貴族流技 ~光輝たる令嬢道~   作:灰の熊猫

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貴族の気品

「貴方が、”紫電の魔人”ですの?」

「……そう呼ばれているようだな。それで、お前は何処の誰だ」

「なれば名乗りましょう。わたくしはフェルティシア・ティレ・フォン・ヴァンティール、ヴァンティール家が長女ですわ」

「……成程。世も末だな、ウジ虫が貴族を名乗るとは」

 

 黒い荒野の中心に居る男に、フェルティシアが話しかける。

 いや、この場は荒野では無かった。横に倒れた真っ黒な樹木の群れ、焼け焦がされた地面――そして、()()()()()()()

 それらは男を中心として広がる、異様にして異常な風景だった。焦げた地に煙の匂いが染み付いてむせる、そんな空気が立ち昇る黒の荒野の上に立つのは、相対する男とフェルティシアのみだった。

 

「わたくし、魔法使いというのは理智的なモノというイメージを抱いていたのですが……残念ながら、どうやら見当違いだったようですわね」

「オレの前に立ち塞がる者は皆ウジ虫だ。見当違いなどありはせん」

「ならばその見当、正してさしあげましょう。蛆というのは元来腐り物より湧き上がる虫と考えられていましたが、ビン詰めにされた腐肉からは蛆が出ないという研究からそれは否定され――」

「比喩にマジレスを返すな、一番場が白ける行為だそれは」

 

 男は冷たい瞳でフェルティシアを一瞥する。フェルティシアも最近知った虫の研究レポートを共有しながら、目の前の男をしっかりと見据えた。

 全身を覆う黒い布のローブは、革で出来た胸当てと腰のベルト以外の物を持たない。まるで目を引かないシンプルな服装の中でで唯一変わっていると言えるのは、服の黒色よりもさらに黒焦げて破れている腕の袖先だけだ。

 単に胸当てを着けただけの見窄らしい男。しかしそれこそが、”紫電の魔人”として呼ばれる目の前の”魔法使い”の特徴であり、そしてフェルティシアの目的の人物だった。

 

「……しかし、この様では蛆も湧きませんわね。木も土も人も、全て真っ黒焦げ。料理人としても農民としても、落第も良い所ですわよ」

「良い事だろう。つまらんモノが、つまらなく消える。跡形も残さず、蛆も湧かん。綺麗なモノだ」

「……綺麗? これが?」

 

 ずん、と場の空気が一瞬で重くなる。男はその重圧が、目の前の女から発せられている事をその身で感じた。

 只者では無い。そもそも貴族とか名乗ってるのに一人でほっつき歩いている事もそうだが、自分を魔法使いと知りながら声をかけてくる、それそのものが異常な事だからだ。

 ”紫電の魔人”とは男が自称した名では無い。『バケモノだ』『お前は呪われている』『近付くな』、そういった呪言と共に武器を振るってきた者を、全て自分の魔法で()()に変え続けた結果、何処かの誰かが勝手にそう呼び始めた呼称らしい。

 そのネームバリューは、男から人を遠ざけ、逆に近付ける物でもあった。まともな人間は周囲から消え、やって来るのは殺人者としての自分を殺そうとやってくる騎士や軍兵、或いは自分の下に付いておこぼれを望む下衆ばかり。

 しかし、目の前の女はそのどれでもない。この女が目の前に現れるより少し前、先程までは森()()()この場所で殺し転がした数十人の近衛騎士団。その全員に囲まれた時よりも、空気が重く張り詰めているのを男は感じていた。

 

「――愚か者! この光景の何処が良いと言うのですか! よく見なさい、貴方の作ったこの凄惨なる黒の荒野を! 民草を護ろうと剣を取った! 決死の覚悟で槍を掴んだ! その勇士が、決意が、魂がッ! こうまで理不尽に躙られたッ!」

「……それで?」

「あとついでに言えば黒すぎますわ! わたくしは黒が一番嫌いな色ですの! 貴方のローブも黒、黒黒黒! 都の三流クソダサ流行雑誌だって此処まで酷い統一コーデはしません事よッ!」

「同じ怒気とトーンで言うべき事なのかそれは?」

 

