氷精異変 (チルノに憑依)   作:二月の丘

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その3 い

やっぱりめんどうな事になった。

霊夢はそう思いながら、投げようとしていた霊符をしまう。

助けて欲しいと願う相手を問答無用で退治するほど、霊夢は非道ではなかった。

時と場合によってはそうする事もあるのだが、チルノの顔は妖精とは思えないほど真剣で、その心からの声は言霊の様に霊夢の心にしっかりと響いたのだ。

 

はぁ……、とため息を付きながら改めてチルノを問い質す。

 

「助けてって、何からよ。」

「なんだろう……。」

 

しかし答えるチルノの言葉は先程の勢いは何処へやら、弱弱しかった。

 

「あーもう、めんどうね。」

「うう……。」

 

何か困っているのは分かったが、一向に話が進まないチルノとの会話に投げ遣りな言葉が出る。

それを聞いたチルノは、今にも泣きそうな顔をしながら霊夢を見つめていた。

 

「分かったから。 いや全く分からないけど、あんたが何か困ってるっていうなら、手を貸さないでもないわよ。」

「ほんと!? 」

 

一転して笑顔になったチルノに苦笑しながらも、霊夢は頷いて答えた。

相変わらず嫌な予感はしているのだが、頼りにされるのは悪くないと霊夢は思い始めていた。

 

「その前にもう一度聞くけど、本当にこれやったのあんたじゃないのね? 」

 

霊夢としてはチルノが犯人だと確信しているのだが、万が一他に犯人が居るのなら、放置すればめんどうな事になりかねない。

どうせ退治するなら出張っている今のうちに解決しておきたいのだ。

 

「わかんない。」

 

チルノの返答は変わらない。

先程は自分がやったのか? と逆に疑問を返し、今回も分からないと言う。

しかしどちらも否定では無いという事に気付いた霊夢は質問を変えた。

 

「じゃあ、何時からこうなってるのよ。」

「いつ? いつってなに? 」

「朝とか昼とか夜とかあるでしょ。私が昼頃にここを通った時は見かけなかったから、その後のはずだろうけど。」

「うーん、うーん? 」

 

必死に考えるチルノを見ながら、話が長くなる事を予想して、会話がしやすいようにチルノの隣へと霊夢は地上に降りた。

 

「赤かった。」

「なにがよ。」

「あたいが大ちゃん探して外に出たら、赤かった。」

「もしかして、夕方だったって事? 」

「うん。」

 

繰り返しになるが、妖精は知能が低い。

それでも会話が成立するだけ他の妖精と比べればましなのだが、小さな子供と話しているようで話を進めるのに苦労する。

 

「大ちゃんが居なくなって……。うう……大ちゃん……。」

 

それは逆に小さな子供と話しをしていると考えれば、話の進まなさに苛立つ事も無かった。

むしろその知能に相応しい体の小ささもあり、霊夢は母性を刺激されたのか、次第にその姿を哀れに思うようになっていた。

 

「はいはい。大ちゃんが誰だ知らないけど、その後どうなったの? 」

 

自然とお互い隣り合って座り込み、霊夢はチルノの肩を抱きながら先を促す。

チルノは泣きそうになるのを堪えながら、必死に思い出してぽつぽつと話し始めた。

 

「大ちゃんの家知らないから、ここでずっと待ってた。」

「大ちゃんは来たの? 」

「ううん……。暗くなってて、かまくらで寝ようと思ったらこうなってた。」

 

この時期にかまくらってなんだろうか、そう思いながら周りを見ると、確かにかまくらがあった。

チルノがその能力で作り出したのだろうと考えると共に、やはり犯人はチルノで間違いないと霊夢は思った。

恐らく無自覚に能力が暴走して、周辺を凍らせたのだろう。

自覚が無いが故に、これだけ大きな規模になったのだ。

そう結論付けながら、やはりめんどうな事になったと霊夢は思う。

自覚があるならば退治して懲らしめれば良いのだが、無自覚だとすれば解決が難しい。

 

どうしたものか……、そう霊夢が悩んでいると、その肩にチルノがもたれ掛かってきた。

見ればどうやら寝ているようだ。

そういえば今は何時ぐらいだろうか、眠気はまだ無いのでさほど夜は更けていないはず。

結局チルノが困っている理由とやらは分からなかったが、気侭な妖精の事だ、寝て起きれば忘れているだろう。

ならば、あのかまくらの中に放り込んでさっさと帰ろう。

そう思って霊夢はチルノを抱えながら立ち上がった。

 

「う……うーん……大ちゃん……。」

 

大ちゃんとやらが誰かは知らないが、寝言で言うほどなのだから親しい相手なのだろう。

親しい相手ならそのうち来るだろうから、後は大ちゃんとやらに任せれば良いか。

チルノを背負い、かまくらへと歩き出す。

やや小さな入り口をくぐって中に入り、寝台らしきものにチルノを降ろそうとした。

 

