ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~ 作:アルヌ・サクヌッセンム
なんだか私用で立て込んでしまったり、何故か文章を書く気力がなくなってしまったりで、遅れに遅れて3か月もたってしまうとは私の不徳の致すところです。
「これは確かに面白いな」
「でしょう?」
テルモネン工房にて工房長とエヴァが一つの機材を囲んでいる。
以前エヴァが作ったレシプロ機関。その出力軸となっている金属シャフトに取り付けられているのは錐。
柄から取り外された口金をシャフトに固定し、
工房長もこれを見せられれば、彼女の意図は解る。魔力で稼働する動力機構を備えた工具を創りたいのだと。
そして、地球ではこのような工具はこう呼ばれている。『電動ドリル』と。
「ただ、これには“変速機”は組み込めてないので、あまり高速では回転させられません」
回転する機械の持つ力を計るには二つの
一つは回転数。どれだけ素早く回転させられるかという事。
もう一つがトルク。回転する力の強さを計る物だ。
これらを変更したければ、出力軸とドリル機構の間に歯車装置を組み込んでやる必要がある。それが変速機だ。
「うーむ、俺は歯車は作ったことがねぇから難しいが、そういう機械を造ってる職人を何人か知ってるぜ。
ホレ、工房で使ってる加工機を見ただろう?あれを整備している人達だ」
彼が指さした先にあるのは部品の加工に使う回転する砥石や鋸を組み込んだ機械達だった。
これらの動力源は水力。この街を駆け巡る水路から流れて来た水の力を水車で受け止め、回転運動に変えることで機材を稼働させているのだ。
その力の増幅にも歯車は使われている。それを整備する人たちは当然、扱いにも熟知している。
「あいつらに頼めば、融通してくれるだろう。でも、結構高いぞ?」
「けど変速機を組み込んだ方がこの機械はずっと使いやすくなるはずです。工房長、今度その人たちを紹介してもらえませんか?」
「……俺がこういうことを言うのもなんだが、お前
もっと言うなら、エヴァは現在騎士学科所属である。この国では職人になりたいのなら職人の、騎士になりたいのなら騎士の為の専門教育を幼い頃から受けるのが当たり前だ。
エヴァの学ぼうとしている技術や学問は範囲が広すぎるのだ。武術に魔法に鍛冶に錬金術、そして今紹介しろと宣った歯車職人はどちらかと言うと建築分野の人間だ。
工房長には彼女が何になりたいのか解らなくなってしまった。
「工房長。私がなりたいのは
だから、私は自分の乗れる機体を自分で作りたいんです。そのために今いろんなことを勉強しているんです」
それは子供の語る夢物語にしか聞こえなかった。だが、エヴァの目は真剣だった。
「それに工房長。歯車が幻晶騎士に関係ないだなんて、それは考え方が狭いのではありませんか?さっき説明した魔力で回転する錐だって機体の腕にでも取りつければ、立派な武器になると思いません?」
「錐で魔獣の身体に穴開けるってのか?そんなの槍で突いたほうがよっぽど有効じゃねぇか!」
ぐうの音も出ないような正論。しかし、そんな事で躊躇していてはロマンは追えない。
「それは物の例えですけど、幻晶騎士に歯車装置を組み込むことで性能の強化ができる余地がどこかにあるかもしれないでしょう?
