氷精異変 (チルノに憑依)   作:二月の丘

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その7 最

―― いったい何が始まるんです?

それが魔理沙の心境だった。

―― 第三次世界大戦だ。

そんな声が聞こえた気がした。

 

魔理沙の前には、怒り狂うチルノ。

食卓での言い争いの時とは違い、明確な怒りがその目に込められている。

大ちゃんの事を叫んでいたから、恐らく吊るされている大ちゃんを見て怒ったのだろう。

それは分かるが、せっかく連れて来てやったのだ、その扱いは少々雑だが、そこまで怒らなくてもいいだろう。

魔理沙はそう思っている。

 

しかし、それは魔理沙の勘違いであり、チルノの勘違いでもある。

チルノはその扱いに怒っているのではない。

ぐったりとして動かない大妖精を見て、大妖精が殺されたと思っていた。

魔理沙がそんな事をする訳は無いのに、ただ大妖精のその姿を見て勝手に勘違いしているのだ。

魔理沙の事は大妖精を殺した犯人として認識しており、既に魔理沙個人とは認識していない。

 

異様な雰囲気で対峙している二人を見ても、霊夢は動かない。

今朝のような室内ではなく、上空の事であるのに加え、自分に被害が無さそうだからだ。

一応油断はしないようにしているが、魔理沙がどうにかするだろうと、落ち着いている。

 

「げんそーきょーのみんな! あたいにげんきをわけて! 」

 

両手を真上に伸ばして叫ぶチルノ。

皆とはまさか私も含まれているのか? と思う魔理沙。

吊るされたまま、未だに目覚めない大妖精。

暢気にお茶を啜る霊夢。

 

そして今、幻想郷の各地で異変が起こった。

 

まだ少し残っていた霧の湖と森の氷が、全て消えた。

冬をまだ先にして、残り少なくなっていた人里の氷が、半分に減った。

ロックで飲むか、と鬼が氷を入れたコップから、氷が1個減った。

人里のとある女性の冷え性が、ほんの少し改善された。

解けかけていたかまくらが全部解けて、チルノはホームレスになった。

 

「おいおい、ちょっとやばいんじゃないか。」

 

チルノの頭上に徐々に集まる冷気に、魔理沙は嫌な汗が出る。

辺りの気温も下がり始め、風も吹いてきた。

 

「まぁ、先手必勝ってな。恋符《マスタースパーク》 」

 

よくわからないが、やろうっていうなら相手になろう。

そんな気持ちで、魔理沙は得意のスペルカードを宣言した。

 

魔理沙が構えた八卦炉から飛び出る極太の光線。

様々な色を持ったそれは、一直線にチルノの頭上にある冷気の塊へと向かい――

 

触れた瞬間に光線が凍りついた。

 

そしてそのまま氷が光線を辿ってこちらへと向かってくる。

 

「じょ、冗談にもほどがありますわ!? 」

 

全力で魔力を込める魔理沙。

しかしそれを意に介さないかの様に、なんら勢いに変わりなくこちらへと向かってくる。

半分ほどまで凍り付いた所で、これは不味いと思った魔理沙が魔力を止めて回避へと移る。

 

光線が消えて、凍らせる対象を失った力はその場で霧散する。

そのまま氷の柱のようになったものが地上へと落ちていき、その途中で砕けて粉々になった。

 

魔理沙はそれを見て帽子を被りなおし、気合を入れなおして考える。

単純な火力だけなら、今使ったばかりの魔法が最大だ。

それが通じないとなると、別の手で行くべきなのだが、最強の一手が全く通じなかった事に困り果てる。

もし仮に大妖精を見つけた時に使った魔法、《ブレイジングスター》で突っ込んでいたなら、氷の魔理沙人形が一つ出来上がっていた所だろう。

 

辺りは既にブリザードと呼べる状況になっており、あまり時間は掛けていられなく思う。

魔理沙は手詰まりを感じながらも、今までの経験から何が最善かと考え続ける。

最善といえば、朝の時と同じく、チルノ自身への攻撃だ。

だが、それは霊夢に止められている。

直感とはいえ、博麗の巫女の感は信じるべきだ。

ならばどうするか――

 

ここで魔理沙は閃いた。

自分でだめなら、他人にやらせれば良い。

そしてここには丁度良いのが一匹居る。

そう思った魔理沙の行動は早い。

早速吊るしていたロープを引き上げて大妖精を抱え上げる。

そしてその頬を叩いて、必死に起こそうしていた。

それが起死回生の一手になると信じて。

 

 

 

ξ

 

 

 

