輩」
「ん?」
「……おしゃぶり、したんですか……?」
「……………………スズカには、黙っててくれよ」
「……」
俺はその異質な返事を、生唾を飲み込んで肯定した。硬派な先輩が、そこまで落ちぶれるなんて……。いや、今なら別にそうは思わないから、違和感とかないけど。
とにかく、意志の強い大人すら溺れてしまう母性の権化なのだ、クリークは。特に、もうトレーナーは俺一人。一度ハマれば、二度と抜け出せない可能性もある。
テイオーに、いや学園内での大人としての尊厳を保つためにも、絶対に甘え堕ちるわけにはいかない。
瞬きと同じ速度で熟考を終えた俺は、ゆっくり横を向いた。
きちんと畳んだ足、膝の上に添えた綺麗な手。不安げに見つめる青い瞳、噤んだ唇。
彼女の気持ちは、その容貌を見ればわかる。きっと『可哀そう』だろう。だが、おかしなことに俺も同じ感情を抱いていた。こんな顔をさせてしまうとは……。
俺は……なんて……。
「クリーク。笑わずに、聞いてくれるかい」
「はい」
間髪入れない返事が心地よかった。
「実は、悩みってのはテイオー……いや、君たちウマ娘全体に言えることでな」
「ええ」
「その……俺は、本当にウマ娘が好きなんだ。楽しそうに走ってる姿も、辛そうにトレーニングする姿も。流した汗や涙、全部をレースに持っていく。己の全てを賭けて、誰よりも速く強くなりたい。それこそが、自身がこの世に存在する意味ってぐらいひたむきに生きている姿が、大好きなんだ。きっと、俺達人間が同じように情熱を傾けても、そこまで輝かしく見れない」
「……」
「だからさ……俺はトレーナーとして、君たちの傍で支えてあげたいと思った。……でも、最近。そのことで、一つ……そうだな。事件があってさ」
「事件?」
「……ああ。……俺は……。…………そうか。俺。……俺は……きっと、
口にすることで、ようやく自分の中の
そうなんだ。これは卑怯なことなんだ。同性のトレーナーじゃ、効果は薄い。今、この学園では俺しかできない……『うまぴょい』という行為。
誰だって才能の壁にぶつかることはある。血反吐を吐くほど苦しんでも縮められない差がある。俺は真っすぐで、純粋な
テイオーは、確かに長距離に強くなったかもしれない。ライバルのメジロマックイーンに比肩するほどのタフネスを手に入れたのかもしれない。だけど、それは本当にテイオーの力なのか?
俺は、怪我にも挫けずに何度も何度も倒れては立ち上がり、無敵の称号を手にしたテイオーを心から尊敬している。なのに、……その努力を水泡に帰すようなことをしてしまったんだ。
「だから…………辛い」
いつの間にか、俺は本音を明かしてしまっていた。『うまぴょい』のことも隠すつもりだったのに……思考が制御できなかった。震える声で、我慢できずに涙が頬を伝う。
自分の大好きなものを、自分自身の手で歪めた罪悪感に、俺はずっとずっと苦しんでたんだ。
どうして、こんな話をしてしまったのかわからない。絶対に深入りしないと決めてたはずなのに、言葉を紡いでいくたびに、ゆっくりと撫でられる頭の心地よさで、
「よしよし……。大変だったんですね、トレー……ソウマさん」
「…………」
懸命に涙と鼻水を隠すが、しゃっくりが止まらない。触れる手の温かさと、優しい言葉が俺の心を溶かしていく。だめだ、耐えられん。
「私……。いえ、私たちはソウマさんが頑張ってること、ちゃ~んと知ってますよ」
小さい頃、些細なことで落ち込んだ俺を慰めてくれた母さんを思い出すような口調だった。
「いっつも遅くまで残って、『トレーナーさん』が居なくなっても私たちが安心できるように、一生懸命勉強して、考えてくれてるのも、ずっと見てきましたから。そんな真面目なソウマさんですから、きっとズルをしちゃったことで、自分を許せなくなっちゃたんですね~」
「……そう……なのかなぁ……」
「はい~。でも、ソウマさん。それって、本当に『ズルいこと』なんですか~?」
「え?」
いつの間にか頭の上にあった手は、クリークの口元にあった。細長い指を顎にあてて、天井を見ている。
