魔理沙からしてみれば妖精に合わせたゆっくりとした速度で、1人と2匹は霧の湖へ向かって飛んでいた。
速度を出しすぎていないか、魔理沙が時々後ろを確認する度に怯えて目を逸らす大妖精。
そんな大妖精をかばう様に、こちらを威嚇するチルノ。
それを何度か繰り返して、いい加減うんざりとしてきた魔理沙は、大妖精へと謝罪する事にした。
「なぁ、えーっと、大ちゃん? 」
「ぴぃっ!? 」
「魔理沙こっちみんな! 」
名指しで呼ばれて殊更に怯える大妖精。
そして威嚇するチルノに、今まではそれで大人しく前を向いていたのだが、それでは埒が明かない。
魔理沙は唸るチルノを宥めながら、なんとか会話をしようとする。
「ちょっと待ってくれチルノ。えーっとだな、なんていうか……。」
「大ちゃんいじめるなー! 」
いざ謝ろうと考えても、それに慣れていない魔理沙は口ごもってしまう。
それを見たチルノは魔理沙が大妖精に何かするのかと、益々騒ぎ出した。
自分らしくないな、そう思った魔理沙は、はっきりと告げる事にする。
「ごめん、悪かった! 」
「魔理……なに? 」
「……えっ?」
突然の魔理沙の謝罪に勢いを殺がれるチルノと、驚く大妖精。
その隙を逃さず、魔理沙が畳み掛けるように話す。
「大ちゃん、私が悪かった! あの時は出来るだけ急ぎで大ちゃんをチルノの所に連れて行きたかったんだ。だから逃げないようにする為に、ちょっと驚かしただけのつもりだったんだぜ。」
「えっ、えっと……。」
「魔理沙なにしたの! 」
「目の前まで一気に飛んで、止まっただけなんだぜ。」
「大ちゃんほんと? 」
「……凄く光ってた。」
「魔理沙ー! 」
「あー、いや、えーっと……。」
(私はなんでここまで嫌われてるんだろう……。)
チルノが大妖精が死んだと勘違いしていた事を知らない魔理沙は、謝っているにも関わらずのチルノの剣幕にたじたじになる。
とはいえチルノ自身も、あの時の自分がした事は全くといっていいほど覚えていないのだが、魔理沙が大ちゃんに何かとても酷い事をした、という気持ちだけは残っているのだ。
「うそついたのか!? 」
「いや、嘘は付いてないんだぜ。一気に飛んだ時に魔法を使っただけで。」
「やってみろ! 」
「え、今か? 」
「いますぐ! それをみてはんだんする! 」
「大ちゃんもそれでいいか? 」
「えっ、あ……、はい。」
それならやるだけやってみるか、と、魔理沙はスペルカードを宣言する。
《ブレイジングスター》
光り輝き、彗星となった魔理沙が周囲を縦横無尽に飛び回る。
それをぽかんとした顔で見るチルノと、恐怖が蘇ったのか、両手を握り締めて震える大妖精。
暫くしてこちらに向かってきた彗星が、離れた場所で止まった。
「っとまぁ、こんな感―― 」
「魔理沙ー! あうとー! 」
「なんなんだぜ……。」
呆けていたチルノが我に返り、即座に魔理沙へと効果音が付きそうな宣言をする。
「あ、あのっ! 」
そんなやり取りの中、震えていた大妖精が、なにやら意を決したように、魔理沙へと話しかけた。
「も、もう大丈夫です。 えっと、魔理沙……さん? 」
「お、おう……。」
「ほんとう? いいの大ちゃん? 」
「うん、悪い人じゃないみたいだから。」
「そうそう、私は悪い人を退治する人なんだぜ。」
「うー! じゃあゆるす! 」
どうやら許されたようだ、と安堵する魔理沙。
これで少しは雰囲気もましになるだろう。
そう思いながら前を向こうとする魔理沙の視界に、見慣れたものが映った。
「ん? 」
「なに魔理沙? 」
「? 」
魔理沙に釣られる様に2匹がそちらを見ると、遠くの方から赤い何かがこちらへと向かっているのが見えた。
「霊夢だな。」
「れーむ? おーい! れーむー! 」
「さっき別れた人間……、ですよね? 」
「あぁ、そうなんだぜ。何かあったのかも知れないな。」
不思議そうにする一行の前に、ほどなくして霊夢が辿りついた。
「魔理沙、何かあったの? 」
「いや、霊夢こそ何かあったんじゃないのか? 」
霊夢としては、こちらへ向かっている途中で、魔理沙が魔法を使って激しく飛び回るのが見えた為、何かあったのかと思い、途中から速度を上げて急いで来たのだ。
実際は謝罪からの話の流れで、何故か魔法を使う事になっただけなのだが、そんな事を予想できるはずも無い。
