ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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なんとか年内にもう1話投稿したかったので少々短いですが、今年最後の更新です。
来年もよろしくお願いします。
あと、たびたびの誤字報告をしてくださったskier keyさんへ感謝を。ありがとうございました。


10話 授業の行方

 入学式の次の日。

 さっそく始まった授業の内容は、午前中の一般教養を学ぶ座学と午後からの初級騎士課程だ。

 

 午前の授業は正直な所、そのほとんどが退屈なものだった。

 事前に予習してあった今更な内容でしかなかったからだ。

 

 この学園では例え初等部であっても生徒が一律で授業を受けるわけではない。

 貴族の子弟には家庭教師が付くし、一般家庭であっても裕福な家なら家庭内で様々な事を学んでいるケースもある。各児童の学力に大きな違いがあるのだ。

 故に全くの未経験者なら一般クラスに、ある程度の経験者は上級クラスに配される。

 エヴァの属するクラスも上級で結構レベルが高い部類の筈だが、それでもやはりそこは初等部。あまり高度な内容ではない。

 

[初等部1年生、9歳って言えば日本なら小学3年生ぐらいだから、初日からそんなに高度な事はやらないだろうしな。

 まぁ、私が所属してるのは上級クラスだからその内結構レベルが高い内容になっていくだろうし、油断は禁物だけど]

 

 しかし、午後からの騎士課程は日本には存在しなかったものだ。

 何と言っても魔法と実践剣術の授業なのだから。

 剣術の基本はしっかり身についている。実家のセラーティ侯爵領に居た頃から練習してきている上に、エルや弟妹達との訓練で鍛え上げているから自信もある。

 そして、魔法に関してもエヴァには頼もしい武器があった。

 

[実習なら存分に魔法のトレーニングができる。早速持ってきたこの新作魔導兵装(シルエット・アームズ)の効果を試せるぞ!ふふふふ]

 

 今日は初日なので、生徒の魔法能力測定を行うとの事だった。

 使用可能な魔法のレベルと魔術演算領域(マギウス・サーキット)における術式の構築速度、魔力の総量を測定するのだ。

 やる気を漲らせて、測定の会場となる練習場に向かおうとしたエヴァにとある人物が声を掛けてきた。

 

「やぁ、エヴァリーナさん。ちょっといいかな?」

 

「あ、マティアス先生。こんにちは」

 

 エルの父親にして、幻晶騎士(シルエット・ナイト)の操縦教官を務める教師であるマティアス・エチェバルリアだった。

 

「たしか先生は騎操士学科の教員でしたよね?騎士学科の、それも初等部の私に何の御用ですか?」 

 

「お義父さん……学園長先生から頼まれてね。君の魔力測定は私の立ち合いの元、他の生徒とは別の場所でやる事になったんだ」

 

 そう言って、付いてくるように促してくる。

 その言に従って校舎を出ると、広い演習場に誘導された。

 そこには練習機として使われている幻晶騎士サロドレアが魔導兵装を携えて佇んでいた。

 

「侯爵閣下からの話では君はかつて炎の槍(カルバリン)を発射したことがあるとの事だったが、正直な所我々も半信半疑でね。それを確認させてほしいんだ」

 

 マティアスの合図とともに、サロドレアが手に持っていた魔導兵装を地面に器具で固定していく。

 これを使って実演しろという事なのだろうと、エヴァは察した。

 

[懐かしいなぁ。炎の槍の魔導兵装……思えばこいつが私に魔力という感覚(クオリア)を教えてくれたんだっけ]

 

 見覚えのある術式と意匠に郷愁を感じながら、エヴァは魔導兵装に魔力を流し込んだ。

 刻まれた術式は結晶の先端部から槍状に形成された紅蓮の炎を吐きだし、演習場にクレーターを穿つ。

 

「……本当に戦術級魔法(オーバード・スペル)が扱えるほどの魔力を持っているんだな。彼女は」

 

 その顔に畏れを浮かべたマティアスが呟く。

 人間ではありえないこの絶大な魔力の持ち主にどのような指導を行っていけばよいか、この学園中の教師が頭を悩ますことになるだろうと彼が独り言ちている時に、エヴァが素っ頓狂な声を上げた。

 

「あぁ!?待ってください!まだ1発しか(・・)撃ててないのにぃ!」

 

