ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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13話 オペレーティング・システム

 学園長室からラウリの怒声が聞こえてくる。

 先ほど起こったとんでもない事態……実習中の構文学科生徒が訓練機を暴走させかけたという事件が、他ならぬ自身の孫のエルネスティによって引き起こされたという話を聞いたのがその理由だ。

 最初は何故そんなところに彼が居たのか解らなかったが、自分が紹介したエヴァリーナに付いて行き、半ばごり押しで授業に参加したためだという。

 最悪の場合、許可を出した教師や学園長である自分の引責問題にもなりかねないと当初はラウリも顔を青くしたが、幸いなことに暴走と言っても主機である魔力転換炉(エーテル・リアクター)の出力上昇と機体の振動現象が起こったぐらいで、大きな被害をもたらすものではなかったことがすぐに解った。

 更にエル本人に確認を取ったところ、それはそもそも暴走ではなく彼が意図してそのように制御したものだったらしい。これも最初は何かの間違いか子供の戯言かと思ったが、他の教師が魔導演算機(マギウス・エンジン)の中を覗いた所、エルの言った通りの“改竄”の痕跡が見つかり、これもまた一騒動起こすことになった。

 何れにせよ、勝手に構文学科の授業に参加して備品にイタズラをしたエルとそれを看過したエヴァはお説教を喰らい、またエルは入学までは学園施設への出入りを禁じられることになった。

 

 二人がラウリや他の教師の叱責から解放してもらえたのは、夕方になった頃だった。

 

「こってり絞られたなぁ……」

 

「いやぁ、まさか出禁を喰らうとは思いませんでしたね。ちょっとやり過ぎましたかね。アハハ」

 

「すまない、エル。私の所為で……」

 

「気にしないでください、先輩。あそこに行くと言ったのは僕なんです。それに短い間とは言え、幻晶騎士と繋がれてとても楽しかったです。一番気になっていた魔導演算機(マギウス・エンジン)の中身について、とても多くの知識を得られましたしね」

 

 そう、それこそがエルが構文学科の授業を受けてでも得たかった情報。そして、エヴァが知りたかった事でもある。

 

「エル、改めて聞かせてくれないか?あの時、お前が言った『魔術演算領域(マギウス・サーキット)こそが幻晶騎士(シルエット・ナイト)のOS』という言葉の意味を。“拡張人体”って何なんだ?

 というか、今更で申し訳ないんだけど、OSってそもそもどういうプログラムなんだ?地球のパソコンやスマホ使うときもなんとなく使ってたものだけど……」

 

 考えてみると、自分はOSというものを漫然としてしか把握していなかった事に気付いたエヴァ。

 エルもこれを聞いて、まずはそこから説明するべきだと考えたようで改めて解説してくれた。

 

 

 

 オペレーティング・システム(OS)とは何か?

 例えば、地球のパソコンやスマートフォンでは使用者(ユーザー)に操作の為の基本的なインターフェイスを提供し、各種の応用ソフトウェアであるアプリケーションを動作させるための基盤的環境(プラットフォーム)となる役割を担っていた物だった。これらの機能があるからこそ、パソコンやスマホは単なる計算機や携帯電話ではなく便利な汎用的コンピューター端末となりえる。

 つまり、OSとはコンピューターに利便性と汎用性を与える基本的なプログラムの事なのだ。

 

 しかし、幻晶騎士はパソコンでもスマホでもない。パソコンやスマホで必要な汎用性と人型機械で必要な汎用性は違う。どんな便利なアプリが使えても、タッチパネルや電話機能が使えようとも、それはロボットの制御とは直接的関係は無い。

 では幻晶騎士にとってOSと称するべきものがあるとするならば、それはどんなものだろうか?

