ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~ 作:アルヌ・サクヌッセンム
この件に関して、エルの保護者であるエチェバルリア家も交えて様々な根回しと契約交渉が行われる事になった。その為、ヨアキムの執務室に関係者が集められた。
当然、事情を聞かされた双方の家族に二人は大いに呆れられた。
「まさか、お主らがそんな物まで創りあげておったとはな……侯爵閣下が内密に面談を申し出てきたときは何事かと思ったが」
「それも納得の行く話ですよ、お義父さん。下手に他所に漏らせない技術でしょうし……
「二人ともすごいわね」
ラウリとマティアスの驚きと困惑を余所に、セレスティナは大らかな態度を崩さなかった。
「いきなり呼び出されてびっくりしたけど、姉ちゃん達と作ってたあの紙ってそんなにすごいものだったんだ?」
「書いた魔法が使える紙って確かに便利だもんね。私達も貰って遊んでみたけど、楽しかったし。エル君がいっぱい欲しいって言うのもわかるわ」
「……まさか、エヴァ達やエル君がそんな事をしてたなんて……」
オルター家も有無を言わさず呼び出されたので、当初不安そうにしていたが、エヴァが説得してどうにか落ち着いてもらった。
がっつり製造に関わっているキッドとアディはどこか誇らしげな様子だったが、イッルは予想以上に大きな話になっている事に若干顔を青褪めさせている。
そして、この件に関りを持つもう一つの家庭がこの場に到着した。
「お、恐れ入ります。この街で工房を経営しております、ボルト・テルモネンっていいやす。こっちが家内と息子です。おい、お前ら挨拶しな。品良くだぞ!?」
「う、うぅ。父ちゃん。そんな事言ったって……」
「あ、あたしら貴族様に応対する教育なんてろくすっぽ受けてないんだよぉ?」
いきなり貴族階級の人間に呼び出されて、すっかり萎縮している様子のテルモネン家の人々。彼らの様子にエヴァとエルは心中申し訳ない気持ちになった。
面倒くさいことに巻き込んでしまった事。そしてこれから更に関与して貰い、彼らを抱き込まなければならない事を。
「構わない。人として最低限度の礼儀さえ心得ていてくれれば、楽にしてほしい。それに我々もあなた達にはこれから様々なお願いをしなければならないからな」
「と言いますと?」
工房長の問いを切っ掛けにして、侯爵は説明を始める。
「皆さんにこの場に集まって貰ったのは他でもない。我が娘エヴァリーナとその友達のエルネスティ君が発明した白樹紙の件についてだ。
私もこの素材は今後の魔導兵装の歴史を大きく塗り替える程の物だと考えている。そして、二人はこの技術の扱いを私達セラーティ侯爵家に託してくれた」
皆の視線がエヴァとエルに向かう。
「二人はこれを量産して欲しいと言っていたが、無秩序に生産して世に広めるには少々危険な技術であると私は感じている。故に皆さんには時が来るまでこの技術に関して、口を噤んでもらいたい。
もちろん、情報を漏らさない限り皆さんにはそれなりの見返りを約束しよう」
要は口止め料だが、物が物なだけに致し方がない。事はもう子供の玩具でも便利な生活用具でもなく、立派な軍事技術情報になっているのだから。
「“時が来るまで”と仰いましたが、それは何時ぐらいまでなのでしょうか?」
おそらく保護者の中で一番冷静であったティナが尋ねる。
秘密と言う物は漏らすつもりが無くても漏れてしまう事がある。誰もが墓まで持っていくような覚悟をできるわけもない。できたらその時間は有限であることが望ましい。
「事業化は10年以内にある程度軌道に載せられると考えている。それまでに王家や政府と協議の上、流通や法整備を整えられるだろう。
断言はできないが、その頃には漏らしても大勢に影響がなくなっていると予想している。曖昧ですまないが、何せ製紙事業に関しては我々も勉強中でな。具体的な期限を明言できないのだ」
