ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~ 作:アルヌ・サクヌッセンム
もしかすると、この話は外伝扱いになるかもしれません。
「お~い!エル~!いいもの手に入れて来たぞ!」
ある日のエチェバルリア邸にて、いつもの様に他の家人への挨拶もそこそこにエルの部屋に押しかけてきたエヴァ。
その様子に嫌な顔一つせず、彼は応じる。彼女が『いいもの』と形容する品は、大抵自分にとっても『いいもの』だからだ。
「こんにちは、エヴァ先輩。今日は何を持って来てくれたんです?」
エヴァが背負っていた箱のような容器を、床に置く。
その中にいっぱいに詰め込んでいた物品に、エルはすぐにピンときた。
「これ、
「そうさ。錬金術学科で譲ってもらったんだ」
憧れの
「触る前に、手袋をしてくれ」
「手袋ですか?」
結晶筋肉は人工的に合成・加工された触媒結晶を繊維状に成型したものだ。すなわち、人造鉱物繊維である。
これは地球で言うなら、ガラス・セラミック繊維や
「天然鉱物で言ったら、悪名高い
この説明を聞いて、エルは思わず身構えた。彼も“石綿”の悪名はよく知っていたからだ。
細かく分解されると肺に吸入されやすく、それが肺胞内部で発がん性を齎すため、恐れられていた天然鉱物繊維だ。
さすがにいくら彼の大好きなロボットの素材と言えど、健康被害をもたらすような物質と同一視などさせられれば、そんなものを無思慮に触れないからだ。
「まぁ、結晶筋肉は石綿に比べたら遥かに直径が太いし、空気中に離散しにくいから肺に吸い込む塵肺の危険性は薄いと思うよ。それに触媒結晶自体があまり生体に害をもたらさない物質だって話だから、発がん性の心配もないだろう。
だけど、アレルギーとかの免疫反応の事を考えたら万が一ってこともある。手袋はしておいてくれ」
「脅かさないでくださいよ!……けど、言われてみたら確かに“素材”を扱うのに素手でべたべた触るのは無警戒でしたね。わかりました」
この言にエルは手袋を嵌めて、恐る恐る触り始めた。
「それにしても、先輩。こんなに大量の結晶筋肉をよく譲ってもらえましたね。高く付いたんじゃないですか?」
「錬金術学科の中等部生が実習で合成したものなんだってさ。幻晶騎士の部品に使うような品質にならなかった、所謂『規格外品』だな。だから安く譲って貰えたんだよ」
これらはエヴァが錬金術学科の教師に拝み倒した成果だった。
本来は高価な幻晶騎士の部品だが、結晶筋肉はその中でも大量に生産される消耗品に部類する品だ。そして、未熟な中等部の学生が実習で作り出した物なんて信頼性が重視される実機に使うわけにはいかない。
だが、そんな授業が終われば行く当ても無く廃棄されるしかないような不良品でも、エヴァやエルにとっては魅力的な
だから、彼女はそれを買い取ることにしたのだ。教師達にとっても処分の手間が減って、ありがたい話だったのだろう。最初は戸惑っていても、最終的には快く譲ってくれた。
「しかし、改めて見てみるとこれが収縮して幻晶騎士の関節運動を作り出しているなんて、なんだか不思議な話ですね」
「あぁ。動いているところを見てみたいな」
地球でも人工筋肉はベンチャー企業等から発売されていたが、まだまだホビー用素材としては高額であまり出回っていなかった。
「これが電池を繋いだら回転する電動モーターみたいに簡単に扱える装置だったらいいのに」
エヴァがそんな気持ちを口に出したのだが、エルから意外な反応が返ってきた。
「動かせると思いますよ」「え?」
「図書館で読んできた本の中に、結晶筋肉の収縮を司る術式が掲載されたものがありました。それを使えば、収縮運動を引き起こすことができるでしょう。でも、それには必要な物があります」
エヴァはエルの言葉に従い、自宅から彼の言った“必要な物”を持ってきた。
それは銀製の