 フェルティシアは怒号と共に、周囲の光景へ向けて腕を大きく振り回す。

 この黒い荒野の中に、もはや命は無い。”魔法使い”という民への脅威に立ち向かい、そして非業の死を遂げたこの地の騎士団。兎や鳥など、森と共に生きてきた動物達。

 残ったのは、『黒に染まれ』等の謳い文句を始めとするカルト的な人気の流行雑(ファッション)誌の如き一面の”黒”だ。この場にはあらゆる光が無い。命が無い。希望が無い。色的な面白みが無い。

 この土地と死者と色合い。その全ての怒りを、フェルティシアは代弁する。しなければならない。貴族とは、そうあれかしと願われる存在だからだ。

 民を、人を、地を、魂を。その全てを護り、尊ぶ者。それこそが、貴族なのだから――!

 

「わたくしはこの領とは無関係の、謂わば流れ者に過ぎません。しかし、民草を脅かす者がいるならば(けん)を取る、それこそが貴族の務めですわ」

「どうもオレの思う”けん”と何か違うようだが」

(ごん)を持つ。(つるぎ)を取る。(すこやか)を護る。そして、(こぶし)を握る。全てが貴族の持つべき権力(けん)ですわ」

「明らかに最後は違うだろう。なんだ、まさか本気で殴りに来たとでも言うつもりか」

「それ以外に何があると言うのですの?」

「それ以外何かあるだろう」

 

 何ら武器も持たず、素手のままフェルティシアは魔法使いである男に明確な敵愾の念を向けている。男にとって、それは理解不能と言っても過言では無い行動だった。

 ”魔法使い”と呼ばれる者は、次元が異なる存在だ。それ以上の階位(レベル)を持つ魔法使いをぶつけるか、暗殺者(アサシン)が不意打ち騙し打ちの刃をぶち込むしか殺す手段は無い、というのが一般的な認識である。

 事実、二つ名で恐れられる程の魔法使いである男は、数十人の騎士を同時に相手取り、それを歯牙にも掛けずに全てを皆殺した。それを知って尚、貴族の女は一人で立ちはだかっている。

 ”殴りに来たのか”と言ったのはただの冗談だったが、それが肯定されてしまった事を男は正直信じられなかった。というか、そんな事ある? という気分だった。

 

「……とんでもないウジ虫がいたものだ。名乗った覚えは無いが、”魔人”とまで呼ばれている魔法使いを殴る、とは。大言どころか、夢物語も超えた狂言だ」

「貴族とは民に語り継がれる者、そして民の夢を叶える者。即ち、”貴族”とまで呼ばれているに相応しき者は、夢物語の具現なのですわ」

「言葉遊びを悪魔合体させるな」

 

 男は女への困惑を深めつつ、正直いい加減喋るのもめんどくさくなってきていた。

 基本、男にとって他者との関わりは命のやり取りか、一方的に殺す事だけだ。何も快楽殺人者という訳では無く、純粋に自分を殺そうとするから、邪魔をするから殺す。その身勝手が通せてしまうのが魔法使いという存在だ。

 そして、男は()()()()()()()()()。頭の中では既に目の前の女は炭屑だ。そのイメージが実現させるどうか、常にその選択権は男に握られている。

 ――じゃあ殺すか。そう思った時には既に、男は女へ掌を向けていた。

 

「うざったい」

「――ッ!!」

 

 言葉。閃光。娘が弾け飛ぶ。()()()()()()()()()()。さらに一瞬遅れて衝撃波が大気を押し出し、その場に残ったのは男の掌でばちばちと音を鳴らす紫の雷の残滓だけだった。

 雷を放って相手にぶつけるだけ。言ってしまえば極めて単純で、そして防ぎようの無い暴力の塊。それが男の持つ魔法だった。

 何せ、雷の速度は音をも超える。光ったと思った時には――いや、そう思う事すらも許されず、あらゆる炎を超える熱の矢に穿たれる。”殺す”、そう男が思った時には既に殺戮は成立しているのだ。

 これこそが魔法使いを化物と言わせる理由だった。魔法使いにとって、魔法とは呼吸に等しい。呼吸で人を殺せるとなれば、それは確かに人間という枠組みから外れている。何度と無く繰り返してきた一方的な虐殺を終え、改めて男はその事実を他人事の様に思った。

 

「……妙に疲れた気分だ。さっさと休める場所を探すか」

 

