氷精異変 (チルノに憑依)   作:二月の丘

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最終話 ひとつの異変の終わり

紅魔館から魔法の森を超え、再思の道を進んだ先、無縁塚と呼ばれる所。

誰にも縁が無い者の遺体、それを埋める場所というのが名前の由来である。

 

血の様に紅い彼岸花が咲き乱れたその地に、今降り立つ者達が居た。

 

「誰も居ないわね……。間に合わなかったのかしら。」

「こまっちゃんいなーい。」

 

心当たりがあるのか、名前らしきものを言うチルノに霊夢が聞く。

 

「こまっちゃんって言うのが居るの? 」

「うん、ここでさぼってる。」

「レミリアが言っていたのはそいつの事かしら。そいつは何者なの? 」

「しにがみ。」

「物騒な奴みたいね。」

 

霊夢はもうチルノの言葉を疑う事は無い。

相変わらず単語だけ聞けば意味の分からない事ばかりだが、その実、話す内容そのものに間違いは無いと言うのが分かったからだ。

1人と1匹が会話する中、その場所の雰囲気に怯えているのか、大妖精はきょろきょろと辺りを見渡しながら静かにしている。

 

レミリアの言う通りにここに来たが、誰もおらず、何も起こらず、ただただ寂しげな雰囲気の漂う場所に佇む一同。

時間が無いというのに静かな時が過ぎる中で、霊夢は誰かがやってくる気配を感じた。

 

「ここは縁の無き者達が眠る場所。生者がみだりに立ち寄って良い場所ではありません。」

 

その言葉とともに姿を現したのは、天秤の絵が描かれたプレートの付いた帽子を被り、白いシャツに青い上着、黒いスカートを履いた少女だった。

 

「余計なお世話よ。私達はここに来る奴に用があるの。あんたがこまっちゃんとやらかしら? 」

「小町の事ですか。確かに小町はここに来る事がありますが、私の事ではありません。」

「あっ! えーきさま! 」

 

現れた少女をじっと見ていたチルノが声を上げる。

 

「そう、私は四季 映姫。小町の上司であるヤマザナドゥ、つまり幻想郷の閻魔です。」

 

閻魔と名乗る通り、静かに吹く風に片側だけ伸ばした緑の髪を揺らし、手に短い棒を持って立つその姿は凛としており、明らかに並みの人外とは違う畏怖を感じさせる。

 

「死神に閻魔ね……。そんな奴が居るなんて、確かにここには近寄りたくないわ。」

「神をも畏れぬその不遜な態度、噂に違わずの様ですね。博麗の巫女よ。」

「そんな事より、この子、チルノを何とか出来る奴を探してるんだけど、あんたはどうなの? 」

 

たとえ相手が神であろうと、霊夢はその態度を変えない。

幻想郷の巫女として、何者にもなめられてはならないという自負があるからだ。

 

「なるほど。確かに私ならその妖精を救う事が出来ます。」

「そう。それじゃ、早速やってもらおうかしら。」

「しかし―― 」

 

ようやくなんとか出来る者に会えた事に霊夢は安堵するが、それを無視するように映姫が続ける。

 

「今すぐそれをすれば、その妖精ともう一人の者、双方に大きな負担を強いてしまいます。」

「危険が無いっていうならそれでもいいわよ。時間が無いんだから。」

「いいえ、問題ありません。そこの妖精、私と戦いなさい。」

「あたい? なんで? 」

 

突然の映姫の申し出にチルノが不思議そうに声を上げた。

 

「ここに来るまでに何度か大きな力を使ったのでしょう。その分、混じり合あった魂が妖精の面を強く持ち始めています。また分けるには妖精としての力を一時的に弱める必要があるのです。」

「……わかんない。 」

 

説明が長かったのか、理解できなかったチルノに、映姫がかいつまんで説明する。

 

「妖精としての力を、疲れるまで使うのです。」

「あたいちからのつかいかたしらないよ? 」

「チルノ、ご飯の時の事思い出しなさい。玉は出なかったけど、力はちゃんと使えてたでしょ?」

「うん、わかった。」

「いいようですね。 それでは巫女とそちらの妖精は離れていなさい。」

 

