「やるんですよ、カワカミさん!」
そう彼は告げた。ふんわりとした軽いパーマ。垂れ目がちの目元。そんな柔らかな雰囲気を一蹴するかのような強い張りのある声で。
「でも・・・、でも・・・!わたくし・・・!!!わたくしは・・・!!!」
床に腰を崩して泣きじゃくるウマ娘がいる。彼女の名前はカワカミプリンセス。
この日行われたG1レース、ヴィクトリアマイルで10着だったウマ娘。ダブルティアラ、幻のアノマリートリプルティアラ<変則三冠>と呼ばれたウマ娘の姿はそこにはなかった。
ただ彼女は走るのに怯えていた。走ることがトラウマになっていた。
全ては、昨年の11月に行われたG1レース、エリザベス女王杯に遡る。
昨年のエリザベス女王杯。そこでカワカミプリンセスは見事、一着にてゴール板を駆け抜けた。
誰もが思った。変則三冠の女王が誕生したと。
しかし、彼女を待ち受けていたのは、レース実行委員会からの詰問だった。
「レースが終わり早々にすみませんね」
「いえ、どうしたんですの?」
トレーナーと彼女はレースが終わって数分後のこと、レースの実行委員会に呼び出され、裁決室を訪れていた。
「まず、この映像をご覧になっていただけますか?」
そう行って彼女の目の前で再生されたのは、エリザベス女王杯、最後のホームストレッチの動画だった。
第四コーナーを抜けて、残り300mの場面が映し出される。
「ここです」
そう言って彼女は動画を一旦停止する。
そこに写っていたのは、二人のウマ娘の間を抜けるカワカミプリンセスの姿だった。闘志をむき出しにし、中段から先頭めがけて加速しようとする場面。
「ここからスローで再生しますね」
そう裁決委員は言い、動画はゆっくりと送られ始める。
「あ・・・・・・」
ある場面になったその瞬間、カワカミプリンセスの青色の瞳が大きく見開かれた。
二人のウマ娘の間を通った瞬間、内側へ切れたためだろう、彼女の腕が内側にいたウマ娘の脇腹に接触していたのだ。
「・・・今、気づいたという感じ、ですね」
「はい・・・」
一時停止ボタンを押して、裁決委員はカワカミプリンセスの様子を見た。明らかに動揺した顔つき。どうやらわざとではないらしい。
「あ!あの!!!わたくし!!!」
「分かっています」
そう彼女を抑えつけるように裁決委員は言うと、トレーナーの方をちらと見た。しかしその表情はひたすらに能面のようなもの。というより意図的に感情を表に出していないように彼女には思えた。
だが、裁決委員の視線を真正面から見据えたトレーナーは、その視線をしっかりと両目で受け止め、深く頷いた。
それだけで十分だった。その表情と、首を縦に振る態度だけで。
すべてを裁決委員は理解すると、ため息を一つつき
「それでは・・・続きを再生します」
と言い、再生ボタンを再度押した。
そこに映し出されたのは、カワカミプリンセスが接触したことで、バランスを崩したウマ娘の姿。
もつれるように脚をなんとか立て直したものの、その脚色は鈍い。後続の2人のウマ娘もそのあおりを食らっている。他のウマ娘に抜かれて沈んでいく3人のウマ娘。明らかな進路妨害だった。
「・・・ご確認いただいたように、今回のレース、カワカミプリンセスさん、貴方に進路妨害が認められました」
カワカミプリンセスはその言葉を聞いて尚、何も言えずその場に立ち尽くしていた。脳内が真っ白となり、何も考えられない彼女に、裁決委員は真っ直ぐ彼女を見据える。
そして
「残念ながら、今回のレースですが、降着とさせていただきます」
静かにそう言い放つ。
「こう・・・ちゃく・・・」
その言葉の意味を理解できないまま、呆然とするカワカミプリンセス。