目が覚めて最初に会った、自分を心配して涙する優しい妖精。

その大妖精が死んだと思った時、チルノは言葉に出来ないほどの悲しみと絶望に包まれた。

今のチルノは、妖精は例え死んだとしても復活するなどという事を知らない。

本気で死んでしまって、もう動く事はないと思っているのだ。

 

やっと出会えた大妖精。

喜んだ瞬間に訪れた絶望。

その落差にチルノは我を忘れた。

 

飛び方を知らなかった事など無かったかの様に、大妖精を殺した相手の前まで飛び上がり。

溢れ出す怒りのままに、自分の力だけなく周りの力をも集めて、全力で相手を倒す事を選択した。

 

何か大切な物を、具体的に言うと家を失ったような切なさを胸に、予定通り、いやそれ以上に集まった冷気に満足しつつ、それを相手へと向けようとする。

そして相手を見据えると、とんでもない光景が見えた。

 

ぐったりとした大妖精を抱えて、その頬を叩いているのだ。

なんという死体に鞭打つ行為。

完全な勘違いなのだが、チルノはそれに気付かない。

怒りが明確な殺意に変わり、上げていた両手を相手に向けて叫ぶ。

 

「これがあたいの全力全壊! ぱーふぇくと――」

「チルノちゃーん! 」

「ぶれい……、大ちゃん? 」

 

チルノがその力を発動する寸前、今の魔理沙にとって天使のような存在が目覚めの声を上げた。

思わずその動きを止めるチルノ。

それと共に、それまで吹き荒れていたブリザードがぴたりと止み、チルノの目に涙が込み上げる。

 

「だ……、大ちゃーん! 」

 

両手を上げながら涙ながらに大妖精の元へ飛ぶチルノ。

 

「ちょ、チルノ! ちょっと待て! 止まれ! 」

「……ひっく、なに魔理沙。」

 

泣きながらも冷たく返すチルノを、正確にはチルノの頭上を指差して魔理沙は答える。

 

「先にその頭の上のやつ、なんとかしてくれ。そうじゃないと、大ちゃん凍っちゃうぞ。」

「大ちゃんが? ……なにこれ。」

 

気を引く為に上手く大妖精の名を使いながら魔理沙が言うと、そこでチルノは初めて気が付いたかのように頭上の冷気の塊を見た。

 

「もう忘れたのか? チルノが自分で作ったんだろ。とりあえずそれを何とかしないと、色々とヤバイんだぜ。」

 

魔理沙は先ほどまでの様子から、自分がと言えばこちらに投げられそうだったので、色々、とぼかしつつ指摘する。

 

「どうするんだろう……、えいっ。」

「ちょ、おまっ!? 」

 

その冷気の凄さを理解していないチルノは、単純に大ちゃんが嫌がるなら捨ててしまおうと、手を振って軽く横へと投げてしまった。

投げられた冷気の塊は、暫く横に進んでから重力の影響を受けたのか徐々に落ちていって――

すぅっと現れた亀裂に吸い込まれて、亀裂と共に消えていった。

 

「なんだ今の……。」

 

魔理沙はその光景に不気味さを感じて、一先ずの脅威は去ったが、素直に安心出来なかった。

離れた位置からそれを見ていた霊夢も、真剣な表情でじっとその場所を見つめていた。

 

「これでいーい? 」

「あ、あぁ、ちょっと待っててくれ。」

 

そう言いながらも大妖精に巻きつけていたロープを解き、チルノの方へと大妖精を押してやる。

 

「チルノちゃーん! 」

「大ちゃーん! 」

 

お互い抱きしめあい、こうしてようやく、2匹の妖精は再び出会う事が出来た。

 

 

 

ξ

 

 

 

上空にて喜び合う妖精を置いて、魔理沙は霊夢の元へと向かった。

やってきた魔理沙へ、入れなおしたお茶を渡す霊夢。

その隣に座り、一息つきながら魔理沙はお茶を啜った。

 

「ふぅ、とんでもない妖精だな。」

「そうね。主に魔理沙の自業自得だけど。」

「そうなの……かぁ? なんか納得いかないな。」

「良くも悪くも純粋なのよ。魔理沙とは相性が悪いわね。」

「私だって純粋なんだぜ。」

 

そう言いながら魔理沙は上空の2匹を見る。

 

「でもまぁ、良い事をした後はお茶が旨いな。」

「うちのお茶はいつだって美味しいわよ。」

 

同じようにお茶を啜りながら、霊夢は憮然として答えた。

 