霊夢と大妖精が離れたのを見た後、映姫がチルノへと視線を向ける。

チルノは力の出し方を思い出しているのか、両手を伸ばして唸り始めた。

 

 

 

ξ

 

 

 

対峙し、チルノが力を出すのを待つ映姫。

そのまま待つのかと思いきや、意外にも先に仕掛けたのは映姫だった。

 

「その身では慣れていないようですね。手本を見せましょう。」

 

そう言って弾幕をチルノに当たらない様に放つ。

 

「う? わっ!? 」

 

意識のはっきりしているうちに初めて自分へと向けられた弾幕に、驚いたチルノが慌てて避けようとするが、元々当たらない様に放たれたものなので、その大げさすぎる動きで逆に当たりそうになっていた。

 

「続けて行きますよ。弾幕を放つにはイメージが必要です。貴方も自分の弾幕をイメージしなさい。」

 

続けて当たらない弾幕が放たれる中、チルノは飛ぶのも忘れて必死に避けようとしていた。

力の使い方を思い出した時に、霊夢が出した玉を触って痛い思いをしたのも思い出したからだ。

幾度か同じ事を続けた所で、ついにチルノから氷の弾幕が映姫へと放たれた。

 

「できた! 」

「そう、元々力はあるのですから、イメージさえすれば出来るのです。それを忘れないように続けなさい。」

 

狙いが適当なので当たるはずも無く、映姫がその場から動く事無く助言を続ける。

弾幕が出た嬉しさにチルノは話半分に聞きながら、続けて弾幕を放つ。

暫く先ほどまでと逆に、チルノが当たらない弾幕を放ち、映姫が避ける事も無くその場に佇む。

客観的に見れば滑稽なのだが、チルノは全く当たらない事に徐々に苛立ちを溜め始めていた。

 

「うー! よけんなー! 」

「避けてはいません。相手へと向かうように、もっとイメージを強く持つのです。」

「ううう、あたれー! 」

 

幾度放てど当たらない弾幕に、チルノは当たるようにと強くイメージしていく。

そうしているうちに、ふとチルノの心の中から浮かび上がるものがあった。

 

「氷符《アイシクルフォール》」

 

無意識にチルノが宣言すると共に、直線的に向かっていた弾幕がチルノの左右へと放たれる。

ある程度横に広がると、前方へと方向を転じ、左右から徐々にその幅を狭めていく。

その映姫を挟み込もうとする動きは、氷の口の様だった。

 

やがてその口が閉じられようとする頃に、はじめて映姫が動いて避ける。

また当たらなかった事に更に苛立ちが募ったのか、再びチルノが宣言した。

 

「凍符《マイナスK》」

 

氷の口が消え去り、今度はチルノを中心に3方向へと一つ一つの弾が大きな弾幕が直線的に放たれる。

それらがある程度まで進んだ所で、爆発するようにはじけて細かい氷の弾幕を生み出した。

 

「慣れてきたようですね。しかしこの程度ではまだ私に当てる事など出来ませんよ。」

 

多少動いて避けてはいるが、まるで全て見切っているかの様に最小限の動きで避ける映姫。

その動きと余裕のある言葉に、チルノが三度宣言をする。

 

「雪符《ダイアモンドブリザード》」

 

その宣言の直後、周囲の気温が下がり、風が吹き始めた。

まるで花が咲くかの様に、ぽつぽつと周囲に小さな弾幕が生まれ始め、それが徐々に数を増す。

そして、もはや映姫は関係ないとばかりに周囲へと弾幕の氷花が咲き乱れた。

その弾幕の多さ、カオスティックな動きに、映姫の避ける動きも激しくなる。

 

「普通の妖精なら、これだけ出来れば十分でしょう。しかしまだ足りません。心の奥底から全力を出しなさい! 」

 

