ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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幼年期編
1話 ノーペレーター


「マギウス・サーキット?」

 

 エヴァリーナ・オルターが母にそう問い返す。

 

「そうよエヴァリーナ。この世界の意思のある生物にはそれがあるの」

 

 母の言によれば、こうだ。

 この世界は魔法と呼ばれる物理法則がある。

 大気中に漂うエーテルと呼ばれる物質を介して、生物の産み出す魔力というエネルギーを使って引き起こすことのできる様々な現象の事だ。

 この世界の人類は、触媒結晶という物質を埋め込んだ道具である“杖”を用いて魔法を使いこなし、文明を発展させてきた生物らしい。

 幻晶騎士(シルエット・ナイト)なんていう巨大ロボットがあるような文明なのに、随分幻想的(ファンタジー)な世界だなとエヴァは意外に思ったが、それでも構わないとも思った。

 物理法則すら地球と異なる正真正銘の異世界であろうと、それならその法則ごと学んで身に着ければいいだけだ。

 

 しかし、どうも要領を得ない。

 魔法というものは、術式という物を使って構築・制御するらしいのだが、それの説明がなんとも理解しづらい。

 いや、魔法術式(スクリプト)という物の説明そのものは極めて明瞭だった。

 特定の法則性(アルゴリズム)に沿って組み立てられた文字と図形、これがある種の言語として定式化されたもの。それは理解できた。

 問題はそれをどう“処理するか”という事なのだ。

 母はそれについて、こう語った。

 

「杖を握って、魔力を流しながら頭の中に浮かぶ魔法術式を演算すれば、魔法は発現するわ」

 

 その為に使う先天的能力(アビリティ)をこの世界の人々は、魔術演算領域(マギウス・サーキット)と呼んでいる。

 

 そう言われても、エヴァには全く理解できない。“演算”とはなんだ?計算とは違うのだろうか?“魔力”とはどう扱うんだ?どう意識すればいい?

 杖を持ちながら、教えてもらった魔法術式を何度も頭の中でこねくり回してみる。さっぱり理解できない。

 どの術式が何の役割を果たすのか、説明されたら理解はできる。術式を覚えられないわけでもない。

 それらをどうすれば、“魔法現象の発現”に繋げていけるのかが全く解らないのだ。

 

 最初は母が自分を騙そうとしているのではないかとすら思った。子供に嘘を教えてからかっているのではないか?と。何せ魔法は前世では実在しなかった現象だ。疑うのも無理はなかった。

 しかし他の人間に請うても、彼らはただ一人の例外もなく、事も無げに杖を振るって魔法を使うところを見せてくれた。それは彼らにとって当たり前に使える能力なのだと思い知らされた。

 自分はそれを全く使えないのだ。非常に不安な気持ちがエヴァリーナに圧し掛かる。

 

 

 

 実の処困惑していたのは母であるイルマタル・オルターも同じだった。

 今年5歳になる己の娘は、非常に聡明な少女であった。

 最初は拙かった言語能力は急速にその冴えを見せ、算数の計算や複雑な問題にも難なく答えられる知的能力を見せ始めた。

 もしや、自分の娘は天才ではないのだろうか?そんなともすれば親バカと謗られかねないような思考に最初は耽溺していたイルマタル。

 

 しかし、そんな頭のいい筈の娘が何度教えても身に付かない能力があったのだ。それが“魔法能力”だった。

 

「演算ってどうやるの?魔力ってどうすれば、流せるの?」

 

 何度もそんな質問をされたが答えに窮するばかりだった。

 彼女にとって、いやこの世界の人間にとって“演算する”“魔力を流す”という行為は説明などしようもない感覚(クオリア)なのだから。

 

 赤ってどんな色?緑や青とはどう違うの?そんな事を聞かれても、赤は赤としか説明のしようがない。

 明るい色、鮮やかな色、暖かい色、炎の色、血の色。赤はいろんなイメージで語られる色だ。

 だが、それらは主観的な感想であり、客観的説明ではない。

 極端な話で言えば、自分にとって赤に見えている色を他人が実は緑に見えていたとしても、みんながその色に“赤”という名付けをしていれば、みなそれを赤と呼ぶだろう。

 他人の脳内で、その色の感覚がどう受け取られているかなど、本来は確かめようのないことなのだ。

 

 もはや彼らにとって演算や魔力はそれと一緒だ。杖を握れば皆が各々で自動的に理解するはずの、説明不要にして説明不能の能力だった。

 それをエヴァは理解できないという。そんな話は他で聞いた事がない。

 

