ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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15話 新素材の価値は?

 それは休み時間中の教室で何気なく行われた日常会話の中での事だった。

 

「ねぇ、エヴァ。エル君の姿が最近見えないんだけど、何か知らない?」

 

「あぁ、あいつなら学園施設を出禁になったよ」

 

「なんですって!?」

 

 エヴァが教えた親友の近況に関する情報は異母姉ステファニアを大いに驚かせた。軽くパニックを起こさせるほどに。

 

「なんて事!?あの子が何したって言うの!?そんな酷い!先生に抗議しなくちゃ!」

 

「落ち着きなよ、ティファ。出禁って言っても、あいつが正式に入学してくるまでの事だから。私らが3年生になる時分には改めて登校できるようになるよ。こう言ってはなんだけど、今までがおかしかったんだよ」

 

「あ、あぁ。そう言えば、あの子はまだ入学もしてなかったのよね。それにしても、何でまた出入り禁止なんて事に?」

 

 そこでエヴァは自分達が構文士学科の授業で“仕出かしたこと”を丁寧に説明した。

 当然の事ながら、ティファは大いに呆れていた。

 エルが魔導演算機(マギウス・エンジン)を弄ったという件もそうだが、何よりも彼女が信じられなかったのは、

 

「エヴァ、あなたまだ騎操士(ナイト・ランナー)になる事を諦めてなかったの?」

 

「あったりまえじゃん!私に乗れる騎士が無いって言うんなら、機体ごと創り上げてでも操縦してやる」

 

 この異母妹の尋常ではない諦めの悪さだ。現実を見据えているとはとても思えなくなるほどに。

 

「でも、あなたは魔術演算領域(マギウス・サーキット)が使えない筈でしょ?魔法が使えないのでは、騎操士にはなれないんじゃないの?」

 

「それに関しては、大丈夫!ちゃんと対策があるから」

 

 エヴァは紋章術式(エンブレム・グラフ)を使えば、自分でも魔法を使う事が出来る事をティファに説明する。

 ティファはそれを聞いてもやはり半信半疑だったのだが、エヴァは放課後彼女を自宅に招き、自分が今まで作ってきた魔導兵装(シルエット・アームズ)を見せることでそれを証明した。

 

「すごいじゃない!これはお父様に報告するべきなんじゃない?」

 

 ティファはエヴァの魔法能力について、ヨアキムが気を揉んでいたことを知っている。

 だから、是非ともこの事を侯爵に知らせて、彼にも安心してもらおうと提案した。

 

[あ、そうか。お父さんにもちゃんと報告しておかないとだな。ここの所素材開発やらエルの武器の追加パーツの製作やらが楽しすぎて、すっかり失念してたぜ]

 

 なんといっても大切な父親で重要なスポンサーなのだ。彼への報告は大事だ。

 

 しかし、問題もあった。ここライヒアラ学園街はセラーティ侯爵領とは結構離れた土地にある。

 この世界の通信手段は、馬や馬車や幻晶騎士(シルエット・ナイト)などの乗り物で直接手紙を郵送してもらうぐらいしか無い。

 そして、フレメヴィーラ王国での郵便は道中出現する魔獣との戦闘や迂回ルートの選択などによって遅延しがちだ。

 今から手紙を送るにしても、届くのは何時になるか解ったものではない。

 

「あぁ、それならお父様が今度この街に来てくれるそうだし、その時に報告してみたらいいんじゃない?」

 

「本当?去年に来てくれた時はアディとキッドが嫌がったんで、私とあの二人は家で留守番してたから会えなかったんだよね」

 

 ヨアキムが以前この街を訪れたときは母のイルマタルのみで面会をしてきたそうだが、今回は自分も会いに行きたいとエヴァは考えた。

 その旨、母に相談すると快諾してくれた。だが、

 

「私は会うの嫌」「俺もアディが行かないなら遠慮しとくよ」

 

 双子はやはりまだ父に心を許していないようだった。

 

「しょうがないわね。無理して会わせても心象が良くないでしょうし、今回はエヴァだけで逢いに行ってもらえる?今度は私がキッドとアディを看てるから」

 

「解った。私の口からよろしく言っておくね」 「お願いね?」 

 