映姫から放たれる強い言葉に呼応する様に、それまで周囲に生まれていた氷の花が突然消えた。

いつからなのか、意識が無いかの様に虚ろに映姫を見るチルノ。

周囲の気温はどんどん下がり続けており、風も強くなってきた。

そうして、力を溜めていたのか、少しの間が開いた後、チルノが静かに宣言をした。

 

「絶界《白銀の世界》」

 

その言葉と共に風がぴたりと止んだかと思えば、チルノを中心に地面が一気に凍りつき始め、周囲を白銀の世界へと変えていく。

その勢いは何処まで続くのか、離れて見ていた霊夢と大妖精の所にまで届き、1人と1匹は避難する為に空へと飛んだ。

そしてその目に映るのは遠くまで広がる白銀の世界。

まるで音すら凍ってしまったような、静かな世界だった。

 

「大きな力ですが、ただ周囲を凍らせるだけでは私は倒せませんよ。」

 

そう映姫が言うと同時に、周囲に変化が訪れた。

とても小さく、耳を澄まさなければ聞こえない様な、ぴきり、ぴきり、と何かがひび割れる様な音が聞こえる。

やがてその音は大きくなっていき、音だけでなく変化も目に見えるようになった。

 

ぴきり、とまた何処かで聞こえる音。

はっきりと聞こえ始めた音の方を映姫が見ると、驚くべき光景が見えた。

そこに鏡でもあるかの様に、音が鳴った場所の景色がずれ、凍りついている。

凍るものなど何も無い場所に、凍っているとしか言いようの無いものが落ちる事無く浮いていた。

 

「これは……。」

 

終始落ち着いていた映姫から、驚きの声が上がった。

 

また、ぴきり、と音がする。

頻度が増えていく音と共に、凍っていく空間。

そう、大地だけでなく、空間そのものすら凍らせ始めているのだ。

 

「まさに氷の化身といえる力ですね。意識は無いようですが、そのまま力を使い続けなさい。機は私が見つけます。」

 

ぴきり、ぴきり。

カウントダウンの様に鳴り続ける音。

映姫はチルノを見つめ、その妖精としての力が消耗されるのを待つ。

 

ぴきり、と、顔のすぐ横が凍りついた。

しかし映姫は微動だにせず、チルノを見つめ続ける。

 

 

 

ξ

 

 

 

もはやチルノと映姫の間で、凍り付いていない空間の方が少なくなり始めた頃、映姫が動いた。

 

「はっ! 」

 

一瞬にしてその彼我の距離を詰めると、手に持った棒をチルノの頭に振り下ろす。

それは悔悟棒という名の、本来はそれにこれまでに犯した罪を書き記す事によって重さが変わり、また、罪人を叩く回数を決める、罰を与える為の道具だ。

今回はそうした本来の使い方ではなく、映姫が持つ《白黒はっきりつける程度の能力》という能力を発動する基点として使われた。

 

別にこの棒で無くとも良いのだが、使い慣れた物ということで使ったのだろう。

チルノの頭に触れた棒から映姫の力がチルノの魂へと届き、その混ざり合った魂を元の2つへと分ける。

それと共に、広がっていた白銀の世界は、逆回しの映像の様にチルノへと戻っていき、周囲は元の景色へと戻った。

 

映姫が棒を当てた時、決着を見た霊夢はチルノの元へと向かっていた。

それを見た大妖精も後へと続く。

1人と1匹がたどり着く頃、軽い音を立ててチルノが倒れた。

 

「これでもう大丈夫でしょう。」

 

やってきた霊夢を見て映姫が告げる。

それを聞いた霊夢が、一旦映姫の前で止まっていた体をチルノの方へと向け、移動しようとした。

しかしそれよりも早く、止まる事の無くチルノへと向かっていた大妖精が先にたどり着き、チルノを起こして心配そうに声を掛けているのに霊夢は気が付き、移動を止めてそのまま映姫へと話しかける。

 

「大丈夫って、結局どうなったわけ? 」

「あれを見なさい。」

 

そう映姫に言われて霊夢がチルノを見ると、大妖精に起こされたチルノの口から白い小さな玉がゆっくりと出てくるのが見えた。

 

「あれが妖精と混ざろうとしていたもう一つ魂です。さぁ行きなさい。貴方を導くものが居るでしょう。」

 