銀でできているためホワイト・ミストー以上に魔力を良く通し、触媒結晶に
何故彼女がこんな物を持っているかと言えば、以前作った
エルはその銀線神経を一本の結晶筋肉繊維の両端部に結わえ付けると、それを自分の愛用の杖の両端部にも巻き付けた。
「これでちょうど直流モーターの回路みたいにできましたね。あとは僕がこれに術式と魔力を流し込めば……」
エルは杖を握って魔術演算領域内で演算した動作術式と共に己の魔力を流し込む。すると繊維は確かにその長さを変え、収縮したのだ。
「おぉ!すごい!本当に縮んだぞ!」
「軽い癖に結構力があるみたいですよ。
一般に
翻ってこの結晶筋肉は釣り糸のような細さと重さにも関わらず、体感的には地球の電動モーターにも劣らない高い出力を発揮できるものであるようだ。(さすがに回転する装置であるモーターと単純比較はできないが)
「それに結晶筋肉は魔力を貯めるキャパシタやコンデンサのような機能も持っているそうです」
「
「錬金術……侮れないですね」
この世界の文明はこと“結晶”に関する技術で言えば、地球の化学でも難しいレベルの素材開発に成功していると言えるだろう。
これを最初に創り出した錬金術師に二人は強い敬意を抱いた。
「なぁ、エル。その術式って
「先輩もやってみたいんですね?わかりました。術式を紙に書き込みますので、ホワイトミストー板に彫り起こすのはご自分でどうぞ」
「助かるよ」
こうしてエルが書き起こした制御術式をエヴァはその日自宅に持ち帰り、紋章術式を刻んだ道具を製作した。
「いらっしゃい、先輩。この前渡した術式はどうでした?」
「あぁ。問題なく動作したよ。それで単に筋収縮を観察するんじゃ面白くないと思って、今回はこんなものを用意したぞ」
エヴァが取り出したのは、結晶筋肉を取り付けた木製の腕のような模型だった。しかも、所々に
「これはもしや結晶筋肉を屈筋、発条を伸筋に見立てているのですか?」
「そうだよ。刻んだ制御術式に魔力を流すと……ほら!」
手に握った銀線神経から伝った魔力が、紋章術式によって意味を付加され結晶筋肉に伝達されると、肘を模した関節を屈曲させる。
銀線神経から手を離すと発条によって肘は伸展され、模型は元の関節角度に戻る。
構造は単純だが、筋肉による関節運動の制御を示す解りやすい模型であった。
「これ作ってて思ったんだけどさ。この運動って繰り返す事はできないか?魔力を注ぎ込み続ける限り、同じような収縮運動を断続的に繰り返すような制御がしたいんだけど」
「つまり、
周回制御を行う為には指定した
そこで彼は結晶筋肉自体をそのトリガーにすることにした。筋肉が縮み切った時に魔力を一旦遮断し、それによって緩んだ繊維を発条がその弾力で一定まで伸ばした時を次のループに繋げる条件にした。
以上の内容を彫刻刀によって追加で彫り込まれたことで、術式は模型の動作を自動的に繰り返す機構と化す。
関節と結晶筋肉と発条の軋む音が断続的に響き渡る。
「おー!うまくいった。……うん。やっぱりこれ、往復運動だよな。となると、うまく使えばレシプロ機関が作れるんじゃないか?」
「レシプロ機関というと、地球の自動車やプロペラ機が使っていた?」
エヴァは首肯する。
蒸気機関が発明された頃から、現代に至るまで多くの外燃・内燃機関の内部で動き続けたこの機構を、彼女は結晶筋肉で再現できないかと考えたのだ。
紋章術式で規則的な筋肉の伸縮が制御可能であるならば、今の自分でもそのような複雑な機械を動かす魔法が使えるのではないかとエヴァは期待していた。
「レシプロエンジンのピストンも結晶筋肉も、シリンダー機構と人工筋肉という違いはあっても、収縮を繰り返す機械って点じゃ同じだからな」
「先輩。自動車でも作るつもりなんですか?」
エルは微妙な顔をする。
「おいおい、誰が自動車を作るだなんて言ったよ?私が作りたいのはあくまでロボだよ、ロボ!紋章術式と結晶筋肉で回転運動が作れるんなら、それを使って歩行運動を作り出す事だってできるさ」
