氷精異変 (チルノに憑依)   作:二月の丘

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その2 た

茜色に染まる空。

それを反射して、燃えているかの様に紅く染まる湖。

冬でも無いのに、場違いに存在しているかまくらの様なもの。

光を拒むかの様に、暗闇を作り出す森。

それらに囲まれて、チルノは追い詰められていた。

 

「ここ……どこ……、あたい……だれ……。」

 

地面に座り込み、膝を抱えながら虚ろに呟くチルノ。

必死に考えようとしても、一向に働こうとしない頭。

 

「あたいは⑨じゃない……、あたいは⑨じゃない……。」

 

意味も分からず呟く言葉は、誰に届く事も無く消えて行く。

周辺には現状の解決どころか、ヒントになりそうも無い。

むしろ見れば見るほど余計に混乱が生まれ、いっそ動かない方が良いのでは無いかと思えてくる。

その結果が今の姿である。

 

唯一頼りになりそうな大妖精は、出て行ったきり帰ってくる様子は無い。

「またね。」と言っていたがそれは何時の事なのか。

今夜なのか、明日なのか、明後日なのか、果ては一週間後なのか。

それまでどうすればいいのか。

食べ物は、飲み物は。

寝る場所だけはあるのが救いか。

 

「うー! うー! なんで! なんであたいがっ! 」

 

やがてチルノの心を占め始めたのは怒りだった。

理不尽な現状に対する怒り。

何の根拠も無く、自分はこんなはずじゃないという気持ちが溢れ出してくる。

 

「うっううっ、なんで……なんでだよぅ……。」

 

しかし怒りというのは長く続かない。

 

「ひっく……ぐすっ……大ちゃんどこぉ……。」

 

茜色だった空が薄暗くなり始めた頃には、幼子が親を探すかの様なか細い声が響くだけであった。

その声を出しているチルノの周辺の変化に、本人は気付かないまま。

 

 

 

ξ

 

 

 

チルノは一頻り泣いて疲れたのか、今日はもう寝ようと立ち上がりかまくらへと向かおうとした。

そして周辺の様相が変わっている事に気付く。

 

「なにこれ……。」

 

きらきらと輝く白い地面に光と影のコントラストを織り成す森。

場違いだったはずが、今ではすっかりお似合いとなったかまくら。

それらが月明かりに照らされた、白銀の世界だった。

 

「凍ってる? でも冷たくない。」

 

雪が降った、というよりも凍りついた、と言った方が正しそうな光景なのだが、手で触れても全く冷たくは無く、むしろ感触としてはかまくらの中で触った家具に近いように感じた。

もしかして、かまくらの中の物は氷なのだろうか。

なんとなくそんな考えが浮かんだが、一方で氷の家にワンピースで住むなんて事がありえないとも考える。

益々理解出来ない状況に、考える事に疲れたのかふらふらとかまくらへと向かうチルノ。

 

その時であった。

 

「ちょっとあんた! この前懲らしめたばかりなのに、また馬鹿な事してるの? 」

 

自分以外の誰かが居る。

その事に驚き、喜び、様々な感情が湧き上がって来て、声が聞こえた方に振り向きながらチルノは叫んだ。

 

「⑨ってゆーな! 」

 

言った本人ですら意味の分からない言葉なのだから、言われた側としては――

 

「何よまるきゅーって、言ってないわよ。」

 

となるのは当然の事であった。

 

しかし声はすれども姿は見えず。

チルノが振り向いた先には誰もおらず、その先には暗い森が広がるだけ。

その闇は今にも何かが出てきそうな、恐ろしい雰囲気を出している。

それを見て、誰かの声が聞こえた事も忘れ、かまくらへと逃げようとするチルノ。

 

「あいたっ! 」

 

スコンッと軽い音と共に頭に何かが当たった痛みを感じて、チルノが頭に手を当てて蹲る。

 

「あんた、これだけの事やらかしといて、何処行こうっていうのよ。」

「だれだー! 」

 

チルノは今度こそ誰かが居るという確信と共に蹲ったまま振り返るが、やはり誰も見えない。

 

「上よ、う・え。」

「う……え? 」

 

その言葉にチルノが視線を前から徐々に上へと向けると、確かにそこに人が居た。

ただし、その足元には何も無く、空に浮いている状態なのだが。

 

「なんで飛んでるの? 」

「飛べるからよ。」

 

痛みも忘れて不思議そうに聞くと、身も蓋も無い答え。

それを言ったのは、黒髪を大きな赤いリボンで纏め、白い上着の胸元には黄色いリボン、そして赤いスカートの、所謂巫女装束の様なものを着た少女だった。

巫女装束の様な、というのは一般的な巫女装束とは微妙に違っている為であるが、それにチルノが気付くわけも無く。

しかしその右手には大幣と呼ばれる、神職の物が持つ棒の先に菱形の紙が幾つも連なった物があるので、巫女に違い無いのだろう。

左手に何本も持つ、細長い針の様な物騒な物が無ければ、より巫女らしいのだが。

 

恐らくその左手の物を投げ当てたのだろう。

少々乱暴だが、チルノ自身は痛がっただけで大して怪我をした訳では無いようだ。

痛がり蹲っていたのからすぐに立ち上がり、思い出したかの様に少女を睨み付ける。

 

「いまのはいたかった……、いたかったぞー!! 」

「当たり前でしょ、痛くしたんだから。」

 

叫ぶチルノに冷静に返す少女。

そんな少女を睨み付けていたチルノは、徐々にその顔に驚愕を浮かべ始めた。

 

「あーっ! 」

 

突然様子の変わったチルノを、じっと不審そうに見つめる少女。

左手を軽く握ったのは、またそれを投げるつもりなのだろうか。

 