面白いアイディアを思い付いたとしても、それが畑違いで手が出ないなんて悲しいじゃないですか。だから、今は知識と技術の引き出しをたくさん増やさなくちゃいけないと思うんです」
それはこの世界の一般的教育思想と明らかに異なる考え方だった。
しかし、工房長には一抹の説得力を持っているように聞こえた。
「解ったよ。ちょうど部品の交換時期が迫ってる加工機があるから、職人に話を通しといてやる。教えて欲しい事や欲しい部品があるんなら、その時に話をするんだな」
「ありがとうございます!」
欲しい技術への渡りを付けた満足感と共に、その日は工房を後にするエヴァ。
その帰り道に彼女はふと、街を巡る水路へと注意を向ける。
[そう言えばこの世界、魔法一辺倒かと思いきや水道開発とその流れを利用する技術に関しても結構高水準なんだよな。なんか古代ローマみたい]
フレメヴィーラ王国は非常に頑強な石材が多く取れる土地だ。
この石材の使用こそが10mクラスの人型兵器が闊歩できる整備施設や魔獣の攻撃にも耐え得る要塞の建造を可能としているのだ。
そして軍事施設に並ぶレベルでそれらが多用されているのが上下水道だ。ライヒアラ学園街にも多くの水道が通い、市民達に生活用水を提供している。先ほど工房長の話にもあった水力利用技術も、鍛冶や建築での部品加工にて大いに活躍している。
[噂だと首都カンカネンでは、すごく大きくて綺麗な水道橋がいくつも建設されてるって言うな。一度見てみたいぜ]
エヴァは自分の中に鍛冶技術だけでなく、建築学に関する興味が芽生え始めていることに気付いた。
考えてみれば、地球のルネッサンス期や産業革命を支えた学者や技術者はその多くが建築家を兼ねていたと聞いた事がある。やはり、“機械”という物は建築技術と相性がいいのだろう。
[昔ジオラマ制作で幾つか拵えた建築模型も組んでて楽しかったし、少しそっち方面の勉強も始めてみるか]
自身の探求心の枝葉が大きく成長していくのを感じながら、エヴァは家路を歩んでいった。
「うーむ、どうしたもんかのう?」
ライヒアラ騎操士学園の学園長であるラウリ・エチェバルリアは大いに悩んでいた。
その悩みというのは、今年入学した新入生エヴァリーナ・オルターに対する教育方針である。
演算不能者と言う魔法が使えない人間の教育。これ自体は実の処、対処法は定型化している。“魔法と関係ない仕事の斡旋”。要は魔法が使えないことが問題にならない分野を薦めればいいのだ。
と言っても魔獣が跋扈しており、対抗策が攻撃魔法と幻晶騎士ぐらいしか無いフレメヴィーラ王国において、紹介できる仕事は自ずと限定される。
まず農民は除外だ。田畑を耕す途中で小型の魔獣が襲い掛かって来る事なんて、この国では珍しくないのだ。『剣と杖は農具の一種』などと言う諺が生まれる程、農民にすらある程度の戦闘能力が求められる修羅の国。それがフレメヴィーラ王国なのだから。
そして、都市間を行き来する仕事である行商人なども同じく除外対象だ。きちんと護身術を覚えた商人ですら護衛無しでは危ういのだ。その為に商騎士団と言う幻晶騎士を配備した民間の武装集団が運営されているぐらいだ。魔法が使えない人間なんて腹を空かせた魔獣達にオヤツ感覚で狩られてしまうだろう。
こうなると城塞に隔てられた厚い防衛線の内側で働ける仕事が対象となる。大工や鍛冶師や錬金術師などの技術職人や商店などで働くサービス業や料理人などだ。あと、書類仕事を任せる文官なども該当する。これらの分野でなら彼らでも十分活躍できる。
しかしエヴァが志望し、その父親であるセラーティ侯爵が要望を出しているのは、本来演算不能者の就職候補に挙がるはずの無い戦闘職である“騎士”なのだ。
そして、それは彼女がその身に宿す絶大な魔力について考えたら非常に納得の行く結論でもある。
問題は自分達この国の一般的教育者がその才能の活かし方を知らないという事なのだ。
「何せ騎士学科の教師達は演算能力の存在を前提とした教育法しか知らんときたもんじゃ。この儂もな……」
この能力によってこの世界の人間は思考によって頭の中で術式を編集することができるし、それを前提としている故に演算以外の魔法の利用方など