 母からの言伝も預かって、エヴァは父との再会を楽しみにしていた。

 だが、少し気がかりになっていることもある。

 

「……エルとも相談しておくか、あいつが助言してくれたおかげで作れたものなんだし」

 

 

 

「というわけでいいかな?エル」

 

「いや、そこで何故僕に同意を求めてくるんです?親子水入らずを楽しんで来たらいいじゃないですか?」

 

 後日、エチェバルリア邸にやってきたエヴァはエルに相談を持ちかけた。

 だが彼女が聞いてほしいのは己の家庭事情についての事ではない。そんな事はエルに聞かせてもどうしようもないことだ。

 

「私が言ってるのは、お父さんに見せる予定の魔導兵装についての事だよ。あの技術はお前の協力が在ってこそ産み出せたものなんだから」

 

 そもそも自分に紋章術式について調べることを薦めてくれたのはエルだ。そればかりかその構成(プログラミング)技術を教えてくれたのも彼だ。

 エヴァは掛け値なしに彼がいなければ作り出せなかったものだと信じている。だから、それを自身の成果であるかのように誇示するのが気が引けたのだ。

 

「前に言いましたが、それは先輩の努力が紡ぎだした成果ですよ。僕はヒントをあげただけです」

 

「そのヒントが大事なんだってのに。それに相談したいのは“これ”の扱いについてもなんだよ」

 

 差し出したエヴァの手の平に載せられた物。それは最近彼女が開発した新しい魔導兵装の構成素材。白樹紙(ミストー・ペーパー)だ。

 

 これを作り出して以来と言う物、エルは今まで以上に魔導兵装作りに協力的になった。魔法術式(スクリプト)を片っ端から書き込んで管状弾倉(チューブ・マガジン)に加工しては、愛杖・ウィンチェスターで試し撃ちに励んでいた。彼もすっかりこの素材の虜になっていたのだ。

 

「自画自賛になるけどおまえが言ってくれた通り、これは画期的な素材だろうよ。銀板や木板よりも薄くて軽い紋章術式の記述媒体になる物質なんだから」

 

「えぇ。本当に面白い素材です。僕のお小遣いでも買えるぐらい大量生産してもらいたいです!……現状、難しいのは解りますが」

 

 あくまでエヴァの自家製品にすぎないので、地球の洋紙のように湯水の如く消費することはできない。

 

「だから、私も考えたんだよ。侯爵の地位にあるお父さんの力を借りればこの紙、量産してもらえるんじゃないか?って」

 

「おぉ!それはいい考えですね。是非ともお願いしましょう!」

 

 原料となるホワイトミストーはそこまで高額な木材ではない上に、踏み潰して柔らかくする工程は騎士団を有する父の権力をもってすれば、幻晶騎士にやってもらうことができるだろう。

 チップ化行程などやや課題も残るが、そこさえクリアすれば従来の製紙方法と組み合わせることで量産は十分可能に思える。

 また、これらの行程は白樹紙以外の普通の製紙にも応用ができるので、うまくすれば将来的に木材パルプの安定供給による紙価格の低減に繋がるかもしれない。実際、地球ではそうなった。

 

「でも、そこまで話を進めるには今の私では説得力がないと思うんだ」

 

「まぁ、そうですね。先輩はまだ初等部生ですもの」

 

 子供がそんな事を言い出したところで一体どれだけの人間が本気にするだろう?普通に考えたら、戯言と受け取られるのが関の山だ。

 しかし、この街にヨアキムがやって来る事など年に1、2回あるかどうかだ。そして現状では一番身分が高く多くの権限を有すると思われる貴族の知り合いと言えば彼だ。この機会にエヴァは父にこの技術を売り込んでみようと思ったのだ。

 そして、白樹紙を量産して欲しいのはエルだって同じ気持ちだ。

 

「よ~し!先輩、できる限り説得力を持った資料を作って、侯爵様にプレゼンしましょう!僕も資料製作と計画(プランニング)のお手伝いをします!」

 

「ありがとう!そう言ってくれると思ってたぞ。お前のプレゼン手腕は大学時代から先生方にも評判だったからな。期待してるぜ!」

 