 イルマタルは悩んだ末に自分の愛する人に相談した。娘の父親であるヨアキム・セラーティ公爵に。

 

「ヨアキム様。どういうことなんでしょうか?」

 

 なぜイルマタルがこんなに心配しているのかと言えば、このフレメヴィーラ王国では魔法は、人間なら護身術として必ず身に着けておかなければならない程の必須技能だと考えられていたからだ。

 この国は魔獣が未だに跋扈している。強固に防御された要塞や街の中ならともかく、それ以外では人々は魔獣の出現を警戒して常に武装していなければならない。

 そんな国で魔法が使えない人間が生まれたなら、それは剣や弓ぐらいしか自分を守る武器が使えないという事を意味する。

 諸事情で火砲が発達しなかったこの世界の文明では、魔獣相手の戦いでその程度の力しか持たないものは良い餌になること請け合いだ。

 

 その懸念を理解しているからこそヨアキムの口調もまた重かった。

 

「聞いた事がある……極稀に魔術演算領域を持たない子供が産まれる事がある。彼らは術式を教えても演算ができない。杖を握っても魔法が扱えない演算不能者(ノーペレーター)なんだと」

 

 それはこの世界の常識の外側に位置する言わば例外的存在(イレギュラー)。誰もが使えるはずの能力が使えない障碍者として扱われる人々だった。

 そしてそれはイルマタルに悲しい昔話を思い出させた。このフレメヴィーラ王国が建国されたばかりの頃、まだ城塞による防御網が十分ではなく、幻晶騎士も少なかった時代。

 庇護が受けられない一部の貧しい村落では、口減らしの為に障碍を持った子供が捨てられたり、激しい差別にあったりしたこともあったのだと。

 もしや自分の愛しい娘が、将来そういった人間同士の差別の対象にされるのではないかという重たい不安が湧き起こって来た。

 

 それを読み取ったヨアキムはイルマタルの不安を和らげるようにこう言った。

 

「そんなに心配することはない。今のフレメヴィーラ王国は口減らしなどしなくてもいい程には豊かになってるんだ。それに城塞都市の内側なら魔法が使えなくても仕事はいくらでもある。街中で過ごす分には魔法が使えなくても生きていくことはできるとも。それに……」

 

 普段は仏頂面な彼には珍しい、飛び切りの優しさを湛えた笑顔でヨアキムはこう続けた。

 

「この私の領地でそんな事は許しておかんよ。だから安心しなさい」

 

 その言葉にイルマタルはとりあえず不安を抑えて、自分は娘に寄り添うだけだと思い直したのだった。

 

 

 

[とは言ったものの……あの子が魔法を使えない状態を放置しておくのは危険だな]

 

 ヨアキムは責任感の強い男だった。安心感だけ与えて放置しておくつもりはない。

 差別というものは、人が生きていく上で必ずと言っていい程発生する現象であるし、未来の事に絶対的保障をすることなど人の身では不可能な事だ。

 魔獣という不確定要素が常に身近に存在するこの国で、それらから領民を護りつつ食糧生産を行う。口で言うのは簡単だが、これを維持していくことは大変なことだ。

 それらの運営をする自分達貴族にはいざとなれば、足手まといとなるような人間を切り捨てる覚悟が求められる。例え、それが自分の血を分けた肉親であろうとも。

 

 しかしもし、そんな事態になったとしてもそれを乗り越えて生きていけるだけの力を身に着ける事ができるならば……。

 

[手に入れさせる必要があるな。あの子に自分の身を守るだけの力を得る方法を]

 

 

 

 

 

 

「飲み込みが早いですねエヴァさん。その調子ですよ」「はい!先生」

 

 7歳になったエヴァリーナはセラーティ侯爵家の邸宅で家庭教師の指導の下、剣術の稽古に励んでいた。

 

 この世界では通常、体の発育の関係で剣術よりも先に魔法の教育を行うことが一般的だ。

 実際、術式の書き取り授業や構文の構成などといった座学はまだ継続中であり、いい成績を示している。

 

[座学知識なんて設定資料集みたいな物だ。そういうのは大好物だよ。実際に能力として使えないのはもどかしいけどさ……]

 

 そんなエヴァだが実技では全く進展というものが見られない。魔術演算領域という根幹となる能力が発現していないのだから当然だ。

 その為、予定をやや繰り上げて武術を教わることになったのだが、筋がいいのか彼女は教える技術をどんどんマスターしていく。

 足運び、体幹コントロール、重心を考慮した立ち回り。幼い子供では意識することの難しい要素だが、前世の物理に関する知識が土台となったのか、理解と実施は案外うまくいった。