そんな少女とは裏腹に、チルノは今まさに覚醒と言える状態になっていた。

今まで一向に働かなかった頭が急速に活動を始める。

赤、白、紅白、巫女、空を飛ぶ巫女。

一瞬の内に様々な断片が脳内を駆け巡り、真理へと到達しようとする。

取りこぼしてなるものかと、全力で頭を使い、そして使い切ったチルノが出した答えは――

 

「あんた! はくさいねーむね! 」

「誰が白菜かっ! 」

 

スコンッと再び鳴り響く音。

覚醒したとしても所詮妖精は妖精なのであった。

 

 

 

ξ

 

 

 

「で、なんでまたこんな馬鹿な事したのよ。」

 

再び頭を押さえて蹲るチルノを見下ろしながら、告げる少女。

 

「それと、私は博麗 霊夢よ。次白菜だなんて言ったらこんなもんじゃ済まさないわよ。」

 

チルノが「⑨いうなー……。」と蹲ったまま言っているが、意味が伝わらないのでスルーされた。

 

「普通は即退治でこんな事聞かないんだけどね。あんた前に馬鹿やったばかりでしょ。ここで退治してまた馬鹿な事されたら迷惑なのよ。」

 

ここ幻想郷の巫女である霊夢の仕事は、基本的には博麗大結界という、幻想郷と外の世界を分ける結界の管理であり、そしてそれ自体はさほど忙しいものではない。

なので博麗の巫女が動く時の大半は、異変と呼ばれる幻想郷内での事件の解決が主なのだが、その過程にて妖怪その他を命名決闘法《スペルカードルール》という名の決闘で退治する事がある。

そしてそれによって退治された側は、なるべく相手の言い分を聞く事となっている。

 

実はチルノ自身、霊夢によって退治された側であり、その際に大人しくするように言われている。

にも関わらずこの状況だ。

退治された側が退治した側の言い分を聞き入れ無ければ、決闘法そのものが有名無実化してしまう事になる。

そうすれば、また以前のような無秩序な戦いが始まる。

命名決闘法《スペルカードルール》が制定されてからまだそれほど経っていないが、霊夢としてもこの決闘法で仕事がやりやすくなっており、無くなってしまうのは避けたい。

それにいくら人外が勝手気侭とはいえ、この幻想郷で暮らす以上、ある程度のルールは受け入れてもらわなければならない。

更に言えば、そう何度も問題を起こされては堪らない。

 

基本的に霊夢はめんどくさがりなのだ。

今回は出先からの帰りに偶然見かけたのでこの場に来るのが早かったが、そうで無ければ問題が大きくなるまで放置していただろう。

致命的になる前までだらだらと過ごし、その間に誰かが解決するならそれで良し、そうでなければ自分が動いて適当に元凶らしき者をさっさと退治してさっさと帰る。

これが普段の霊夢のスタイルである。

 

にも関わらず話を聞く体制になっているのは、霊夢自身が言う通りただ退治しただけではまた問題を起こすのが目に見えているからだ。

何故なら相手は妖怪以上に勝手気侭な妖精なのである。

逆に言えば、話を聞いても無駄になる可能性も大いにあるのだが、今の霊夢は出先でそこそこ質の良い酒が手に入り機嫌が良いので、聞くだけ聞いてやるか、と心に余裕がある状態だ。

 

「それであんた確かチルノだっけ? これの理由があるなら話してみなさいよ。」

 

そう言って辺りを見渡す霊夢。

周辺は相変わらず白銀の世界のままだ。

今居る高さからでは木々が邪魔をして大して見えないが、上空から見た時は森の大半と湖の半分ほどが凍り付いていた。

ただ遊んでいただけでなる規模を、遥かに超えていたのだ。

むしろ自然の化身とはいえ、たかが妖精がこれだけの事を起こせたのは驚愕に値する。

 

「うう……、これってなに?」

 

しかし言われたチルノは理解出来ない。

 

「あんたが凍らせたんでしょ。 しらばっくれる気? 」

 

そう言われてもやはりチルノは理解出来ない。

凍らせたという事から、この白銀の世界の事を言っているのだという事は分かったのだが、チルノからしてみれば悩んで疲れて寝ようとしたらこうなっていた、としか言い様が無いのだ。

当然自分がやっただなんて自覚は無いし、そもそもどうすればこうなるのか想像すら出来ない。

 

「あたいがこれしたの? 」

「何? あんた本気で分かってないの? 」

 

逆にチルノに問い返されて困惑する霊夢。

霊夢としては適当に話を聞いてさっさと帰って、美味しい酒を飲んで寝てしまいたいのだが、どうやら事態は少々ややこしいように思えてきた。

 

霊夢は、目の前に居るのは霧の湖を住処とする氷の妖精であるチルノ、と言う事は知っている。

上空から見た時、この白銀の世界はここを中心に広がっており、そしてそこに居たのはチルノ。

しかしチルノ自身がそれを知らないと言う。

自分の感では犯人はチルノで間違いないと言っているが、同時に何か嫌な予感もしてきた。

 

(やっぱりさっさと退治して帰った方がいいかしら……。)

 

物騒な事を考え始めた霊夢に再びチルノが叫ぶ。

 

「それよりあんた! はくさ―― 」

「博麗よ。」

「そうそれ! はくれーの巫女でしょ! 」

「そうね。」

 

会話をしながらどんどん強くなってくる嫌な予感。

このまま話していくと間違いなくめんどうな事になる。

 

「だったら―― 」

 

予感から確信に変わり始めた霊夢は、左手の針を霊符に持ち替え、これ以上喋らせる前に退治してしまおうと構えた。

しかし、それを投げるのは少し遅かったようだ。

 

「だったらあたいを助けて! 」

 

 

 

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