 倉田(エル)のプレゼン能力の高さを覚えていた村岡(エヴァ)は彼の協力によって、己に欠けている能力を補おうとしたのだ。

 エヴァが資料を集めて、エルはそれを効果的に纏める。そして、二人は紋章術式や製紙技術についてだけではなく、セラーティ侯爵領の情報についても調べ始めた。

 

「やっぱり食料になる穀物や野菜、そして家畜の育成なんかの第一次産業が主力みたいだな。製紙については手を出してない感じか……これは色良い返事はもらえないかもしれないな」

 

「でも、第二次産業に進出したいという思惑を持っているかもしれません。それに幻晶騎士の運用にはある程度の工業力が必要でしょう。製紙工業が定着できる可能性は十分あるんじゃないでしょうか?」

 

 何故このような事を調べているかと言えば、二人は交渉材料を求めていたからだ。

 全く興味がない分野についての話をされれば、誰だって聞き流してしまいたくなる。

 提供する情報が『自分達の利益になる物である』と思ってもらうようにプレゼンをするためには、相手の事をよく知らなければならない。

 

「林業も手掛けているのか。いろんな種類の樹木や林産物を出荷してるみたいだな」

 

「ほほぅ、それは都合がいいですね」

 

 材料を自領内で確保できるのだとすれば、これは強みになる可能性がある。

 ホワイトミストーまで取れるかは調べても情報が出てこなかったが、他の木材を使ったものとして考えても紙原料として木材パルプは優秀だ。十分この技術を売り込む交渉材料になると二人は判断した。

 最悪他所から輸入した材料を使うとしても、白樹紙の利便性はかなりの商品価値を持ち得るだろう。将来的に作って貰えるのではないかという期待もあった。

 

 これらの資料を使い、侯爵に白樹紙の魅力を知って貰おうとプレゼンテーションの計画を煮詰めていく。

 来たる面会の日、“Xデー”の到来に備えてエルとエヴァは準備を整えていくのだった。

 

 ……そしてそれが本来、親子水入らずの再会の日であったことなど二人の脳からはすっかり抜け落ちていた。 

 

 

 

 

 

 

 大人数の幻晶騎士を護衛として従えて街道を進む馬車の中で、ヨアキムはライヒアラで暮らす娘と息子の事を考えていた。

 

[ステファニアは元気かな?それに前回会えなかったイルマタル(イッル)の子供達とも逢いたいな。3人とも魔法を使えるようになったそうだし、それをこの目で確かめたい]

 

 ヨアキムはすでに子供達の魔法能力の覚醒について、愛人からの手紙で報告を受けていた。キッドとアディが素晴らしい魔法の才を秘めていたこと。そしてエヴァが魔導兵装の自作技術を手に入れた事。

 それらは彼女のテルモネン工房への弟子入りの件で相談したいという手紙を受け取った時から、逐次知らせてもらっていた。

 当初は彼も「騎士になるのに、鍛冶師に弟子入り?」と言う疑問符を浮かべていたが、理由を知ったら迷わず許可を出した。

 考えてみればエヴァが魔導兵装を使える事は解っていたのだし、この分野に彼女が興味を持つことは自然な事だった。それでも紋章術式という技術に関しては、盲点になっていた感が否めない。

 

[この調子だと、エヴァは将来騎操鍛冶師(ナイト・スミス)構文技師(パーサー)になるかもしれないな。いい判断だ。手に職を付けることは重要な事だ。例えそれが“騎士”とは正反対な物だとしても]

 

 かつて娘と交わした“騎士を目指す”という約束がヨアキムの脳裏を過るが、この約束を違えてしまうのだとしても彼はエヴァを責める気など毛頭ない。幼い子供の心境など簡単に変わってしまう。約束の履行など当てにはしていなかった。

 騎士学科を指定したのも、その時適当に思いついた学科名を口走ったのだ。それがたまたま騎操士学科と共通するカリキュラムを有していたから“釣り餌”として有効だったというに過ぎない。

 なんでもよかったのだ。障碍を持った娘がこの世界に根付いて生きていける力を身に付けてくれるのであれば、なんであっても。

 

「お父様、何を考えていらっしゃるのですか?」

 