 用が済んだとばかりにサロドレアが魔導兵装の固定を外して、持っていこうとしているのをエヴァは必死に止めようとしていた。

 

「エヴァさん。君の魔力は炎の槍の発射で確認できた。もう、いいんだよ?」

 

「いいえ、まだです!私はまだ全力を出し切れちゃいない!私は知りたいんだ!今の自分がどこまでやれるのかを!己の限界をぉ!」

 

 鬼気迫る表情で信じられない言葉を口走るエヴァ。

 困惑するマティアスを余所に、彼女は自分が持ち込んできた自作の魔導兵装の事を思い出した。

 

[あ、そうだ。これの事を忘れてた。よし、試射がてら魔力の限界値測定と行こうか!]

 

 急いで持ってきた鞄の中から件の物を引っ張り出してくる。

 取り出された見慣れない形状をした物体の数々に思わず、マティアスは疑問の声を上げた。

 

「な、なんだね?それは」

 

「ホワイト・ミストーで作った巻物ですよ。術式を記述するならこの形にした方がコンパクトでしょ?」

 

 木簡。古代の東アジアで使われていた木の板で作られた記述媒体だ。

 本来は短冊状に切り刻まれた木片を紐で繋げて構成される物だが、これは銀製の細線(ワイヤー)で繋いで巻物(スクロール)と為した物に、エルネスティ直伝の構成圧縮された魔法術式(スクリプト)を刻んで作っている。

 その巻物を複数合体させ、触媒結晶を先端部にはめ込み、把握部(グリップ)照準器(サイト)を取り付ける事でそれは完成した。

 

「さぁ、魔導兵装“パンツァー・シュレック”の試射会の開幕だ!」

 

 完成した魔導兵装を構えたエヴァは言うが早いか、刻まれた術式に魔力を流し込んで、法弾を形成する。

 徹甲炎槍(ピアシング・ランス)。爆炎を圧縮して対象に命中した方向に指向性爆発を発生させるという魔法だ。

 上級魔法に部類する極めて高い威力とそれに見合った難易度を誇る魔法だが、エヴァはそれを苦も無く発射した。

 戦術級魔法を撃った後だというのに、まだそれだけの強力な魔法を放てる余裕を持っているという事実に腰を抜かしかけているマティアスの目の前で、エヴァは無情にも更なる驚愕の真実を叩きつける。

 

「さて、術式変化(モードチェンジ)もやってみるか」

 

 彼女はスイッチ状の機構を押して、魔導兵装に内蔵されている魔力経路(パス)の切り替えを行った。

 これにより、魔力の供給源が右腕の把握部から左腕の把握部に変更される。

 常人であれば、この変更にさしたる意味は発生しない。右腕から供給されようが左腕から供給されようが、魔力に違いなんて無いからだ。

 だが、服に隠れていて見えないが、エヴァの左半身には刻まれているのだ。この魔導兵装を更に高威力化させてしまう術式が。

 

爆炎榴弾(フレイム・ハウザー)発射!」

 

 術式の“意味”が大きく変更され、徹甲炎槍はより大きなエネルギーを内包した法弾へと成長していく。

 それが発射され地面に着弾したとき、爆炎が形成したクレーターは最初に放った炎の槍に比べて直径こそ小さいが、より深く地面を抉っているように見えた。

 そんな穴を何個か量産した頃に、エヴァにもようやく限界が訪れたようだった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ろ、6発ぐらいか。な、なんとか自己ベスト更新した……ぞ……」

 

 魔力は体力と並ぶある種の生命エネルギー。それを限界まで吐き出してしまえば、人間は死にはしないまでも体を動かすこともできないぐらいに疲労困憊する。

 今の自分の全力を出し尽くしたという満足感に浸りながら、彼女は倒れ伏した。

 

 しばらく休んで起き上がれるようになるくらい魔力が回復したエヴァがマティアスの方を見ると、彼の顔はどこか達観したような表情になっていた。そして、こう告げてきた。

 

「お疲れ様、エヴァさん。ところでこの学園の一教師として、非常に切実なお願いがあるんだ。……二度と学内で戦術級魔法を使わないでくれ!おそらく、後で学園長からも同様の通達が来るだろう。