 深い溜息を吐いて、男は身を翻す。何十人もの騎士団を殺害するのは何ら手間が無かったのに、一人の女と喋るのは異常なまでの疲労感――というか徒労感を抱かせていた。

 というか結局何しに来たんだあの女。貴族とか絶対ウソだろあの頭の悪い物言い。今しがた自分が殺した、最後まで意味不明なままだった女の事を考えながら、男は行く先も考えず歩み始めた。

 

「――ふっ、ふふっ」

 

 その一歩目の事だった。小さな、しかし綺麗な音が、男の背後から聞こえる。

 ……何だ? 何の音だ? 男は、その音の意味を知らない。故に、足を止めて硬直した。

 

「ふふっ、ふふっ、ふっ……あーっ、はっはっは!」

 

 男の人生にとってその音は無縁な物だった。故にすぐにはわからなかった。それが、人間の笑い声である事を。

 男の常識にとってその声は奇妙な事だった。故になにかはわからなかった。それが、人間が居るという事に。

 振り向き、目を見開く。男にとって、それは異常な事だった。それが――()()()()()()()()()()という事だったからだ。

 

「ッ、馬鹿な!? 確実に殺した筈ッ……! 貴様、魔法使いだったのか!?」

「ふっ、ふふっ……知らないとは言わせませんわよ。わたくしという人間を……! フェルティシア・ヴァンティール――ヴァンティール流貴族殺法(ノーブルアーツ)の継承者の名を!」

「いや知らんが!? 初対面だが!? なんだ貴族殺法(ノーブルアーツ)って!?」

 

 男にとって、それは驚天動地とすら言える程の事だった。目の前の女は、自分の魔法を受けて生きている。それも、三段笑いまでキメる程に元気百パーセントな上で、だ。

 一発で人間を炭化させる程の雷を受けた筈の娘は、両腕の袖が焼け落ちている以外の変化が無い。いや、よく見れば腕の表面から僅かに熱気が立ち昇っている。

 何かの魔法で防御したのか。そう思った瞬間、男は自分の思考を自ら否定する。男の雷は防御という思考よりも速く直撃する物であり、何よりも目の前の女からは全く魔力の気配が無い。

 っていうか何? 貴族殺法って何? いや……何? かつてない混乱が男の頭を支配していた。

 

「貴族殺法とは乱世に於いて一騎当千と言われた無双不敗の闘法……即ち、魔法使いが千人に一人とされるならば、”貴族”とは一人で千人を超える存在なのですわ!」

「言葉の拡大解釈にも程があるだろう! ”一騎当千”はそんなド極論な意味では無い! というか、何で死んでいないのかそこだけがサッパリわからんのだが!?」

 

 フェルティシアはドヤ顔で、男は引き攣った顔で。互いが互いのヒートアップした感情を顔に浮かばせ、声としてぶつける。しかしそれは、あまりに一方的な言葉のドッジボールだった。

 フェルティシアは自分が生きているのが当然とばかりに胸を張って其処にいる。そんな訳は無い。男の雷撃は確実に命中し、そしてそれは絶対的な殺傷力を持つ。それを受けて生きている事を、目の前の女は”当然”と信じているのだ。

 ……という事で、男はもう一回女をぶっ殺してみる事にした。

 

()()()()()ますわよッ!」

 

 無言で男はフェルティシアへ掌を向け、再び不可視・不可避の雷轟が放たれる。

 光。直撃。音。空気が吹き飛ぶ。先程と同様に、音を置き去りにした紫電が閃き、フェルティシアの体へ確かに叩き付けられた。

 だが、フェルティシアはそれを()()()()()いた。放たれた雷の照準にされた心臓を、フェルティシアの交差した両腕が覆っている。その腕からは先程と同様に薄煙が上がっており、それは即ち男の放った雷を腕二本で防ぎ切ったという事を意味していた。

 ()()()()()()()()。雷は人間の、いやあらゆる生物が目で捉える事など不可能な速度で空を駆ける。その上、男の雷は一撃で人間の全身を炭化させる程の熱量を持っているのだ。それを腕二本で防ぐなど――って、()()()、ってなんだ? 途中で男の思考が停止した。

 