 物思いに耽る父の様子を見て、声を掛けてきたのはこの旅に同行している次男坊バルトサール・セラーティだった。

 

「あ、あぁ。すまないな、バルト。ちょっとお前の“姉さん”について考えていたんだよ」

 

「あの妾腹の女の事ですね」

 

 ヨアキムは暈したが、バルトはそれが腹違いの姉の事も指しているのだと素早く看破した。

 

「バルト。そんな言い方をしないでおくれ。色々事情があって離れて暮らしてもらってはいるが、エヴァリーナもアーキッドもアデルトルートもお前と同じ私の掛け替えのない子供達なんだ」

 

「……申し訳ありません」

 

 悲しそうな表情で諭す父に対して息子は口では謝罪するが、その表情はどう見ても納得しているようには見えない。

 どうやら腹違いの姉弟妹に対する侮蔑の感情は彼の心にすっかり浸透してしまっているようだ。

 

[ハンナめ。子供に悪口を吹き込むような事をしてどうするんだ!……いやこの場合、私が不甲斐ないのがいけないんだな]

 

 この場にいない本妻ハンナマリー・セラーティ(ハンナ)に対する憤懣と共に、己の情けなさを噛み締める。

 彼女が妾のイルマタルを疎んじているのは知っている。

 お淑やかな中にも強い意志を感じさせる女性で、婚姻の話が舞い込んで来た時もヨアキム自身そういった部分に惹かれた部分があったので、彼女を伴侶に選んだ。

 しかしその実とても嫉妬深い性格でもあり、愛人の存在を打ち明けると表立っては非難しないながらも、裏でイルマタルに関する様々な噂を流し始めた。その影響を受けた家臣の一部が彼女に侮蔑的態度を取り始めた時はヨアキムも慌てたものだ。

 

[あそこまで陰湿な手段に打って出るとは思わなかった。おかげで火消しに苦労したもんだ。イッルも側室になってくれる事を受け入れてくれれば、また違ったんだろうが……今更言っても詮無い事だな]

 

 ヨアキムも本当はイルマタルを愛人と言う不安定な立場ではなく、正式な手続きを取って側室として迎え入れたかった。

 しかし、それをイッルは遠慮がちに拒んだ。曰く『奥様に悪い』と。

 

『なんと奥ゆかしいお方なんでしょう。まさしく“愛人”の鏡ですわ』

 

 このようにハンナは美辞麗句で飾り立てながらも、釘をさすことを忘れなかった。“立場をわきまえろ”と。

 

[とにかく、子供達にまでそんな大人の悪感情を伝播させるわけにはいかないな。アートスとティファは大丈夫だろうが、バルトにもよく言い聞かせなければ]

 

 来年は目の前の息子もライヒアラに通う事になる。今回の学園訪問はその手続きと根回しも兼ねているのだ。

 かの地に到着したら忙しい日々になるだろう。その日に備えてヨアキムはせめてこの車中だけでも安息を楽しんでいることにした。

 

 

 

 

 

 

[何なのだこれは……どうすればいいのだ?]

 

 ヨアキムはライヒアラに設けた自身の執務用邸宅にて大きな混乱に包まれていた。

 ライヒアラに到着して以来、待ちに待った愛人の子供達との再会の日。

 だが逢いに来てくれたのはエヴァリーナだけだった。他の子供達もイルマタルも諸事情で来れないと、エヴァには陳謝された。

 まぁ、それはいい。イッルや双子達にも付き合いと言う物があるだろうし、一番気掛かりであったエヴァが面会に応じてくれただけでも喜んでおくべきだとヨアキムは自分を納得させた。

 しかし、娘との楽しい会話が彼女の作ったという魔導兵装についての話題に波及した時、エヴァは爆弾を投下してくれた。

 

「お父さん、実は最近こんな物を作ってみたんです」

 

 そう言って取り出したるは、白樹紙なる紙。

 ただの白い紙にしか見えないこの素材の具体的特性を説明されるに連れて、ヨアキムは自分の身体が謎の振戦に支配されて行くのを感じた。おかしな汗がドプァドパァと分泌されていく。

 

 少しでも目端が利く者であるなら解るはずだ。これがトンデモない劇物になる可能性を秘めている事を。

 