「それで、これからどうするんだ? 」

「もちろんお帰り願うわよ。保護者が来たんだから。」

「素直に帰るかしら。」

「いい加減帰ってもらわないと、疲れたわ。」

 

やれやれといった感じで話す霊夢。

 

「そうそう、帰る時は魔理沙が連れて帰るのよ。」

「げっ、もう十分働いただろ? 」

「サービスよ。」

「それは私が言うセリフなんだぜ。」

「なんだか知らないけど、本気で怒らせたみたいなんだから、少しは機嫌とっときなさい。」

「妖精の機嫌をねぇ……。」

「侮ると蛇が出るわよ。恐ろしい蛇が。」

「蛇退治はもう勘弁ですわ。……まぁ、帰り道だしついでにやってくるか。」

「そうしておきなさい。」

 

そんな会話をしているうちに、チルノと大妖精がこちらへと飛んできた。

 

「れーむ! あたいとんでる! 」

「そうね。」

「妖精なんだから普通は飛ぶんじゃないのか? 飛べない妖精って居るのか?」

「ほうきのつかいかたしらない魔理沙がいうな! 」

「魔法使いは箒で飛ぶんだぜ。」

「うそつき! そんなまほーつかい魔理沙だけ! 」

 

魔理沙もチルノも、懲りる事を知らないのか、また言い争いを始める。

そんな1人と1匹に取り残されたもう1匹の妖精は、魔理沙が怖いのかチルノの後ろに隠れながらおびえていた。

 

「妖精のお前が、他にどんな魔法使いを知ってるんだよ……。」

「もやし! 」

「私の知らない間に、もやしは魔法を使うようになったのか。」

「あと、しゃんはーい。」

「それでチルノ。それが大ちゃんで良いのね? 」

 

終わらなさそうな言い合いに、さっさと用件を済ましたい霊夢が口を挟む。

 

「うん。大ちゃんがよーせーの大ちゃん。」

「えっと、大妖精です。」

 

チルノの言葉に霊夢が視線を大ちゃんへ向けると、大妖精が自己紹介と共にぺこりと頭を下げた。

 

「妖精はチルノもでしょ。いい加減理解しなさい。」

「……あたいはよーせーじゃないよ……。」

 

まだ理解しないのか。

霊夢はそこでふと思いついた事があり、それを言ってみる。

 

「チルノ、自分の背中見てみなさい。妖精の羽があるでしょ。」

「せなか? 」

 

霊夢に言われてチルノは背中を見ようとするが、自分の尻尾を追いかける犬の様に、体ごと後ろを向こうとして、くるくるとその場で回り始める。

その様子を見て、霊夢は魔理沙に聞く。

 

「魔理沙、鏡持ってる? 」

「ん? あぁ、手鏡で良いのか? 」

 

ごそごそと帽子から出した手鏡を受け取り、霊夢はそれを持ってチルノの近くへ行く。

 

「ちょっとこれで――」

 

霊夢が話しかけようとした所で、歩いてくる霊夢に気付いたチルノが回るのを止め、霊夢と隣の大妖精を交互に見ながらチルノが叫んだ。

 

「れーむ、でかっ!? 」

「え、今更それを言うのか? 」

「私が大きいんじゃなくて、チルノが、というか妖精が小さいのよ。」

「あたいよーせーじゃ――」

「はいはい、先にこれ見なさい。」

 

まだ少女である霊夢の背は低い方だが、妖精と比べれば大きく見えるのは仕方ない。

なにせ、妖精はそんな霊夢の腰から胸ぐらいしか無いのだから。

 

それはさて置き、自分で見る事が出来なさそうなチルノに、霊夢は鏡でその背中の羽を見せる事にした。

 

「なにこれ。」

「鏡は分かるでしょ。これがチルノの羽よ。」

「あたい……、羽生えてるの? 大ちゃんほんと? 」

「うん、チルノちゃんの羽きれいだよ。」

 

霊夢としては、大妖精に確認を取ったのはいただけないが、ようやく信じはじめたチルノに少し肩の荷が下りた様な気がした。

チルノは自分の羽を信じられないという顔で見ながら、そのまま鏡に映った自分の顔を見る。

 

「これ……、あたい? 」

「そうね。」

「チルノちゃんの顔が映ってるよ。」

 

自分の顔の横に大妖精の顔も映り、またその言葉もあって、その事実がじわり、じわり、とチルノへと浸透しはじめる。

 

「ち……がう。」

「チルノ? 」

「ちがう! ちがう! これあたいじゃない! 」

「おいおい、またなのか!? 」

 

