ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~ 作:アルヌ・サクヌッセンム
巨大な質量の物体が断続的に地面を叩き、地響きを立てる。
それは複数体の
彼らは自身の生身の肉体でそうしていたように走り込みを行う。別段それで体力が鍛えられる訳でも、筋力や魔力が向上するわけでもない。
この訓練の目的は自身の体とこの機械仕掛けの躰の間にある齟齬を埋めていく事にこそある。
重心位置の違い、視点の違い、桁外れの膂力の違い、神経伝達速度の違いからくる反応速度の違い。細かく上げればキリがない。
それらも機体を動かしていく内にすぐに慣れる。各々の
彼らが鍛えているのはこの魔法能力が作り出す、仮想的身体感覚なのだ。
しかし、彼らは訓練生。その感覚も完成されたものではない。それに幻晶騎士の足裏に圧力センサーの類はついていない。
だからその進行ルート上に置かれた複数の物体の存在に気付きもせずに、彼らはそれを踏み潰した。
全高10m以上の金属塊に数体がかりで容赦なく圧し掛かられたその物体は音を立てて拉げ、やがて原型を留めない程に踏み砕かれる。
部隊が通り過ぎる頃には、それはすっかりペチャンコにされていた。
その光景を観察していた者たちが居る。エルとエヴァ、キッドとアディ達だった。
4人は物体に駆け寄って、その状態を精査する。幻晶騎士の足部と地面に挟まれて磨り潰された物体は、当然土塗れになっていた。
「わ~、汚~い。ねぇ、これ本当に紙になんてなるの?」
「ちょっと信じられないよな。こんなのが紙の材料になるなんてさ」
キッドとアディは訝る。
それがかつて“ホワイト”ミストーと呼ばれていた白く美しい木材だとは思えないほどに、茶色く汚れていたからだ。そして砕かれた組織が不規則な大きさに分解されている。
しかし、これもエルとエヴァにとっては計算の内である。
「大丈夫でしょう。土なんて水で洗えば取り除けます」
「かなりグシャグシャにしてくれたから、更に細かく砕けばチップ材として使えると思うぞ。さぁ、持って帰ろう」
持ってきた荷車にグシャグシャの木材を積み込んで、4人は家路につく。
帰宅した彼らが家人にそんな物を何に使うのかと、首を傾げられたのは言うまでもあるまい。
少々、時を遡る。
エルネスティは親友エヴァリーナの持ってきたアイディアに深い感銘を受けた。
ホワイト・ミストーを紙に加工する。もし、実現できれば従来の記述媒体では扱い辛いと感じられた
しかしこの世界の製紙産業は近世レベルのそれであり、木材をパルプ化する技術がまだ発明されていないと聞いて、彼も表情を曇らせた。
「うーん、素人考えではありますが、パルプなんて所詮は植物を砕いて抽出した繊維でしょう?僕達でも作れないことはないのでは?」
「いや、そこまで簡単に行くものじゃないだろ。繊維を抽出できるぐらいまで木材を砕くって工程を全部自力でやるって、相当な重労働だぜ?」
もっと言うなら植物の組織、殊更に木材はリグニンとセルロース・ヘミセルロースという生体高分子化合物によって構成されている。
パルプとはこの内、繊維を固めて木質化させているリグニンを除去し、繊維成分であるセルロースやヘミセルロースを抽出した物質だ。
「リグニンだけを都合よく分解する方法なんて、私は知らないぞ。お前は知ってるか?」
「え?あ、いや、そのぅ……ごめんなさい、僕も知りません」「……だよ、なぁ?」
結局の所、二人とも
そして、そんな事を本格的にやろうとしたら必要とする設備が膨大になる。それを建設する土地や資本もだ。とても個人でできる事とは思えない。
「錬金術でどうにかなりませんかね?僕達も日常的に紙を使っていますし、作る技術自体はあるんでしょう?」
「一応、植物で作る紙はあるんだよ。木の皮や麻や木綿やぼろ布やらをアルカリ性の液体で煮込んで柔らかくして、水力機械で叩き解すって製造法でな」
錬金術学科も
細かなコースに課程が解れていて、生徒達は必要だと思った授業をある程度自由に受講できるようになっている。
植物繊維を溶かすアルカリ性溶液の材料になるソーダ灰の合成も錬金術師の仕事だ。その関係で製紙工程を教える授業もある。
「つまりこの世界の技術でも、植物から繊維を取り出して紙を抄くってこと自体はできるんですね?
ではこの際、地球の洋紙ほどの完成度でなくてもいいのではないですか?
