ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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学園初等部編
9話 学園入学


 ライヒアラ騎操士学園に春が訪れた。

 この世界でも春は入学シーズン。多くの学生がこの学園にやってくる。

 遠方より訪れた生徒は寄宿舎を借りるが、この学園街に住んでいる者は実家から通学することになる。

 エヴァもオルター邸からの通学組でありこの日の朝、自宅を出て通学路を通り、校門をくぐった。

 その時、声を掛けてくるものがあった。

 

「おはよう、エヴァ!久しぶりね」

 

 後ろを振り返ると、見覚えのある顔の少女が笑顔でこちらに手を振っている。同い年の異母姉ステファニアだった。

 

「あ、ティファじゃない!久しぶりだね。元気してた?」

 

「元気してたわよ!あなたとキッドとアディはどうかしら?」

 

「元気、元気!あの子達は元気が有り余りすぎて、身体強化(フィジカル・ブースト)で街中を駆けずり回ってるぐらいだよ」

 

「え~?何それ?」

 

 どうも冗談と受け取られたようだ。エヴァだって事情を知らずにもし同じような発言をされたらジョークと受け取っただろう。

 けど本当の事だ。

 

[本当に最上級魔法の筈のあれを習得しちゃうんだもんなぁ。いくら教師が優秀だからって信じられんわな]

 

 親友の手解きによってすっかり人間を辞めたレベルの身体能力を発揮し始めた弟妹達は、最近はエルの真似をして大気圧縮推進(エアロ・スラスト)との併用まで習得しようとしている。

 流石にそれらを両立することはすぐには難しく苦戦しているようだが、練習風景を見た感じマスターするのも時間の問題のようだ。

 

 年頃の娘同士、姦しく話をしながらエヴァとティファは入学式の会場として設定された大講堂に向かっていく。

 流石は国内最高峰と名高いライヒアラ。そこにはフレメヴィーラ中から集まった凄まじい数の生徒がいた。

 二人とも騎士学科という共通の学部であったため、席を探して一緒に座る。

 そこからはどこの世界でも共通の先生方の長話の始まりだ。学生としての心構えなどと言ったありがたい話を聞かされる。

 

 そんな入学式が滞りなく終了した後は昼食のための休憩時間が与えられた。

 優雅な食事を楽しんだ後、エヴァはティファにこんな提案をした。

 

「ねぇ、ティファ。図書館行ってみない?」

 

「図書館?」

 

「この学園、国内随一の学府という謳い文句通り、かなり大規模な図書館も併設されてるんだ。休憩の残り時間にそこに行ってみようと思って」

 

「ふふふ、相変わらず勉強熱心ね」

 

 そう言うティファも読書は大好きだ。だから、彼女も図書館の蔵書に期待して胸を躍らせていた。

 

 道中、廊下を歩いていた二人の耳に在学生と思しき女生徒達の声が聞こえてきた。

 

「ねぇ。今日も来てた?“図書館の姫君”」「うん、来てたわよ。すごく可愛かったわよ」「本当?じゃあ、私も見に行こうかしら?」

 

 キャッキャとはしゃいだ様子のその娘達の会話に強い反応を示したのはティファだった。

 

「エヴァ聞いた?“図書館の姫君”ですって!すごく気にならない?」

 

「相変わらず、ティファは可愛いモノが好きだなぁ」

 

 自分もある意味で可愛いモノが大好きな性分である自覚があったエヴァも、気になって図書館への歩みを早める。

 話の通りの凄まじい蔵書量に圧倒されつつ、エヴァは自身がお目当てのジャンルのコーナーを探し始めた。

 

「相変わらずフワフワしててキラキラした銀髪よね。触ってみたいわ」

 

「駄目よ。抜け駆けは。“図書館の姫君”はみんなのものなのよ」

 

「そうよ、私達は野生の小動物を観察するように、あの子を見守ってあげなくちゃ」

 

 何やら女子達による人垣ができている区画があり、彼女らはコショコショと会話をしながら本棚の陰から何かを眺めているようだった。それがどうやら噂の“図書館の姫君”らしい。