彼女の為に特別講師となれそうな人間を幾人か見繕ってみようと試みたが、交渉は難航している。みんな自信が無いのだ。
だが、この問題に光明を照らしてくれる者もいた。それは他ならぬラウリの孫、エルネスティ・エチェバルリアである。
若干4、5歳ぐらいから魔法の才能を発揮し始めた天才児であり、今では最難関である筈の
彼がエヴァとの交流の中で遊び感覚で提案した幾つものアイディアの中に、
この出来事があって以来、二人は数点の携行型魔導兵装すら創り出し、ラウリとマティアスの度肝を抜いている。
「我が孫ながら末恐ろしい子じゃ。しかし、あまりに情けない話でもある。国内最高の学府と謳われたライヒアラの教育者たちが頭を悩ませていた問題に僅か7歳の子供が解決策を提示したなどと」
幸いにして、この学園の中にも紋章術式の編集技法を学ぶ学科は存在する。
しかし、その者達もあくまで演算能力者であるからして、彼らが演算不能者に教育が行えるかどうかは、ラウリにとっても未知数だった。
「じゃが、他に方法はなさそうじゃな。彼女の魔法教育は“構文学科”に任せてみよう。セラーティ侯爵の娘さんを碌な支援も行わずに放任しておくのは、流石に不義理に過ぎるからのぅ」
この学園は入学した生徒の親御さん達からだけではなく、王国政府や貴族からの多額の援助によっても成り立っている。セラーティ侯爵領もその大口
成績の改竄といったあからさまな依怙贔屓はできないが、彼女の特殊な事情に配慮するぐらいの姿勢は見せなければ、申し訳ない。
思い立ったら、吉日。ラウリはエヴァ本人と構文学科に送付する書類をしたため始めた。その作業を見ている者の存在に気付かぬままに。
「ここが構文学科か」
エヴァは紹介状を片手に如何にも研究錬と言った風情の場所を訪れていた。
ライヒアラ騎操士学園構文学科。魔法術式の編纂を専門とする
騎士はあくまで自身が行使する小規模な魔法を習得するための訓練を行うのに対して、構文技師達が日夜研究しているのはより大規模な魔法の構築法だ。
それを支えるのは、魔法的コンピューターシステムである
ここで研究に励む彼らこそ、言わばこの国におけるプログラマーの卵達なのだ。
「いやぁ、実に楽しみですね。この世界のプログラマーの実力がどれほどの物なのか、とくと拝見させていただきましょう」
「……なんでお前も当たり前のように付いてきてるんだよ」
シレっとこの場に現れた
「やだなぁ先輩。あなたが言った事でしょう?
「いや、でもな?お前は本来まだ学生ですら無いんだぜ?普通に考えたら、追い出されるだろ?」
「そうなったら、
凄まじいプレッシャーを感じさせる笑みを浮かべながら、顔を近づけて来たエルにエヴァは気圧された。
[目がマジだ……こりゃ本当に何が何でもついてくるつもりだな。私じゃ止められそうにないわ]
静止するのは早々に諦めたエヴァは紹介状を持って建物の中に入って行った。もちろん、傍らにエルも連れて。
「やぁ、こんにちは。君がエヴァリーナ・オルターさんだね?学園長から話は伺っているよ。我が構文士学科にようこそ」
「こんにちは。これからよろしくお願いします」
人の良さそうな落ち着いた中年教師が職員室に入ってきたエヴァに応対する。
そして当然、彼女の背中に隠れるように佇んでいたエルの存在にも気付いて
「こんにちは。僕、エルネスティと申します。
[姉!!??]
エルの口から飛び出た言葉に、思わず絶句するエヴァ。
それは単に彼がこの場で適当に考えた設定だったのだが、どうやらエヴァにとってはこの言葉は衝撃的なものであったらしい。
「もしかして、お姉さんに付いてきてしまったのかな?だけどここは、入学もしていない人が入ってはいけない場所なんだ。だから、もうちょっと大きくなってからおいで?」
予想通りに教師が制止しようとするのだが、エルという男はこれで簡単に食い下がる様な魂ではない。
「すいません。けれど、僕もここに入学する予定なのでどういう場所か知りたかったのです。決して授業の邪魔は致しませんので、どうか姉と一緒に見学させてください」
[ぐはぁ!?出たよ、エルの“年上殺しの瞳”。私も以前あれに悩殺されたんだ!官能的な眼ぇしやがって……誘ってんのか!?誘ってんのか、このヤロウ!]