一先ず問題は無さそうだと安堵しつつ、大妖精が怯える事無く自然にしている事に、魔理沙との仲が改善されたのだと霊夢は悟った。
「何も無かったのなら良いわ。」
「それで、霊夢はどうしたんだ? 」
「ちょっとね……。どうやら私も居た方が良い気がしたのよ。」
「れーむいっしょ? 」
「えぇ、暫くご一緒させてもらうわ。」
「おー! 」
再び霊夢と合流した事に、喜びの声を上げるチルノ。
そんなチルノを微笑ましく見守る大妖精。
霊夢が居るなら何かあった場合に楽になるな、と思いつつ、逆に霊夢が来たという事は何か起こりそうだとも思う魔理沙。
三者三様の様子を見ながら、霊夢はこれから何が起こるのかと、油断だけはしないように心に決めていた。
ξ
霧の湖の畔。
そこにチルノの家である、かまくら跡地はあった。
跡地、があったのだ。
「かまくら……ないよ? 」
「チルノちゃん……。」
かまくらのあった場所、かまくら跡地を前にして、大妖精に背中を抱えられながら、チルノは膝をついて呆然とその場所を見ていた。
(そういえば、解けかけてたな……。)
魔理沙が大妖精を探す為に一度ここへ来た時、解け始めていたのを思い出した。
とはいえ、それからまだそれほど時間が経っていないにも関わらず、完全に消えているのは腑に落ちない。
「きっとあれね。」
そんな中で声を発した霊夢に、皆の視線が集まる。
「あの時チルノが集めた冷気、それに含まれていたんでしょ。」
「あぁ、あれか。という事は自分で解かしたのか。」
「自覚は無いでしょうけどね。」
何かに納得したように霊夢と魔理沙は話すが、チルノと大妖精には何の話か分からなかった。
チルノは暴走中の記憶が無いし、大妖精は冷気の塊そのものは見たが、それの効果を見る前にチルノが捨ててしまったので、それの事を言っているとは思わなかった。
「あたいがかまくらけしたの? 」
「そうね。」
「あー、まぁ、そうだな。」
「うう……。」
「また作―― 」
「魔理沙っ。」
「れ……っと。」
また自分の知らないうちに何かをしていた、チルノはそれを悔やむ。
そして、こんな事ばかり続いている気がする、と、チルノは無性に悲しくなった。
そんなチルノを見て魔理沙が助言しようとするが、直前で霊夢に止められた。
迂闊な事を言って、まためんどうな事になっては困るのだ。
見かねた大妖精がチルノへと声を掛ける。
「チルノちゃん、私の家においで? あまり広くないけど。」
「うう、大ちゃーん! 」
チルノは大妖精の優しさに、抱きついて泣き出す。
そんな2匹を見ながら、霊夢は何も起こらないまま終わりそうな事を期待していた――
が、そう上手くはいかなかった。
「大ちゃん、ありがとう。でも、あたい、やることがある。」
「チルノちゃん? 」
大妖精に抱きついていたチルノが離れ、真剣な目をして霊夢に告げる。
「れーむ。」
「何よ。」
「あたいを――」
(おれを――)
「たすけて!」
(たすけてくれ!)
ξ
助けを請われた霊夢は困っていた。
チルノと出会った時にも言われた言葉。
既に忘れているものと思っていたのだ。
念の為に、チルノへと聞いてみる。
「助けてって……、私にかまくらを作れって言うんじゃないでしょうね? 」
「うん、ちがう。」
「じゃあ、何を助けて欲しいのよ。」
ここでチルノが分からないと言えば、出会った時の焼き直しだ。
正直、霊夢はそれを期待していた。
もうめんどうな事は要らないのだ。
そんな1人と1匹の真剣な雰囲気に、魔理沙と大妖精は黙って見守っていた。
「あたいは……。あたいは、チルノじゃ、ない。」
搾り出すように2度目の自身を否定するチルノの言葉に、「えっ」と小さく大妖精が声を上げた。
「あんたがチルノじゃないなら、あんたは誰なのよ? 」
霊夢は当然の言葉を返す。
「それは……、わかんない。でも、あたいはチルノじゃないの! しんじてれーむ! 」
これまでもチルノはおかしな事を言ってきたが、それら全てを超える言葉に霊夢は困惑する。
忘れているだけなら、馬鹿な妖精ならありえそうなものだ。
しかし、ここまで頑なに自分自身を否定するのは、一体何なのだろうか。
そう思うと共に、きっと自分がここに来たのはこの為なのだろう、と真剣に答える事にした。
「仮に、あんたがチルノじゃないとして、それで私に何をして欲しいの? 」
「たすけて! 」