ホワイト・ミストーから紙料になり得るレベルでの植物繊維の分解を行うという問題さえどうにかすれば、僕達でも作れるのではないでしょうか?」
そう言われると、巨大化学コンビナートで行う重工業でしか不可能と思われたことが、自作可能な代物に思えてこないことも無い。
しかし、肝心なのは木材繊維の分解法だ。この世界でそんな重作業ができるような機械など
「アルカリで溶かせるぐらいに繊維を解すにはやっぱり重機械が必要だぞ?そして私たちは子供だ。いくら何でも幻晶騎士を貸し出してくれるわけないし、乗せてももらえないだろう」
エヴァには現時点では実現不可能にしか思えなかったが、エルはそうは考えなかったようだ。
「どうして僕達が乗って操作しなければならないんです?……いや、乗せてもらえたらそれが一番うれしいのですが、必要なのは幻晶騎士の持つ“膂力”と“質量”なんですよ?それを貸してもらうだけなら、いくらだってやりようがあるじゃないですか」
後日、エルは父親から聞き出した学園の実機訓練の進行ルートを基にして、ホワイトミストー材をそのルート上に設置して踏み潰させるという計画を立案してきた。
エヴァも『その手があったか!』と関心し、二人はこのプランを実行に移した。何かの遊びかと思ったのか一緒に付いてきた弟妹も巻き込んで。
グシャグシャのホワイト・ミストー材を洗浄後、さらに裁断しチップ材にしようとしたエヴァだったが、これがそう簡単には行かない。いくら踏み潰されて柔らかくなったからと言っても、鋏で切り刻もうとなんてしたら刃こぼれしてしまうし、鉈をいちいち振り下ろすのでは面倒くさすぎる。
この作業ストレスに耐えかねて、エヴァは遂に自作機械にてチップ化を行う決意をした。
「ちょうどこの前、歯車職人さん達から買った部品で変速機を作ったことだし、これを組み込もう」
エヴァが開発ベースとしたのは以前作ったレシプロ機関を改造した電動ドリルもどきだった。その先端に取り付けていた錐を外し、代わりに金属製の刃を溶接された
「名付けて、
この不格好な加工機の姿は作業を手伝っていたエルを不安にさせた。
「そんな急造品でうまく行くでしょうか?」
「でも、現時点でこれ以上に裁断に使えそうな道具は作れないよ。これでやるしかないのさ」
稚拙ではあるが、魔力で稼働する加工機械を即興で組み上げるこの行為は、この世界の常識を明らかに逸脱した魔法の使い方だ。
だが、真に二人が作り出そうとしているものの非常識さに比べれば、なんという事は無い。
エヴァの手に握られた
しかし、勢いが足りないのかそれはチップ材と言うほど細かくは切り刻まれていない。
「うーん、まだ回転数が低いか」
エヴァが組んだ変速機は、自動車のトランスミッションのようにギア比を自由に変えられるような高度な物でない。それ故に回転数やトルクの変更は、一々中身を分解して歯車を交換する様なやり方しかできないのだった。
「筋肉の往復速度を早めてさらに回転数を上げるように術式を改造してみましょうか?」
「頼めるか?……おぉ!早い早い。これならなんとか」
エルが術式の一部に手を加えたことで魔導裁断機の回転速度が上がり、木材繊維はチップ化されていく。事は順調に運んでいるように思われた。
しかし、何かが千切れるような音と共に、突然裁断機は動きを止めてしまった。
「あぁ!?