鏡から逃れるように後ずさり、首を振りながら叫ぶチルノに呆然となる一同。

そのチルノの姿にまた一戦始まるのかと、魔理沙は立ち上がって箒を手に持ち戦々恐々だ。

 

「あたいよーせーじゃない! ひょーせーじゃない! チルノじゃない! 」

「チルノちゃん! 」

 

真っ先に飛び出した大妖精が、チルノを抱きしめて宥めようとする。

 

「おれは……、だれだ……。」

 

それが功を奏したのか、うわ言の様に小さく呟きながらも落ち着くチルノ。

 

「とうとう自分の名前すら分からなくなったのか? 」

「ただそれだけなら良いんだけどね……。」

 

それを見ながら話す魔理沙と霊夢。

 

「とりあえず、これ以上めんどうになる前に、お帰り願いましょう。」

「それが良さそうなんだぜ。」

 

これ以上の厄介事は御免だと、意見の一致した二人はさっさと妖精2匹を帰そうと動き出す。

 

「大妖精、だったわね。それじゃ、チルノの事はあんたに任せるわよ。」

「あ、はい。」

「……え、れーむ? 」

 

霊夢の言葉に素直に頷く大妖精と、焦りだすチルノ。

 

「迎えも来たんだし、チルノは一旦帰りなさい。」

「えっ、えっ。」

「私は障子直したり色々とする事があるのよ。また来ても良いから今日の所は帰りなさい。」

「れーむ……。うん。」

 

自覚は無いが、障子をぼろぼろにしたのは自分であるらしいので、チルノはそれを言われて済まなさそうにする。

手伝いたいが、自分にはやり方がわからない。

それどころか、自分の事すら分からないのだから。

また来ても良いと言われたので、嫌われた訳では無いのだろう、と、チルノはしぶしぶ頷いた。

 

「それじゃ、私が先導してやるからな。」

「魔理沙いらない。」

「……。」

「そう言うなって、帰りに変なやつに絡まれたらめんどうだろ? 私が居れば何が来ても大丈夫なんだぜ。」

「魔理沙へんなやつ。」

「……。」

「チルノ、魔理沙に送ってもらいなさい。その方が安全なのに違いないんだから。」

「……うん。」

 

チルノには嫌がられ、その後ろに隠れた大妖精には無言でおびえた目で見られ、散々な魔理沙に霊夢が助け舟を出す。

それに少し迷ったものの、チルノは承諾した。

 

「魔理沙、一応本気で気をつけなさい。さっきのは見たでしょう。」

「あれか……、分かってる。」

 

そう言って飛び上がり、先導する魔理沙の後ろをチルノと大妖精が続いて行った。

 

 

 

ξ

 

 

 

一行の姿が遠くなるまで暫く見つめていた霊夢は、突然真剣な顔をして声を出した。

 

「……で? あんたが妖怪紫バ――」

 

霊夢の言葉を止める様に、突如1発の光る玉が霊夢の足元へと飛んでくる。

元々当たる位置には来ないのを見切った霊夢は、その場から動かず素早く両手に霊符を構えた。

光る玉が動かない霊夢を素通りし、地面に当たってはじけた後、霊夢が聞いた事の無い声が響く。

 

「口は災いの元です。失礼な事は、口にしない方が良いですよ。」

 

声は聞こえるのに、何処にいるのか分からない。

しかも、自分の領域である、この博麗神社で、だ。

その事実に戦慄しながらも、冷静に霊夢は問う。

 

「あんたがチルノの言ってた奴、って事で良いのね? 」

 

霊夢は話しかけながらも全力でその気配を探るが、欠片も見つかりそうに無い。

 

(まさか本当に居るとはね……。一体どれほどの大物なのよ……。)

 

相手の気配も掴めず、返答も無いまま時間が過ぎ、霊夢が苛立ち始めた頃――

 

「行きなさい。」

「何処によ。」

「あの妖精は、放置して良い者ではありません。貴方がそばに居るべきです。」

「なんであんたにそんな事が分かるのよ。」

 

そう言われてはいそうですか、と、こんな怪しい者を残して神社を出る訳には行かない。

しかしようやく始まったと思った会話はまた止まり、再び静寂が続く。

暫くの間が空き、そして霊夢は、自分の直感を信じる事にした。

 

「……私が居ない間に神社に変な事したなら、必ずあんたを見つけて退治するからね。」

 

我ながら、情けない捨て台詞の様だと思いつつも、霊夢は一行を追いかける為に飛び去った。

 

それから暫くして、誰も居なくなった博麗神社に声が響く。

 

「そう、私と会うのはまだ早い。いずれ、それにふさわしい場所で――」

 

 

 

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