ナイツ&マジック ~演算不能の騎士物語~   作:アルヌ・サクヌッセンム

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3話 新たなる出会い?

 ライヒアラ騎操士学園街。フレメヴィーラ王国最高の学府として名高い騎士の養成学校を要するこの城塞都市の内側。

 そこに建てられた邸宅に引っ越してきたオルター一家は、新しい環境に胸を躍らせていた。

 正直、作法を求められるような貴族の暮らしに閉塞感を感じていた部分が否めない子供達は、侯爵邸と違ってその辺が緩いこの新しい住処での生活に解放感を感じていた。

 買い物はその最たる例だろう。今までは使用人に任せることしか許されなかったショッピングなどもここでは気軽に行える。

 

「お姉ちゃん!あのお店のお菓子買って!」

 

「姉ちゃん!俺はあそこのパンケーキが欲しい!」

 

「はいはい、お母さんから貰ったお小遣いの範疇ならね」

 

「「ヤッタ~!」」

 

 セラーティ侯爵領も決して田舎というわけではないのだが、ライヒアラはフレメヴィーラ全国から学生の集まる学園都市だ。やはり雰囲気も相応に垢抜けたものになる。

 学生向けに菓子店や軽食屋なども出店されている。

 それらの侯爵領には少なかった店を回って、エヴァは母と弟妹達と共に買い物を楽しんでいた。

 

[ふふふ、お母さんから貰った軍資金。結構な額だったゾ!もちろん、この子達の分はちゃんと管理しなくちゃならない。だが、私の分のお金の使い道はしっかり決まっているのだ!]

 

 計算能力をそれとなくアピールすることで、年長者としてお小遣いの裁量権をイルマタルから戴いたエヴァはとある企みを胸中に仕舞い込み、弟妹達にお菓子を買い与える。

 

 柔らかい頬っぺたに甘いお菓子をたっぷり頬張るアディとキッドの姿に、エヴァは表情が緩むのを止められなかった。

 

[くぅ~!我が弟妹達ながら、かぁいいよぉ!お~持ち帰り~!……って、家族なんだからお持ち帰りはできて当たり前だったわぁ]

 

 そうやって、もきゅもきゅと動く頬を眺めていると、ふと弟妹の目が不思議そうに自分を見ていることに気づく。

 

「「お姉ちゃんは食べないの?」」

 

「うん、私は大丈夫だよ。今は特にお腹空いてないし。キッドとアディは気にしないで好きにお食べ」

 

「「ふ~ん、わかった。ありがとう、お姉ちゃん」」

 

「あら?本当にいいの、エヴァ?お小遣いはちゃんと渡してあるんだから、買ってもいいのよ?」

 

「大丈夫だよ、お母さん」

 

 嘘だった。本当は二人の頬張る甘い香りの菓子に食欲を刺激されて、口の中には唾液が溜まりつつあった。

 だが、それでも余裕の表情を崩さず、年長者はとある目的の為に、食欲を抑圧する。

 

[我慢するんだ!エヴァリーナ!あの店に行くまで、お金は温存しなければならないんだ!]

 

 心の中で前世の自分(村岡精作)が叱咤する。そう、あの場所に行くまでは消費活動を行うのは不味い。あそこに行くまでは……。

 そんな姉の葛藤を知らない二人が食欲を満たし終わって眠くなった旨を伝えてきた時、エヴァは「しめた!」と思った。

 

「じゃあ、お家に帰ろうか……お姉ちゃんが背負ってってあげるね」

 

「あらあら……ふふふ、そうね。今日はもう帰りましょうね」

 

 二人にとって姉の背中は揺り籠の如く感じられたのだろうか、すやすやと寝息を立て始めた。

 幼児二人の体重はそれなりにある。だが、エヴァはそれを軽々と自宅に運び、二人をベットに寝かせた。そして……

 

「ごめん、お母さん!私、用事を思い出したからまた出掛けてくるね!」

 

 そう言うが早いか、彼女はその健脚でもって街へと再び駆け出して行った。

 

「エヴァ!出掛けるってどこへ……あら、行っちゃった。大丈夫かしら?一人で街に行っても」

 

 母は心配するが、年の割に賢いエヴァの事を信じて自宅で待つことにした。

 

 

 

[ふふふ、見つけてしまった!見つけてしまったのだよ!あの店を!]