が、ここで霊夢にとって困った事が起きた。

寝ているはずのチルノが、妙に力強く服を掴んで背中から離れようとしない。

強引に引き剥がせば目が覚めるかもしれない。

そうすれば、また会話になるだろう。

少なからず同情はあるが、妖精相手に何時までも付き合って居られない。

一時は助けようとした手前、罪悪感が沸きそうになるが、手を貸さないでもないと言っただけで、手を貸すとは言っていない。

そう自分に言い聞かせながら、霊夢はどうしようかと考える。

 

多少力を込めて引っ張っても、チルノは剥がれない。

ならば服ごと脱げば……としようにも、ここは家ではない。

霊夢は仕方なく、罪悪感でも母性でもなく、本当に仕方のない風に、チルノを背負ったままかまくらから出た。

ここに第三者が居れば、霊夢が珍しく優しげな顔をしていた事に、心底驚いた事だろう。

 

 

 

ξ

 

 

 

自由自在に空を飛ぶ。

幻想郷の巫女にとっては、たとえ妖精一匹背負っていてもなんら支障は無い。

人里へ食料などを買い込みに行けば、この何倍もの重さの物を持って飛ぶ事もあるのだ。

ならば小さな子供か、あるいはそれ以下の重さを背負って何の問題が出ようか。

それでも背負った妖精を気遣いながら、手に持った酒はそれ以上に気遣いながら飛び続け、さほど時間を掛けずに巫女の住む場所である博麗神社に到着した。

 

博麗神社には鬼の様な巫女が居る。

 

一部の妖怪達の間でまことしやかに囁かれる噂だが、それが嘘か真かはさて置き、それを恐れてか基本的にこの神社に妖怪などが近寄る事は無く、ある意味での安全地帯となっている。

普段であれば魑魅魍魎なんのその。

何が来ようと問題無いのだが、今は困った事におまけがついている。

この状態で何か起きようものなら非常にめんどくさい。

だからなのだろう、到着した霊夢からは何処かほっとしたような様子が伺えた。

 

そのまま入り口へと向かい中へ入る前に、座り込んだ際に体についた土を落とす。

かまくらではそんな事を気にした様子は無かったのだが、そこはそれ、誰だって自分の家が汚れるのは嫌である。

ついでにチルノの土も背負ったまま払い、足を拭いて中へと入る。

そして部屋に布団を敷き、上着を脱ぎつつチルノを引き剥がして布団へと降ろした。

念の為にチルノが寝ている部屋の4隅に力を抑制する札を貼り、簡易的な結界を作っておく。

簡易的とはいえ、博麗の巫女が作る結界なのだ、その効果は高い。

 

箪笥から代えの上着を出して着た後、酒を持って居間へと向かう。

よくわからない事にさんざん付き合わされたのだ、せめて酒ぐらいは楽しく飲もう。

そうして霊夢の夜は更けていくのであった――

 

となれば良かったのだが、霊夢の不運はまだ続いていた。

 

「おーい、霊夢ー? 」

 

勝手知ったるとばかりに霊夢を呼びながら部屋へと向かってくる誰か。

その声を聞いた時の霊夢の顔は非常に嫌そうだった。

 

「居ないのかー? 」

「今日は厄日なのかしら……。」

「霊夢ー? って、居るじゃないか。」

 

そう言いながら入ってきたのは、白いリボンの付いた黒い三角帽子を被り、黒のワンピースに白いエプロンを着けた少女だった。

伸ばした金髪の掛かる顔には真昼の太陽の様な笑みを浮かべ、霊夢を見つめている。

 

「何よ魔理沙、こんな時間に。」

「ネタは上がってるんだぜ霊夢。上等な酒を手に入れたそうじゃないか。」

 

それに対して思わず舌打ちが出そうになる霊夢。

 

「まさか、その上等なお酒とやらを、ただで飲もうって気じゃないでしょうね。」

 

なんとか堪えながら、せめて何か出せと霊夢は催促した。

 

「そう言うと思って、ちゃんと持って来たんだぜ。」

 

帽子を取ったかと思うと、ひっくり返して穴の部分に手を入れてごそごそと探る魔理沙。

やがてそこから出てきたのは、どう見ても穴のサイズより大きな風呂敷包みだった。

 

「ほら、魔法の森名物だ。」

「またキノコなのね……、まぁ良いわ。網持ってくるから火の準備しといてね。」

 

