氷精異変 (チルノに憑依)   作:二月の丘

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その⑨ ね

霧の湖の中ほどに建つ、紅く染まる館。

紅魔館と呼ばれるその館は、前回の異変の首謀者達の根城でもある。

 

「あ、おねーさーん! 」

「チルノちゃん待ってー。」

 

その門前に佇む者を見て、速度を上げるチルノとそれを追いかける大妖精。

それを見ながら霊夢と魔理沙は話す。

 

「またここに来る事になるとはね。」

「霊夢はあれから来てないのか? 私は何度か来たぞ。」

「物好きね。献血でもしてるの? 」

「ここにはとんでもない量の魔道書があるからな。たまに借りに来てるんだ。」

 

異変解決後に何度か行われている宴会の会場は博麗神社だ。

なので、特に用の無い霊夢が紅魔館に来るのは異変以来だが、魔理沙は自身が言う通り、何度か来ている。

といっても、その行動に問題があり、一部の者にはあまり好かれてはいないのだが――

 

「珍しいね、博麗の巫女……、と、泥棒が正面から来るのは。」

「ちょっと借りているだけだぜ、返却予定は無いけどな。」

「ただの人間がそれを言えるのは、ある意味で尊敬するよ。」

「あんたも普通の人なんだろ? 」

「普通の人をしている番人よ。」

 

門前にて足にチルノをまとわりつかせながら話してくる者と、少々険悪な会話をする魔理沙。

付き合っていられないとばかりに霊夢が口を挟み、話を進める。

 

「そんな事より、中に入れてもらえるかしら。」

「巫女は良いんだけど、この妖精も? あと泥棒も? 」

「その妖精が用があるのよ。私は付き添い。泥棒は知らないわ。」

「誰の事かは知らないが、仲間はずれは泥棒がかわいそうなんだぜ。」

「んー、まぁいいかな。中に入れば咲夜さん、メイドが居るから案内―― 」

「――ここに居るわ。」

 

瞬間移動したかの様に突然現れて会話に加わった人物に、特に驚く事も無く霊夢が話しかける。

 

「それで? 入れてもらえるのかしら。」

「お掃除の邪魔をしないなら構わないけど。ちなみに何の用なの? 」

 

それに答えるのは、銀色の髪にいかにもメイドといった服装をした、さきほど番人が咲夜さんと言った少女、ここ紅魔館のメイド長である十六夜 咲夜だ。

 

「用があるのはこの子よ。ほら、チルノ。」

「たまに美鈴と遊んでいる妖精ね。」

 

そう言って霊夢はチルノを呼び、メイドの前に出す。

番人の美鈴同様に、咲夜もチルノの事は知っていたようだ。

呼ばれたチルノが咲夜を見上げる。

 

「もやしどこ? 」

「……は? ……えーっと? 」

 

意味が分からず霊夢を見る咲夜。

自分で伝えた方が早いか、と霊夢は自分が話す事にした。

 

「この子がね。 ここに居るやつに会いたいらしいのよ。それがもやし。むらさきもやしらしいわ。」

「もやしなら多分厨房にあるけど、その事じゃないのね? 」

「ええ、食材じゃないわ。誰かは私も分からないけど、ここに居るみたい。そうよねチルノ? 」

「うん。」

「あー、ちょっと良いか? 」

 

もやしについて語り合う二人に、ある程度の予想がついていた魔理沙が声を掛ける。

 

「多分だが、パチュリーの事だぜ。」

「……貴方はパチュリー様の事を、むらさきもやしと? 」

「そう言ってるのはチルノだけどな。」

「パチュリーって誰よ魔理沙? 」

「ここの魔法使いだ。前にチルノが言ってただろ、私以外の魔法使いに、もやしが居るって。」

 

そういえば、もやしとしゃんはーいという魔法使いがいると言っていた、と思い出す霊夢。

ただの戯言だと思っていたが、今ではチルノの言葉はただの妖精の戯言とは言えなくなっている。

しかし、霊夢はパチュリーという魔法使いに会った事が無いので、連想する事が出来なかった。

 

「宴会には来ないからな。霊夢は知らなかったか。」

「失礼な妖精ね。退治してやろうかしら。」

「チ、チルノちゃん! 」

 

剣呑な雰囲気を出すメイドに、危険を感じた大妖精がチルノを引っ張って霊夢の後ろへと隠れた。

 

「もやしでもパチュリーでもなんでもいいわ。メイドらしく案内しなさい。」

「まったく貴方は……。ついてきなさい。」

 

それを置いて咲夜を促す霊夢。

美鈴に見送られながら、一行は紅魔館の中へと消えていった。

 

 

 

ξ

 

 

 

「相変わらず、目に悪い家ね。」

「慣れるとそうでもないのよ。」

 

