一年前の過去の自分ですら、今の自分とは考え方が多少なりとも異なる。
なら、前世の人格はどうなんでしょう。
3年ほど前から奇妙な夢を見る。
ある冴えない中年男性として生活する夢だ。
朝の7時から夜の21時まで働き、家に帰って酒を飲んで寝る生活。
毎日毎日、変わらない日々の中で、楽しみといえば合間を縫ってゲームや漫画をすることだけ。
はっきりいって面白みのない
ふと、男性が読んでいるある漫画に違和感を感じた。
なんというか、漫画に書かれているキャラクターが中学校の同級生に似ているのだ。
当然、漫画であるためデフォルメされてはいるし、主人公のような包帯や眼帯もしていない。
けれど顔や性格が良く似ている。
内容は良くあるバトル物で、少年少女達が世界を守るために化け物やカルト集団と戦うという話だ。
今日も、漫画を読み終えて男性は眠りについた。
現実世界で目が覚める。
真っ先に鏡の前に行き、自分であることを確認した。
胸元まである黒い長髪、目つきの悪い三白眼、飛び出た犬歯、やや日に焼けた健康的な肌。
自分だ。
夢で見た短髪で、優しそうな顔の、不摂政で肌が青白い冴えない中年男性では無い。
容姿が違う、一人称が違う、だから別人だ。
顔を洗い、水の冷たさを実感する。
手首にカミソリを当てて、引っ掻く。
ぷっくりと赤い線が引かれ、痛みが走る。
夢で足の小指等をぶつけた時と違い、しっかりとした現実味のある痛みだ。
ここまでして、ようやっと自分が自分であることを認識し安堵のため息をついた。
これらの行為が異常であるということは認識している。
けれどこうでもしないと、自分が夢に出てくる中年男性ではなく、今を生きる少年ということを忘れてしまいそうになるのだ。
ただの夢にしては鮮明すぎるのだ。
分かっている。
恐らくこれは夢ではなく、前世の記憶と言うべきものなのだろう。
ふとしたとき時に自分が知らないはずの、知識が湧き出てくるのがその証拠だ。
新聞に記載された大学入試センター試験の答え合わせを行う。
結果は、平均して約7割と言ったところか。
中年男性は全教科を満遍なくこなす、程々に頭のいい万能型のようだ。
何度も言うが、自分は少年だ。
中学校を卒業し、明日からピカピカの高校生の少年だ。
間違っても冴えない中年男性では無い。
センター試験の内容なんてまだ習っていないし、大学の受験勉強をした覚えもない。
この知識が妄想であることを期待したのだが、目の前の試験問題の結果がそれを否定する。
大丈夫。
たとえ前世があろうとなかろうと、自分は自分だ。
頬を叩き、気合を入れてから学校へ行く準備を始めた。
学校が終わり夕飯を食べ寝る時間になった。
正直に言って寝たくないが、寝不足になって授業中に寝落ちるのは避けたい。
たとえうたた寝であっても、中年男性の夢を見るのだ。
切り替えにはやや時間がかかるし、何より学校でリストカットしている所を見られたら社会的に死ねる。
絶え間なく意識が継続するせいで、精神的には全く寝た気がしない。
そろそろ解決策を見つけた方がいいかもしれないと思いつつ、眠りについた。
耳元で目覚まし時計が鳴り響く。
中年男性が五月蝿そうに時計を止めて、目を覚ました。
長い仕事を終えた。
今日は帰りに本屋に寄り漫画を買うようだ。
中年男性が漫画に手を取り、驚いたような声を出した。
あの、同級生のそっくりさん達が出てくる漫画に最終回と書かれた帯が巻かれている。
まだ伏線らしい伏線も回収していないし、主要キャラの1人が闇堕ちしかけという物語的にも盛り上がる場面だったはずだ。
家に帰り、買った漫画を読み進める。
闇堕ちキャラと懸命に戦う少年少女達。
奮闘の末に、止めることに成功した。
喜色満面で勝利を喜び合う中、突如として崩れ去る世界。
空が大きくひび割れ、牙のようなものが飛び出す。
隙間の向こうの虹色の獣の瞳と目が合う。
そんな、いくらなんでも早すぎる。
登場人物の誰かが叫ぶ。
そして、世界は、大きな犬のような化け物に喰らわれて跡形もなく消えてなくなった。
漫画を読み終えて、ここに存在しない心臓がバクバクと嫌な音を立てたような気がした。
打ち切りか、面白かったのになぁ。
と中年男性が呟いた。
数分間、物語の余韻を堪能した男性は次の漫画へと移る。
漫画は面白い。
男性も機嫌が良さそうに笑っている。
面白いが、自分の方で先程から胸騒ぎが収まらない。
眠たくなったのか、男性が寝室へと向かいその意識を飛ばした。
瞬間、ベットから飛び起きる。
汗でびっしょりになり、カタカタと震える自分。
自分の確認も疎かに、思い当たってしまった事を考え直す。
あれは前世の記憶だ、それは間違いない。
同級生のそっくりさんが出てくる漫画は?