「……なんっ……何を、した……?」

「貴族殺法が一つ、『无盾』(ノーブルシールド)……! 『昂氣』(ノーブルオーラ)を一点に凝縮する事で、貴方の雷を相殺したというだけですわ!」

「”だけ”じゃないだろう”だけ”じゃ! そもそも『昂氣』(ノーブルオーラ)ってなんだ!? 少しはわかる言語を話せ会話が成立しないだろうが!」

「流れで理解しやがれですわ!」

「流れが狂ってると言っているんだこちらは! 大概にしろ馬鹿!」

 

 『昂氣』。フェルティシアの得意とする貴族殺法の一つであり、その実態は「めっちゃ力を入れる」、ただそれだけの技だ。

 しかし疑問に思った事は無いだろうか。どれだけ全身に筋肉をつけてフルパワーを発揮した程度で、馬車プラス十人以上の人間を牽引する程の力が生まれるのかどうか。答えは”否”、(ファンタジー)(メルヘン)じゃあ無いのだから、そんな事があり得るわけがない。

 しかしそれを可能にするのが貴族という存在であり、そして貴族流技(ノーブルスタイル)が乱世において敗北の二字は無いとされた理由の一つなのだ。

 

「ならば視える様にして差し上げましょう――()ァーッ!!」

「うおっ眩しッ……いやなんで眩しいんだ!? 何故光ってるんだ貴様!?」

「貴族とは、民達にとっての希望(ひかり)……即ち、眩く映る者なのですわ!」

「実際に光る理由にはなっていないだろうがッ!」

 

 裂帛一声、フェルティシアの全身が一瞬光を放つ。その輝きは男の放った雷霆にも劣らないモノであり、人間その物が発光するという珍現象に男は動転した。

 ――『偉大な相手というのは輝いて見えるもの』、そんな言葉がある。それはつまり、真に()()たる貴族が醸し出す雰囲気(エネルギー)は実際に見える形――即ち、()()となるのだ。

 天と地・火と水。あらゆる自然の内にありながら、それらにすら愛された貴族の”高貴”は”光輝”となり、その身を輝かせる。そしてこの輝きこそが、貴族の気品と呼ばれるモノだった。

 それが『昂氣』(ノーブルオーラ)の奥義――『光輝』(ノーブルシャイン)。限界まで高めた『昂氣』を光として体外へと放出し、身に纏わせる技。その輝きはあらゆる刃を徹さず、あらゆる魔をも滅するとも伝えられている、究極の矛と盾なのだ。

 

「仮にその謎の光がオレの雷を防げるとして……いやそんなバカな事信じられんが、ともかく仮定するとして。”視えた”とは何だ、雷は人間の目で捉えられる様なモノでは無いハズだ!」

「そうですわね、貴方の雷霆は美事(みごと)なモノでしたわ。わたくしの慧眼とて、その速度はまさに光陰矢の如し。初撃を完全には見切る事成らず、吹き飛ばされてしまいましたわ」

「”慧眼”は動体視力ではなく”光陰矢の如し”は実際の速度の意味ではない! 言葉を弄ぶな話が進まんだろうが!」

「ならば解りやすく言いましょう。わたくしは視たのは雷の前触(まえぶれ)――貴方の魔力その物ですわ」

「……なんだと……?」

 

 ツッコミが追いつかなくなってきた所で、フェルティシアの口から出た核心だろう言葉に男が舌を止める。

 魔力を視る。それもまた、本来不可能な事象だ。魔力とは結局の所、魔法使いのみが生来持つ実体の無い、それこそ肺を満たす空気に近い。

 魔法使いの中には『魔眼』と呼ばれる、見えない何かを視る力を持つ者も存在する。だが、目の前のトンチキ女からはやはり魔力の気配など欠片も感じられない。

 そう考えた所で、男はフェルティシアと目が合う。深い海の様な、藍色の瞳がある。というか、色が深すぎた。具体的には、瞳孔が限界まで開き切っていた。

 

「貴族には人を、物事を、そして民を導く未来を視る眼が必要。その極致こそが貴族殺法が一つ『卿眼』(ノーブルサイト)――めッッッちゃ、目が乾くという膨大なリスクの元、見えないモノを視る技ですわ」