 紋章術式という技術は戦術級魔法(オーバード・スペル)のような大規模魔法を使う場合を除き、この世界で概ね魔術演算領域(マギウス・サーキット)魔導演算機(マギウス・エンジン)による演算魔法の下位互換のような扱いを受けている。

 それは多くの理由があるからだが、その中でも利便性と費用対効果において大きく劣っていると看做されているのだ。

 この素材の持つ力はそれを根本的にひっくり返してしまえる可能性を持っていた。それを目の前でむざむざと見せつけられたのだ。実演と言う形で。

 

「お父さん、火炎弾丸(ファイア・トーチ)の術式を描き込んでみてください。描くのはこの黒炭を使って。……あ、描き損じても大丈夫ですよ。パンで擦れば消せますからね。なんたって紙ですから」

 

 学生の頃よくやらされた魔法術式の書き取り練習を彷彿とさせる牧歌的やり取りだが、今自分達が机の上で作っているのは本来幻晶騎士しか扱えないと言われていた魔導兵装なのだ。

 子供の工作のような感覚で機動兵器の手持ち武装が組み上げられていくという非常識に、ヨアキムは気が変になりそうだった。

 

「できましたね。じゃあ、結晶を取り付けて庭で試しに魔法を撃ってみてください。大丈夫、術式に間違いはありませんよ。これはちゃんと魔導兵装として機能するはずです」

 

 自分を信じて欲しいとエヴァは言った。だがヨアキムはこれで本当に魔法が使えてしまった瞬間、自分は決定的におかしくなってしまうのではないかと言う別方向の心配をしていた。

 しかし無情にも、炎の法弾は発射される。自分で演算するよりもずっと簡単に感じたのが、何故か悲しい。

 

 ここまででもヨアキムの理性はかなり追い詰められていたのだが、エヴァは更なる追い打ちを掛けてくる。

 

「この素材の利便性は解って貰えたと思います。けど現状ではあまりたくさん作ることができずに困っているんです。そこでお父さんのお力でこの紙“量産”してもらえないかと思いまして……」

 

 それから彼女から多くの資料が渡され、猛烈なプレゼンテーションが始まった。

 幻晶騎士で踏み潰し、機械と錬金術で細かく叩解し、職人の手で製紙する。既存技術と新技術を織り交ぜて行われる今までにない“製紙”の技。

 穴もあるだろうがよく考えられている施策(プラン)だったが、もはや今のヨアキムではこれを冷静な視点で見ることはできそうになかった。

 

「すまない、エヴァリーナ……しばらく考える時間をくれ。この話を含めて、今後の事を話し合う時間を別に作るからまた会いに来て欲しい」

 

「お父さん、大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いようですが……そ、そうですか、解りました」

 

 どうにか絞り出した制止の言葉に、エヴァは心配そうな表情で退室した。

 

[どうしてこうなってしまったんだ……]

 

 親子水入らずの団欒の日を期待していた筈なのに、斯様な心労を抱えてしまう羽目になったヨアキムであった。

 

 

 

 

 

 

 数日のインターバルを挟んで資料の査読を行い思考を整理したヨアキムは、改めてエヴァを呼び出した。

 

「お父さん。あの資料の中に何か不備があったでしょうか?私としてはできる限り、解りやすく説明できるように努力したつもりだったんですけど」

 

 挨拶もそこそこにエヴァは以前自分が提供した資料に何か問題があったのかと考え、父に問いかけた。

 

「いや、非常に纏められた良い資料だったよ。エヴァリーナ、あれは一体誰の“入れ知恵”で作ったものなんだい?」

 

 しかし、ヨアキムはむしろその完成度が高すぎたが故に、娘が纏めたものであるとは考えなかったようだ。

 実際、あれは親友の助力で作ったものだったので彼女も正直に答える。

 

「あの資料は友達と一緒に纏めたものです。白樹紙もその友達と一緒に作ったものです」

 

「友達?それはさぞ優れた錬金術師なのだろう。名前を教えてくれないか?その人とも、きちんと話し合わなければならない」

 

 ここまで来てエヴァは父との間にかなりの認識の齟齬が発生している事に気が付いた。

 どうやら背後で大人が糸を引いているのでないかと誤解しているらしい。

 