 

「僕はそれは人間が行う基本的な動作を模倣して、姿勢を制御する機能だと思います。それがあるからこそロボットは汎用的機械装置になり得るのです」

 

 エルが魔導演算機の中で垣間見た数多の魔法術式(スクリプト)には、それが無かった。

 

「いや、無いってどういうことだよ!?私もお前も幻晶騎士が実際動いてるところを見てるじゃないか!?あんな流麗な動き、地球のロボットにだって難しいだろうに!」

 

「僕の伝え方が悪かったですね。操縦者の動きを読み取ってそれを運動に反映する機能は確かにありました。しかし、それは魔導演算機の中でモーションパターンを登録・作成するというものではありませんでした。

追跡(トレース)”ではあっても、“模倣(ミミック)”では無かったんです」

 

 その二つの言葉にどんな意味の違いがあるのか、エヴァには解らなかった。エルの説明は続く。

 

「魔導演算機の中にあった術式は身体強化魔法(フィジカル・ブースト)を基本にして、それを拡大適用できるような改造が施してありました。これを使って金属内格(インナー・スケルトン)外装(アウター・スキン)を補強し、鐙や操縦桿から読み取れる動きを結晶筋肉(クリスタル・ティシュー)へ伝達しているんでしょうね」

 

「じゃあ、その魔法がOSなんじゃないのか?」

 

「先輩。身体強化はその名の通り、人間の身体能力を“強化”する魔法です。これ自体に姿勢制御を行う機能は無いんです」

 

 人体の姿勢は運動によって複雑に変化する。これを調整しているのは中枢神経とそれに繋がっている感覚器の働きだ。大きく分けて、視覚・前庭覚・体性感覚の3つ。

 視覚は眼球から入ってくる外界の情報だが、前庭覚は内耳の中央にある耳石器や三半規管が加速量と重力を感じ取るもので、体性感覚は腱や筋肉に組み込まれた感覚器がその伸張力を観測することで得られる体内の感覚だ。

 これらを中枢神経が統括し調整される事で人の姿勢は保たれ、複雑な地形に適応した歩行運動を可能とするのだ。幻晶騎士のような人型の機械に二足歩行を行わせるためには、これらの働きを代償する仕組みが必要という事になる。

 ところが魔導演算機の中には、これを保証する機能は無いようだ。ほぼ騎操士(ナイト・ランナー)の感覚頼りと言っていい。

 

「は?するってーと何?幻晶騎士に平衡維持機構(オート・バランサー)とかの機能は……」

 

「もちろん、ありません。強いていうなら、人間の脳がそれに相当します。魔術演算領域があれば、感覚を動きに反映(フィードバック)できますからね。

 半思考制御とでも言いましょうか?鐙や操縦桿は騎操士の脳から送られる魔法術式による命令(コマンド)を読み取る機能と、簡単な四肢の運動を物理的に読み取る役割を持たされているようです。当然、体幹の運動命令も魔法によって行われます。

 あの術式構造だと、手動(マニュアル)操作だけではあまりにも大雑把な制御しかできないでしょうね。ですから物理的入力はあくまで使い手の負担を減らす為の補助的な手段に過ぎず、要となっているのは騎操士による術式入力の方なのでしょう」

 

 エルが言いたいことがエヴァにも徐々に解ってきた気がした。

 彼女は以前カルダトアの操縦席を見たことがあるが、あの操縦桿や鐙の構造では10mサイズの人型機械を直立二足歩行させることができるほどの複雑な命令は入力できそうになかった。

 エヴァはそれは魔導演算機が自動的に制御して調整しているのだと勝手に思っていたのだが、そんな所まで魔術演算領域に依存しているとは想像していなかった。

 

「しかし、魔法術式って結構複雑なものだよな?あんな情報を頭の中でいちいち思い浮かべながら、操縦なんてしていられるものなのか?」

 

「先輩、先程の座学授業で出てきた“変数”の事を覚えていますね?あれには感覚的な情報も代入できると教わったはずです。実際には入力するのは予め設定しておいた関数や変数に対応した“(バリュー)”だけでいいんです。これだけなら直観的入力が十分可能ですから」