「チルノ……、他に無いから今はそう呼ぶわ。チルノ、落ち着いて、自分が何をして欲しいのか、しっかり考えなさい。」
「う……、うん。」
うんうんと唸るチルノを見つめる霊夢。
そこへ魔理沙が声を掛ける。
「霊夢。どう思う? 」
「多分……、本当にチルノじゃないんでしょうね。」
「じゃ、じゃあチルノちゃんは何処なんですか? 」
「そこに答えがあると思うのよ。 今はチルノの……、この子の話を聞きましょう。」
魔理沙に続く大妖精に答える霊夢。
判断するには、まだ情報が全然足りていない。
頼りになるのは、ほぼ直感だけだ。
そんな霊夢の直感は、慎重に行けと言っている。
朝食の時と同じく、道を間違えれば致命的な後悔をする事になる……と。
ξ
チルノは必死に考えていた。
自分はチルノではない。
それはずっと思っていた事だ。
妖精ではない、氷精でもない、チルノでもない。
しかし、最初に出会った大妖精にはチルノと呼ばれ、妖精としての羽を見せられ、自覚は無いが氷精としての力を使った結果を見た。
自分が否定する事を、周りの全てが肯定しようとする。
周り全てが敵の様な中で、それでも自分の中で必死に否定し続けてきた。
かまくらは無くなったけれど、大妖精と再び会えた。
頼りになる博麗の巫女、霊夢はここに居る。
自分の事を馬鹿にする嫌な奴だけど、大ちゃんが許した悪くない奴、魔理沙もここに居る。
きっと皆が助けてくれる。
だから今こそ自分が頑張らなければならないのだ。
その強い思いと共に、チルノは必死に働かない頭を使い続けた。
そして――
「もやし! 」
「はぁ? 」
「もやしならわかる! 」
今度こそ何か重要な事でも言うのかと思えば、また意味の分からない事を言い出すチルノに呆れそうになる霊夢。
「チルノ、もっと他に何か無いの? 」
「うーん、うーん……、あっ、むらさきもやし! 」
何処かで聞いた名前に、思わず真剣な顔になる霊夢。
「紫って……、ババァじゃないの? 」
「!? ちっ、ちがう! むらさきもやし! 」
「あれとは別に居るのね。」
「なぁ霊夢、紫バ――」
「魔理沙、言わない方が良いわよ。見られているかもしれない。」
「おいおい、なんなんだそれは……。」
意味が分からない言葉を警告してくる霊夢に、困惑する魔理沙。
見られているかもという事で、辺りを恐る恐る見回す大妖精。
「それでチルノ、そのむらさきもやしは何処にいるの? 」
「あかいいえ。」
「紅い家……、ね。」
「ものすごく心当たりがあるんだぜ。」
「というより、そこ以外に無いわね。」
「あの、何処ですか? 」
たずねて来る大妖精に、霊夢と魔理沙は霧の湖を指差した。
「あ、そういえば……。」
妖精ゆえか、言われるまで気付かなかったが、チルノと共に霧の湖を遊び場にしている大妖精もそこは知っているのだ。
「れーむ、つれてって! 」
「あんたも知って……、無さそうね。分かったわ、行きましょう。」
「そういえば、もやしが魔法を使うって言ってたな。むらさきもやしか……。なるほどなるほど、確かにあそこには魔法使いが居るんだぜ。」
ようやく見えてきた目的に、二人が少しやる気を出し始めた中、大妖精が静かにチルノを見つめていた。
チルノが自分はチルノじゃない、と言い出した事に困惑しているのだ。
そんな大妖精に近付き、チルノは話しかける。
「大ちゃん。」
「チルノちゃん……、だよね? 」
「大ちゃんごめん。あたいチルノじゃない。」
「そう……、なんだ。」
改めて告げられる否定の言葉に、大妖精が力なく項垂れた。
「大ちゃんにいっしょにきてほしい。」
「でも……、チルノちゃん探さないと……。」
「あたいといっしょにいれば、きっとみつかるよ。」
「ほんと? えっと……、チルノちゃん……? 」
「うん、あたいはチルノじゃないけど、チルノってよんでいいよ。」
「じゃあチルノちゃんと一緒に行くね。チルノちゃんを探しに。」
そう言って微笑む大妖精。
その手を握って、チルノは霊夢の元へと歩き出した。
「れーむ! つれてって! 」
「ここからじゃ霧で見えないけど、上に飛べばすぐに分かるわ。」
「吸血鬼退治に行くか。」
「魔理沙ちがう! 」
「あはは。」
「それじゃ、行くわよ。」
そう言って飛び上がる霊夢。
それに続いて、全員が空へと飛んだ。
「あたいたちのたたかいは、これからだ! 」