どういうことなのか、『こうちゃく』とは一体何なのか、何が起こるのか、頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る中
「あの」
口を開いたのは彼女のトレーナーだった。
びくっと身を震わせて、カワカミプリンセスはトレーナーの顔を見た。彼女の瞳に映ったのは真剣な男性の横顔。
そしてその口から出たのは
「どうにかなりませんか」
『こうちゃく』を撤回しようとする言葉だった。
「教え子が迷惑を掛けたのは分かります。ですが、それはトレーナーである僕の責任です。ウマ娘である彼女が責められるのは筋違いです」
「いえ・・・それは・・・」
かぶりをふる裁決委員になおも彼は食い下がる。
「お願いします。彼女は誰よりも文句なしに速かった。それは誰もが認めることでしょう」
「それは・・・そうですけど・・・」
確かにその言葉には筋が通っている。カワカミプリンセスが接触していなくても、このレースは彼女の圧勝だった。だが、違反があったのも事実。それが覆ることはないと、裁決委員の苦い顔が語っている。
「お願いします!」
だが、トレーナーも決して折れない。
「お願いします!僕がどんな処罰でも受けます!どんな罰金でも!どんな始末書でも書きます!だから!!!だから!!!彼女を降着にしないで下さい!!!」
「と、トレーナーさん!?」
その時ようやくカワカミプリンセスは気づいた。とんでもない事をしでかしてしまったと。
「トレーナーを・・・トレーナーを首になっても構いません!!!だから!!!お願いします!!!お願いします!!!」
「そ!そんな・・・そんなこと・・・言わないでくださいませ!!!そんな・・・そんなぁ・・・!!!」
教え子のために必死に頭を下げるトレーナー。それに寄り添い涙目になるウマ娘。
涙色で溢れた二人の姿を見て、裁決委員は頭を右手で覆った。
そして首を重く横に振ると、二人に背中を見せる。
それから、数分後の事だった。
掲示板のてっぺんに掲げられた、カワカミプリンセスの『16』の数字が消え、二着の『15』の数字が一着に繰り上がったのは。
秋の京都レース場に、落胆の声が響き渡った瞬間だった。
「あんたのせいよ!」
病院にて。カワカミプリンセスはベッドに寝そべるウマ娘にそう怒声を浴びせられた。
「あんたが!!!あんたが斜行なんてしなかったら!!!あんたが!!!あんたが!!!!!」
涙目になり、枕をぶつけようとする彼女の腕を、彼女のトレーナーが必死に押さえていた。
「おい!落ち着けって!!!」
男の体重と両手の腕力にどうにか押さえつけられ、彼女の腕がしおれた花のようにその場に崩れ落ちた。
そして響くのは一人の少女のすすり泣く声。
カワカミプリンセスとそのトレーナー、そしてキングヘイローが黙ってその場に立ち尽くす中
「すまんな。もう、今日は帰ってくれんか」
怪我をしたウマ娘のトレーナーにそう言われ、なすすべもなく二人は病室を後にした。
カワカミプリンセスが接触したウマ娘。彼女は接触時に態勢を崩したことで怪我を負ってしまっていた。
病名:右脚浅屈腱不全断裂。シニア級で走っていた彼女に取って、その怪我は重すぎるものだった。
数日後。
トレセン学園栗東寮にて。
「離して!!!離してください!!!」
カワカミプリンセスはウマ娘立ちに取り押さえられ、廊下の床に這いずり回っていた。
彼女の目の前には引っ越し業者のウマ娘達が、忙しそうに荷物を運んでいる。
「お願いです!!!離して!!!離せ!!!離せ!!!」
必死な声を出し、彼女がもがく度に、ウマ娘達の身体が浮き上がる。その度にウマ娘達が筋力と体重を掛けて彼女を押さえつける。