「ウマ娘達の間で、確かに『うまぴょい』は悪いことのように話してますけど……。違反ではないですよね?」
「そりゃそうだけど……」
渡されたティッシュで鼻を啜りながら答える。先輩も言ってたし、理事長達も明確に禁止とは言ってない。でも、
「だったら、それはソウマさんの……ソウマさんだけの、才能なんですよ」
「……俺だけの……?」
「どんなトレーナーさん達にだって、得意不得意はあると思うんです。長距離の理論は完璧でも、スプリンターの子は育てられない、なんてよく聞く話じゃないですか~」
「……確かに」
「それと同じなんです。ソウマさんは、『うまぴょい』が出来る。配られたカードを使っているだけなんですから、何も悪いことじゃないと思いますけど~?」
「…………」
そう、なのか。
そうなのかな。なんだか頭が混乱して、正常に判断できないが。それでも、良いよと言ってくれてるのだけはわかる。
「本当に卑怯なことをする人は、もっと酷いことしますよ。でも、ソウマさんなら大丈夫です。だって、私たちのトレーナーさんなんですから。そんなことは、絶対にしないって信じています」
「クリーク……」
「テイオーちゃんとのことは、秘密にしておけば問題ないですよ。たしかに、大きな声で言えることじゃないですけど……。でも、しっかり者のソウマさんなら、ちゃんと節度を持ってやっていけると思いますよ」
「……!」
気が付けば、俺は抱き寄せられていた。異性特有の甘い香りと、信じられない包容力に俺の身体が強張る。なにより……温かい。なんて心地よさなんだ。うっすら先輩の忠告が脳裏をよぎるが、幸福感が全てを覆いつくしていく。
「辛かったですよね、ソウマさん。もう大丈夫ですから。これからも一緒に、頑張っていきましょうね~」
「…………クリーク……! ありがとう……!」
「いえいえ~。こちらこそ、ありがとうございます。お話してくれて~」
悩んでいた自分が悔しい。受け止めてくれる心が嬉しい。再び流れた涙は、彼女との結束の証。
もう大丈夫だ。俺達は道を踏み外さない。
悩みを共有できたからこそ、遠慮はいらない。また明日から、一生懸命トレーニングをするだけだ!
本当に、改めて……。ありがとう! クリーク!
ウー! ウマダッチ!
……。
…………。
…………え、なんで??????
翌日の早朝、トレーナー室のソファーで俺は乱雑に腰を掛けながら虚空を眺めていた。
思いっきり『うまぴょい』してんじゃん!!!
嘘だろ? あの流れで? 良い話だなー、で終わるはずなのに?? ありえなくない? 俺は本当のバカなのか?
なんで? どうしてそうなったの??
懸命に記憶を辿る。思い出そうとすると、何故だかズキンと頭が痛んだ。まるで邪魔をするように……。
クソ、負けてたまるか。俺は真実を知る必要があるんだ。
額に手を当てて、集中して思考を張り巡らせる。
そして脳裏に浮かんだのは……存在する記憶だった。
「……」
「……」
まだ明るい日の差し込むトレーナー室。先ほどまで響いていた嗚咽も、ようやく収まってきた時のことだった。
クリークの手は、俺の背中や頭部から離れていた。その時点で、もう気付くべきだったのに。俺は安心感からか、完全に油断していた。
「トレーナーさん」
「ん?」
「ところで、その……。テイオーちゃんと、したんですよね? 『うまぴょい』」
「え? あ……ああ」
「……私には、してくれないんですか……?」
体中の血液が凍り付いたようだった。先ほどの温かさと真逆の感覚が全身を駆け巡る。温度差で風邪を引きそうなほどの、強烈な悪寒。
しまった。やってしまった……!
慌てて顔をあげる。距離を置こうとするが、両手は既にガッツリ掴まれてしまって動けない。視界に映ったクリークの表情は、想像と違わず俺を絶望の底に叩き落とすものであった。
やけに穏やかな顔、柔和な微笑み。でも目の奥にある、確かな熱……。
こ、これは……! 俺はこの状態を知っている……! テイオーから聞いたことがある……!