紅魔館はその名の通り、外観は元よりその中も、壁や床、天井等が紅く染められている。

時々曲がり角や、少し空いた部屋の扉などから、こちらをこっそりと見ようとするメイドの姿をした妖精を見かけるが、珍しそうに見てくるだけで、特に何かする訳でも無い。

そんな中をメイドの咲夜に先導され、一行はやがて大きな扉の前に辿りついた。

 

「ここがパチュリー様の居る図書館よ。」

 

そのまま咲夜が扉を開ける。

見た目に反して軽く、静かに開かれていく扉。

 

「ふわぁ……。」

 

開かれた扉から部屋の中を見た大妖精が、呆けた声を上げた。

それも仕方のない事だろう。

咲夜が図書館と言った通り、個人が持つ書斎等とは比べ物にならない広さと、そしてそこに並べられ、積み上げられ、収められている本は、読むだけならず、数えるだけでもどれほど掛かるか分からない量だ。

それらを見た霊夢は、たまに借りに来ると言った魔理沙の言葉に納得していた。

 

本と同じく、数え切れないほどに並べられた本棚の前にある、大きなテーブル。

そこにぽつりと、椅子に座って本を読む者が居た。

それを見つけた途端、チルノが走り出す。

 

「もやしみつけたー! 」

「ちょ、ちょっと! 」

 

敬愛する主の親友であるパチュリーに、もやしなどと呼びかけるチルノに慌てる咲夜とそれを追う大妖精。

 

「……? 」

 

その騒ぎに気が付いて、読んでいた本から顔を上げ、こちらを見る少女。

伸ばした紫色の髪に、三日月の形をしたアクセサリーの付いたナイトキャップの様な帽子を被り、薄紫のゆったりとしたローブに同じような色の上着を羽織った、パチュリー・ノーレッジだ。

 

こちらへと駆けてくる2匹の妖精と、その後ろに続く咲夜を見てパチュリーが話しかけてきた。

 

「咲夜? ここにメイド以外の妖精なんて連れて来て、どういうつもり? 」

「申し訳ございません、パチュリー様。博麗の巫女が、この妖精がパチュリー様に御用があると言うので。」

「博麗の巫女が……? 」

 

その言葉にパチュリーが咲夜の後ろを見ると、霊夢と魔理沙がこちらに向かってくるのが見えた。

こちらの前まで来たところで、じっと見つめてくる妖精を置いて、パチュリーが話しかける。

 

「はじめまして、だったかしら、博麗の巫女。それと、また来たのね魔理沙。」

「あんたがパチュリーね。博麗 霊夢よ。」

「今日は付き添いだけどな。」

 

これがむらさきもやしか、と実際にパチュリーを見た霊夢は、あながち間違ってないと思った。

あまり体を動かさずに読書ばかりしているのだろう、その陰気な雰囲気やローブに隠れているとはいえそこから予想できる線の細い体は、たしかにもやしと言えなくも無さそうであるし、その髪や身に纏う服装は紫色でもある。

 

「何の用? 」

「この子、チルノがおかしな事になっててね。あんたなら分かるって言うのよ。」

「うん。むらさきもやしはあたまがいい。」

「むらさきもやし……、まさか私の事を―― 」

「気にしないで。それでチルノ、何をしてもらうの? 」

 

パチュリーが呼び名に釣られる前に、霊夢が話を進める。

それを受け、じっとパチュリーを見つめながらも、心此処に在らずといった、そんな不思議な雰囲気を出していたチルノが口を開いた。

 

「ちしきとひかげのしょうじょ。うごかないだいとしょかん。」

「……まさか妖精に、二つ名で呼ばれるとはね。」

「むらさきもやしならわかる。あたいはチルノじゃない。」

「そのむらさきもやし、っていうのが非常に引っかかるけど。」

 

パチュリーはたかが妖精に二つ名を言われた事に、巫女が連れてくるだけの理由はあるようだ思った。

その後の自分の事を指すらしい名前を置いて、霊夢へと視線を送る。

 

「この子、見ての通り氷精で名前はチルノよ。でもね、この子は自分が妖精じゃなければ、チルノでも無いって言うのよ。」

「妖精が自身を否定……、危険ね。」

「危険? 」

 

今までに無い見解に、霊夢が疑問の声を上げた。

 

「分からない? 妖精は自然から生まれた者。それが自身を否定する事の意味に。」

「まさか、たかが妖精一匹で? 」

「確かに妖精一匹。けれど、その妖精が持つ力が大きければ大きいほど、影響も大きくなる。」

 

その言葉に、チルノの力の大きさを思い出す霊夢と魔理沙。

チルノがこれまでに起こした事は、たかが妖精一匹とするにはあまりにも大きな力だ。

 