そんな最中
「少しは大人しくしてくれないか」
そう彼女に語りかけたのは寮長のフジキセキだった。麗人の雰囲気は保っては居るものの、セットされた髪の毛はくしゃくしゃに乱れており、その衣服も汚れている。先ほど、カワカミプリンセスを取り押さえる際に彼女と取っ組み合いになったためだった。
「仕方ないだろう」
「仕方なくないですわッ!!!」
「そうは言ってもねぇ」
フジキセキはそう言ってカワカミプリンセスから視線を逸らした。
「仕方ないじゃないか。彼女、学園を去ることになったんだから」
彼女。それはカワカミプリンセスが怪我をさせたウマ娘のことだった。そして今日は寮からの退去の日。必死に荷物を外に出さないように抵抗するカワカミプリンセスが格闘することなんと12時間。ようやく大人しくなったとはいえ、持ち前のど根性はまだまだ健在。
しかし
「嘘ですッ!!!」
「嘘じゃない」
「退去なんて!!!」
「もう彼女は走れない」
フジキセキと交わす言葉の節々から、彼女の心が強く揺れ動く。
「うそです・・・こんなの・・・こんなのぉ・・・!!!」
そして出るのは止めどない涙だった。
「おねがいです・・・!!!わたくしなんでもします!!!だからもっていかないでください!!!にもつ!!!そどままで!!!そのばばで!!!」
その言葉を無視するかのように引っ越し業者達が荷物を運んでいく。淡々と、機械のように。その後ろから涙声のウマ娘の悲鳴が聞こえても、彼女たちのペースは一切とどまることなく。
それから30分程度立っただろうか。
「これで終了です」
「お疲れ様でした」
引っ越し業者が頭を下げ、フジキセキが送り状にサインをし、滞りなくすべての作業が終了した。そしてトラックが走り出す音が外から響き、その音は夜の闇に消えていく。
「ありがとね」
トラックを見送ったフジキセキが元引っ越し現場に戻り、ウマ娘達にそう声を掛けた。ウマ娘達の間から、ようやく安堵の声が漏れる。
蛙のように押しつぶされたように、床に組み伏せられていたカワカミプリンセス。ウマ娘達がひとり、またひとりと彼女から離れていく中で、カワカミプリンセスは涙の泉に溺れるように、すすり泣く声を止められずにいた。
「はいはい!もうすっかり消灯の時間は過ぎてるよ!!!戻ったもどった!!!」
手を鳴らしながらフジキセキがウマ娘達を退去させていく。
ちらとカワカミプリンセスを見ると、身を起こして尚、廊下にうずくまっていた。
フジキセキは彼女には何も語りかけず、彼女の肩を軽く叩くだけで、その場を去る。
消灯の時間を過ぎても、栗東寮の廊下の明かりも落ちる。
しかし、尚カワカミプリンセスはその場を動こうとはしなかった。
その場で1時間くらいしただろうか。座り込む彼女がようやく腰を上げ、向かった先は、『彼女』のいた部屋だった。
パートナーが偶々居なかった彼女である。そこには何も残っていなかった。ただ、がらんとした空き部屋が、月明かりに照らされていただけだった。
途端、カワカミプリンセスの腰が崩れ落ちる。涙とともに、床へ。
そして
「ごめんなさい・・・」
出てきた言葉は
「ごめんなさい・・・!!!ごめんなさい・・・!!!」
後悔、懺悔、自己嫌悪の叫び声。
この夜、一人のウマ娘の悲惨な声が、いつまでも嘗てあった夢の跡に響き渡っていた。
この出来事を境目として、彼女はレースを走ることが怖くなった。
またウマ娘を傷つけてしまうかもしれない。怪我を負わせ、再起不能にしてしまうかも知れない恐怖。
トレーナーが責任を取って学園を去ることになるかも知れないという怯え。