 

 颯の如き速度で街を駆けるエヴァの表情筋は、取り繕うことを止めた笑みを浮かべていた。

 

[これだけ発展している都市、それも学生の多い街ならあるんじゃないかとは思ってたさ!こんなに早く見つかるとは思わなかったが……]

 

 お目当ての店舗の前までやってきたエヴァは看板を見上げた。

 

“オネリオン玩具店”

 

 そう、それは子供達の夢が集まる場所。玩具屋さんだった。

 

[ワクワクするなぁ。へへへ、例え死んで生まれ変わっても、これだけは止められねぇや]

 

 模型・玩具・アニメ、そういった言葉を掲げた店舗の存在を目敏く見つけて、隙あらば訪れる悲しきオタクの習性である。

 今生で初めてとなる玩具店に入ると、香しい木の匂いが鼻に広がった。

 

[あぁ、そうか。この世界、プラスチックなんて無いもんな。玩具は木製品が主流なのは当たり前なんだ]

 

 異世界ならではの新鮮な気持ちで、店内を見回す。すると、店主と思しき男性から声を掛けられた。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何をお探しかな?」

 

「あ、こんにちは。お邪魔してます」

 

 挨拶を返して、エヴァは店主にお目当ての商品が無いか尋ねた。

 

「あぁ、それならここにあるよ」

 

 お目当てのコーナーに案内されたエヴァは飾られている商品に、心中で舌なめずりをした。

 

[おっっっほ!やっぱりあるじゃん、カルダトア!お隣は旧式機のサロドレア……こ、これは!?指揮官用の高級機、カルディアリアまで!?なんて、豪華な商品群(ラインナップ)なんだ!]

 

 それは精巧な幻晶騎士(シルエット・ナイト)の模型。職人が彫刻で作った木製模型(ソリッドモデル)だった。

 プラモデルが登場する前までは、地球でも航空機模型分野ではこういった木製品が主流だった。現在では産業としては衰退してしまったが、今なお愛好家が独自に作品を作り続けている。

 

[リアル模型秘〇帳~木の巻~だわ!やばい、感動で涙が!]

 

 エヴァの脳裏に浮かぶはプラモデルを題材としたとあるホビー漫画のワンシーン。

 ガン〇ラを作ってきた主人公の前に、木製のガン〇ムを持参してきた大人げない木工職人が、そのとてつもない技術力で生み出した完成度の作品でプラモデルを蹴散らす。そんな展開だった。

 それを読んだときは「おい、プラモ作れや」と心中でツッコんだりしたものだが、後に本当に木工職人によって精巧な木製のガン〇ムの模型が作られたりしたニュースを聞いた事があった。

 その時は胸が熱くなったものだが、それに似た心境である。

 しかし、その感動も価格を見た時には沈静化せざるを得なかった。

 

「ね、値段が高い」

 

 当然と言えば、当然だ。これらは職人が手ずから作る一品物。大量生産されるプラモデルとはわけが違う。子供の小遣いで買える額にならないのは当たり前なのだ。

 これらは本来、騎士団の執務室のインテリア用や騎操士や技術者の教材用として作られるものであり、そもそも玩具ではなかった。

 ではなぜ、玩具店で扱っているかと言えば、それはただ単に他の店では扱うのが難しい商材だからである。

 美術品としては少々無骨に過ぎて、家具としては実用性に乏しい。模型とはそういうものであり、だからこそ玩具店ぐらいでしか扱えないのだろう。

 

「たまに貴族の方が購入なさることもあるんだがね」

 

 店主はそう語る。エヴァリーナも貴族ではあるが、あくまで庶子だ。オルター家にこんなものをホイホイ購入できるほどの金銭的余裕はない。諦めるしかないだろう。

 すっかり沈んだ気持ちで、店を後にしようと思ったその時だった。

 

「こんにちは、店主さん。」

 

「いらっしゃい。おや、また君かい?よく来るねぇ、本当に君はあれが好きだね」

 

 鈴を転がすような心地よい挨拶の声が耳朶(じだ)を打った。そして、帰ろうとしていたエヴァの目前にその声の持ち主が姿を現す。

 

[……天使だ。天使がおる……]

 

 歳は5、6歳ぐらいだろうか?やや紫色掛かったような光沢の眩しい銀髪がフワフワと揺れ、陶磁器のような真っ白な肌に均整の取れた、それでいて幼さを感じさせる顔立ち。その子はまるで二次元から飛び出してきたような美少年だった。

 そんな現実味をどこかに置いてきたような幻想的可愛らしさを持った子供が、幻晶騎士の模型を食い入るように見つめ始めた。その瞳は宝石のような輝きを放って見えた。

 

[はぅぅ!かぁいいよ~!お~持ち帰りしたい~!]

