「コラボ…シューズですか」
「はい!」
スマートファルコンとそのトレーナー。トレセン学園の応接間にてある人物と面会していた。会議机を挟んで話をする相手は大手スポーツ用品メーカーの商品開発の人間である。
「スマートファルコンさんといえばウマドルとして立派なポジションを確立しつつ、ダートレースでもトップクラスの実力なのは周知のこと。ここはスマートファルコンさんがモデルしたシューズの販売をしたく、ご協力のお願いに参った次第です」
営業スマイルで彼が出したのはプレゼン資料。未だコンセプトの内容しか書かれていないものだったが、商品像のヴィジョン自体はしっかり整ったもののようにトレーナーには思えた。ウマ娘向け・人間向け・子ども向けの三つのラインナップ。スマートファルコンの監修の元、デザインだけでなく機能性も充実したモデルの開発プラン。
流石に人間向けの場合、ある程度は人間のアスリートの監修も入るのは致し方ないが、ウマ娘向けに作られたモデルについては、スマートファルコンのダートでの経験の蓄積を精一杯商品に反映したい。そう熱を持った言葉で商品開発担当は語る。
一通り話を聞いた後
「どうする?ファル子」
トレーナーが隣にいるスマートファルコンにそう問いかけると
「うんうん☆ファル子もやってみたい☆」
彼女は満面の笑みで、大賛成の言葉を彼に向けた。
「決まり、ですね」
と、トレーナーは商品開発の男性に微笑むと
「ありがとうございます!」
気合の入った言葉とともに彼は頭を下げた。
「それでは、今後の商品開発のスケジュール案については、社内の研究開発部と打ち合わせた後、追ってお知らせします」
「そうですか。連絡は僕にメールでいただけると助かります。ファル子は遠征が多いもので、FAXだとちょっと確認がしづらいんですよ」
「承知しました」
簡単な今後の打ち合わせをし、彼が去り行く最中のこと。
「それと、今回のコラボレーション企画の件ですが、もう一人、ウマ娘さんに協力いただくことになっています」
「もう一人、ですか」
「はい。気を悪くされたら大変恐縮なのですが、スマートファルコンさんはダートの頂点。そこで、ターフにおいて人気で実力のあるウマ娘の方にも同様のコラボレーション依頼をし、…ダート・ターフの二本立てで商品開発をしようと弊社では検討しています」
その言葉を聞いて
「あの、すみません」
スマートファルコンが彼に声を掛ける。
「ファル子以外に誰が今回の企画を受けるんですか?」
その言葉に
「あぁ、ダイワスカーレットさんです」
彼はにこやかにそう答えた。
その瞬間、一瞬スマートファルコンの目が細くなり、瞳の奥に鋭い輝きが宿る。
「へぇ☆そうなんですか☆」
そう笑顔で応えるスマートファルコンだったが、その顔は張り付いたような営業スマイルだった。
スマートファルコンの脳裏に浮かんだのは、有マ記念でセンターを飾りウイニングライブを行うダイワスカーレットの姿。彼女の東京大賞典以上に盛り上がっていたウイニングライブの光景を思い出し、静かな闘志を宿す彼女だった。
1週間後。スマートファルコンとスポーツ用品メーカーとの製品開発が始まった。クッション材の選定、靴の形、材質の選定から、蹄鉄の装着を考慮した検討、そしてスマートファルコンらしさと販売戦略を考えたデザイン。
あらゆる選択を考慮に入れ、コンセプトシューズを使ってはダメ出しし、改善品が出たらまたダメ出しをする。その態度はレースに挑むときのように真剣で容赦のないものだった。
トレーナーは、商品開発と研究開発の人間がやってきては、その結果に苦笑いをし、何度も出直す姿をただ見ていた。
「ファル子、容赦ないなぁ」
「だってトレーナーさん。ファル子がデザインする靴だよ☆最高の靴に仕上げないと☆」
言うは易し。ただファル子自身も貴重な練習の時間を割いて、今回の企画に付き合っている。ただでさえウマドル活動で忙しい彼女である。メーカーも確かに彼女に振り回されているが、彼女自身もそれだけ真剣なのだ。
だからこそだろう。メーカー側の人間も、やってくる度にやる気を見せているのは。
「随分と今回の企画、やる気なんだな」