「彼は……エルネスティ・エチェバルリア君は錬金術師ではありません。学園長先生のお孫さんでまだ7歳の少年です」

 

「なんだって?う、嘘ではないんだな!?」

 

「本当です。それに彼は資料制作や紋章術式の組み方、ホワイトミストーの特性など多くのアドバイスをくれた人ではありますが、製紙工程は主に私が担当しました」

 

 7歳の子供がこんな資料を纏め、あまつさえ魔法技術の助言までしたというのも疑わしいのだろうが、騎士学科の初等部生がこんな技術を生み出したなんて更に信じ難いのだろう。

 

「もしお疑いの様でしたら、彼にも話を聞いてみますか?」「……頼めるか?」

 

 そして1時間ほど間を開けて、エヴァがエルを連れて執務室に戻ってきた。

 

「初めまして、セラーティ侯爵閣下。エルネスティ・エチェバルリアと申します。エヴァリーナ先輩にはよくお世話になっております」

 

 初等部生にすら届かない程の幼児が年に見合わぬ程の堂に入った作法で挨拶をしてきた。

 かわいらしい子供にしか見えない彼にヨアキムは渡された資料に関する幾つかの質問を投げかけたが、エルはそれに矛盾の無い答えを返した。

 こうなるとヨアキムも認めざるを得ない。エルがこの件の協力者である事を。

 溜息を飲み込んで、ヨアキムは二人に確認する。

 

「……この紙に関する情報を他に知っている者はいないか?」

 

「先輩のお母さんとキッドとアディは知っているはずです。テルモネン工房の親方はどうでしたっけ?」

 

「一応、弾倉(マガジン)の製作の際に話していたと思うけど……お父さん、何か問題がありましたか?」

 

 ヨアキムは心の中で叫んでいた。『問題大アリだ!』と。

 

「君達が言うように、この紙は非常に革新的な特性を幾つも備えている素晴らしい素材だと私も思う。だが、これを無秩序に世に広めるのは非常にまずいのだ」

 

「「え!?」」

 

 価値を認めてくれる発言を聞いた後に、否定的なニュアンスの言葉が出てきたので二人は面食らった。

 その理由をヨアキムは順を追って話し始める。

 

「この素材で造られた魔導兵装はあまりにも便利すぎる。攻撃魔法の行使を簡単にしすぎる(・・・・・・・)のだよ。魔力の流し方さえ習得すれば、誰でも簡単にこの“暴力”を行使できる。そう、例え教育を受けていない子供であってもな」

 

 このフレメヴィーラ王国では、例え平民であっても本人さえ望めば高度な教育が受けられるようになっている。

 それは国民一人一人に魔獣と戦える力を身に付けてもらう為でもあるが、それと同時に教育の過程で国家に対する忠誠と安全意識を叩き込む為でもある。

 魔法を暴発させて周りに危害を加えないように、加えて国や故郷を大切に思い守ろうとする意識を育む為に。それを含めて、魔術演算領域と言う自意識と結びついたこの能力(アビリティ)の扱い方を学ばせる為に。

 

 しかし、紋章術式はそんな教育とは関係の無い純粋な“兵器としての魔法”を行使可能にする。しかも、この紙はそれを従来では考えられない程安価かつ簡単にしてしまえる。それ故の危うさがあるのだ。

 

[そうか、これは“銃”と同じなんだ。それこそAK-47のような安価で大量にばら撒ける虐殺兵器になってしまう!]

 

[確かにこれは“哲学”の無い暴力装置になりえますね。しかもペーパークラフトのような感覚で作れてしまえることを思えば、混乱の種になる事は確実でしょう]

 

 二人はやっと気付かされた。この技術の危険度に。

 

「今は二人とも子供だからよく解らないかもしれないが、この技術は余所に漏らすわけにはいかないんだ。だから、これ以上口外しないでおくれ」

 

「わかりました。工房長と家族には口を紡ぐように言っておきます」

 

「残念ですが、そうなるとこの白樹紙の技術は封印するべきでしょうか?」

 

「いや、量産は真剣に検討させてもらおう」

 

 意外な言葉にエヴァとエルは目を丸くした。てっきりこの技術は封殺されてしまうと思ったからだ。

 