「あちゃー、収縮速度が早すぎて耐久限界を超えちゃったんですね」
元々、規格外品で品質が低い筋肉を使っている代物だったのだ。その分脆いのも仕方がない。
「うぅ、しゃーない。予備の結晶筋肉に張り替えよう。まだストックはあるんだから」
だが張り替えた筋肉も品質は五十歩百歩。強い負荷には耐えきれず、千切れる度に張り直していった結果、ストックしてある筋肉の量は加速度的に減って行った。
機材の改良の必要を感じつつも作業を続けて行った結果、時間はかかったものの用意したホワイトミストー材は全てチップ化できた。
「今度、この作業をするときはもうちょっとやり方を工夫しよう。消耗が激しすぎる」「ですね」
チップ化を行ったら、次は化学的処理を行って繊維をより柔らかくする工程だ。
ソーダ灰を溶かしたアルカリ性溶液を用意して、鍋の中でチップと一緒に煮込んでいく。
この作業は特に滞りなく行えた。
「エヴァ!さっきから庭で何をしているの?駄目じゃないそんな危ない薬で遊んじゃ!」
前言撤回だ。
ソーダ灰(*主成分は水酸化ナトリウム)は劇薬なので、子供がこんな物を家庭で使用したら怒られるのは当たり前だ。
「許してお母さん!これでどうしても作りたいものが!」
「駄目よ!キッドやアディが真似したらどうするの?」
必死の説得の末、作業の続行は許可されたが、以後このような危険な薬品を使う作業は大人の監督の下で行う事を約束させられた。
アルカリ性溶液に浸されたことで、すっかり柔らかくなったホワイトミストー・チップ。
次はこれを叩き解すのだが、チップ化作業での結晶筋肉の消耗が酷かったため、現状では機械化は難しいと判断した。
第一、ビーターやリファイナーなどの叩解専用機械の構造などエヴァは知らなかったからだ。
「というわけで3人とも手伝ってくれ!」
「僕はもとよりそのつもりでしたよ」
「しょうがねぇな」
「むぅ……せっかくエル君と遊ぼうと思ったのに。でもエル君もヤル気なんじゃしょうがないか」
そこでエヴァは弟妹とエルの力を借りることにした。
4人がかりで重たい木製の棒でホワイトミストーを叩き解す。
「こうやって叩いて行くことで、繊維が毛羽立って絡みやすくなるんだってさ。確か、フィブリル化って言うんじゃなかったけか?」
「ふぅ~ん」
姉が語る蘊蓄をどうでも良さげな様子で聞きながらキッドとアディも彼女に倣い、棒を振り下ろす。
ふとエルを見た三人は、彼が行っている異様な作業風景に呆気に取られてしまった。凄まじい速度で棒を片手で振り回し、繊維を叩き解している。
「え、エル。お前もしかして、
「勿論です。こっちの方が魔法の訓練にもなっていいでしょう?」
よく見ると、もう一方の手に杖を握っている。普通は大人でも両手持ちで扱う筈の棒を、まだ幼児であるエルが片手で振り回しているのは実にアンバランスだ。
[まるでドラ〇もんの秘密道具『ノーリツチャッチャ〇錠』だな。手元がほとんど見えない速さじゃないか]
機関銃を彷彿とさせるほどのエルの高速打撃によって、ホワイトミストー・チップはすっかりぐちゃぐちゃにされていた。
「おもしろ~い。私達も真似しよう?」
「よ~し、じゃあどっちが先に終わらせるか、競争しようぜ!」
そう言ってキッドとアディまでもが、エルの真似をして身体強化を使った高速作業を始めたものだから、予定していたよりも遥かに短い時間で叩解作業は終了した。
自分が30分ぐらいかけてやる様な作業を3分未満で終わらせてしまった3人の様子を、エヴァは恐ろしい物でも見るような顔で傍観していた。
[怖いわぁ~やっぱり身体強化怖いわぁ~。やっぱ
叩解がエル達のおかげであっと言う間に終わったので、エヴァはいよいよ紙漉きの工程に入った。
「こればかりは身体強化使ったからと言って、高速化できませんからね」
「解ってるって。さっきはお前たちのお陰でずいぶん楽をさせて貰ったからな。ここからは私が頑張る番だ」
しっかりと叩き解された繊維を水で更に溶きほぐしていき、そこに接着剤を混ぜ込んでいく。こうすることで毛羽立った繊維同士が結合しやすくなり、更に接着剤で補強する事で強固な紙を作りやすくするというわけだ。それを簀子を使って水を濾し取りながら、できる限り薄いシート状になる様に成型していく。
しかし、これも簡単な作業ではない。
[うぐぐ、想像以上に難しいな。結構ムラが出るぞ]
簀子を左右に揺らして少しづつ厚みを調節するのだが、これが中々に難しい。慣れた職人であればムラの無い極薄のシートを仕上げてみせるのだろうが、経験の無い彼女にはまだ無理のようだ。
そこでエヴァは最初から完成度の高い薄い紙を作るのは難しいと判断して、やや厚手の紙を抄く事にした。そちらの方が強度が出るだろうという期待もあったのだろう。