良くある事なのか、霊夢は特に驚く事も無く慣れた様子で準備を始める。

魔理沙も再び帽子に手を入れて、今度は手の平ほどの大きさの円盤の様な物を取り出してちゃぶ台の上へと設置する。

これは八卦炉と呼ばれる一種の魔法道具で、魔法使いである魔理沙が強い魔法を使う際に、大いに役立っている物だ。

決してキノコを焼く為の炉に使うなどといった、粗末な扱いにして良い物ではない――

ないのだが、霊夢と同じく慣れた様子で八卦炉の中央から出る火の調整をする魔理沙。

霊夢が戻ってくる頃には火加減の調整が上手くいったのか、うんうんと頷きながら一仕事終えたかの様な顔で自画自賛していた。

 

 

 

ξ

 

 

 

焼いたキノコをつまみに、夜も遅いという事で静かに酒を堪能する霊夢と魔理沙。

ある程度口にして落ち着いてきたのか、ふと霊夢が話し出した。

 

「それにしても、なんだってこんな時間に来たのよ。」

 

美味しい酒を飲みながらも、それを独り占め出来なかった腹いせ交じりというのもあるが、夜の宴会でもない限り、魔理沙が今日の様な遅い時間に来る事は殆ど無かったのが気になったのだ。

 

「んっ? あー、最初は夕方ぐらいに来たんだけど、でも霊夢が居なかったからな。酒を持ってるのは分かってたし、適当にその辺で帰ってくるの待ってたんだぜ。」

「それなら中で待ってれば良いのに。」

「なんとなく外に居た方がいい気がしたんだぜ。」

 

霊夢と同じく魔理沙も勘が鋭い。

恐らく中で待っていたら、帰ってきた霊夢に酒の代わりにチルノを押し付けられていただろう。

 

「そう。なら今日はもう遅いし泊まっていくと良いわよ。」

「おっ、なんだぁ? 霊夢がそんな事言うなんて、嫌な予感がびんびんしてくるな。」

「あらそう、でももう手遅れよ。飲んだからには働きなさい。働かざるもの飲むべからずよ。」

「おいおい、酒代は払ったじゃないか。」

「この上等なお酒に対して食べ飽きたキノコじゃ足りないわ。不足分働いてもらうわよ。」

「いや、まぁ……、うん。」

 

どちらかといえば、魔理沙は酒を飲ませてもらう側になる事が多い。

稀に自家製のキノコ酒などを持ってくる事もあるが、まだまだ改良の余地があり、今日の物と比べても美味しい酒だとは言えない。

ならば人里で売っている酒を買って持ってくれば良いのだが、個人的な事情であまり人里には近寄りたく無い。

 

本来の魔法使いという者は、単に魔法を使う者を指すのではない。

《捨虫の法》という魔法によって体の成長を止めて不老となり、《捨食の法》という魔法によって魔力を糧とし、食事も睡眠も不要な《種族・魔法使い》になった者を指す。

その為、魔法使いは仕事で金銭を得て糧を得る、といった事をあまり必要としない。

とはいえ魔理沙は魔法を使う以外はただの人間なので、厳密に言えば魔法使いでは無い。

なので働いて糧を得る必要があるのだが――

 

基本的に魔法使いという者は、自らを高める為に研究三昧な生活をしている。

魔理沙もその例に漏れず、普段は仕事よりも魔法の研究に時間を費やしている為、仕事の報酬で何かを手に入れるという機会もそうそう無い。

なのでほぼ毎回対価として持ってくるのは、普段から魔法の触媒としても使用している、住処である魔法の森でただで手に入るキノコだ。

 

魔法の森は普通の人間には毒となる胞子が舞い、危険な生物が多種多様に住んでいるので、そこで採れた物といえば人間にとってはそれなりに珍しい物なのだが、かといって別段それが無ければ困るという事も無く、それなりに力を持った者にとっては簡単に手に入る物で、あまり価値は無い。

魔理沙自身それをよく理解している為、こう言われると強く言い返す事が出来ないのであった。

 

「なんだか今日の霊夢は変なんだぜ。」

 

とはいえ普段の霊夢ならそんな事を気にする事は無く、実際に口にした事は無かった。

魔理沙が自身と同じく、さほど裕福では無い事など霊夢は承知しており、お互い暗黙の了解の様なものがあったのだ。

それに甘えていたと言われればそれまでなのだが、魔理沙としては突然の霊夢の物言いに、何か相当な厄介事でもあったのかと心配になる。

 

「確かに、自分でもらしくない事をしてる、って思うわ。 でも……、なんだかほっとけ無くなっちゃったのよ。」

「おいおい、ほんとにどうしたんだよ霊夢? 」

「まぁ妖精って馬鹿だし。明日になったら解決してるだろうけどね。」

 

そう言ってくいっと杯を傾けた後――

 

「魔理沙はチルノって妖精知ってる? 霧の湖を住処にしてる妖精なんだけど。」

「チルノ……? あぁ、氷の妖精だっけ? 私は会ってないけど、こないだの異変の時に暴れてた奴らしいな。」

「そう、そいつが―― 」

 

そうして半ば愚痴のような話を聞かされる魔理沙であった。

 

 

 

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