 

 そう言えば、魔術演算領域にはそういう便利な機能があった事をエヴァも思い出した。

 

「魔導演算機の中にある魔法術式は規模こそ大きいし複雑ではありますが、OSと言うにはあまりに自律性……いや、自立性が低すぎるんですよ。その大半の機能が魔術演算領域と紐付けされるようになっています。これは魔術演算領域の方がより中核的制御を担っているシステム……つまり、OSだと考えざるを得ませんね」

 

「じゃあ、仮に私が幻晶騎士に乗ったとすると、どうなると思う?」

 

「鐙や操縦桿からの物理的入力で多少動かせはするでしょうが、手足の動きに全く補正が掛からないので、まず間違いなくバランスが取れずに転倒事故を起こすでしょうね。体幹も制御できずにフニャフニャになるから、ハイハイが関の山ってところでしょうか?」

 

 エルの言っている“自立性”という言葉の意味をエヴァは今度こそ理解した。幻晶騎士は自分だけではまともに立って歩くこともできないのだ。まるで生まれたばかりの赤子の様に。

 これに正しい姿勢制御や運動制御を行わせるための力として、騎操士の脳とそれに繋がっている感覚器を必要とする。

 何故なら人間は“人型の身体”を制御する術を知っているのだから……反射的な物や後天的学習成果によって身に付けた物も含む、自分の身体の動かし方という形で。騎操士はそれを逐次、部分的に魔導演算機に読み込ませているのである。

 

「ですから幻晶騎士は人型機械(ロボット)ではあっても、自動機械(ロボット)ではない……むしろ拡張人体(エンハンスド・ボディ)と評すべき存在でしょうね」

 

 すなわち、この世界の人々が『脳内に魔法を使う為のOSを持つ生物』である事を前提としている、人体の延長線上のような感覚で操作できるように創られた機械。それが幻晶騎士だとエルは分析したのだ。

 

「改めて考えてみると、魔術演算領域はOS的機能が豊富なんですよ。魔法術式の編集機能(エディター)もデフォルトで付いてますし、杖や魔導演算機といった他のデバイスへのアクセス機能だってある。

 魔導演算機内に一からOSを作るより、これをそのまま転用して機械を動かした方が効率的だと、この世界の技術者が考えたのも仕方のない事なのかもしれません」

 

 この世界の人々にとってOSに当たる物は、自分の頭の中にある魔術演算領域だ。

 エヴァはこれが欠如している。脳内にオペレーティング・システム(Operating System)を持たぬ者。それ故にノーペレーター(No opereter)と言われているのだ。

  

「……結局、魔法使い(サイボーグ)専用機だったってわけか。本当にどうしろってんだこんな物!」

 

 肝心の制御システムがこの様では、単に人型を辞めればいいという話では済まなくなる。ライオン型だろうと恐竜型だろうと昆虫型だろうと、あれほど巨大な機械が歩行運動を行うなら平衡コントロールは絶対に必要だからだ。これを全て手動操作だけで制御するなど、面倒どころの話ではない。

 

 エヴァは困ったことになったと頭を抱えた。しかし、エルはあっさり解決策を提示してきた。

 

「簡単な話ですよ。魔導演算機の内側に新しくOSを作ってしまえばいいんです」

 

「え、OSってそんな簡単に作れるものなの!?」

 

 まるで至極簡単な事のようにエルが口にしたその言葉に、エヴァは大いに驚いた。てっきり大企業で優秀なプログラマーが何百人単位で係わって初めて開発できるような物と思っていたからだ。個人レベルで製作できるものでは無いと。

 そして、それはある意味で間違ってはいない。しかし、エルは作り出せる自信があった。

 

「世界中の様々なコンピューターの中で動き、あらゆる用途で使われる“汎用OS”だったら難しいですね。多くの機能の実装やあらゆる動作環境に適応しなければいけないですから。