やばいぞ。クリークは今……『うぴうぴ』しているんだッ……!!
――説明しよう。『うぴうぴ』とは、ウマ娘なら誰しもが抱いている潜在的意識の一つであり、自らの強固な意志をもってしても抗うことのできない『うまぴょい本能』のことである。条件は未だ不明だが、この状態になると、どんなウマ娘でも『うまぴょい』を達成するまで逃げられないゾ!
ああ! なんかいきなり先輩の声で解説が聞こえた気がする。
今はそんなボケたことしている場合じゃない。なんでだ。どうしてクリークが、こんな……。今までなったことは、一度もなかったのに。
「ま、待て待て。クリーク、落ち着こう!」
「……私、今までソウマさんを困らせたこと……ないですよね?」
「うん、うん。ない。全然ない! とってもいい子だよ、クリークは。だからさ、手を離そう。な? それにほら、外からもこれじゃ見え……」
「鍵もカーテンも閉めましたよ。だから大丈夫です」
「さっきまで全部開いてたよね!?」
「トレーナーさんは、私と『うまぴょい』したくないんですか……?」
「だから~~! そういうわけじゃないんだってー!」
喚き散らす俺の身体をグイっと引き寄せ、顔を横に持っていく。
「だったら……たまには、わがまま。言っちゃダメですか……?」
耳元で囁かれる殺人的な甘い声で、俺の脳は完全に破壊された。逃げられない状況と相まって、今自らのすべきことはただ一つ。全てを受け入れ、クリークが満足するまで『うまぴょい』をすることだけだろう。
汗で摩擦のあるはずの手首が動かないことを最後に確認し、俺は遂に観念した。
ああ……ヒトがウマ娘に敵うはずないのに……。
無意味な抵抗も空しく……。
(そうだった……。『うぴうぴ』に負けたんだ、俺……)
どうしようもない状況だったから、仕方ないと言えば仕方ない。
全てを思い出した俺は、頭を抱えた。
あ、よく考えたら、この意味ありげな頭痛はさっき机でぶつけただけだわ。
「……なんてこった」
罪悪感に罪悪感を重ねてしまった。二度としないと思ってたのに。まさかクリークとも『うまぴょい』してしまうなんて……。俺、どうしたら……。
悩んでいると、ドアから乱暴なノックの音がした。一瞬身構えるが、そんな暇もなく扉が開いて人……いやウマ娘が一人入ってきた。
長く外に跳ねた、綺麗な葦毛の髪。体躯は小さいが、とてつもないパワーとスピードを誇る『白い稲妻』の異名を持つウマ娘。タマモクロスだった。
「邪魔するで~」
「……邪魔するなら帰って」
「ほなさいなら!」
戸が閉まりかけたと思ったら、物凄い勢いで開く。
「って、なんでやねん! ベタなことさすなや!!」
「おぉ……ホントにそういう反応するんだ。ごめん、気になって」
「ったく……ウチで遊んどるような暇、あらへんのやないの。
「え?」
タマモは腕を組み、呆れたような表情で俺を見る。背が小さいせいで、俺は座ってるのにほとんど視線が変わらないのは、なんだか妙な気分だ。
「クリークの様子がおかしいんや。なんかあったんとちゃうか?」
「へ? いや、何もないけど……?」
「そない上ずった声しといて、何もないわけないやろ……」
くそ、まだ精神状態を上手く作れていない。悩んでる最中に、いきなり来るもんだから大人な対応ができない。このままじゃ看破されそうなので、とりあえず攻め込まれることだけは避ける努力をしよう。
「クリークが変って、例えば?」
「……好井、心して聞くんやで。あと、絶対笑うんやないぞ?」
「あ、ああ」
「……クリークが、まるでオカンのように振舞っとるのは周知の事実やろうけど……。今朝は流石に度を超えとったんや」
「……いったい何が……」
「起きたらな……。知らん間に毛布にくるまれて……おしゃぶり付けられてたんや……」
「嘘だろ……!?」
先輩の言ってたことは本当だったのか……!!