上目遣いで瞳を潤ませながら懇願するエルの態度に教師も絆されたのか、授業の邪魔をしない事に念を押させて彼を受け入れることにした。
「ありがとうございます!さぁ、行きましょう?『お姉ちゃん』」
「……あぁ。行こうか、エル」
とてもしおらしく礼と挨拶を交わしたエルに手を引かれて、どこか心ここにあらぬ様子のエヴァは指定された教室に向かう。
そしてその道中でエヴァはエルにとあるお願いをした。
「なぁ、エル。良かったらなんだけど、これからも私の事『お姉ちゃん』って呼んでくんない?」
輝かんばかりの期待をその瞳に宿して返答を待つエヴァに対して、とびきりの笑顔でエルは答えた。
「いやです。今の先輩、邪な事考えてそうなんで」
「さよか」
エル曰く、その時のエヴァの背中は微妙に煤けて見えたそうな。
「では今日も構文学の授業、始めていきましょう……え~、皆さん、新しい人が入ってきて気になるのは解りますが、授業に集中してくださいね」
いつもの構文学の授業風景に見慣れない新メンバーが二人も加わったことで他の生徒達がどよめている。
渦中のエルとエヴァはそんな周りの様子などお構いなしであったが、授業の内容をしっかり聞いていたのはほとんどエヴァだけだった。気になった彼女はエルに小声で話しかける。
「エル、どうしたんだ?あんなに授業を見てみたいと言ってたのに、いざ始まったらすごくつまんなさそうじゃん」
「だって、今更過ぎる内容なんですもの。さすがに初等部生に教えるものですから高度な内容ではないと思ってましたので、期待外れと言うわけじゃないですが」
確かに本来人間が扱える魔法としては最難関の筈の
だが、エヴァにとってはこの授業はとても意味のある解りやすい授業だった。
[先生が“感覚的”な話をほとんどしないんだものな。騎士学科の魔法授業とはえらい違いだわ。これだけで話が随分解りやすく聞こえる]
騎士は攻撃魔法を実戦の中で利用できるかどうかという事を主眼に置いて、魔法教育を行う。
そのため、
エヴァは記憶を反芻する。騎士学科の教師が魔法座学の時間に言い放った言葉を。その時の自身の素直な感情と併せて。
『いいですか、皆さん?“変数”を使いこなしてください!変数はとても便利な機能です。我々は自身の感じた“値”をこれに関連付けることで術式に調整を行う事ができます。この便利な機能を使わない手はありません。詳しいことは後で実技の中で実践して習得しましょう』
[何なんだよ?“値を感じる”って!そんな感覚的な事言われたって解るわけないだろ!?]