彼女の憧れのキングヘイローにも叱られたのだが、それも尾を引いていた。叱られたのは降着劇を起こした接触のためではない。降着処分の後、気が抜けきってしまっていて、3人のウマ娘に直接謝りにいくのが遅れたからである。そんな彼女にキングヘイローは付き添って一緒に頭を下げてくれた。それからは「しゃんとしなさい」と優しく声を掛けた彼女だが、依然としてカワカミプリンセスの脳裏にあったのは『キングヘイローにも見限られるかもしれない』という不安だった。
他のウマ娘の視線も気になった。自分が登校する度に、誰かが自分を責めているような幻聴を何度も彼女は耳にした。その幻に怯え、苛まれる呪縛から彼女は逃れることができないままに、5月のヴィクトリアマイルを迎えてしまった。そして絶不調の中の10着。もう彼女の心は限界に達している中で
「やるんです」
彼女のトレーナーはなおも諦めていなかった。
「今まで色々抱えていたことは知っています。でももう前を向きましょう。時間は元に戻りません」
「でも・・・!!!」
なおも食い下がるカワカミプリンセスに
「でもじゃない!!!」
気迫たっぷりにトレーナーは言い放つ。
目の前の王子様が、ひ弱な体つきをした痩せた男性が、力強く彼女の前に立っている。
その刹那、彼は膝をついた。彼女の肩をしっかりと両手で抱いて
「やるんです!カワカミさん!貴方と僕だけのやり方で!!!」
その力強い言葉に嗚咽を漏らすカワカミプリンセス。
そこに感じたのは、自分を信じてくれる人間のぬくもりだった。
「一年前の落とし物を拾いに行きましょう。もう一度出ましょう、エリザベス女王杯に!!!」
語られた言葉を胸に受け止め、彼女は
「はい・・・!」
溺れ続けていた泉から這い上がろうとしていた。蜘蛛の糸のような、一縷の望みをたぐるように。
11月中旬。京都レース場。
天気は晴、バ場は良。
芝2200m、第11レース、G1、エリザベス女王杯。
『秋の寒空が京都の空に広がっています。冬の訪れを感じさせるそんな空気ですが、なお、ウマ娘達の瞳には、熱い熱い闘志が宿っているのには変わりません。ティアラ路線を走り抜けた乙女達と、シニア級の乙女達が交わる本レース、エリザベス女王杯の時間です』
響き渡る実況。そしてレースの開催に胸を躍らせる観客達。
そんな最中、地下バ道から一人のウマ娘が現れ、歓声が巻き起こった。
『出て参りました!今年のティアラ路線の女王です!桜花賞ではダービーウマ娘のウオッカと死闘を演じ!オークスでは余裕の1着!そして皆さんの記憶に新しいでしょう!2週間前の秋華賞!!!見事トリプリティアラに輝いたウマ娘!!!緋色の女王!!!ダイワスカーレットの入場です!!!』
大きなツインテール。赤い色の瞳。新女王の姿がターフの上に現れた途端、誰もがその姿を目に焼き付けんとし、視線が一斉に彼女に集まっていく。しかしそんな何千何万の視線を受けて尚、ダイワスカーレットには心地のいい刺激だった。注目されればされるほど、闘志が巻き起こり、何が何でも一番になってみせる。そんな思いを胸に秘め、ターフの上から会場に手を降り始めた。
そんな最中
『もう一人出て参りました!!!昨年の女王の出陣です!!!桜花賞は実績が足りず出られなかったものの、無敗でオークス・秋華賞を制したその実力!!!ヴィクトリアマイルでは精細を欠きましたが今度はどうだ!?カワカミプリンセスの入場です!!!』
一人のウマ娘の登場に会場が沸く。
観客の歓声を受け、カワカミプリンセスはどこか落ち着いた素振りでターフに歩を進めていた。
しかしその心音は高鳴っていた。
(平常心・・・!!!)