 

[この肉体そのものの素性がいいのもあるんだろうな。反応(レスポンス)が早い]

 

 同年代の子供に比べて発育が良い。身長の伸びはもちろんの事、筋肉も7歳児としては発達している。

 前世ではあまり運動が得意ではなかった村岡だったが、エヴァリーナの肉体は動かしていてとても楽しいと感じるぐらいにイメージ通りに動いてくれる気がする。

 考えてみれば、中枢神経の発達が著しい成長期の子供の肉体と、成長が止まった運動不足の30代男性とでは反応が違うのは当たり前ではあるが。

 自身の成長を強く実感できるというのは動機付け(モチベーション)として大きなものだ。そのため、トレーニングが苦にならないのも成長を助けているのだろう。

 

「お疲れ様でしたエヴァさん。今日の稽古はこれで終了ですよ」「あ、はい。先生、本日もありがとうございました!」

 

 いつも通りの別れの挨拶。ハキハキとした返事を聞いて、微笑ましい表情を浮かべて教師は去っていった。

 

「お疲れ様、エヴァ!はい、これで汗拭いて」

 

 授業が終わったのを見計らってとある人物が声を掛けてきた。

 同年代の金髪の美少女がこちらに近寄って、タオルを手渡してくる。

 

「ありがとう、ティファ。助かるよ」

 

 彼女はステファニア(ティファ)・セラーティ。エヴァと同じセラーティ侯爵の娘。つまり姉妹に当たる人物。

 生まれはティファの方が早かったらしいので、姉に相当するだろう。だが、身長はエヴァの方が高いので、他人から見たらティファが妹に見えるのではないだろうか?

 とても社交的な娘で、初対面時はこちらが戸惑うぐらいのスキンシップを図ってきた少女だった。

 この邸宅は同年代の子供が少なく友達が欲しかった彼女は、とある理由で遠慮がちな態度を取っていたエヴァや弟のアーキッド(キッド)・妹のアデルトルート(アディ)とあっという間に距離を詰め、気が付いたら仲良く話を始めていた。

 素晴らしいまでのコミュニケーション能力と陽キャ属性だろう。

 また無類の可愛いもの好きであり、弟妹に近づいたのはおそらくそれが動機だ。キッドもアディも母親に似て黒髪の美少年と美少女だからだ。その証拠に二人との触れ合いを楽しんでいるときは、この世の春が来たと言わんばかりの締まりのない表情を浮かべていた。

 

 ふと、その時エヴァはステファニアが男の子を連れてきているのに気づいた。

 

「うん?誰?その子」「あ、そうだエヴァ、紹介するわね。私の1つ年下の弟のバルトサール(バルト)よ。バルト挨拶なさい。あなたにとってもお姉さんに当たる人よ」 

 

 ティファと同じく金髪の男の子が、姉の背中に隠れてこちらをジッと窺っている。顔立ちは可愛いのだが、その表情は不信感と警戒心でいっぱいだった。

 そして彼が口にしたのは挨拶ではなく、場の空気を凍り付かせる一言だった。

 

「……お前がお母さまの言ってた“しょうふくのこ”か?」「ば、バルト……なんてこと言うの!」

 

 そう、その事実こそが当初エヴァや弟妹がステファニア達と距離を取っていた理由。

 自分たちの苗字はオルター。父であるヨアキム・セラーティ侯爵の家名とは異なる名を付けられている。それは母のイルマタルが所謂愛人であり、本妻の家庭が別にあるという事だ。

 ティファやバルトは、本妻の子供。腹違いの姉弟達。

 

「ごめんなさいエヴァ。この子きっとお母さまが口にしてた言葉をそのまま覚えちゃったのね」「……いいよ、気にしてないよ。ティファ」

 

 子供と言うのは、良くも悪くも親の影響を強く受けるものだ。

 そして、いくらこのフレメヴィーラ王国が貴族制が残る世界で、貴族は自分の血筋を確実に残す為に側室や妾を作ることが許されていると言っても、本妻にとってそれは歓迎できるものではない。

 それにどうも伝え聞くところによれば、本妻の女性は少々嫉妬深い性格のお方のようだ。愛人の存在を余計に疎ましく思うだろう。

 