「これからの行程は結構時間がかかるから、お前たちは3人で遊んで来なよ。ほい、お母さんから預かったお小遣い。これでお菓子でも買ってきな?」
「「やった~!」」
この提案にキッドとアディはとても喜んだが、エルの方は少し残念そうな表情をしていた。
「むぅ。僕も工程を見ていたかったのですが……」
「そう言うなって。お前最近学園の図書館に入り浸りで、あの二人と遊んでないそうじゃないか。
特にアディが寂しがってて、ちょっと不機嫌だったんだ。お前が居てやった方が機嫌を直すだろうし、一緒に遊んでやってよ」
「……そういうことであれば、解りました」
「わ~い!エル君遊ぼ~!」
抱きついてきたアディに連行されて、エルも街に出掛けて行った。
[なんか子供に抱かれていく猫みたいな状態になってたな。あいつ]
もしかすると彼が乗り気ではなかったのは、ああなることを予見していたからかもしれない。
あれからシート状に成型された紙料に重石を載せて圧延したり、天日干しにして乾燥させたりといった工程を経て、ホワイトミストー・パルプはやや厚手ではあるが立派な紙に生まれ変わった。
「問題はこれが元の木材同様に魔力を通すかという事だけど……」
「では、僭越ながら僕が確認させていただきましょう」
エチェバルリア邸の魔法練習場にて、オルター家の子供たちが見守る中、エルはこのホワイト・ミストー紙を丸めて先端に触媒結晶を取り付けた。
「では行きます……
彼の作った紙製の杖から魔法現象が発生したことで、これが魔力を通す紙であることが確と証明された。
「やった!魔法が発動したぞ!」「「すご~い!」」
「うん、効率はいつも使っている杖と遜色無いようです。やりましたね、先輩!……あ」
エルが手元を見ると、紙製杖は先端が炭化して崩れていた。付けていた触媒結晶も地面に落ちている。
「あぁ、うん。そりゃ、燃えるよな。紙だもん」
「すみません。せっかくの試作品を」
「いや、いいよ。私もうっかりしてたんだし。それにまだ予備があるんだから」
「さすが先輩。用意がいいですね!」
「なんなら追加で作ればいいしな。どうせなら次はもっと薄手の紙にして更なる軽量化を!」
これ以後、この素材は爆炎などの引火する可能性のある魔法を使うには、一工夫必要であるという認識となった。
それから数週間ほど後の事だった。
「工房長さん!エルネスティです。以前依頼した杖が出来上がったというので受取りに参りました!」
テルモネン工房に響いた甲高い声にドワーフの男性が元気よく返事をする。
「おぅ!すまんな。結構待たせちまう形になったな」
「いえいえ、そんなに急いでいた訳ではありませんでしたし、構いませんよ」
工房長が店の奥から持ち出して来た杖は、この世界で一般的な形をしていなかった。
握りやすいような
それは銃剣に似せて作られた杖。
「うん。お渡した設計図通りの仕上がりです。素晴らしい!」
渡された依頼の品を愛おしそうに撫で摩るエルの様子を、満足げな顔で見守る工房長。
「お前の為の特注品だからな。この世に二つとない品って事になる。坊主、銘を決めてやってくれねぇか?」
「それならもう決めているのです。これは“ウィンチェスター”と名付けます」
西部開拓時代に開発されたレバーアクションライフルの銘をその杖に付けたエル。
「その名を刻むなら……エル、不足しているものがあるんじゃないか?」
話を聞いていたエヴァがエルに言葉と共に投げ付けたのは、金属製の不思議なパーツだった。
それを受け止めたエルはその機能を瞬時に察した。
「……なるほど。確かにこの部品は必須のものですね。先輩、ありがとうございます」
「イイって事よ。それより工房長。裏の試射場を貸してあげてくれませんか?私もテストするところを見たいので」
「お、おぅ。そりゃいいんだが、なんだか二人ともいつも以上に意気投合してるな」
「「ふふふ、解ります?」」
返答までもがシンクロしている二人の様子を工房長は不気味に思いつつ、二人を試射場に招くのだった。
「僕としたことが、迂闊でしたよ。ウィンチェスターライフルの名を受け継ぐのであれば、確かにこの機構は必須でしたものね」
「まぁ、それを設計していた時は取り付けても意味の無い部品だったからな。仕方ないさ」
爆炎球の魔法を撃ち放ちながら、エヴァと談笑するエル。
この最中に彼は一切の“演算”を行っていない。
それなのに当たり前の様に法弾が発射されているのは、追加で組み込まれた部品がこの銃杖を
この器具、
「しかし、中級魔法とは言え紋章術式を
「かもな。結構便利だろう?」
「これなら攻撃魔法は事前に用意した弾倉に込めておき、僕の
言いながら、エルは器具の機構を弄って“排莢”する。
エヴァに手渡された別の管状弾倉を代わりに装填して術式を切り替えた彼は、また別の系統の魔法を撃ち始めた。
「うん。とっても便利です。重ねてありがとうございます。先輩」