「それで、危険なのは分かったけど、結局の所どうなのよ。」

「少し待ちなさい。」

 

そう言って椅子から下りて立ち上がるパチュリー。

見上げてくるチルノに手を翳し、見詰め合うこと数秒。

 

「魔理沙。」

「うん? 」

「未熟者。」

「な、なんだいきなり。」

 

チルノの事だったはずが、突然話を振られて困惑する魔理沙。

それに半眼を向けて告げるパチュリー。

 

「門外漢の巫女は兎も角、人間のままの半端者とはいえ、貴方も魔法使いを自称するなら、これぐらいは分かるようになりなさい。」

「何が分かったっていうんだ? 」

 

理解出来ないだめ出しに、魔理沙は困惑しつつも疑問の声を上げる。

 

「魂の研究はテーマとして基本中の基本。その奥は深く、道を進むのは至難。けれどその入り口に立っていれば、この程度すぐに分かる事。派手な見た目に囚われて寄り道ばかりしていないで、もっと基本を学びなさい。」

「魂だって? 」

 

パチュリーは魔理沙と違い、その見た目に反して真実《種族・魔法使い》として、100年以上の時を生きている。

《知識と日陰の少女》、《動かない大図書館》、そう言われるほどにその知識は膨大であり、多少頭でっかちという欠点があるとはいえ、魔法使いとして魔理沙の遥か先を行っている。

 

だからこそ、人間のままで魔法使いを自称する魔理沙を半端者と思いつつも、その努力を認めて、先達として自身の邪魔にならない限り、少しは支援しても良いと思っている。

ゆえに、ここの本を持ち出す事も、良い気分では無いが黙認しているのだ。

 

そうで無ければ、パチュリーが居るこの場所から、本を持ち出す事など出来はしないのだから。

にも関わらず、パチュリーから見れば基本中の基本である事が出来ていない魔理沙に、珍しく饒舌に厳しい意見を出したのである。

 

パチュリーはため息を一つ零し、話を続ける。

 

「この妖精の中には、魂が2つある。」

 

 

 

ξ

 

 

 

パチュリーの言葉に、怪訝な顔をする霊夢と魔理沙。

チルノは解決を期待するかの様にずっとパチュリーを見つめ続けており、大妖精は話についていけないのか、チルノのそばでじっとしている。

 

「魂が2つ……、そういう事だったのね。」

「正確には、今は2つ。いずれ1つになるわ。」

「おいおい、それって……。」

「時間の問題よ。」

 

チルノの中に魂が2つある。

1つはチルノで、もう1つが別なのだろう。

そのもう1つが今まで会話をしてきたチルノであり、自身を否定するチルノなのだ。

原因は分かったが、その後にパチュリーから不穏な言葉が続いた。

 

「いずれ完全に混じりあった魂は、妖精でも、もう1つの物でもない、新しいものになる。この妖精を氷精と言っていたわね。そうすると、幻想郷に氷が生まれ辛くなるかもしれない。」

 

思ってもみなかった重大な事に、霊夢がパチュリーへと問いかける。

 

「あんたならどうにか出来ないの? 」

「無理ね。」

「パチュリーでもか? 」

 

先輩の魔法使いとして、悔しくはあるがその実力は認めているパチュリーが出来ないと断言する事に、魔理沙が驚く。

 

「魂の混じりあう速さが異常よ。儀式の準備に2日必要。」

「間に合わないって事ね。」

 

原因が分かり、解決する手段もある。

しかし時間が足りないという、どうしようも無い事態に霊夢が考え込む。

それを見て、もうする事は無さそうだ、と興味を失ったパチュリーは再び椅子に座り、本の続きを読み始めた。

 

 

 

ξ

 

 

 

チルノは困っていた。

なんとか思い出した、むらさきもやしであるパチュリー。

霊夢が居て、共にパチュリーに会えば解決する、と思っていたのだ。

ところが、頼りになるはずのパチュリーは時間が足りないと言う。

 

他に何か無いのか。

必死に考えようとするが、無常にも頭は働かない。

そんなチルノを、話の内容は理解出来ないが大変そうな事が起こっている、という事だけは感じ取れた大妖精が心配そうに見つめていた。

 

霊夢と魔理沙も、思っていた以上の大事に、何か手は無いかと考えるが、いい手が思い浮かばない。

ここに来たのもチルノの話を元にしたのである為、他に何か無いのかとチルノを見るが、唸り続けるだけで何も浮かばない様子に、手詰まりを感じていた。

霊夢の直感の方も上手く働かず、次に行くというよりも、むしろもう出来る事の無いはずのここで、まだ何かあるような気さえしていた。

 

一同が考え込む中、いつの間にか居なくなっていた咲夜が、図書館の扉を開けていた。

そこから入ってくる影が一つ。

 