 しかし、先輩が欲しているのはロボットを動かす為のOSの筈です。それであれば、必要な機能も自ずと限定されます。僕もあんなに大きなロボットの制御システムを設計した事はありませんから、そこは多少手探りしないとならないのですが、決して不可能ではありませんよ。

 あとはそれを納める魔導演算機さえ手に入れれば……」

 

 そう、問題はそこだ。魔導演算機は高い。

 幻晶騎士を構成する部品の中で最も高価な装置である魔力転換炉(エーテル・リアクター)程ではないが、その次に高額な物だ。

 そして、魔力転換炉と同じく王国政府や貴族によって管理されていて、一般人には容易く購入できない。

 では自作すればいいのかと言うと、それも現実的ではない。これも魔力転換炉と同じで製法が秘匿されているからだ。構文学科や鍛冶師学科でも、整備の仕方は教えていても製造法の伝授は行われない。

 

「流石のお前もモノ(ハードウェア)が手に入らない事には、どうしようも無いもんなぁ……」

 

「僕も前世でパソコン自作ぐらいはやった事がありますが、あくまで市販の部品を購入して組んだだけで、部品単位で自作したわけではないですから、こればっかりは……」

 

 仮にエルかエヴァが部品を自作できたとしても、それは電子計算機(デジタル・コンピューター)に過ぎず、この世界の魔法制御に使える物などではない。結晶筋肉も魔力転換炉も扱えないだろう。

 そうなると、何もかもを地球産の技術で代替しなければならなくなるが、例え幾ら二人が優秀であろうとその一生を懸けたとしても、必要な技術の全てをこの世界で実用化できるとは思えない。

 

「やっぱり現時点では諦めるしか無い……か」「そうですね……」

 

 諦めの悪い二人でもこればかりはどうしようもないと判断し、揃って溜息を吐いてその日は帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

 あのエルが出禁を喰らった日の後も、エヴァは騎士学科の座学授業が終わる度に構文学科の授業に参加し、その知見を深めていた。

 そして、彼の言った言葉が紛れもない事実なのだと再確認した。

 課程が進めば進むほど、魔導演算機に騎士の感覚をどれだけ反映できるかというテーマに終始していく。

 そこには地球のコンピューター工学にあるユーザー・インターフェイス(UI)の設計と言った概念は存在しない。あくまで関数や変数の組み方を考えるだけだ。

 

[そりゃ、そうか……魔術演算領域は言わば、心と繋がってるOSだものな。それに比べれば、操縦桿や鐙なんてオマケみたいなもんか……]

 

 実際には、そこまで簡単に行くものではない。いくら直感的に値を入力できると言っても、それだけではイメージのとっかかりが掴めず、操縦がかえって難しくなるからだ。

 しかし、自分の想像力や反射神経をよりダイレクトに機体に伝達できる機能があれば、その他の機構の発達など添え物のような扱いになってしまうのかもしれない。

 そんな能力が使えない人間の事など、一顧だにされていないという思想が透けて見える。

 

 だが、幻晶騎士は兵器だ。基本的に兵器の操り手は健康で五体満足な人間が選ばれる。

 地球で障碍者専用の戦車や戦闘機などと言う物が開発された事例が無いように、能力を持っていない人間を乗せるために機体を改造するぐらいなら、大多数の能力を持つ者を操縦者に選抜した方が手っ取り早い。

 

[……なんか今一瞬、史実・フィクション問わず義手や義足を装備したエースパイロットの皆様方が、いい笑顔でウィンクするような光景を幻視したけど、あれは例外中の例外だろうしな]

 

 確かに五体満足であった時にすでに多くの武勲や戦訓を蓄えてその技量を評価された人間は、障碍を負ったとしてもそれを補う工夫をして前線に立つことを許される場合がある。

 しかし、最初から障碍を持った新兵にそれをさせる組織など考えにくい。

 