「いやな? なんぼクリークでも、普段はそこまではせえへんのよ。しかも、勝手にな。せやけど、なんや今日は、妙に強気っちゅうか……。まるで、リミッターを無くしとるように見えるんや」
…………。
そうか。
テイオーの場合、負けたくない気持ちから『うまぴょい』の効果は『長距離の克服』だった。
クリークの場合、特に欠点らしい欠点はない。天性のステイヤーである彼女は、自らの距離に誇りも持っている。ライバル視している、オグリキャップやこのタマモクロス、イナリワンなどと比べて劣等感を覚えつつ走っているわけでもない。
ならば、どこにブーストがかかったのか。
それは……
得意分野に『うまぴょい』が作用することもあるのか……! くそ、なんて奥が深いんだ。……というか、せめてレースに関係あることで効果があってくれよ。『うまぴょい』って何なんだよ。
「どないすんねや。このままやと、クリーク。学園中のウマ娘をオギャらせるで?」
「とんでもないパワーワード出さないでくれ。頭が痛くなる」
「ウチかて、もう今朝から頭ぐわんぐわんしとるんやで! ちゃんと担当として責任もってや!」
「大丈夫ですよ~。私が二人の頭、撫でてあげますからね~」
「「!!!??」」
クリーク!?
いつ!? いつからだ!?
俺もタマモも、向かい合って会話していた。部屋の中で、二人きりで。
ドアの開いた気配もないし、音もしなかった。だけど、確実にここにいる!
優しい笑顔の裏にある、全てを堕落させようとする魔王……いや、ママ王の威圧感で俺とタマモは震えて動けなくなってしまいそうだった。
「おっはよー! トレーナー! ねえねえ、朝トレに付き合って……」
元気よく入ってきたテイオーの顔が固まる。
ガラガラを手にしたクリーク。涎掛けをつけられたタマモ、おしゃぶりしてる俺。
このとんでもない空間に、空気を読まずに入ってきてくれるテイオーの強さが嬉しかった。
ごめん、嘘。頼むからこんな情けない俺を見ないで……。
「……トレーナー? それにクリークとタマモじゃん。なにしてるの?」
テイオーの瞳に影が落ちる。嘘だろお前。なんでこの状況見て、嫉妬してんの? 仲間外れにされたとか思ってんのか!?
「ふぅん。なんだ、みんなしてそうやってトレーナーと遊んでたんだ……。担当のボクを差し置いて?」
「違う、テイオー! いいから助け……ばぶっ!?」
「あらあら。元気な赤ちゃんでちゅね~?」
喋ろうとすると口におしゃぶりを突っ込まれる。抵抗もできないのに、唯一の救いを求めたい相手は、戦闘態勢だ。一体、この絶体絶命の状況をどうすればいいんだ!
涙目になりながら、運命に委ねるしかない状況に二日連続で陥った不幸を呪う。だが、一歩進んできたところでテイオーは、ピタリと止まった。
「?」
何かを察知したのか、振り返る。
視線の先は、入退室口の扉。テイオーが勢いよく開けたせいだろうか。半開きだ。
……いや、違うぞ。何か見える。
「……ネイチャ? どうしたの、そんなところで」
落ち着いたトーンで問いかけるテイオー。それに反応すると、やや遅れてゆっくりとドアは開いた。
そこに居たのは、テイオーの友人でもありライバルでもあるナイスネイチャだった。毛量の多いふわふわな鹿毛をツインテールにした姿は間違えるはずもない。
初対面ではないはずだが、もじもじして何かを言いたげな様子。この状況で、その程度の反応な彼女の精神性をちょっと疑いたいレベルだが。
「えっと、お取込み中……ゴメンナサイ……」
「おはよう。どうしたんだ?」
口の
一体、どういった要件なんだろう? 悩んでる間にまた口は塞がった。
「え? あ……あ~。あの、アタシ今日から特別移籍で、好井トレーナーの所にお世話になるんですけど……。聞いてなかったりします? ま、まあお忙しいみたいですし。また後程~……ってことで! 失礼します!」
慌てて出ていくネイチャ。
残された俺は、一生懸命記憶を掘り起こしていた。
……。
聞いてなかったりします。