 

 どこぞの鉈女のような台詞を再び脳内で喚き散らし始めたエヴァリーナは自身の表情筋が厭らしい笑みなど浮かべてないか、心配で仕方がなかった。

 純真な幼子の憧憬を込めた表情は、彼女の保護欲を掻き立て増幅して余りある破壊力を秘めていた。

 そんなただでさえ愛おしさを感じさせる顔が、値札を見た時に一気に悲し気な表情へと染まる。その瞬間、抱きしめたくなるような切なさを感じた。

 

「すみません、お邪魔しました。冷やかしに来たみたいで申し訳ないんですが、また来ていいですか?」

 

「あぁ、構わんよ。流石にあれはお金を払わないと渡してはやれんがね」

 

「ありがとうございます。失礼しました」

 

 苦笑する店主に、馬鹿に丁寧な挨拶をしてその子はとぼとぼと店を後にした。

 

「あの子、よくここに訪れるんだが、よほど幻晶騎士が好きなんだろうね。そういえば、さっきお嬢ちゃんも似たような表情をしてたね。君も幻晶騎士が好きなのかい?……おや?どうしたんだい?床に突っ伏したりして?おい!大丈夫かい!?」

 

 エヴァは床で痙攣をしながら、倒れ伏していた。心配して声を掛ける店主を他所に、彼女の表情は締まりのない笑みを浮かべていた。

 

[あかん、キュン死してしまう。凄まじい萌え(ちから)だった]

 

 彼女の中で何やら謎めいたエネルギーが暴れまわっているようだが、多分放っておいても大丈夫だろう。

 変態が自身の性癖による発作で苦しんでいるだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

[あの子、また来てるな……]

 

 それから何度かエヴァはあの玩具店を通りがかったが、その度にあの銀髪の子を目撃した。

 あんなに小さな子供ではお小遣いは与えられてないだろう。例え与えられていても、あの模型達を買えるほどの額とは思えない。

 毎回、楽しそうな表情で店に入って、悲しそうな顔で店を後にする。学習能力が無いのだろうかと人によっては思うかもしれない。だが、エヴァはその気持ちが痛いほどわかった。

 

[解る!解るぞぉ!お姉さんも現在進行形で同じことしてるからね!買えないの解ってても、止められないんだよね?]

 

 エヴァは思い出す。前世の某有名通販サイトで、転売屋と呼ばれる不届き者達が不当に釣り上げていた人気のプラモデルや玩具の価格の事を。

 毎回、値下がりしていないかと一抹の期待を込めてサイトを覗いてしまうのだが、大抵の場合それは変化が無いか、更なる価格の上昇という形で裏切られる。

 あの木製模型はあれで適正価格なのであって、それとは大きく事情が違うが、心境的には相似な部分を持つ。

 欲しい!でも、買えない!いや、買ってはならない!という相克。大人でもそれに傷めつけられる事もあるのだから、子供なら尚更だ。

 

[なんとか、してあげられないかなぁ?]

 

 ふと自分がそう思っていることに気が付いた。同時に何を馬鹿なとその考えを一蹴する。

 

[いくらすると思ってるんだよ?あれを他所の子供に買い与えるなんて、自分だって欲しい癖に]

 

 でも、心の中でどうしても引っ掛かりを覚えてしまった。あの子の表情が……思い出させるのだ。前世の子供の頃の自分の気持ちを。

 高価格帯商品や絶版化して買えなくなってしまってカタログで見るだけしか許されなくなった玩具に恋焦がれる己の心を。

 そうして悶々とした気持ちを抱えていたが、ふとエヴァはあることを思い出した。

 自分が前世、何者であったかを。

 

[そうだ。基本的な事を忘れていた。私は模型自作家(スクラッチ・ビルダー)だ。無ければ作る。当たり前だよなぁ?]