似ているだけならいいが、この世界が漫画の世界なら?
良くある二次創作のように、あの漫画の世界へ転生したのだとしたら?
だとしたら、この世界は…
震えを抑えるように身体をかき抱いて、惨めに泣き叫ぶ。
理解、してしまった。したくなかった。
この世界は滅ぶ、漫画の通りなら今年の10月に。
それも、打ち切りだ。
作者の事情というあまりに身勝手な理由で世界は滅ぶ。
死にたくない、いやこのままだと死ぬより酷い。
世界ごと消えてなくなる。
自分が居た痕跡すら残らない。
あの、最後のコマのように化け物に喰われて森羅万象、天地万物、一切合切、全てのものが消滅する。
なぜ、自分は、俺はこの世界にいるんだ。
この世界が夢だったら良かったのに、中年男性が現実だったら怖い夢を見ただけという笑い話なのに。
度重なる俺が自分であるという確認の末、この世界が現実であることを知っている。
いや、俺は自分が現実であると認識している。
思考が回る。
漫画通りなら10月に世界は亡びるはずだが、場合によってはもっと早い可能性もある。
転生したのが原作ではなく、誰かが書いた二次創作の主人公である可能性だ。
むしろ、こちらの方が有り得る。
転生なんて、普通に考えて有り得ないことだからだ。
この場合世界が滅ぶのを待たず、二次創作の作者が書くのを辞めた時点で俺は消えるのでは無いか?
悪い方向に坂を転がり落ちるように、思考が回る。
世界五分前仮説のように、俺がたった今生まれたキャラクターである可能性もある。
俺はなんだ?
自分は誰だ?
過去は?
未来は?
考えれば考えるほど深みにハマる。
自分がジブンであることを証明できない。
恐怖で思考が埋め尽くされる。
泣き叫ぶ俺を嘲笑う声が響く。
耳を抑えても、やめろ、やめてと叫んでも笑い声は止まない。
自分は俺をケタケタと笑い続けた。
1時間後、自分で自分を嘲笑っているという明らかに異常な状態に気が付き正気に戻る。
落ち着け、自分は自分だし、この世界が創作の世界だと確定したわけじゃない。
明日から高校が始まる。
原作スタートも高校からだったはず。
中学校の同級生が包帯や眼帯をしていなければ、ただの悪い夢だったという話ですむ。
運命の日、入学式を兼ねた長いガイダンスを終えて A 組へと向かう。
漫画では彼らは A 組だったはず。
廊下に人が一杯集まり、何事かをコソコソ話し合っている。
どうやら教室の中を覗き込んでいるらしい。
野次馬に紛れ教室を覗く。
同級生のタイチが眼帯を付け包帯を巻いていた。
口を押えておかないと今にも笑い出しそうだ。
必死に廊下のど真ん中で、発狂し、喚き笑い転げて泣きたくなる衝動に耐える。
フラフラと荷物も持たずに家へと戻る。
叩きつけるように自室のドアを閉めて、ズルズルとその場に座り込む。
「はは、はははは、うっく、ヒック、ううううう」
みっともなく赤子の様に泣きじゃくる。
きえたくない。
死にたくない。
まだ15年しか生きていない。
成人すらしてない。
やりたいことがたくさんある。
何も成してない。
医者になるという夢があった。
何も成せていない。
友人たちとスキーをする約束をした。
この世界が冬を迎えることは無い。
大好きなゲームの続編が来年の春に発売されるはずだった。
未来がない。
手首に鈍い痛みが走り、混濁した思考がやや明瞭になる。
手に持った赤く染まったハサミ。
無意識の内にリストカットしていたのか、手首から血が流れている。
自分を保つための儀式。
体に刻み込まれた習慣は、発狂することを許さない。
普段より深く切り込んだのか、血が止まる様子はない。
貧血で眩暈がしてきた。
流れ出る血を見ながら、止血しなければ死ぬかもと思った。
死ねばこの苦しみから解放されるのだろうか
死んでもいいかもな、なんて思う。
妙な話だ。
死にたくないのに死にたいなんて。
死にたくないから死にたい
どうしようもなく弱い自分を嘲笑う。
「今日は何もしたくないな」
乱雑に止血を行い包帯を巻く。
床の掃除もせずにベットへと向かい倒れこんだ。
いつもなら、ギリギリまで寝ることを渋るのだが、
今日は向こうの世界に逃げたかった。
貧血で霞んだ頭は、早々に意識を別世界の
一話で一瞬出てきた顔面真っ青なモブ。
イケイハ君のSAN値の初期値は65です。
絶え間なく続く前世の夢により一か月ごとに SANc(0/1D4)
リストカットを精神分析として代用してます。
世界の真実を知ったことにより
自傷癖に加えて
長期の一時的狂気 激しい恐怖症 を発症
哀れなり
これは巧妙なステマなんですけど
Re:ゼロ/から/始める/異世界/生活において
「記憶が人を形作る」
という言葉が出てくるんですけどまさにそうだと思うんです。
個人的に記憶のない自分を
「最も身近な他人である」というセリフが気に入ってます。