[だけど、文句をつけるのは筋違いだ。この世界ではそれが当たり前なんだから。それは私が…“私達”が工夫すればいい事なんだから]

 

 エヴァはそんな自分でも必ずできることがある筈だと、己を奮い立たせるのだった。

 

 

 

 

 

 演算不能者であるエヴァは魔導演算機に係わる実習ではあまり評価されなかった。

 しかし、彼女が教師たちの間で完全に無能扱いされていたかと言うと、そうでもない。

 

[なるほど。やっと学園長が、何故この子を構文学科によこして来たのかが解ったぞ。素晴らしい(タガネ)捌きだ。構文の組み方も、魔術演算領域の無い子だとは思えない程に見事だ]

 

 魔導兵装(シルエット・アームズ)組み立て実習。ここでエヴァが披露した技量は、その場にいた現役構文技師(パーサー)をも唸らせるだけの力があった。

 事前に下描きをした銀板に鏨を鎚で打ち込み、紋章術式(エンブレム・グラフ)の刻まれた美しい銀細工に加工していく。とても素人とは思えない。

 また、その術式の組み方も洗練されていた。彼女の組んだ術式がどれだけ優れているかは、他の生徒や教師が作ったものに比べるとよく解る。筐体の体積が目に見えて違うからだ。余計な術式を省いて小型化されているのだ。

 実を言うと、その組み方はほぼ、彼女に紋章術式の刻み方を教えたエルの入れ知恵によるものなのだが、そんな事は教師には解らない。それにエヴァもその技術を己の血肉にしようと努力したのは紛れもない事実だ。

 

[彼女にこんな才能があるとは……しかし、これでは魔導兵装ぐらいしか作れない二流構文技師にしかなれないぞ。本当に惜しいな。彼女に魔術演算領域さえあれば……]

 

 構文の組み方自体は文句の付けどころがない。

 だが、それでも魔導演算機に直接入力(プログラミング)できないというのは、構文技師として働くのには問題がありすぎる。この業界は両方できて初めて一人前とみなされるのだから。

 やはりこの娘に待つ前途は多難であると、教師たちは彼女の将来を案じるのだった。

 

 

 

「しかし、楽しいけど面倒くさいな、この作業」

 

 思わずぼやきを口にしたエヴァ。

 銀は鉄や鋼に比べたら柔らかいが、腐っても金属だ。いつも彼女が紋章を彫り込んでいるホワイト・ミストー材に比べたら、加工には力が要る。

 しかも、この銀も純銀ではない。純銀はとても酸化しやすい金属なので、それを防ぐためにこの銀板は他の金属を混ぜた合金が使われている。つまり、純銀よりも硬いのだ。

 ちなみに実際に幻晶騎士の運用する実用品では、これに更なる母材保護のためにメッキやクラッド(*他の金属板を上下から圧延して張り合わせる技術)を使って補強する工程を行うようだ。

 これらの所為で魔導兵装は更にその体積を肥大化させてしまう。

 

[つくづくホワイト・ミストーって便利な素材だったんだな。ここでそれが使えれば、どれだけいい事か]

 

 考えれば考える程、親友が見つけてきたあの素敵素材が恋しくなるが、実習中に一人だけいきなり外部から部材を持ち込んで加工し始める程、エヴァも空気が読めない子ではない。

 この鬱憤は授業が終わったら趣味の工作で発散してやると心に決めて、今は実習に専念する。

 

[エルが言っていた……私が紋章術式で変数を多用するのは悪手だと]

 

 変数は挿入すると魔法の自由度を著しく引き上げる力を持つ、システムの挙動を変化させるパラメータだ。

 しかし、これを多用することは制御をそれだけ難しくする。できる限り単一の“値”で術式を変化させた方がコントロールは容易いからだ。

 それに術式を変化させるとは、すなわちフィードバック制御の要素を持たせることに他ならない。紋章術式とは相性が悪い。

 