そして、強く冷静になるよう自分に言い含め、にこやかに笑い会場に手を振った。
「カワカミさん!」
そんな彼女にダイワスカーレットが満面の笑みで話しかけてきた。
「スカーレットさん」
カワカミプリンセスも彼女に笑顔を見せる。
「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくおねがいしますわ!」
二人ががっしりと握手を交わす。
そんな中、カワカミプリンセスはダイワスカーレットとの出会った事を思い出していた。
「オークスで優勝した、カワカミプリンセスさん、ですよね!?」
昨年の6月上旬。トレセン学園の廊下でカワカミプリンセスは一人のウマ娘に話しかけられた。どうやら新入生のようであるが、体つきはがっしりとしており、クラシック路線のウマ娘と比べても遜色ない。
「アタシ、ダイワスカーレットって言います!!!レース見てました!!!無敗でオークス優勝!!!感動しましたッ!!!」
がちがちに固まりながらも必死に感動と憧れを口にする彼女の姿を見て、心が躍った思い出。彼女のジュニア級のメイクデビューに向けて、一緒にトレーニングに励んだ過去。
そして8月下旬。
「見て下さいッ!!!カワカミさんッ!!!」
見事メイクデビューを制し、満面の笑みで一着の賞状を見せてくれたその姿。
全てが鮮やかな万色に彩られた思い出。楽しい過去。そんな彼女が自分の前に立ち塞がる時が目の前に現れている。
「今日はいいレースにしましょうねッ!!!」
そう語りかけるカワカミプリンセス。
「はい!でも・・・」
ダイワスカーレットは鋭い目をして
「アタシが今日は一番になります!」
と彼女に言い放つ。
そうだ、そうなのだ。誰もが一着を取りたくてレースに挑む。誰がが勝てば誰かが負ける。苦難を超えて、恐怖を超えて。それでも尚、走ることを諦めないと誓ったのならば、言うことは一つだった。
「負けませんわよッ!!!わたくしが一着を取るんですからッ!!!」
龍のような瞳を細め、彼女もそう言い放った。
「いい感じじゃん」
観客席でカワカミプリンセスを見守るトレーナーの右隣より、一人のウマ娘がそう彼に話しかけた。
すらりと伸びた細い身体。長く麗しい金の髪。
「そうですか、シチー」
彼女を見ずに、トレーナーの視線はカワカミプリンセスだけを見ている。そんな彼の態度を見てゴールドシチーは彼の顔をのぞき込み、
「アンタ、あの子の練習に結構協力してあげたんだから。もうちょっと感謝してくれてもいいんじゃない?」
と一言。しかし彼の態度は変わらずに
「感謝はしていますよ。ただ今日は彼女の日です」
と言って、彼女と眼を合わせようとしない。
そんな彼を見て、少しその言葉と態度にいらついたように、ゴールドシチーが手すりに寄りかかり頬杖を着いた。
そんな中で
「くぁ~~~~!!!!スカーレットと姐さん!!!どっちを応援すればいいんだぁ~~~!!!!」
と叫んでいるウマ娘。黒い髪の毛を短く切りそろえた、活発そうな身振りをしている。
「ウオッカさん、落ち着いて」
そうなだめるようにカワカミプリンセスのトレーナーは彼女に微笑む。
「だって、だってですよ!?スカーレットは三冠制してもう一冠がかかってるし!!!姐さんは一年前の雪辱を果たすレースですし!!!もう!!!どうすればいいんだよぉ!!!」
はいはい、とトレーナーがなだめるようにしている最中で、ターフの上では順調にゲートインが終わり始めていた。
ゲートの中に入ったカワカミプリンセスは、レースが始まるのを瞳を閉じて待ち続けていた。
そばだてた耳から聞こえるのは、観客のレースの始まりを待ち望むどよめき。ウマ娘達の息づかい。だが一番大きく聞こえたのは、自分自身の心臓の音だった。
強く、少し浮き足立ったように、心臓の音が高鳴っている。それは忘れもしない、メイクデビューの時のよう。
(それよりも・・・少し、大きいかしら)
そう、彼女は緊張していた。オークス・秋華賞・昨年のエリザベス女王杯・ヴィクトリアマイル、そして今年のエリザベス女王杯。G1レースは5度目なのに、胸の高鳴りは最高潮。
心臓を締め付けるのは何故だろうか。心当たりは山ほどある。だが、その思いを背負いすぎないように。彼女は深く深呼吸をし、大きな瞳を開いた。
ターフが秋風に揺れている。澄み渡る空が広がっている。全てを決めるレースが、もうすぐ始まろうとしている中の静けさを一心に浴びて
『さぁ!!!新女王が戴冠を増やし、真の女王に駆け上がるのか!!!一年前の女王が落とし物を手にし、新たな伝説を作るのか!!!ゲート開いた!!!!!』
運命のエリザベス女王杯の、幕が切って落とされた。
実装おめでとうございます