 ちょうどそれはエヴァのお目当てのコーナーだったので、そちらに向かうとそこに居た人物は見覚えのある顔をしていた。

 

「いや、お前か~い!」

 

 思わず、大きな声でツッコミを入れてしまった。何を隠そうそれは親友のエルネスティ・エチェバルリアだったから。

 机に大量に積まれた本の山を読み漁っているようだった。

 

「おや、エヴァ先輩こんにちは。でも、ここ図書館ですよ。お静かに願います」

 

 その言に思わず口を押えて、周りを見る。純粋に本を読んでいた利用者からも、先程の人垣を形成していた女子達からも白い眼を向けられていた。

 特に後者からは『何よ、アイツ』的な棘のある視線を向けられていたが、エヴァはどうしても気になって親友に声のボリュームを抑えて尋ねる。

 

「お前、入学は再来年の筈だろ?なんでここにいるのさ?」

 

「我がエチェバルリア家はここの経営者だから僕は立派な関係者です。なので、顔パスです」

 

「いや、それ職権乱用というヤツなんじゃ?」

 

「先輩、特権という物は最大限活かすべきものですよ」

 

 中々に悪い顔を浮かべてそう宣う友の顔に、ちょっとイラッと来てしまったエヴァ。

 そんな二人の様子を後ろから見ていたステファニアが会話に参加してきた。

 

「エヴァ、知り合いなの?」

 

「あぁ、こっちでできた友達だよ。エルネスティ・エチェバルリア君だ。キッドとアディとも知り合いなんだ。

 エル、この子は私の異母姉のステファニア・セラーティだよ」

 

「よろしくね。エルネスティちゃん」

 

「よろしくお願いします。ステファニアさん。ところでなんですが……」

 

 何時ぞやのアディと同じ“ちゃん”付け呼びにエルは自身の本当の性別をティファに告げる。

 

「え!?君、男の子だったの!?」

 

 その言葉が後ろの聞き耳を立てていた集団にも聞こえたらしい、抑えきれないどよめきが上がった。

 すぐに先程のエヴァのようにここがどこかを思い出した様子で静かになったが。

 

「皆、僕が男性と言うと驚くんですよね。そんなに僕男らしくないでしょうか?僕を初見で男性として認識してたのって先輩だけでしたよ」

 

「すごいわ、エヴァ。どうして解ったの?」

 

 ティファの思わず漏らした疑問に対して、エヴァが返した言葉は非常に彼女らしいものであった。

 

「ふふふ、何言ってるのさティファ。“こんなに可愛い子が女の子の筈がない”じゃないか」

 

「えぇ!?」「……あぁ、そうでした。先輩はそういう人でしたね」

 

 この世界に救いはないのかと天を仰いだエル。

 それに対してドヤ顔をしていたエヴァだったが、エルが先ほどまで読み耽っていた大量の書物にふと目をやって、それが全て幻晶騎士(シルエット・ナイト)に関する書籍であったことに気付いた。

 

「すごいわ。応用錬金学、応用魔法構造学、初級騎操士概論。こんなに難しい本を読んでしまうなんて……初等部にも入ってないのに、エル君すごい頭がいいのね」

 

 ティファが驚嘆の声を漏らすのも無理はない。それらはかなり分厚い専門書であり、普通なら高等部生でもなければ手に取ることもない書物だったからだ。

 

「なるほど、お前も幻晶騎士の関連資料を求めてここに来たんだな?」

 

「えぇ。“僕たちの夢”の為には必要な物でしょう?」

 

「違いない。ちょうどいいや、私も読んでいいか?お前が読み終わったやつでいいからさ」

 

「それなら、こちらの本をオススメしましょう。幻晶騎士の基本的な構造について、平易ですが最も解りやすくまとめられていますよ」

 

「サンキューな」

 

 エヴァは礼を言うとエルが手渡して来た本、“幻晶騎士概論”を読み始めた。

 

 幻晶騎士。この世界に君臨する最強の兵器。

 この魔導機械は、大きく分けると5つの要素によって成り立っている。

 