[考えてみれば、ティファはなんで私達にこんなにフレンドリーなんだろう?このバルト君と同じような態度を取りそうなものだろうに……]

 

 我が弟妹達の愛らしさに絆されたか、それとも母親の影響を受けづらい独立心の強い聡い子なのか。

 なんにせよ、弟君(バルトサール)の方が非友好的な態度を取っている以上、無理に仲良くする必要はないだろうと判断し、エヴァはこの場は自分が去ろうと考えた。

 別れの挨拶をして距離を取ることを思案していた時、バルトサールが更に口を開いた。

 

「大人が言ってたぞ。無駄な努力をしてるやつだって」「バルト!お願い、それ以上何も言わないで!」

 

 ステファニアが悲鳴のような静止を掛けるが、それでもバルトサールは続ける。

 

「演算もできない、騎操士(ナイト・ランナー)にもなれない、無能な子供だって」

「今なんて言ったの?」

 

 聞き流せない一言があった。

 

「ねぇ、今なんて言ったの?」「ヒッ」

 

 何故かバルトは怯えているのだが、エヴァは彼の言葉の内、どうしても気になった一言があった。だから尋ねている。

 演算ができない。これは事実だ。自分は魔術演算領域とやらを全く意識できない。

 無能な子供、こんなものは取るに足らない誹謗中傷であり、聞き流せる言葉だ。

 しかし、騎操士……幻晶騎士の操縦者になれないとはどういうことだ?

 

「ねぇ、ステファニア。あなたでもいいわ、答えて。騎操士になれないってどういうこと?何か知らない?」

 

 何故かティファまでもが怯えるような、それでいて憐れむような表情で自分を見つめている。

 まるで意味が解らない。何で二人ともそんなに動揺しているのだ。

 

「……落ち着いて、聞いてちょうだいエヴァ。騎操士になるのには、幻晶騎士の操縦には魔法能力が絶対に必要だと言われているわ。だから……」

「嘘だ!」

 

 エヴァの慟哭がティファの言葉を遮る。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 理性が限界を迎えたエヴァはその健脚で何処かへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「おば様!イルマタルおば様!」

 

 セラーティ侯爵邸の中でもオルター家の住まう居室に、ステファニアの必死な叫び声が聞こえてきた。

 

「どうしたんです、ステファニアさん?」「姉さま?」「何かあったのか?」

 

 イルマタルとキッド、アディが表に出てみれば、ティファが泣きはらした顔で尋ねてきた。

 

「すいません!エヴァがこちらに帰ってきていませんか?」

「いえ、エヴァリーナはまだ……そういえば、今日はなんだか帰りが遅いわね」

 

 それを聞いて、ティファは泣き崩れてこちらに謝ってきた。

 

「ごめんなさい!私が余計な事言ったばっかりに、あの子どこかに行っちゃって……」

 

 事情を聴いたイルマタルは、深い溜息をついて納得した。

 

「そう……遂に知ってしまったのね。仕方がないわ。いつかは知らないといけないと思っていた事だもの。あなたの所為ではないのよ」

 

 イルマタルも最初はエヴァに教えようと思っていた。だが、その度に躊躇して言いそびれてしまった。演算不能者に幻晶騎士は操縦できないという事実を。

 だって、あんなにも楽しそうに語るのだもの。幻晶騎士に乗るという夢を。あんなに必死に努力するのだもの。魔法の勉強も剣術の訓練も。

 勉強も武術も将来きっと役に立つ。そのための動機付けになっているのなら、あえて夢を壊すような事を言うのはやめよう。そうヨアキムと相談していたのだ。

 だが、知ってしまったのなら仕方がない。ティファを責めても何の解決にもならない。そう考えたイルマタルは彼女を許し慰めた。

 

「しかし、あの子はどこに行ってしまったのかしらね……夕食までには帰ってきてくれるといいのだけども」

 

 そんな母の願いもむなしく、日が落ちてもエヴァは帰ってはこなかった。

 イルマタルは娘の捜索願いを出し、自身も探しに出かけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 本当は薄々解っていたのだ。幻晶騎士の操縦には魔法が不可欠なのではないかと。

 魔法が基幹技術として扱われている世界で、幻晶騎士だけがその例外になってるなんて事があるだろうかと。

 その可能性を心のどこかで疑いつつも、必死に考えないようにしていた。

 

「でも、確かめなきゃ……」

 

 エヴァはそれでも諦めたくなかった。前世では実在しなかったこの“夢の具現”を。

 往生際が悪いと思われようと構わない。愚かな事だと嗤いたければ、嗤えばいい。

 何としてでもそれが欲しい。だから、

 