 

 そうしてエヴァは玩具店とは別の店のドアを開けた。その目は完全に据わっていた。

 

「すいません、彫刻刀ってありますか?できたら(のこぎり)(のみ)もあったらありがたいんですが……」

 

 

 

「ふふふ、買ってきちゃった。材料と工具。懐が痛いけどさ。もう後戻りはできないぞ」

 

 家に帰りついたエヴァは、自分に割り当てられた個室で先ほど買ってきた物の数々を机に広げた。

 家族たちは何事かと驚いたのだが、趣味の工作用に買ってきたんだと宥めて、それらを自室に持ち込んだ。

 彫刻刀、スパチュラ、鑿、鋸、ケガキ針。この世界でも手に入る模型制作に使える工具類だ。

 そして、粘土と木材。地球のプラスチック系素材と比べると、扱いの難しさは折り紙付きだ。

 

「工具は前世でもよく使ってたものだけど、材料の方は……バルサ材や地球の石粉粘土とは全然違うな。当たり前だけど」

 

 それらは地球で手に入る材料や工具とは違う。だが、基本は同じ……同じはずだとエヴァは自分に言い聞かせた。

 

「いったい何度、ポリパテの塊からガン〇ムやザ〇の顔を彫り込んできたと思ってるんだ?この程度の素材の違いで怖じ気づいて堪るか!」

 

 そう言って木材に彫刻刀の刃を立てるが、当然二液混合型の熱硬化性プラスチックと木材では全く勝手が違う。

 木材には木目というものがあるのだ。その植物繊維の走行に沿って加工しなければならない。

 それは経験の無い者にはなかなか勘所を掴めない難事だった。だが、知ったことか。

 

「何回失敗したとしても、やり遂げてやる。スクラッチってのはそういうもんだ!……だぁ!失敗した!削りすぎた!粘土で埋めて……あぁ、この粘土では修復用のパテとしては難がありすぎるか。このパーツは破棄だ!やり直し!」

 

 地球と違って、パテ埋めによる修正作業がほとんど行えないのがつらい。修正できないパーツは捨てるしかないのだ。そうやって幾つものゴミを量産していく。

 失敗の度に心が折れそうになる。だが、決して諦めない。彼女の心の中に潜む村岡精作の魂が折れることを許さない。

 

「必ず完成させてやる!あの子の為にも!私自身の為にも!」

 

 こうして頼まれたわけでもないのに勝手に盛り上がって、彼女のこの世界での模型制作は始まった。

 

 

 

 模型制作と並行してエヴァは資料集めにも奔走していた。

 だが、この世界には模型用の資料を販売している店など存在しない。ネットも無いのだから、電子の海を泳いでそれらを収集してくることもできない。

 だから、エヴァは筆記用具と紙を片手に自分で資料を製作することにした。つまり、実物のスケッチを行おうというのだ。

 

「お~!やってるやってる!相変わらず、すごい迫力だ!」

 

 幻晶騎士達が模擬刀を使って鍔迫り合いを演じているここは、ライヒアラ騎操士学園の演習場。

 練習機として転用されている旧式機サロドレアがほとんどだが、その迫力は実家のセラーティ侯爵領で見たカルダトア達のそれに引けを取らない。

 

「さて、ばっちり描かせてもらうぞ。君たちの雄姿をね!」

 

 模擬戦に巻き込まれる心配のない落ち着ける場所を探して、熱心に機体の素描(ドローイング)を開始する。

 当然、機体は動いているため、その正確なディテールを把握することは難しいが、そこは観察眼と想像力を働かせてどうにかするしかない。

 

「な~に、間違っていたとしてもディフォルメで誤魔化すさ。完全な実機の縮尺模型(スケールモデル)を作ろうと言うんじゃないんだ。」

 

 彼女の目指しているのはイメージモデル。己の理想と縮尺模型の中間体。

 実物の“かっこよさ”が表現できてればそれでいい。だが割り切っていても、要所要所に拘りも込めた模型。そんな物が創りたいのだ。

 

[うん?あの姿は……間違いない、あの子だ!]

 

 例の銀髪美少年が来ていた。

 あの子もどうやら幻晶騎士を見に来ていたようだ。玩具店の店主の言う通り、やはり相当幻晶騎士が好きな子らしい。

 

「こんにちは!君も幻晶騎士を見に来たの?」 

 

 試しに声を掛けて見ると、少し驚いたような表情はしつつも、礼儀正しく返事を返してきた。

 

「こんにちは。お姉さんもそうなんですか?」

 

「そうなんだよ。やっぱりいいよね。幻晶騎士って」

 

 エヴァがそう口にした途端、

 

「ですよね!ですよね!あの装甲が擦れ合い軋む音とか、筋肉が収縮する時の弦楽器みたいな音とか、吸排気音とか聞いていて堪らないですよね!