 機体を制御する魔法術式(スクリプト)を演算する魔導演算機(マギウス・エンジン)

 大気中の源素(エーテル)を吸入して励起し、魔法現象を引き起こすエネルギー源である魔力を取り出す魔力転換炉(エーテル・リアクター)

 触媒結晶に特殊な加工を施すことで、魔力に反応して収縮する性質を与えた結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)

 強化魔法を掛けて補強される人の骨格を模した金属内格(インナー・スケルトン)

 甲冑のような全身を覆う装甲板である外装(アウタースキン)

 

 地球の技術で言いかえれば、魔導演算機がコンピューター、魔力転換炉が動力炉、結晶筋肉は人工筋肉、金属内格はフレーム構造に相当する物だと言える。

 この内でエヴァが最も興味を示したのは、結晶筋肉だった。

 

[やっぱり、人工筋肉で動いていたんだな。なるほど、この世界で幻晶騎士が“ロボット”の姿になってるのはこれが原因だな]

 

 人工筋肉(ソフト・アクチュエーター)は地球でも研究されていた素材だった。

 生物の筋肉同様に自ら収縮する事で入力されたエネルギーを運動に変換するこの装置は、従来の他の駆動装置(*電動モーターや内燃機関、それに繋がれた歯車装置など)に比べてロボットに向いた素材であると考えられていた。

 それは何故かと言えば、何らかの強い負荷がかかったとしても装置自体が変形(・・)することで、余剰なエネルギーや外部からの負荷を逃がすことで破壊を防ぐことができると期待されているからだ。

 例えば、ホビーロボットの部品としてポピュラーだったサーボモーターなどは、想定されていない外力が加わってしまうと内部のギアボックスが破損してしまって正常動作しなくなる。人工筋肉はそういった事態に対して強いと考えられたのだ。

 ロボットを作る上で、機体の関節にかかる負荷は大きな問題になる。人工筋肉は関節を酷使する生物を模した機械を作るのに非常にマッチした素材と言えるだろう。

 

 その反面、車輪などの回転運動エネルギーを必要とする機械や乗り物を造るのには向いていない。収縮する事でしか運動を作り出せないからだ。

 直接車輪を回転させるのなら、電動モーターや内燃機関の方がずっと向いている。装置自体が回転運動を作ることに特化しているからだ。

 だが、どうやらこの世界では駆動装置(アクチュエーター)となる物は、この結晶筋肉ぐらいしか発明されていないようだ。

 

[装甲車や戦車みたいな車両型機械になってないのはこの所為だろうな。制御できるコンピューターがあって、簡単に機体の運動や戦闘に使う攻撃魔法に転用できる魔力というエネルギーを生み出すシステムがあるのなら、こういう進化をしたのは納得できる]

 

 しかし、これは生物を模した機械である“ロボット”に為る理由としてはともかく、直立二足歩行というとても不安定な移動手段である“人型”に為った理由としては弱いものである気がしてならない。

 大地を疾駆するのには四肢動物や節足動物のような姿をした多肢歩行ロボットの方がずっと向いているし、開発や製作は簡単だ。

 他の本を軽く読み流してみても、幻晶騎士の歴史上で動物型や多肢歩行型の機体が開発された事は無い様だ。この歴史が事実なら、幻晶騎士は最初から人型として完成(・・・・・・・・・・・)していたことになる。

 

[これって不自然じゃないか?]