「ショボいわリスクが! 目が乾く程度のコストで魔法使い(ほんにん)にすら見えないモノを見切るんじゃない、馬鹿にしているのか!?」

「馬鹿にしているのはそちらですわ! 今わたくしは物凄くまばたきしたくて堪りませんのよ! これでドライアイになったら貴方はどう責任取るつもりなんですの!?」

「貴様の勝手を責任として押し売りするないい加減にしろ!」

 

 『卿眼』(ノーブルサイト)。それは、『昂氣』を使いながら限界ギリギリまで目を見開いた状態でのみ発揮される、貴族の真の瞳だ。

 心眼、あるいは第三の眼。そう(まこと)しやかに言われるモノの一つこそが、この技だ。限界まで鍛えられた動体視力にさらに『昂氣』を重ねがけする事によって、風を舞う極小の塵粒の数すらも瞳に捉える事が出来るようになる。

 フェルティシアは魔法使いと出会った事が無い。故に、この技で魔力が視えるかどうかは分からず、そこんとこは出たとこ勝負だったが、”まぁ出来るでしょう”という確信を持ってはいた。

 そう、貴族流技(ノーブルスタイル)は不敗。であるなら、魔法程度を見切れずして何となる――!

 

「いかに雷が光速(はや)かろうが、その前兆である貴方の魔力の出は音速(おそ)い。雷が発生する直前、貴方の掌とわたくしの体の間に魔力の線が繋がれる。後はそこを駆けて来る雷撃を『无盾』(シールド)するだけでいい、というワケですわ」

「……頭が痛くなってきた……」

「わたくしも腕がそこそこに痛いですわ。しかもお気にの服も袖がボロボロにされて、心のダメージはさらに加速していましてよッ……! さぁ、懺悔の準備は宜しくて!?」

「よろしいワケあるか! さっさと死ねバカ女!」

 

 男は自分の魔法を理不尽に防がれた事で傷付いたプライドで、フェルティシアは自分の一張羅の袖が完全に燃え尽きてしまった事で。二人の怒りが臨界点を超え、互いが互いへ殺意をぶつけ合う。

 男は両腕を横へ広げ、自身の魔力を四つに分割して一文字に広げる。瞬間、四つの雷霆の矢が眼前全てを覆い尽くす様に放たれた。

 四重の紫光が放たれ、一瞬遅れて先程の雷撃を遥かに超える轟音が響き渡る。腕で防ぐと言うのであれば、防ぎようが無いほどの範囲を飽和攻撃すれば良い。本来は対多数の敵を薙ぎ払う為の魔法を、男はたった一人の人間に振るった。

 しかし、それは過ちだった。男の前に立っているのはただの一人の人間では無い。今相対しているのはフェルティシア・ヴァンティールという、一人の”貴族”なのだから――!

 

「――ッ、()ォォォオッ!!」

 

 地を捲り上げた煙を潜り抜け、フェルティシアが地表を低い姿勢で駆け抜けてくる。

 もはやそれは”走る”のでは無く、”落ちる”姿勢だった。限りなく体を水平に傾け、相手へ向けた頭を腕二本で雷を受けながら、ただ一歩の踏切による横跳びでフェルティシアは男へ向けて突進(タックル)していた。

 

「なッ――」

「お、そいッ!!」

 

 最速・最短・真っ直ぐ・一直線に爆煙を突っ切ってきたフェルティシアに、男は反応出来ない。

 思考すら間に合わずに飛来したフェルティシアという名の砲弾を受けた男は、ノーバウンドで十メートル近くは吹き飛ばされ、自ら生んだ黒い荒野に転がされる。男は受身も取れず、胴に受けた体当たりと背に受けた地面の衝撃に脳を揺らされ、苦痛に顔を歪める。

 そしてその隙を見逃す程フェルティシアは、そして貴族殺法は甘くは無かった。

 

「貴族殺法が一つ! 『撃輪』(ノーブルワール)!」

 

 フェルティシアが男に体当たりして体が地面に落ちる、その直前で両手を地面に付き、勢いを殺さずに倒立しながら前方へ半回転し、地面に脚を付ける。

 突進の速度を維持しながら、さらにフェルティシアは前方へ逆立ちし一回転。腕・脚・腕・脚。曲芸師の如く体の天地を回転しながらも、速度はむしろ男に向かって加速していく。