「ここに来ておいて私に挨拶が無いとは、ずいぶんな事ね霊夢。」

「用が無かったからよ、レミリア。」

 

開かれた扉から入り、霊夢たちの元へと来るレミリアと呼ばれた少女。

少女は水色の髪に赤いリボンの付いた桜色のナイトキャップの様な帽子を被り、同じ色のドレスの様な服を着ている。

背が低く、少女然とした可愛らしい容姿の彼女だが、最も目に付くのはその服装や血の様に紅い瞳ではなく、背中から生えている蝙蝠の様な羽だろう。

そう、彼女こそレミリア・スカーレット。

紅魔館の主であり、咲夜が敬愛する主であり、そして先日の異変の首謀者であった吸血鬼だ。

 

「いいえ、貴方は私に用があるわ。」

 

 

 

ξ

 

 

 

用が無いと言う霊夢に対して、霊夢は自分に用があると言うレミリア。

その不可解な断言に、怪訝に霊夢が問いかける。

 

「私はあんたに何の用があるのかしら。」

「ふふ……。その妖精、もう長くは無いんでしょう? 」

「また退治されたいって言うならしてあげるわよ。」

 

挑発するかの様なレミリアの言葉に、霊夢が険悪に返す。

霊夢自身、気がつかないうちに、手詰まりの現状にかなり焦っているようだ。

 

「その妖精、助けたいのなら無縁塚に行きなさい。」

 

現状を嗤いに来たのかと思えば、助言をするレミリア。

霊夢はいぶかしみながらも、他に手が無い今、何かヒントになるならと会話を続ける。

 

「なんで今来たばかりのあんたに、そんな事が分かるのよ。」

「ここは私の城よ。それに、忘れたの? 私の能力。」

「自称、《運命を操る程度の能力》でしょ。その割に起こした異変をあっさり解決されてるんだから、信憑性が無いわ。」

 

事実その通りの能力があるのだとしたら、自分が解決する事は出来なかった、霊夢はその事についてレミリアに指摘する。

 

「あれは貴方が解決する事も含めての異変だったのよ。」

 

しかし、レミリアは不敵に返す。

 

「信じるも信じないも霊夢、貴方次第。他に手があるなら好きにすれば良いのよ。」

 

そう言われては、他に手の無い霊夢は返す事が出来なかった。

 

「無縁塚ね……。チルノ、行くわよ。」

「う? なに? 」

「やれやれ、あっちこっちと移動ばかりだな。」

 

少し考えた後、霊夢は決断を下した。

魔理沙がそれに続こうとした所で、レミリアが告げる。

 

「貴方は別行動よ。フランの相手をしてあげて。」

「そういえば最近やってなかったな。まぁいいか、霊夢、後は任せたんだぜ。」

 

レミリアの妹であるフランドールは、異変の際に魔理沙と戦って以来、時々魔理沙と遊ぶ事がある。

それをレミリアが指名して来た意図は分からないが、もう解決すると言うのなら付き合う必要も無さそうだと、魔理沙は承諾して図書館から出て行った。

 

「無縁塚っていう所に行くみたいだよチルノちゃん。」

「うん、わかった。あっ、おぜう! 」

「あら、私の事も知っているのね。」

 

大妖精に次の目的地を教えられたチルノが、いつの間にかレミリアが居る事に気が付いて声を上げる。

それを聞いたレミリアは、そのルビーの様に紅く美しい目を細めて、興味深そうにチルノを見る。

その後ろに居る咲夜は、おかしい事には変わりないが、もやしに比べればましと言える呼び名に少しほっとしていた。

 

「行くなら急ぎなさい霊夢。あの者が帰る前に辿り着くように。」

「……? 言われなくてもさっさと行くわよ。」

「それと、そこの妖精……、いえ、妖精と混ざり合う者よ。勇気があれば再びここに来なさい。私の親友の呼び名について、少し話をしたいわ。」

「? 」

「ぴぃ!? 」

「こらこら、吸血鬼が妖精なんかを脅かさないでよ。」

 

急げというわりに、威圧しながらチルノへと話しかけるレミリア。

言われたチルノは何の事か分かっていないのか不思議そうにし、隣の大妖精はその威圧感に悲鳴を上げた。

 

「それじゃぁ、行くわよ。」

「おー! 」

「は、はいっ。」

 

そして1人と2匹は、慌しく紅魔館を出て行くのであった。

 

「むらさきもやし……ぷぷっ、むらさきもやしって良いセンスしてるわねあの妖精……あはは。」

「ああ、お嬢様……、可愛いなぁ。」

「うるさいわよレミィ。」

 

さきほどまで出していた威圧感は何だったのか、図書館にレミリアの可愛らしい笑い声が響いた。

 

 

 

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