あの時、困惑と共に飲み込んだ要素である“変数”。あとで改めて調べ直したことでやっと意味を理解出来た概念だったが、構文学科の教師はこれについてもきちんと説明してくれる。
「変数は魔法術式において、種々の情報を一時的に記憶する入れ物のような概念です。ここに様々な情報を関連付ける“代入”を行うように設定をすることで複数の術式を使いまわしたり、演算によって術式を変化させることができます。例えば、この魔法の場合……」
[つまり方程式で言うところの未知数、XとかYの事ね。んでもって魔術演算領域の場合、関連付けられるのは単なる数字だけとは限らなくて、自分が感じた触覚とか関節角度覚とかその日の体調とかのいろんな情報や感覚も代入できるんだな。理屈としては理解できたよ。感覚的には全く解らんが]
最初からこっちで授業を受けたかったとエヴァは思った。
構文技師は机上での術式の構築といった作業も行うので、ある程度は法則性を理解しないと仕事にならないのだ。その為、この学科は理論先行の授業方針となっているのがエヴァにとってプラスに働いたようだ。
感覚的なものが解らない彼女にとって、理論すら解らないというのは何も解らないのと同じでとても不安になるのだから。
そんな基礎知識について教える座学の授業が終わったところで、いよいよ実技の授業が始まる。
ここに来てつまらなさそうにいていたエルの顔がパァっと明るくなり、その瞳に好奇心の光が灯り始めた。
「今日は皆さんが将来的に関わることになる幻晶騎士の頭脳となる部品、魔導演算機の実機に実際に触ってみましょう。鍛冶師学科の工房にお邪魔することになるので、皆さん付いてきてください」
「聞きましたか、先輩?いよいよこの世界のロボットのコンピューターユニットに触れるんですって!」「あぁ、楽しみだな!」
こうして授業の舞台はお隣の鍛冶師学科へと移り、エルとエヴァは期待していた幻晶騎士の中枢システムへの思いを胸に教室を後にした。
金属同士のぶつかり合う音が引っ切り無しに聞こえてくる広大な整備場。
この独特の熱気溢れる鉄火場にて、金属の巨人騎士が整備のために機体の各所を分解された状態で鎮座されていた。
学園実習機サロドレア。そう名付けられた整備中の騎士の頭脳が群がる鍛冶師たちによって丁寧に摘出され、構文技師候補生達の目前にさらけ出される。
この機械仕掛けの脳みそに若い教師が手を掛け、その“中身”を確認した。
「うん、この状態でも正常に機能してる。
学生たちが恐る恐る魔導演算機に近づき、筐体表面に手を触れる。最初は感触を楽しむように触っていたが、ついに意を決してその“解析”に挑む。杖に対してするように、己の魔法的感覚を集中する。
多くの者はその中に潜むあまりに膨大な情報量に目を廻した。
それを見て、教師が己の学生時代を思い出すように生徒たちにアドバイスする。
「自分の意識的な処理能力を超えないように少しづつ解析するんですよ。自分の力量を見誤らないようにする。構文技師として大切な感覚です」
人間の意識下で処理できる情報量など、たかが知れている。だから大人数で魔導演算機に取りつき、少しづつ様態を把握する。
そしてみんなが己が解析した結果を話し合い、情報のすり合わせを行う。集合知の力でシステムの全容を解析するのだ。
それがこの世界のプログラマー、構文技師たちの仕事のやり方。
だが、教師は解析に挑む生徒たちの輪の中に入り損ねている児童の姿を見つけた。
件のエヴァリーナ・オルターだ。困惑に満ちた顔で魔導演算機を取り巻く他の生徒達を見つめている。
[あの騎士学科から来たという演算不能者の生徒か。まぁ、魔術演算領域が使えないのでは解析などできないだろうしな。しかし、なら何故構文学科になんてきたんだ?ここは構文技師を育てる場所だ。魔術演算領域が無ければ、仕事にならないだろうに]
構文技師にとって、魔術演算領域は大切な仕事道具。鍛冶師が鎚を持たずに火事場に入ってきたようなもので、これを持たない人間が現場に入って来るというのは教師にとって理解できない事だった。
[そんな人間が何の役に立つというのだ?学園の上層部は何を考えているんだ?]