「確かに“無秩序に”世に広めれば多くの混乱をばら撒くことにはなるだろうが、キチンと管理できたならばこの白樹紙は我が国にとって大きな力となるに違いない。それを封印するなどそんなもったいない事はしないとも。

 この技術は我がセラーティ侯爵の名に懸けて、必ず実用化して見せる!」

 

 力強く断言したヨアキムは驚く二人に更に問いかけた。

 

「そんな素晴らしいモノを教えてくれた二人には何かご褒美が必要だな。何か欲しい物はないかい?何でもいいぞ?言ってごらん」

 

 ここ数日のインターバルで大分余裕を取り戻したのだろう。彼の表情は子供にお小遣いでもあげるかのような優しいものになっていた。

 だが、そんな余裕は次の一声で容易く突き崩された。

 

「それならば、魔導演算機を頂きたいです!」

 

 何を強請ろうか、それともここは遠慮しておくべきかと悩んでいたエヴァの横から、エルが大きな声でそう主張してきた。

 

「ま、魔導演算機?なんだってそんな物を?」

 

 幻晶騎士の頭脳に当たる部品。そんな物を手に入れてどうしようというのか?ヨアキムの表情は一瞬で疑義に支配される。

 

「それはもちろん、幻晶騎士を創るためです。僕達の為の幻晶騎士を!それを造って操縦する。僕とエヴァ先輩が様々な技術を学び、白樹紙を創り出したのも全てはその為なのです」

 

 エルが口にした言葉に、ヨアキムはエヴァがまだ騎士を諦めたわけではなかったことを悟った。

 

「エルネスティ君。君は知らないかもしれないが、エヴァリーナは……」

 

演算不能者(ノーペレーター)である事は知っています!確かに彼女の脳内には幻晶騎士の管制に必要な機能である魔術演算領域は無いんでしょう。

 ならば、創り出せばいいのです。魔導演算機の内側に、人工的に管制・制御の為の術理機構(オペレーティング・システム)をね!」

 

 ヨアキムは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 今エルが言っていた事を素直に解釈すれば、『魔術演算領域を人為的に魔導演算機の中に構築する』という意味だと思われた。

 

「そ、そんな事できるわけ無い。人間の“心”と混ざり合った機能をどうやって機械の内側に再現するというのだ?」

 

 そう、この世界の人々にとって魔術演算領域は決して他人が中身を確認することのできない解析不能存在(ブラック・ボックス)。人間の自意識(クオリア)と不可分な概念。

 それを人為的に再現する技術などあるわけはないのだ。

 

 しかし、そんな理屈は異世界人には通じない。何故なら地球人にとってOSとは、人間の心と分け隔てられた存在だったからだ。それに、

 

「作れますとも。“人間が想像できることは、人間が必ず実現できる”のです」

 

 かつてSFの開祖と謳われたジュール・ヴェルヌの言葉だが、エルはこの世界でも十分通用するものであると信じている。

 なんたってこの世界には、科学に加えて魔法と言う更なる味方が付いているのだ。

 

「……私からもお願いします、お父さん。私は諦めたくないんです。この世界に魔術演算領域以外のOSが存在しないのだとしても、エルがそれを創り出せるというのならそれを信じたい!試させてほしいんです!」

 

 もしこんな事を何の前触れもなく言われていたならば、ヨアキムも一笑に付したかもしれない。

 だが、エルとエヴァは今までの常識では考えられない“白樹紙”という存在を齎した。

 この二人ならあるいは?とヨアキムも思えてしまったのだ。

 

「……解った。すぐにとは言えないが君達がそれを欲するというのなら、用意しよう。しかし、それを手に入れる事で君達の周りに大きな軋轢が発生するはずだ。それを乗り越える覚悟はあるのかい?」

 

 二人は何の躊躇もなく、それに頷いた。

 

「「もちろんです!」」

 

 覚悟も無しに機体の自作(スクラッチ・ビルド)などやってられないのだ。

 その意気を確認したヨアキムは、訝りながらも二人の要望を承諾したのだった。




作中で勝手に本妻さんの名前を出してますが、これはオリジナル設定で公式(オフィシャル)ではございません。ご了承ください
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