ゆっくりとこちらへと向かって来た魂は、暫く何かを訴えるかのように霊夢の前を漂った後、映姫の言葉に従うように空へと昇っていき、やがて見えなくなった。

 

「あれって何の魂だったのよ。」

「人間、それも生霊です。」

 

妖精と混ざり合っていたのが、人外ではなくただの人間であった事に、霊夢は驚くと共に、人間にしてはそう見えなかった事を映姫に聞く。

 

「人間? そのわりには行動がどう見ても妖精みたいだったけど。」

「あの人間は、元々混ざり合う素養があったのでしょう。本来、自然に魂が混ざり合う事も、また、あのような速度になる事もありません。後1日遅ければ、新たな1つの魂として、手遅れになっていたほどです。それゆえに、妖精の影響を強く受けていたのです。」

 

パチュリーが言った儀式の様に、何らかの外的要因が無ければ魂という存在が混ざり合う事など普通はあり得ない。

にも関わらず混ざったという事は、魂のどちらかに原因があったという事だ。

そして映姫は、それを人間の魂の方だと言う。

 

「混ざり合う素養ねぇ。他人に混ざるなんて、自分ってものが無いのかしら。」

「そう、あの者は己に自信が無さ過ぎる。それをここで説いても良かったのですが、今の私は帰途の途中であり、時間があまりありません。」

「説教されなくて、運が良かったのね。」

 

解決したのなら、もはやどうでもいいのか、霊夢は気楽に話す。

離れた場所では、チルノが目を覚ましたのか、チルノに抱きついて喜ぶ大妖精と、何があったのか覚えていないのだろう、不思議そうな顔をしたチルノが居た。

 

そして霊夢の言葉を聞いた映姫が、鋭く霊夢へと目を向ける。

弛緩していた空気が引き締まり、何事かと思った霊夢が映姫を見たところで、映姫が告げる。

 

「此度の事は、貴方にしては珍しい善行です。

しかし、普段の貴方の行いは、巫女にあるまじきものと言えます。

そう、貴方は少し業が深すぎる。

更なる善行を積まなければ、地獄にすら行く事も出来ないでしょう。

博麗の巫女よ、決してそれを忘れてはならない。」

 

そう言い残して、映姫は帰って行った。

 

「……なによ、結局説教していくんじゃない。」

 

厳しい言葉に思わず呟く。

しかし不思議と反感が生まれないのは、相手の言葉が自分を心配しての事だというのを、霊夢が理解したからだろう。

 

 

 

ξ

 

 

 

寂しげな場所に、妖精2匹の明るい声が響く。

解決したならさっさと帰るか、と霊夢が飛ぼうとした所に声が掛かった。

 

「あー! 」

 

その声に霊夢は振り向き、記憶が残っているのか、と思ったのだが――

 

「あんた! なんだっけ……、前にあたいの邪魔した奴だな! 」

 

どうやら以前の異変の際の事を言っているらしい。

 

「……さぁね。そんな事より、こんな所で遊んでないで、さっさと帰った方が良いわよ。 」

 

突っかかろうとするチルノを抑える大妖精を見ながら、少し落胆した様に霊夢が返す。

その言葉に反応して周りを見たチルノは、面白そうな場所じゃないと思ったのか、今言った事を忘れたかのように大妖精を連れて飛び去って行った。

 

それを見て霊夢も帰途へとつく。

途中、先行していた2匹を追い抜いた時に、チルノがまた何か叫んでいたが、どうせすぐに忘れる事だろう。

やがて博麗神社へ着いた霊夢は、すっかり乾いた居間に入った所で、暖気の結界が解かれて障子が全て元通りに直っている事に気が付いた。

 

「妖精の恩返し……、そんな訳ないわよね。だとすると、あの妖怪かしら。」

 

お茶の準備をして、障子を開き、縁側へと座る。

 

「短い間だったけど、色々合ったわね……。」

 

魂が昇り、消えていった空を見つめながら呟いた言葉は、少し寂しげであった。

 

 

 

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