しかし、ヨアキムは本当に10年以上かけるつもりなど無い。
多少の強硬な手段を取ってでも、この技術は早期に実用化させなければならないと決心してしまっていた。彼は白樹紙にそれに足る価値を見出していたのである。
「秘密にしなければならないことは解りましたが、見返りとは具体的にはどういうものでしょう?」
今度はマティアスが尋ねる。やはりこういった交渉事においては、法衣貴族であるエチェバルリア家は多少の心得があるようだ。オルター家やテルモネン家の聞きたかった事を臆さずに代弁してくれる。
「それについては各々の家庭とも交渉を行うつもりだが、現時点で決まっている事をお話しすると、まずエルネスティ君とエヴァには本人たちの希望により
「「「「「なんですって!?」」」」」
これには当然の事ながら、保護者達が大きく動揺した。それが
子供にそんな物を与えるなど、技術提供の見返りとして考えても、正気の沙汰とは思えない。彼らの顔にははっきりとそう書いてあった。
その様にヨアキムも苦笑を浮かべながら、答える。
「なんでも将来的に“自分達の為の幻晶騎士”を創りたいのだそうだ。その為には必要な物だと。全く壮大な夢だよ。少々、現実味に欠ける気はするがね。
しかし、今回二人が創り出したものは普通の子供が作れるような代物じゃない。それは確かだ」
年齢が二桁にも届いてない子供が魔法の紙を発明したのだ。二人をこの世界の常識で図る事は不可能だとヨアキムは思った。
「もしその夢が叶わなかったとしても、その時は演算機は売却してしまえばいい。両家の子供達の学費や諸経費に当ててもらってもいいだろう」
彼が保護者達への説得の為に口にしたこの台詞に、エヴァとエルは凄まじい剣幕で抗議して来た。
「売らせませんよ!!絶対に!!」「先輩の為のOSは必ず創りあげて見せます!」
半ば血走った眼でそう口走る二人を、侯爵は苦笑しながら『本気で言った事ではない』と宥めて、こう結んだ。
「とにかくこれは二人と交わした約束であり、私は破るつもりがない事だけは断言しておく。よいかな?」
「そこまで言われてしまっては、我々も無碍にはできませんな」
まるで白旗を掲げるようにラウリも笑いながら同意した。他の保護者も反対意見はないようだ。
「さて先程の話はエチェバルリア家とオルター家への見返りについてだったが、テルモネン工房の方にももちろん報酬を考えている。
しかし、それについて話す前に確認したいことがある。エヴァリーナから聞いた話だと、あなた方もこの製紙技術を確立する上で貢献をしてくれたそうだな?」
何のことを言われているのか。工房長は解らなかったが、エヴァが
確かにあれに使われている部品を製作するのに手を貸したことは事実だった。
「で、ですが、あれを設計したのはエヴァ嬢ちゃんですぜ?俺達ゃ大したことは……」
「しかし、子供が精巧で複雑な機械を独力で作り出せるわけもない。あなた方の協力と指導があってのものだろう?
そこで相談なのだが、あの加工機の製造をテルモネン工房に依頼することは可能だろうか?もちろん、報酬は十分な物を支払う用意がある」
魔導裁断機もエヴァが発明したものだ。他所では手に入らない。
侯爵領で仕組みを解析して複製してもらうと言う手もあるが、どうせなら製造に関わった彼の工房に依頼して調達してはどうだろうと、エルが提案したのだ。
ヨアキムより提示されたあまりにも高い報酬に工房長は目を廻した。彼が経験してきた案件とは比べ物にならないぐらいの好条件だったからだ。
そして工房長は脳のどこか冷静な部分で、これはおそらく口止め料も兼ねているものだろうと想像した。故に断ることは難しいと感じた。
[だがよぉ。これはチャンスでもあるぜ。ただ下町で幻晶騎士の部品造ってるだけじゃ、こんな美味い話転がってこねぇ。新しい技術を身に付けて、見識を広げるいい機会でもある。面白れぇ、やってやろうじゃねぇか!]