「え?先輩、それってもしかして……?」
「ふふふ、その為にもまずレシプロ機関を作ってみなくちゃな」
その時は不敵に笑ったエヴァだったが、その開発はすぐに暗礁に乗り上げることになった。
「何故だ!?なんでうまくいかないんだ?何が足りなかったって言うんだ!?」
テルモネン工房にて鍛冶技術を学ぶ傍ら、コツコツと組み上げていた模型を前にエヴァは唸っていた。
工房長とその息子が何事かと声を掛ける。
「どうしたんだ?嬢ちゃん、また何か模型でも作ってるのか?」「それとも
「あ、工房長。バトソン君。二人ともよかったら相談に乗ってくれませんか?私ではどうしたらいいのか解らなくなっちゃって……」
そうしてエヴァは自らが組み上げた“レシプロ機関”の模型を見せながら、説明を始めた。
このホワイト・ミストー製の筐体の中にはコの字状に曲がった金属棒、クランクシャフトが通っている。
その曲がった部分に
それは地球のガソリンエンジンでいうところの“ピストン”と“燃焼室”の働きを結晶筋肉と発条に置き換えているような原理の機械だった。
これが術式と魔力の供給を受けることで収縮を繰り返し、クランクシャフトを回転させ続ける設計になっている……のだが、現実はうまくいっていない。
「結晶筋肉で回転運動を生み出す装置……また、変わったものを作ってるな。嬢ちゃん」
「っていうか、結晶筋肉って収縮する部品だよね?本当にそんな事できるの?」
「できるよ。実際、手で回してある程度勢いを付けたら何回か回転はしてくれるんだよ。でも、いずれこんな風に止まってしまうんだ」
クランク機構で収縮運動を回転運動に変えようとするときに、それができなくなってしまうポイント“死点”が発生してしまう。これを結晶筋肉と発条だけでは乗り越えられない場合が出てくる。
それが機構の回転をストップさせてしまう原因だったのだ。
[地球のエンジンってどうやってこれを解決してたんだっけ?]
ど忘れだった。極めて重要な要素にも関わらずエヴァはそれを思い出すことができなかったのだ。
「うーん、幻晶騎士にこんな機構は組み込まれていないからな。俺からはいい案は出せそうにないな」
幻晶騎士に回転する機構はほとんど使われていない。手首関節も人間の身体と同じように橈骨と尺骨を模した
当然、
バトソンも騎操鍛冶師の勉強はしていても、その他の技術に関しては心得が無い。彼からもいい提案は得られないようだ。
3人揃って悩んでいた時に、大きな声で叱りつけてきた者がいた。
「あんた!バトソン!もう夕方だよ!?晩御飯が冷めちまうじゃないか!」
「「か、かぁちゃん!?」」
工房長の奥さんにして、バトソンの母親であった。
「お嬢ちゃんもお母さんが待ってるんじゃないかい?今日はもうお家におかえり」
二人に対するそれよりも優しい声音で諭すように促してくる彼女の言に、エヴァは今日の所は帰ることにした。
「……わかりました。おばさん、工房長、バトソン君。お疲れ様でした」
「「「お疲れ様」」」
エヴァの姿が見えなくなり、息子と旦那が食堂へと足を運ぶのを見送るお上だったが、工房の中に見慣れぬ機械が置いてあるのに気が付いた。
「おや?なんだろうね。これ?」
工房長に尋ねると、これはエヴァの所有物だと言う。おそらく忘れて行ってしまったのだろうと。
「あらら。まぁ、あの子もまた来るだろうし、その時ちゃんと渡してあげないとね。それにしても……」
お上はその機構をまじまじと見て、こう呟いた。
「なんだかこの構造、見覚えがあるような……」
「なんですって!?どこで見たんですか!?お願いです!教えてください!」
あれから数日後、工房長から妻が『見覚えがある』と言っていたと聞いた途端に、エヴァは彼女に詰め寄っていた。
「お、落ち着きな。お嬢ちゃん。ちゃんと教えてあげるから、落ち着いておくれ」