 いいかい、絶対だよ!?お願いだからやめてね!」

 

 特に最後の言葉は半ば泣きが入った顔で懇願された。

 

 

 

「というわけで、残念ながら戦術級魔法は使用禁止となりました。ちくせぅ」

 

「いや、当たり前じゃないですか。演習場をボコボコにするわけには行かないでしょ?直すのは職員の皆様なんですし」

 

 放課後、今日の授業の内容を先程まで図書館で読書に浸っていたエルに報告したエヴァは、彼からあきれ顔でのツッコミを貰っていた。

 そのツッコミもどこかピントがずれているものであるのだが、生憎とそれを指摘する者がこの場には居なかった。

 

「それにしても、先輩の魔力って本当に規格外ですね。僕では戦術級魔法は術式の構築はできても、行使まで持っていくには魔力が決定的に足りませんよ。すごいですね」

 

 規格外というか、故郷で一部の領民に魔獣と同一視されそうになった程の馬鹿げた魔力量である。

 しかしエルもさらっと言っているが、本来膨大な情報を処理しなければならない魔法である以上、常人では構築すらもできない代物なので、やっぱり彼の演算能力だって人外染みている。

 

「その代わり魔術演算領域は使えないんだけどさ。その所為で幻晶騎士には乗れないって言われたし、喜ぶべきか悲しむべきなのか解りゃしない」

 

 如何に強大な力を持とうが、メカに乗れないのなら意味がない。エヴァはそう宣う。これに関しては、エルも共感できるものがあった。二人の狂気じみた努力はその為に注がれているのだから。

 

「まぁ、そのお陰で学園長から『魔法実習の授業は免除する。というか、他生徒の身の安全が保障できないから参加するな』って言われたから、明日からその時間帯は別の事をしていることにするよ」

 

 意図せずして自由時間を貰ったエヴァは、その使い道をどうしようか考えていた。もちろん、ただ遊んで終わらす心算などない。

 

「先輩はテルモネン工房で鍛冶についても学んでいるんですし、鍛冶師学科の授業でも覗きに行ってみてはいかがです?」

 

「……それもいいんだけどさ」

 

 正直、とても魅力的な提案だ。鍛冶師学科のカリキュラムの中には幻晶騎士の設計について学ぶ授業まであるのだから、すごく興味はあるのだ。

 だが、エヴァにはもう一つ気になっている技術があった。

 

「錬金術師学科を覗きに行ってみようと思うんだ」「え?」

 

「だって結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)はこの技術で合成される素材なんだろう?すごく興味が湧かないか?触媒結晶がどうして人工筋肉みたいな駆動装置(アクチュエーター)になるんだ?って」

 

「たしかに言われてみれば、すごく気になりますね」「だろ?」

 

 触媒結晶。この透明、乃至(ないし)半透明な結晶状物質の事がエヴァはずっと気になっていた。

 杖用に一般的に出回っているものは、石英のようなケイ素化合物を思わせる物性を有していながら、それらとも異なった性質を有する物質だ。何と言っても魔法現象の触媒となる物なのだから。

 また人工筋肉のようにエネルギーに対する応答性だけでなく、衝撃を吸収する柔軟性や収縮性、引張強度や応力に耐えられる弾性や靭性をも求められる駆動装置に加工できるという、応用の幅が広い素材でもある。

 

「この世界でロボットを自作するなら結晶筋肉はいずれ扱う事になるだろうし、最低限の取り扱い方は知っておきたいじゃないか?あわよくば、合成方法を習得して自作しちゃえるかも……」

 

「夢が広がりますねぇ」

 

 そのような事は専門職である錬金術師に任せるのが本来は最良なのだが、この世界にはロボットの部品を一般向けに販売しているサービスなど在るわけは無い。基本的には幻晶騎士の部品は国が流通を管理している。

 たかが一学生の為に部品を融通してくれるとはとても思えない以上、それらはいずれ自作しなくてはならないだろう。それを思えば、これは通らなくてはならない道なのだ。と二人は考えていた。

 

「まぁ、と言っても最初は初歩的な知識を学ぶためにも初等部生に混ざって授業を受けてくることになるだろうけどな」

 

「頑張ってください。何か面白いことが解ったら僕にも教えてくださいね?」「もちろん!」

 

 

 