 あ、もちろん音だけじゃなくて、面覆い(バイザー)の向こうから見える眼差しとか、金属製の装甲が持つ重量感とか、塗装の剥げた所から見える金属の煌めきとか、見ているだけで胸がドキドキしますよね!?」

 

 少年は喜色満面な表情でそんな事を高速で捲し立て始めた。

 

[この子……できる!]

 

 その弁舌にエヴァも呼応を始めた。

 

「だよね!あの関節側部に空いてるエッジの立った空気取り入れ穴(エア・インテーク)とか堪んないよね!装甲に書き込まれてる模様(パターン)注意書き(コーション・マーク)とかセクシーだよね!

 肩部装甲や腰部装甲についてるあの淡い発光部って何の意味あるのかわかんないけど、かっこいいよね?」

 

 それは共鳴とでもいうべき現象だったのかもしれない。

 固有振動数の等しい二つの音叉の片方が打ち鳴らされれば、片方も同じく鳴り始めるように、二人の少年少女は己が拘りを子供らしい高音でくっちゃべり始めた。

 

「おや、それはもしかして……」

 

 ふと少年の方がお喋りと注意の内容を、エヴァの描いていたスケッチの方へと向ける。

 

「そう、幻晶騎士だよ。簡単な素描だからお粗末で恥ずかしいんだけど」

 

「いやいや、よく描けてるじゃないですか!」

 

 幻晶騎士にそこまで拘りを持っている“わかってる”子に褒めてもらったことで、エヴァは素直な嬉しさを嚙み締めた。

 

「そうか……絵を描くって言うのも楽しそうですよね」

 

 そう言うが早いか、彼は幼児とは思えないような高速で駆け出し、何処かへと消えて行った……かと思ったら、しばらくして手にスケッチブックと画材を持って再びやってきた。

 

「ただいまです。僕も絵を描いてみようと思います。お隣失礼しますね」

 

 小さな手が素早く手に握った木炭を走らせて、線を描き始める。それはとても幼子の描く絵とは思えない巧緻性だった。

 

[嘘だろ!?なんてデッサン力なんだ!この子本当に年齢一桁の幼児か?天才じゃないか!]

 

 エヴァも8歳の子供に相応しくない画力でスケッチをしているのだが、自分の事は棚上げである。

 だが、エヴァには彼の描いている絵で幾つか違和感を覚える部分があった。

 だから、思わずその点を指摘してしまった。幼い子供にするには大人げない行動だったろう。

 

「あれ?ここって凹んでるんじゃない?」

 

「いや、ここは凸モールドじゃないです?(リベット)とか何かでしょうし」

 

 しかし、少年はそれを受けても傷付くどころか落ち着いて持論を展開した。

 だから、つい“楽しくなって”しまった。

 

「いや、溶接で固定してる可能性だってあるじゃない?」

 

「いやいや、この部品(パーツ)の形状だと溶接固定は難しいでしょう。絶対鋲止めですって!」

 

 それは幼児同士がする会話としては異様なまでに専門性が高すぎるのだが、二人とも熱が入りすぎてその違和感に気付かないようだった。

 

「うーん、別角度から観察して確かめてみるべきかな?」

 

「それならお姉さんは、あちら側からお願いします。僕は反対側から観察するので」

 

「わかった!」

 

 異なる角度からの観測情報を照らし合わせることで、より物体を立体的かつ正確に把握しようとする。

 いつの間にか楽しいお絵描きは、幻晶騎士に対する考証をぶつけ合う意見交換の場と化していき、二人の描く絵はただのデッサンや素描から、構造を把握するための三面図へと変貌を遂げていた。

 

「うん!これはかなり良質な資料になったぞ!」

 

「素晴らしい!これで幻晶騎士のより深い理解が可能になりましたね!」

 

 いつの間にかすっかり夕方になって、練習機達も学園内の整備格納庫への帰路に付こうとし始めていた。

 自分達もそれに倣おうと、二人はお互いに感謝の意を告げ、別れの挨拶を口にした。

 

「お姉さん、今日はありがとうございました!また会うことがあれば、幻晶騎士についてお話しましょうね!」

 

「こちらこそありがとう!またね~!」

 

[あ、あの子の名前聞きそびれちゃった。まぁいいや、どの道いずれは会うことになるんだから。その時、改めて聞けばいいさ]

 

 少年と別れたエヴァは自身のお腹から鳴る空腹の音に気が付くと、家族との夕餉(ゆうげ)を楽しむために家路を急ぐ。

 