 だから、エヴァはそれらを自分の作る紋章から徹底的に省く。他の人間が魔術演算領域で術式を組む時の癖で、ついつい入れてしまいがちな要素であるのとは対照的に。

 それが彼女の作る魔導兵装に無駄が少ない理由の一つだ。

 

 しかし、この時エヴァは無駄な物を術式に混ぜ込んでしまった。

 

「あ!?しまった、ミスった!」

 

 人間誰にだって失敗はある。つい力を入れすぎて、エヴァは紋章術式に余計な傷を刻んでしまった。

 

「あちゃー、こんなに大きな傷が……修正がくっそ面倒そうだな」

 

 こうなってしまっては溶接でもして傷を埋めてもらうしかない。エヴァは教師に修正依頼を行おうとした。

 

[もう!紋章術式ってこういう時不便だよな。紙に鉛筆で書いた絵や文字みたいに消しゴムで簡単に消すような技術があったらいいのに!]

 

 それは咄嗟に思いついた素朴な考えだった。しかし、同時にとてつもない革新的アイディアでもあった。

 

[待てよ?……紙!?]

 

 その時、エヴァに電流走る。 

 紙は何で作る物であったか?木材だ。それをパルプ化して作るものだったはずだ。

 

[ホワイト・ミストーをパルプ化してシートにしたら……魔力を通す紙ができるんじゃね?]

 

 銀や木材よりは遥かに構文を書き込むのにふさわしい記述媒体。それは少なくとも地球の記憶を持っている者にとっては、極めて現実的な技術のように思えた。

 

[いやいやいや、待てよ?こんな簡単なアイディアだ。どこかの誰かがすでに思いついて実用化しているんじゃ……だとしたら、是が非でも欲しいな。調べてみよう!]

 

 その興奮を胸に秘め、エヴァは残りの実習時間を表面上は真面目に過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 その日を境にエヴァはこの世界の製紙技術について調べ始めた。いろんな書物を漁って、大人達に話を聞いて廻った。

 しかし、誰もが口を揃えてこう言った。

 

『木材から紙なんて作れるわけないだろう?』と。

 

「おいおい、ちょっと待てよ。もしかしてこの世界、製紙に木材を使ってないのか?」

 

 この世界の製紙技術は樹皮をはがしたり、麻などの繊維植物から抽出したパルプを使って作っているようだ。また、羊皮紙(パーチメント)のように動物の皮から作ったものもまだ現役で使われている。

 

「どうも紙質が和紙っぽいなと思ったら、そういう事かよ!機械パルプや化学パルプの時代はまだ先って事なのか」

 

 それらは地球でも18世紀~19世紀になってやっと出てきた概念であり、この世界の科学ではまだたどり着けてない境地のようだ。

 

「流石に製紙技術なんて専門外だしな……ホワイトミストー・パルプ、いいアイディアだと思ったんだけど」

 

 それを実用的にしたのは地球では産業革命をもたらした蒸気機関の力であった。この世界でそんな技術は無い。 

 

「けど幻晶騎士がある。あれの機械力(マシン・パワー)を使えれば、あるいは?」

 

 そうでなくても、この世界には錬金術もあれば魔法もある。何かやりようがあるのではないか?

 エヴァは親友の元にそのアイディアを持ち込もうと、彼の自宅に向かう。

 エルならきっと大いに賛同してくれるだろうという確信を持って。




 この作品の設定では、原作のエル君ほどではないですが、一般の騎士もマニュアル操縦<思考操作ぐらいの比重で、機体を動かしているという解釈で書いてます。原作とは違うように感じられるかもしれませんが、そこは解釈の違いという事で納得してください。
 
 ホワイトミストーをパルプ化するというアイディアは、別の作品の感想掲示板にてとある人物が呟いていた物ですが、無理を言って使わせてもらいました。
 匿名を希望していたので名前は出しませんが、アイディアの提供ありがとうございました。

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