「だから応えてよ。カルダトア」

 

 エヴァリーナは目の前の巨人に語りかける。

 幻晶騎士カルダトア。現在フレメヴィーラ内で量産・配備されている最新機種だ。

 

 ここはセラーティ侯爵家が誇る緋犀騎士団の擁するとある訓練施設。その幻晶騎士の格納庫。

 すっかり日も落ちて暗くなった時分に砦を巡回している歩哨の目を搔い潜り、整備担当の鍛冶師たちが出払っているタイミングを見計らってここまでやってきた。

 いくら訓練用と言っても、ここは軍事施設だ。その警戒網は厳重で決して楽な道ではなかった。

 しかし、人間にはどう足掻いた所で注意の欠落する瞬間というものがある。ましてや小さな子供がこんな場所に侵入しようと考える事など予想できるだろうか?

 加えてここフレメヴィーラ王国にて何よりも危険視されているのは、魔獣なのだ。必然的に人間は獣に比べて警戒の対象にはなりにくい。

 そういった注意の隙を縫って、エヴァはここにいる。

 

 そのオリーブグリーンで塗装された装甲を這い上がり、胸の部分にあるハッチを開けて、操縦室に飛び込む。どう考えても7歳児にできる事とは思えないが、彼女の肉体はその願望に応えてくれた。

 

「……わぁ」

 

 無意識のうちに感嘆符が漏れる。漢の浪漫がそこにはあった。

 シリンダー状の操縦桿。(フットペダル)。ビデオディスプレイを思わせる幻像投影機(ホロモニター)。各種計器の埋め込まれたコンソール。

 それはもうコテコテなぐらいのロボットの操縦席(ザ・コックピット)。その光景(ビジュアル)に心躍らないことなどあるわけがない。

 操縦席に張られた革製シートの感触をしっかり堪能してから、いよいよ彼女は操縦桿を……握ろうとしたのだが、手が届かない。鐙にも足が届かない。

 

「……体の大きさが足りてない」

 

 これは完全に盲点だった。考えてみれば騎操士は大人の仕事なのだから、操縦席が子供の身長に対応していないのは当たり前だ。

 何をどうしてみたところで機体はウンともスンとも言ってくれないし、例え何らかの反応をしたところでこれでは操作もままならない。

 たっぷり数十分は途方に暮れた所で、とうとう諦めてエヴァは操縦席から降りた。

 

「まさか、確認もできなかったなんて……いくら何でも行動が短絡的だったなぁ」

 

 激情に任せてとんでも無いことをしてしまった。罪悪感と恥ずかしさが彼女の顔を青ざめさせる。

 軍事施設への無断侵入。いくら貴族の子供だからと言っても、所詮は庶子だ。いくらなんでも死刑にはならないと思うが、かなり重い罪に問われるかも……

 冷静になればなるほど、後悔の念と己の馬鹿さ加減に気分が落ち込んでいく。

 

 溜息をついて、これからどうしようかと考えながら、壁にもたれかかった。

 

「うん?何だろう?これ」 

 

 ふと壁に立てかけられた、大きな物体に注意が向いた。

 金属光沢の美しい棒状の何か。上を見上げれば、先端部には大きめの結晶が取り付けられている。

 

「巨大な杖?」

 

 それは幻晶騎士が手に持ったらちょうど良さそうな大きさの長杖だった。その表面には様々な文字と幾何学模様が刻まれている。

 

「これって魔法術式かな?」

 

 よく見ようと近寄って、何気は無しに手で触れた。その瞬間だった。

 

「!!??何、この感覚は!?」

 

 脳や肺腑や心臓を駆け巡る“何か”。

 それは今まで感じたことのない新鮮な質を持った感覚(クオリア)だった。

 

「これが……もしかして、お母さんやみんなが言ってた“魔力”?」

 

 胎動する力強い生体エネルギー。それをエヴァは生まれて初めて感じることができた。

 嬉しくなったエヴァは深く考えもせずそれを目の前の物体に注ぎ込んだ。

 

 刻まれた魔法が発動する。

 それは決闘級と言われる幻晶騎士に匹敵する大型魔獣と戦うための戦術級魔法(オーバード・スペル)

 その中でも炎の槍(カルバリン)と呼ばれる極めて高い熱エネルギーと爆発を起こす爆炎の系統魔法だった。

 

 格納庫が炎に包まれた。

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