 

 以前のラウリやマティアスとの会話でも思ったことだが、この世界で『幻晶騎士は人型をしているものである』という常識が罷り通っている。

 それ自体はエヴァは不自然だとは思わない。人型ロボットは“かっこいい”からだ。非常に訴求力のあるデザインで地球のフィクションでも大人気だった。人々がこのスタイルを愛して、支持した事も納得できる話だと思っている。

 兵器とは効率を求めるものではあるが、それだけではない。それを操る兵士や騎士の心の支えになり得るものだ。だから、解りやすいかっこよさを求めた人々が人型ロボットを主流(メインストリーム)に据えたこと自体に違和感は感じないのだ。

 

 だが、同時にこうも思っている。『動物型メカだってかっこいい筈だ』と。

 多肢歩行のロボットがあったとして、それらもパイロットの心の支えである立派な相棒に成り得ると信じていたし、人型に対して兵器としての有用性で劣っているとは思えない。

 だから、開発史にこれらの人型ではない脇道(サブストリーム)が発生した方が自然だと考えた。人間とは脇道に逸れたくなるやつが必ず発生するものだから。

 

 しかし、幻晶騎士はずっと人型一択の一本道なのだ。これはいくらなんでも不自然だ。

 機械の開発史とは生物の進化史をそのままなぞるものであるとは限らないが、どう考えても多肢歩行より二足歩行の方がずっと難しい。

 途中で多肢歩行機で経験を積んで、そこから人型へと進化したという道筋があるのならわかるのだが、どうもそうでは無い様だ。

 この世界の人類史に幻晶騎士はいきなり人の形を取って現れているのだ。それがエヴァには不思議に思えてならなかった。

 

[単なる先入観だけが原因ではないんじゃないかな?他にも何か理由があるのか?人型“しか”選択できないなにかもっと宿命的な理由が……]

 

 その疑問に対する答えは少なくともこの本の中には書かれていなかった。この本はあくまで平易な概要が書かれたものに過ぎなかったから。

 そこでエヴァは思い出した。エルが言っていた『魔術演算領域(マギウス・サーキット)はパソコンのような使い方ができる』という事、マティアスの『幻晶騎士の制御に魔術演算領域が必要である』という事実。

 答えはきっと機体(ハードウェア)ではなく、魔法(ソフトウェア)にあるのだと。

 

[私一人じゃきっと答えにはたどり着けない。もとより私は機体技術担当だ。魔法については、あとでエルに意見を聞こう。それより今は……]

 

 彼女は結晶筋肉の構成技術である“錬金術(アルケミー)”について興味が湧いていた。

 

[錬金術!これって“アレ”かな?錬成陣描いてそこにタッチしたら、好きな物質を合成できるっていう“アレ”かな?それとも、魔力を流しながら窯で煮込んでアイテムを合成する“アレ”かな?何れにせよ、面白そうな技術だ!]

 

 エヴァの脳裏に錬金術をテーマにした前世で読んだ創作作品の思い出が想起される。

 地球の化学の前身となった学問と同じ名前を持つ魔法と並ぶ不思議技術は、この世界で様々な素材の合成技術として重宝されているものらしい。

 この技術についてもっと調べようと思った瞬間、昼休みの終了ベルが鳴り響いた。

 

「えぇ……、これからが面白い所だったのに。盛り下がるなぁ」

 

 エヴァは大いに不満であったが、午後の各学科に対する説明は新入生にとって必修イベント。サボることは許されない。

 

「大丈夫よ、エヴァ。これから好きな本をいっぱい読めるじゃない?だって、私たちの学園生活はまだ始まったばかりなんだもの。この図書館だって、これからいつでも利用できるわよ」

 

「それもそうか。じゃあ、私たちは午後のオリエンテーションがあるから行ってくるよ」

 

「わかりました。行ってらっしゃい、お二人とも。僕はまだここで読書を楽しむ事にします。まだ読み終わってない物がたくさんあるので」

 

「あぁ、またな。エル」「エル君、また会いましょうね」

 

 騎士学科の説明会場とされている教室に向かう二人。その道中で、エヴァはティファがやけに上機嫌でいる事に気が付いた。

 

「ティファ、なんか嬉しそうだね。ティファも図書館で面白い本でも見つけたの?」

 

 その質問に対して、ティファは如何にも今気が付いたという風にこう言った。

 

「あ、そう言えば私達本を読みに行ったんだったわね。エル君の顔見てたら、そんなのどうでもよくなって、ずっと魅入ってたわ」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 エヴァはその言に、深い納得を覚えてしまったのだった。だって彼に最初に出会った時、自分もそうなったのだから。

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