 

 

 

 

 あれから数か月の時が経った。

 

[あ、いた。やっぱり今日も幻晶騎士見に来てるわ。あの子]

 

 演習場で試合をしている幻晶騎士をつぶさに観察し、以前のようにスケッチを楽しんでいる銀髪少年を見つけたエヴァは彼に声を掛けた。

 

「やぁ!またやってるね。調子はどう?」

 

「あ、お姉さん!お久しぶりです。いい感じだと思います。やっぱり絵を描くのは楽しいですね」

 

 しかし少年は、今日のエヴァが画材もスケッチブックも持って来ていないことに首を傾げた。

 

「あれ?お姉さん、今日は絵を描きに来たんじゃないんですか?」

 

「うーん、今日はスケッチはいいかなって。それより君に見て欲しい物があるんだ」

 

「……僕に?」

 

 そしてエヴァは予め大切に箱に仕舞っていた物を少年の目の前に差し出した。

 

「こ、これは!?幻晶騎士の模型!」

 

「実を言うと、これを作る為にあのスケッチ……いや、あれはもう図面かな。あれを描いてたんだ。」

 

「!?これお姉さんが作ったんですか!?すごい!すごい作り込みだ!僕たちの描いたあの三面図そのものじゃないですか!」

 

 少年はまるで宝飾品でも触る様に優しく丁寧に、差し出された模型の感触を楽しみ始めた。

 端正でふっくらとした顔貌が笑顔を形作り、至福の表情を浮かべている。

 

 その可愛らしい表情の変化を達成感と共にたっぷり楽しんだ後、エヴァは少年に告げた。

 

「良かったらそれ、あげようか?いや、君に貰ってほしい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、少年の双眸が驚きに見開かれる。心なしか手が震えているようにも見える。

 

「そ、そんな!これ作るのすごく大変だったでしょう?こんな素敵な作品、貰えないですよ……」

 

 その表情は胸にある葛藤をよく表現していた。

 欲しい。

 だがかなりの手間が掛かっている作品で、作った人の思いが込められているのが解る。だからこそ、そう易々と受取れない。

 そんな模型を尊ぶ者であるからこその表情。

 

「君に貰ってほしいんだ。これはその為に作ったんだから」

 

 そんな表情を浮かべられるものだからこそ、エヴァは受け取って欲しかった。

 

「君、玩具屋さんに飾られてた模型を物欲しそうな目で見に来てたじゃない」

 

「あれ見てたんですか!?お、お恥ずかしい……」

 

 少年の頬が羞恥で赤く染まる。

 エヴァはそのあまりの可愛らしさにニヤつきそうになる表情筋を必死に制御し、話を続ける。

 

「あの顔を見てたら、思ったんだ。あの幻晶騎士の模型は君みたいな子にこそ与えられるべきだって。

 でも、私にはあの模型を買うだけのお金が無かった。だったら自分で作ろうって、そう思ったんだ」

 

 そして、気づいたら素材と工具を買っていた。そこまで聞いた所で少年の顔は信じられないとでも言いたげな表情になっていた。

 

「何故、僕の為にそこまでしてくださるんです?」

 

 それを聞かれたエヴァは返答に困った。

 

「うーん、改めて聞かれると説明が難しいな。何故なんだろう?……友達……そう!君と友達になりたかったんだな。きっと、私は」

 

 その答えを聞いた少年は、自分を落ち着かせるように深呼吸をした後、笑顔でこう返した。

 

「やだなぁ。僕達、もう友達みたいなものじゃないですか。あの三面図を一緒に描いた時から」

 

 意外な返答に、一瞬虚を疲れたような表情をしたエヴァはすぐに破顔する。

 

「あはは、言われてみればそうかもね。そう言えば、自己紹介がまだだったね。私、エヴァリーナ・オルター。君の名前は?」

 

 エヴァの名前を聞いた少年は、今まで見たそれの中でもとびきりの笑顔で自分の名前を告げた。

 

「僕の名はエルネスティ。エルネスティ・エチェバルリアです、エヴァさん。これからもよろしくお願いしますね」




*プラモ狂〇郎を小馬鹿にしているような事をあとがきに書いてしまいました。
他人が見たらどう思うかという視点が欠けていましたね。
訂正して、謝罪をさせていただきます。申し訳なかった。

あと多くの誤字報告をしてくださったskier keyさん この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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