「皆さん、こんにちは!さて、今日も錬金術課程の授業を始めて行きましょう!……あら?」

 

 初等部錬金術学科の講師である女性教師がとある生徒をその視界に捉えた。

 栗色の髪を後ろで馬の尻尾の様に束ねた背の高い女の子。

 将来が楽しみな美人さんだと感じるが、この少女の顔に教師は見覚えがなかったのだ。

 

「お嬢さん、あなたは錬金術学科の生徒ではないですよね?ご自分の学科の授業はどうしたの?」

 

「いえ、私は騎士学科の生徒なのですが、色々事情がありまして魔法実習の授業は免除していただいたんです」

 

「免除って……」

 

 授業を免除されるなど、そんな特別待遇が許されるのだろうか?怪訝な顔をしていた教師の耳元にその少女が近づいて耳打ちした。

 

「先生。私の名前はエヴァリーナ・オルターと言うんですが、学園長から何か話を伺っていませんか?」

 

 その名前に教師は聞き覚えがあった。なんでも特殊な事情で他生徒と同じ場所で魔法実習を行わせるわけには行かない騎士学生が居るとの事。

 その生徒が目の前の彼女だとしても、なんだってまた錬金術学科のようなほとんど関連性のない学部の従業を受けに来たのか?混迷は深まるばかり。

 

「お願いします。授業を受けさせてください!前から錬金術にも憧れていたんです。決して他の人の授業の邪魔はしませんから」

 

 必死に懇願するエヴァに絆されて、教師は受講を認めることにした。というより、この学園の授業は多学科の生徒だから受講してはならないなどという決まりはないので、許可が出ているのなら文句の付けようは無いのだ。

 

「……では気を取り直して、授業を始めましょう。教科書の50ページを開いて……」

 

 

 

[やっぱりというか、ほとんどが“化学”の内容なのね]

 

 エヴァは少々残念な気持ちになっていた。錬金術というから魔法と並ぶようなもっとファンタジーな物を期待していた所があったのだ。

 地球でも錬金術は経験則的な技術を集約して発達し、そこから迷信の要素を抜いて化学に昇華された学問だ。内容が似てしまうのも無理はないだろう。

 しかし、決定的に違う要素も幾つかあった。その内の一つが触媒結晶に関する知見だ。そもそも地球に存在しない物質だから当然だろうが。

 

「結晶は鉱山から採掘されるものと、魔獣の体内から摘出されるものの二種類があります。前者は純度が高く非常に安定した品質を誇りますが、後者は魔獣由来の不純物を多く含んでいて品質が不安定です」

 

 教師が言うには、魔法現象の発動媒体としてはどちらも問題なく使えるが、加工製品を合成する際にはこの不純物が品質を大きく低下させてしまうため、結晶筋肉などには鉱山由来の物が使用されるそうだ。

 

[ふーむ、生体濃縮ってやつかな?魔獣も他の生物から食物連鎖の中で抽出獲得してるのか?それとも彼らも自然の露天鉱床とかから摂取してるのか?]

 

 鉱山から取れるという事は、自然界で腐敗分解されるような有機物ではないだろうと考えられる。そういうところもケイ素系物質のようだとエヴァは感じた。

 

「論より証拠。ここに二種類の結晶筋肉の試料があります」

 

 女教師が机の上に、二本の繊維状物質を並べてそれらを両手の指で引っ張って行く。

 片方は非常に頑丈でありながら柔軟性のある繊維なのだが、もう片方は伸びが悪いうえに強く引っ張ると千切れてしまった。解りやすいぐらい強度に差が出ている。

 

「これは不純物が結晶筋肉の伸縮繊維(フィラメント)の形成時に、その走行に干渉し歪みを生み出してしまう為なのです。ですので素材の品質を見極めることがよい錬金術師となる秘訣ですよ」

 

 どんな分野でも、“目利き”が重要なのは製造業において共通しているという事なのだなとエヴァは大いに関心してしまった。

 

「おや、もうこんな時間ですか?今日はこの辺にしておきましょう。皆さん、復習は欠かさないようにね」

 

 なかなか興味深い授業に、エヴァは復習がてら今日教わった内容をエルにも土産話として語ってやろうと決めた。

 

「これから楽しくなりそうだ♪」

 

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