「うん☆ファル子楽しみ☆」
満面の笑顔で応える彼女に、たまにはこういうのもいいか、とトレーナーは心の中で微笑むのだった。
半年後。ようやくスマートファルコンの満足のいく出来となったモデルが完成し、量産体制に入り、遂に一般販売が開始された。
販売初日。スポーツ用品店のシューズコーナーに目立つようにスマートファルコン監修の靴が詰まれる。そしてその隣にはダイワスカーレット監修の靴が同じように積まれていた。
スマートファルコンはそれと分からないように変装をし、都内のスポーツ用品店に入る。そして製品を探すふりをして、横目で靴の売れ行きを確認する。
目立つ場所に置いてあるせいか、多くのウマ娘や人間が、展示品を手に取って眺める。そして、
「私買っちゃお!」
一人のウマ娘が靴の箱を手に取ってレジに歩いていく。そしてその靴は、ダイワスカーレットデザインの靴だった。
その後も売れるのはダイワスカーレットのものばかり。決してスマートファルコンの靴が売れていない訳ではない。着実に売れてはいるものの、それ以上にダイワスカーレットの靴の方が圧倒的に売れ行きがいい。そして気づくと、ダイワスカーレットの靴は売り切れ、スマートファルコンの靴だけが残る結果となった。
その後、店を後にしたスマートファルコンが向かったのは、一般量販店の靴屋だった。そこには子ども向けモデルが販売されているのだ。
そして店内に入って彼女が見たものは、既に売り切れたらしいダイワスカーレットの靴の山の残り香。「ダイワスカーレットモデル 完売しました!」という手書きのポップが立っており、その横にスマートファルコンのデザインの靴が並んでいた。
(そっか…。スカーレットちゃんの…全部売り切れたんだ…)
と、ぼんやり眺める中
「ママー!だいわすかーれっとちゃんのくつがないー!!!」
と幼女が指を差しかつてあっただろう靴の山の跡に駆け寄ってきた。
「あら、本当ね。残念ね。また入荷したら買いに来ようね」
そう後ろから母親が声を掛けるが
「やだー!!!ほしいほしいほしいー!!!!!すかーれっとちゃんのほしいー!!!!!」
と駄々をこね、幼女は泣き出してしまう。
「うーん…困ったわね。…あ。ファル子ちゃんのじゃダメ?」
と母親がスマートファルコンの靴を指さすが、
「やだーーー!!!!!すかーれっとちゃんのくつがいいのーーー!!!!!」
幼女はそう言い、大泣きしてしまった。
「はいはい…。じゃ、お店の人に聞きにいこうねー。次はいつ買えますか、って」
そう母親は言い、べそをかく娘の手を取ってカウンターに向かっていく。
一部始終を見ていたスマートファルコンは、ただ自分がデザインした靴の山に向かい、展示品を手に取った。
かわいいデザインにした自信はあった。自分の勝負服を基調にし、かわいさを詰め込んだ渾身の作品だと。コンセプトデザインと量販品のデザインは、量販向けのため多少の変更はあるものの、決して大きくデザイン案を変更したものではない。
(かわいく…かわいくなるように……頑張ったんだけど)
スマートファルコンの手に映った展示品。茶色と白とピンク色で彩られた渾身の作品を、ただスマートファルコンは見つめることしかできなかった。
15時頃。
スマートファルコンは靴屋での視察を切り上げ、トレセン学園に向かっていた。次のレースに向けた打合せを、トレーナーと行う約束をしていたからだ。ただ、彼女の心は重たかった。売り切れたダイワスカーレットの靴。売れてはいるものの、水をあけられたように思える自分のデザインの靴。そして聞いてしまった子供の声。すべてが彼女の心に渦巻き、ただ憂鬱な気分に浸らせる。
しかしトレーナー室の前につくと、手鏡を出して、自分の顔を確認する。沈んだ顔つきになっていることに気づき、目をなんどもしばたたき、口角を上げ、笑顔を作る彼女。どんな時でもウマドルは笑顔で。そう自分に言い聞かせ
「よし☆」
最高の笑顔になったことを確認し
「失礼しまーす☆」
とトレーナー室の扉を開けた。
「お」
トレーナー室に入ってきたスマートファルコンを見て、トレーナーは少し驚いたように目を見開いた。