学園長からの紹介状まで持参してきた生徒であるため、無碍に扱うわけも行かずここまで連れて来たが、ここに来て教師も彼女は邪魔にしかならないと判断したようだ。
エヴァに整備場の隅で見学しているように促した。
教師が見た通り、エヴァは大いに困惑していた。
キーボードやマウスはおろかモニターも付いていない金属製筐体。こんな何のとっかかりも無い物を見せて、『さぁ、覗いてみてください』などと教師は宣ったのだから。
元地球人としては文句の一つも言いたくなるものだろう。『どないせぇちゅうんじゃ!?』と。
だが彼女は喉まで出かかったそんな感情を飲み込んで、教師の指示には素直に従う事にした。もちろん、ただそれだけで済ませるつもりは無かったが。
「エル。私の代わりに覗いて来てくれ。あの異世界のコンピューターユニットの
傍らに立つエルならば、それを詳らかにしてくれると信じて。
「解りました。まかせてください!……先生、僕が触ってみてもよろしいでしょうか?僕は魔術演算領域は問題なく使えますので」
「君がかい?……まぁ、せっかくの機会だし、いいだろう。やってみたまえ」
前に進み出る初等部生ですらないのではないかと思うほどの小柄な子供の姿に眉を顰める教師だったが、自信がある様なのでそのままやらせてみることにした。
エルは少し背伸びして両手を筐体の表面を這わせ、目を閉じて自身の全感覚を魔導演算機へと没入させ始めた。
それからしばらくたった後だった。
動くはずの無い屍のようなサロドレアの機体が突如として大きく震えだし、まるで獣の鳴き声の如き
「どういうことだ!?何が起こってる!?誰が機体を動かしたんだ?」
「魔力転換炉の出力が上がってる?そんな馬鹿な!?
「解析中の学生が設定を変更した?一体誰がそんな大規模な書き換え作業を?こんなの今触り始めた子供たちに出来る事じゃないのに!?」
パニックに陥る教師陣や構文技師・鍛冶師達。それを遠巻きに眺めていたエヴァは確信した。全てはエルの仕業なのだろうと。
[やっぱりやってくれたか、エルのやつ!なんたってお前は“生まれながらのサイボーグ”なんだもんな。頼んだぞ、幻晶騎士の脳みその詳細を暴いてくれ!]
期待を込めて、エヴァは事の次第を見守った。
[なんですか、これは?]
魔導演算機の中に己の意識を
他の構文技師達が行うようなちまちまとした情報処理ではない。その全てを根掘り葉掘り確認し、己の中に取り込んだのだ。
常人なら脳がパンクして発狂してしまうような雪崩の如き情報の渦を彼が処理できたのは、偏にその絶大な演算能力の賜物であった。
そうやってシステムの全容を把握した彼は、だからこその大きな疑問を抱いた。ある筈と思っていた物がその中に無かったからだ。
[OSが……オペレーティング・システムがどこにもないってどういうことですか!?]
21世紀の地球でコンピューター上でシステムを構築する場合、必ずと言っていい程存在するはずのそれが無い。
この事実にエルは愕然とした。
[ファームウェアらしきものはある。でも、OSだけ存在しない。こんなシステムでどうやってこの世界の人達は幻晶騎士を動かして……まさか!?]
エルは自分が一つ見落としていた物の存在に気が付いた。
それはあまりにも身近に存在していた物だった。たしかにこれの力なら欠けているピースの穴埋めができる。そう確信できるソレ。
エルはその力で魔導演算機の欠落を埋める。
体が震える。その震えは彼の小さな体の震えだけではない。エルの心に呼応したシステムが幻晶騎士の機体に実際に振動を発生させているのだ。
慟哭する。その感情の猛りを
ここまでくれば、認めざるを得なかった。幻晶騎士にとって何がOSの役割を果たしていたのかを。
[なるほど道理で……だとしたら、僕たちのするべきことは決まりました。先輩にこの事を知らせなければ]
エルは己の意識を魔導演算機の中から引き揚げる。
彼が目を開けて周りを見た時、整備場はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
滞りなく終わると思われていた構文学科の実習で動くはずの無い幻晶騎士が動いたという事で、整備場全体が事態の把握に努めていたからだ。
しかし、エルはそんな周りの状態など関係ないと言わんばかりにエヴァの元に駆け寄る。
そして、彼は調査結果を報告した。
「先輩、解りました。魔術演算領域こそが幻晶騎士のOSだったのです。幻晶騎士は単なるロボットではなく、