 男の眼前に迫った所で、フェルティシアは加速を乗せた体を両脚で大きく跳躍させる。そして宙を舞いながら握った右拳を左手で覆い、落下と共に仰向けに倒れ込む男の顔面に拳の鉄槌を叩き込んだ。

 

「ゴァ゛ッ――」

 

 完全にフェルティシアの拳が顔面に埋め込まれた男は、鼻がへし折れる音と一瞬の激痛の後に意識を失う。

 拳の後に着地したフェルティシアは男に馬乗りとなり、再度握った拳を振り上げる。そのまま何一つ迷わず、振り上げた拳を凹んだ顔面へぶち込み直した。

 

「ォ゛ッ……」

 

 追撃を受けた男は、肺腑から濁った空気を漏らして絶命する。フェルティシアは念の為もう一度拳を振り上げて構えるが、男が完全に死んだのを察して拳を解いた。

 『撃輪』(ノーブルワール)。距離を取った状態で前方回転を繰り返して加速し、その速度を乗せた跳躍からのアームハンマーを叩き込む、貴族殺法の中でも大技に分類される技だ。

 貴族の二つの拳に通常の二倍の跳躍を加え、その直前で三倍もの前方回転力を加える事によって生まれるパワーは、人間の顔面どころか鋼鉄の盾をも叩き割る程の力を持つ。

 さらにそこからマウントポジションを取る事で、一打目を耐えた相手に対して二打・三打・四打と、敵が死ぬまで上から殴る事を止めないという二段+α構えの技なのだ。

 

「……千人に一人。そう聞いていましたが、実物は想像以上でしたわね」

 

 ゆらりとフェルティシアが立ち上がり、かつて”魔人”と呼ばれた亡骸を見下ろす。

 フェルティシアがこの男を倒しに来た理由は、この領内にいる民草への脅威を討滅しに来たのが最大の理由だったが、それに次いで”魔法使い”という存在と実際に立ち会いたかったからだ。

 一騎当千、無双不敗。その言葉は在っても、それを事実として確かめる事は難しい。故に、フェルティシアは魔法使いとの正面対決(タイマン)を望んだ。

 千人に一人とされる存在。理を隔絶した化物。死の具現。そう呼ばれる魔法使いという存在に打ち勝てば、『貴族流技』の伝説の一つの証明となる。

 ぶっちゃければ、ちょっと一度()ってみたかったのだ。

 

「とはいえ……気分はあまり宜しいとは言えませんわね」

 

 男の体の上より離れ、フェルティシアは陥没して未来(まえ)が見えなくなったその顔面を見やる。

 殺人への忌避はフェルティシアには無い。罪には罰を、悪には鉄槌(こぶし)を。『貴族殺法』とは罪悪を手づから裁く断頭の刃であり、事実乱世に於いては千を超える死血を浴びた。

 しかし、だからと言って何も思わない訳では無い。実際に話して解ったが、目の前の男は単なる快楽殺人者では無かった。大量の人間を殺した荒野の上で、男は凪いだ顔をしていた。

 殺人その物には何ら感慨を抱いてはいなかっただろう。しかし実際に話してみれば、人間らしい感情がちゃんと存在する事が大量のリアクションからハッキリと伝わってきた。

 必要だから、仕方ないから殺す、ただそれだけ。男に正義は無かったが、その在り方は純粋に貴族の義務として外敵を討つフェルティシアと極めて類似していた。

 

「……輪廻があるならば。願わくば、来世は共に覇を競う武人と成る事を祈りますわ」

 

 水平にした両腕を体の前に出し、広げた左掌に握った右拳を当てて一礼する。

 そのままフェルティシアは、もはや死のみが残る黒い荒野を後にした。

 




”魔法使い”――……
人間の中で千人に一人生まれるかどうかと言われる、突然変異の”種族”。
生まれながらに魔力と呼ばれる無形の力を持ち、超常現象を感覚的に起こす事が出来る。
かつて戦乱の世に於いて世界最大の殺戮者とされた魔法使いは『魔王』と呼ばれ恐れられたが、それを断罪討滅した存在こそが『貴族殺法』の使い手であった――!
……――ミンメイ・ブックス 著


「剣と魔法のファンタジー世界」なのに魔法要素が薄かったので入れました。
よくある感じのファンタジー小説でしたが、読了ありがとうございました。
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