普段、夫と息子から畏れられている彼女でも気圧されてしまうほどの凄まじい喰い付きっぷりであった。
エヴァの興奮が少しだけ沈静化するのを待ってからお上はついて来るように促して、鍛冶場とは違う作業場へと案内した。
そこは縫製作業をするための部屋だった。夫や息子が日々の作業で解れてしまった服などを繕うための器具がたくさん置いてある。
そして、お上が指さした先に“その機械”はあった。
「これは……ミシン?」
「そうだよ。私もドワーフ。機械の扱いには自信があるのさ。
もっとも、旦那と違ってあたしは武具や幻晶騎士には興味が無かったんでね。こういう家庭で使う縫製器具の修理や整備をする技術を磨いたんだよ。
見てごらん。これはこう使うのさ」
彼女が席に座って作業を実演して見せる。
お上が足でペダルを踏むとそれによって針が上下に動いて、布の上に糸を縫い付け始める。
そう、“
[そうか!ミシンだって往復運動を行う機械だ!そして、足踏みと言う同じく上下反復運動を動力にしているこの人力ミシンの中には……]
お上に許可を貰い、中の機構を覗かせてもらう。
そこには案の定、クランク機構が存在した。そして、機構の挙動を安定させるための部品も組み込まれていたのだ。
[
幻晶騎士にも乗り物にも関係ない場所であったが、この世界にもある意味でレシプロ機関は存在したのだ。それも非常に生活に密着した形で。
「おばさん、お願いします!この弾み車やクランク機構の作り方、教えてください!このレシプロ機関を完成させたいんです!」
「わかった、わかった。皆まで言わなくっても教えてあげるよ。本当に勉強熱心な子だね」
エヴァの懇願に、苦笑しながらお上は答えるのであった。
「というわけで、出来上がったわけだよ。この
エルに自身の作品を再び見せびらかす為に、今度はオルター邸に彼を呼び出したエヴァ。
その足元で蠢いている物の姿にエルは強い郷愁の念を呼び起こされた。
「わぁ!かっこいいですね。この
レシプロ機関が生み出すクランクシャフトの回転運動を、優雅な歩行運動に変える動物型の模型がそこにはあった。
チェビシェフ・リンク機構。ホーキンス・リンク機構。並行リンク機構。
それら木製のフレーム状リンクが首振りや歩行などのギミックへと結実し、作り出されるモーションは非常に生物的である。
まさしく日本のとある企業から発売されていた玩具のように、男の子が大好きな物を詰め込んだロマンあふれる一品となっていた。
少なくともその出来栄えはエルネスティを満足させられるものであったようだ。
「どうだ?キッド、アディ。かわいいだろ?かっこいいだろ?」
この光景をエルと一緒に見ていた己が弟妹の次なる台詞に、
「「気持ち悪い」」
「え?」
「「気持ち悪い」」
エヴァは強い衝撃を受けた。
「何故!?なじぇぇぇぇ!?」
「何故って、なんか骨みたいな恰好じゃないか」「そうよ、それに動きがちょっと不気味でしょ?音もうるさいし」
結晶筋肉は筋収縮に伴う弦楽器のような音を発生させる特徴を持つが、このレシプロ機関はそれを高速で繰り返す為、まるでデタラメに楽器を弾きならすような騒音をまき散らす。リンク機構が軋み合う音も二人にはうるさく聞こえたようだ。
そして、なによりこの国は魔獣に常に脅かされている土地柄である。見慣れない姿の生物には警戒心や嫌悪感を抱くのが当たり前。
「おねえちゃんって、悪趣味?」
アディのその言葉がトドメとなって、エヴァはくず折れた。
「先輩、次はぜひとも人型の二足歩行機作ってくださいよ。かの『装甲巨神Zナ〇ト』をこの世界で復刻するのです!トイズ・ドリー〇プロジェクトで再販されたやつ買い逃しちゃったんですよ、僕。……だから、この世界でこそあの夢の続きを……僕に見せてくださ~い!」
打ちひしがれるエヴァにとって、エルのこの嘆願の声だけが救いであったのかもしれない。
8千字にも満たない文字数なのにえらく時間がかかってしまった。すいません……