彼の中に宿っている技術屋としての野心が、この話に前向きな姿勢を取らせる。
「くくく、年甲斐もなくワクワクしてきちまいましたよ」
そう言って中々に凶暴な笑みを浮かべるボルトの姿に、もはやこの場に来た当初見せていたような委縮した様子はない。
「計画通りだな」「えぇ、工房長ならああ言ってくれると思ってましたよ」
エヴァとエルは自分達の人格分析が正しかったのだと安堵した。彼なら引き受けてくれるだろうと。
そしてエヴァは邸宅の庭にて、加工機の現物を使ってチップ化行程を実演することにした。改めてその機構をヨアキムと工房長に理解してもらうためだ。
他の者も興味を持ったのか、ついて来るようだった。
「これが魔導裁断機です。これを回転させて木材をチップ化します」
事前に幻晶騎士に踏み潰させたホワイトミストー材が、回転する刃に飲み込まれて切り刻まれる様を見たボルト。
「筐体や回転刃、動力系統はうちの工房でも造れそうだが、やっぱり歯車装置は外注する必要があるだろう……知り合いの職人に声を掛けて見るか」
彼は職人としての経験と勘から素早くその本質を見抜いた。(事前にエヴァから原理を明かされていたこともあるが)
「それであればこの際、商会を立ち上げてはどうかな?侯爵閣下との商いにはそれなりの格と組織が必要じゃろうて」
ラウリがそう提案した。
事はもうただ単に部品を製造して卸す個人工房の職域を超えている。これは立派な事業なのだ。
であれば、それに相応しい組織の形と言う物がある。
この学園街における実質的支配者である彼の賛意を得られるなら、この事業は優位に展開できる。ヨアキムもこれに賛成した。
「それはいいんですがね。俺らはドワーフです。ドワーフにとってモノづくりを行う“工房”ってのは特別な意味を持った言葉です。それを手放すのは少々寂しいんですよ」
商会は商人が作るものと言うイメージがあったボルトは“商会”という名前を冠することに職人として思う所があるようだ。
ならばとエヴァは別の名前を提案する。
「セラーティ領に卸す魔導裁断機はこれより大型化するはずです。なら重機械を造る事になるし、こんな名前はどうでしょう?」
個人で物を作る
「……いいじゃねぇか!気に入ったぜ、その名前。よし、それで行こう!」
こうして、ライヒアラ騎操士学園にて加工機の製造販売を行う企業が設立されることになった。
その名は“テルモネン
商談が終わった後、工房に帰宅したテルモネン家の3人はエヴァとエルに労われて、交渉の疲れを癒していた。
「なんだか、凄まじく話が大きくなっちゃったね」
「あんた、商会立ち上げるなんて気安く引き受けてよかったの?」
「うちの工房だけであんな案件こなせるわけないだろ?それにせっかく学園長が提案してくれたんだ!幸い、伝手がある。受けない手はないと思ったんだ」
起業など軽々しく決めるべきではないと考えたのか、ボルトに苦言を呈する妻バルブロ。息子のバトソンに至っては話が大きすぎて消化不良を起こしているようだ。
「「なんだかごめんなさい。工房長」」
罪悪感を刺激されたのか、エヴァとエルも頭を下げる。
「嬢ちゃんも坊主も何も悪いことはしてねぇよ。むしろ、こんな美味しい仕事を持って来てくれて感謝するぜ!お前らの発明とそれを応援する親御さんのお陰で、うちの工房も大きくできるんだしな!」
実際、起業において一番苦労する事案だろう資金繰りに、セラーティ侯爵だけではなくエチェバルリア家も力を貸してくれることになった。
投資先として有望だと判断されたためでもあるだろう。かの家も法衣貴族だけあって結構な資産を貯め込んでいる。心強いスポンサーだ。
それを考えたら、この話は間違いなく良物件だったのだ。
「あ、それなら工房長って呼び方はもう使えませんよね。じゃあ、今度から“社長”って呼ぶべきでしょうか?」
「そうだな。これからもよろしくお願いします。社長」
「なんだよそりゃ?まぁ、商会長って柄じゃねぇし、お前らが呼びたいように呼びな」
エルの言いだした呼び方にエヴァも便乗しだす。ボルトも満更でもないようだ。
「しかし、侯爵に納品するのはあの加工機より大型の機材だって言ってたな?そんなもんどうやって稼働させるつもりだ?あまり大きいと人間やドワーフの魔力じゃ使えないだろ」
エヴァの作った魔導裁断機は手押し車を使えば子供でも運べるほどの大きさだが、そんな小型機材でも稼働に必要な魔力は上級魔法クラスだ。それを大型化するとなれば更に膨大なエネルギーを要求するはずだ。
そんな魔法を使い続けていれば、魔力を鍛えた普通の騎士でも1時間程度で倒れてしまうだろう。工業に使用するとなれば、それを何時間と連続稼働させなければならないのに。