「何だ、打合せの時間よりちょっと早いじゃないか、ファル子」
「トレーナーさん☆ウマドルは時間に余裕をもって行動するのは基本だよ☆お仕事に関係する人に迷惑をかけちゃダメなんだから☆」
そうトレーナーに笑顔を向けるスマートファルコン。
ふと視線をずらすと、靴の箱が三つほどあることに気が付いた。それは紛れもなく、スマートファルコンがデザインした靴の箱である。
(あぁ…なんだ…)
その靴を見た途端、スマートファルコンの感情が急速に冷えていった。
その時彼女が思い浮かべたのは、靴屋に行って、自分の担当のウマ娘の靴が売れていないことに気が付き、自腹を切って靴を買い求めたトレーナーの姿。
売れないことに気づいての同情のつもりなんだろうか。そんな安っぽい同情を、目の前の指導者は自分にかけるのか。
そう思うと失望を通り過ぎて、ふつふつと怒りがわいてくるスマートファルコンである。
「あぁ、これか…」
とスマートファルコンの視線に気づくと、照れくさそうにトレーナーは笑う。
「恥ずかしいもの見られちゃったな…」
そう彼は頬をかいた。
「トレーナーさん、どうしたのそれ」
「あぁ、これな…」
トレーナーは彼女から視線を逸らして口ごもり、少し唸った後に
「欲しく…なっちゃってな…」
と呟いた。
「え?」
「あーもう!!!欲しくなったんだよ!!!お前があれだけ頑張って監修した靴だぞ!!!いいだろ!?欲しくなったって!!!」
照れ隠しのせいだろうか。叫ぶようにトレーナーはそう彼女に言い放つ。彼の顔は真っ赤に染まっていた。
「え…?」
その言葉の意図がいまいちわからず、スマートファルコンは面食らったように目を見開いた。
「トレーナーさんなら貰えたでしょ、メーカーの人から」
「おま…!違うんだよ!!!」
「違うって…」
「こういうのは自分で金出さないと意味ないだろ!?」
その言葉には表裏などなく。途端、スマートファルコンの胸に風が吹くような心地がした。
そんな彼女の心中など察することなく
「いいじゃねぇか…。履けなくても…。持っててもいいじゃねぇか!?」
逆ギレしたように叫ぶトレーナー。
「ふふっ…」
その様子を見てついスマートファルコンの口から笑みが零れる。
「何笑ってるんだよ!!!」
「あはははっ☆何でもない☆」
ニコニコと笑うスマートファルコンを見て、トレーナーが拗ねたように叫んだ。
「第一なぁ、結構買うの大変だったんだぞ。滅茶苦茶売れてるじゃねぇか、この靴」
「えっ!?」
その言葉に再度驚くスマートファルコン。
「トレーナーちゃん、売れてるって…」
「あぁ、俺が買いに行ったとき、マジであと少しで売り切れで焦ったんだぞ」
自分が経験したものと明らかに違う言葉。だが、決してトレーナーが嘘をついているようには彼女には思えない。
「それ、どこの靴屋で買ったの?」
「どこって…大井競バ場の近くの靴屋だよ」
その言葉を聞いた瞬間
(あぁ……そっか)
スマートファルコンは納得すると同時に、胸のすいた心地がした。
目の前のトレーナーがそうであるように、彼女のことを見ているファンは確かにいるのだ。ただそれが、自分は見えていなかっただけだと、スマートファルコンはこの時ようやく気が付いた。
「そっか☆」
そして彼女の顔にはいつしか笑顔が戻っていた。
「…ファル子、なんだよその顔」
「別に~☆」
上機嫌そうに笑うスマートファルコンを見て、顔を赤くしたままトレーナーは決まりがわるそうに彼女を見つめる。
「ねぇ、トレーナーさん☆早く打合せしようよ、次のレースの!」
満面の笑顔でスマートファルコンは話しかける。そこには作り笑いの陰などなく、心から出た明るさで、彼女の周りは満ちていた。
誰かと競うのも大切かもしれないが、それ以上に自分のことを一番に見てくれている人たちがいる。その想いは本物であり、これからもずっと大事にしないといけないもの。そのことに気づいた彼女の心には、先ほどの曇天のような重さは消え去り、すっかり本来の明るさを取り戻していた。
「ありがとね、トレーナーさん☆」
その声色に乗るのは心の底からの「ありがとう」。大事なことを気づかせてくれた目の前のトレーナーに対しての、最高の感謝の意思だった