戦闘訓練を受けていない工員にそんな物を扱わせるには、どう考えても魔力が圧倒的に足りない。“人間が使うならば”だが。
「もちろん、幻晶騎士から魔力を貰って動かすんですよ」
「そうですよ。どの道、木材を踏み潰して柔らかくするのはあれにやって貰わなくちゃいけない工程なんですから、この際伐採からチップ化までは面倒見てもらいましょう」
まるで当たり前のようにそう言って来るエヴァとエル。戦闘兵器である幻晶騎士にそんな作業をさせるなど聞いた事が無いと言うのに。
「……騎士にそんな木こりみたいな真似させるつもりなのかよ。いやまぁ、幻晶騎士は砦の建設工事に駆り出されることもあるし、そう考えるとあの加工機も攻撃にこそ使わねぇけど
この様にエヴァやエルが常識外れな事を言うのは今更だと、ボルトも最近は慣れてきだしていた。
「兵装ではないので、
「裁断だけじゃなくて叩解作業や化学処理もそういう機材で処理出来たら便利なんでしょうけど、機構が難しいから今はまだ無理ですね。将来目標って所かな」
そんな事をしたら世の職人の仕事の多くを奪ってしまうだろうが、おそらく二人はそこまでは考えていないのだろう。それについてツッコむのは疲れるので、ボルトは話を納品予定の裁断機に戻す。
「とにかく最初にあれを設計したのは嬢ちゃん、お前さんだ。開発には色々協力してもらうからな?」
「もちろんですよ。社長」「僕も
「おぅ!二人とも頼りにしてるぜ」
こうして、事実上の“社員”のような扱いでエヴァとエルの二人はテルモネン重工の技術開発に参入する事になった。
[くそ!あの妾腹の女め!]
バルトサールは憤慨していた。
その原因は今日セラーティ邸で行われた談話であった。同じ邸宅に宿泊していたバルトもあの話を内緒で聞いていたのだ。
ヨアキムも部外者への情報漏洩には気を使っていたのだが、実の息子に対しては少々ガードが甘くなっていた感が否めない。
[何が白樹紙だ!何が魔導兵装だ!そんな物でお父様の関心を惹くとは、何て卑怯な連中なんだ!]
新技術の開発と提供。子供でも解る大変な功績だ。
その技術を対価にして、オルター家の連中は“追い出された”実家に帰って来ようとしている。バルトはそう連想したのだ。
それだけなら、百歩譲って許せたかもしれない。しかし、事はそれだけでは済まなかった。
[あいつは無能な
幻晶騎士の頭脳と言われているこの部品を提供して貰い、いずれは機体も創りあげるという。
個人がそんな事をしようなんて、普通ならただの夢物語だと一笑に付されることだろう。
しかし、バルトにはそれがエヴァが将来的に騎士になる事を、父に保障されているのだと受け取った。
それが彼には許せなかった。
[アートス兄様やティファ姉様に届かないのは仕方がないにしても……私は障碍者以下の無能だというのか!?ふざけやがって!]
誰もそんな事は言っていない。だが、肥大した劣等感は彼から自信を奪い、それを補うための歪んだプライドと被害妄想を増長させていた。
兄弟姉妹と言う物は必ず比べられてしまうものだ。
若くして父の傍で領地経営に携わる事を許された
そんな優秀な兄姉に比べて、バルトの成績は平凡な物であった。
だが、それはあくまで上述の2人に比べたらという話で、この世界の同年代の中では彼も頭は良い方だった。
しかし、人々の評価とは相対的なものだ。比較対象となる兄姉の実力はどうしても彼の存在感を希薄にした。
それだけでも劣等感を刺激されるというのに、妾の子供のエヴァも親族や教師からは文武両面において優秀な子だとされていた。ただ一つ、魔法演算能力を除いては。
バルトはその事に一時期は安堵感を覚えていた。
いくら優秀な人間であろうと演算不能者は
そう思っていた。だが、その前提が崩壊しようとしている。それも騎士の技量や努力とは全く関係の無い功績でだ。
彼にはそれが許しがたい卑劣行為に見えたのだ。
[させないぞ!緋犀騎士団は将来、私が率いる騎士団なんだ!そこにあんなやつの席など用意させるものか!!]
バルトの心に堆積していた負の感情がますます濃厚となっていく。
そんな鬱屈した思いを胸に秘めたまま、彼は学園に入学することになった。
そう。1年が終わり、季節は再び春になろうとしていたのだ。
そう言えば、原作者の天酒ノ瓢氏の真似をしてこの作品のオリジナル設定の備忘録とか書いてみようと思ってるんですが、こういうのって需要あるんでしょうか?
*今更ながら長男君の名前が本家の備忘録設定ではちゃんと決まっていたことに気付いたので、改定します。すいません