【完結】邪神系TS人外黄金美女が古代神話世界でエルフ帝国を築くまで   作:所羅門ヒトリモン

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処刑。裏切り。ペラ回し。


ホワイトダーク・ダイアモンドダスト Ⅲ

 

 

 

 異境の神と対峙した時。

 龍の國の一般的な騎士には、およそ三つほどの選択肢がある。

 

 すなわち、戦闘、逃走、死亡の三つだ。

 

 これは大まかに、主神である龍神(プロゴノス)から、その騎士がいったいどれだけの祝福を授かっているのか。

 肉体の頑健性、自然治癒、生命力がどこまで優れていて、いったいどの程度の損壊(・・)までなら耐えられるのかによって話が変わってくる。

 

 無論、一概にどのラインから神との戦闘が可能かなど。

 そんなものは、対峙した神がどういった性格をしていて、また、人間に対して基本的にどういうスタンスを取っているのか。

 温厚なのか攻撃的なのか。

 所持する権能の特性や種類、外見上から得られる情報等によって、大いに変わってくる。

 

 そのため、一般的な騎士と言っても、そのほとんどは逃走か死亡のどちらかを選択することになるだろう。

 

 神が矮小な人間を見逃してくれるタイプなら良し。

 逃走を選択すれば、男として屈辱を味わうかもしれないが、とりあえず生存の二文字は味わえる。

 

 神が矮小な人間を見逃さず、愚かにも背を向けた下等存在に慈悲なき暴威を振るうタイプだった場合。

 その時は、端から運が無かったと諦めるしかないだろう。神は言っている。ここで死ね。

 所詮は神と人。勝てる道理が無いのが当たり前だ。

 

 なので、逃走も死亡も、究極的な意味では敗北に変わりない。

 

 では──戦闘はどうか?

 

 こちらも仮に挑んだところで、人間では神に敵わず、いいように弄ばれるのがオチに思える。結末は変わらない。そのはずだ。

 

 しかし、

 

戦闘(・・)とは(・・)たたかうコト(・・・・・・)……)

 

 ただ遊ばれ、オモチャのように壊されるだけの無意味は、そも初めから戦闘とは呼ばない。

 龍の國の騎士には、正しい意味で、神と戦うすべ(・・)が存在している。

 

 否、用意されている。

 

 それは……

 

(プロゴノス様の覚えめでたく、授かった祝福の(たか)が『大騎士』の域に届いている場合だ)

 

 神の使徒として最上位の証であり、天からの寵愛を文字通り一身に受ける存在になるコト。

 つまりは、百年前より変わらず王位につき続け、今なお永遠の若さと共に玉座にある我らが王。

 

 龍の國で唯一の大騎士──『少年王』フォスと同じ域にまで達すれば──理論上、異境の神との戦いも可能である。

 

 彼の王は、それゆえ、不死身がごとき生命力を獲得し、水晶樹の森の女神デラウェアを殺害することで、今の名声と権力を手に入れた。

 

 龍の國の騎士にとって、いずれは自分も大騎士となる未来は共通の目標である。

 

 だが、

 

(プロゴノス様が大騎士に認めるのは、当代の王が死に、次代の王が決まった時だけ)

 

 龍の國は力がすべて。

 貴族などの身分制度もあるが、王になるのは國で一番強い男。

 奴隷から村の牧人まで、腕に自信さえあれば剣を握り殺し合い、最後まで立ち続けた者が王となる。

 貴族とは、言ってしまえば過去の王の親類縁者。

 騎士とは、いずれ王位を狙い大騎士とならんと目論む者たち。

 

 他の國がどうかは知らん。

 

 少なくとも、龍の國ではそれが常識であり伝統となっている。

 

 そのため──王の在位に問題なく、その生命に何の支障も無い時、通常の騎士は個人差はあれ、皆が只人(ただびと)の域を出ない。

 

 大騎士候補(・・)と呼ばれる者はいても、その称号は王だけのもの。

 

 神を殺す。

 

 そんな恐れ多い真似を果たしおおせるのは、もはや神にも等しい人外の所業。

 人を超えた人。現人神(あらひとがみ)に他ならない。

 北部先遣……北の森ヴォラスにやって来た総勢百名の男たちも、さすがにそこまでは自惚れられない。

 異境の神と出くわせば、皆、最低でも命を懸ける覚悟が必要だ。

 戦闘を可能にするほどの祝福は、大騎士でなければ得られないと十分に弁えている。

 

 

(──とはいえ。いつの世も、例外(・・)とは存在するものだッ!)

 

 

 にわかに騒めき始めた野営地。

 複数の剣戟と、男たちの鈍い怒声が重なり合う背後。

 二名の部下が黄金に変えられ、目の前には超然と神威を発露させる邪神。

 北部先遣部隊の隊長を務める大男──ダグダは、緊迫した空気をヒリヒリと感じつつも、胸の内でひそかに勝算(・・)へと思考を巡らせる。

 

 この(カイブツ)は殺さなければならない。

 

 美しい女のカタチをしているが、その本質はひどく邪悪だ。

 人類にとっての天敵と言い換えてもいいだろう。

 部下が黄金に変えられたのもあるが、それ以前の問題として、全身から滲み出る魔力が違う。

 女神であれば、多かれ少なかれ人を惹きつけ魅了するのは仕方がない。

 

 しかし、この邪神から醸し出される魔力は……ハッキリ言って相当に危険だ。

 こうしている今でさえ、欲望(・・)にぐらつきそうになる自分を強く感じる……

 

 

(──オレは、べつにテメェを立派なニンゲンだと思ったコトはねぇ。

 戦争にかこつけて、大勢殺してきた。女も子どもも、容赦なく奴隷にした。

 犯し、貪り、奪い、遊び──そして笑ってきた。

 だが、そんなオレでも……コイツ(・・・)が斬らなきゃいけねー相手だってのは分かる……)

 

 

 悪魔、というのは人間が作り出した空想上の存在だが。

 もしもそれと、同じ名を背負うに相応しいモノが、この地上にいて。

 ソイツが、自らの悪性を何ら自重しない、ワガママな奴なのであれば。

 きっと……ソイツは悪魔と呼ばれても何も問題ない、真性のカイブツだろう……目の前の邪神は、明らかにそれ(・・)だ。

 

 ──ゆえに。

 

 

「………………」

「あ?」

 

 

 ダグダは腰を大きく落とし、身を前傾に倒しながら、両手で剣の柄を強く握りこんだ。

 龍の國の騎士として、ダグダは強い。強いからこそ、隊長を任せられている。

 

 その実力は……ハッキリ言って『大騎士候補』だ。

 

 磨き上げられた騎士としての武錬。恵まれた体格。祝福によって手にした身体能力は岩をも砕く。

 本気で地を蹴り上げれば、巨猪ダエオドンの突進にも勝る衝撃が奔るほどだ。

 

 もちろん、祝福の嵩で言えば、神殺しに届く保証は何も無い。

 

 権能による一撃をもらえば、助かる見込みは皆無に近いだろう。

 牙の神オドベヌスは戦闘向きの権能を持っていることでも知られ、だからこそここまでの道中、警戒を続けてきた。

 

 然れど!

 

 

「お初にお目にかかれて誠に幸甚の極み。不遜は承知で、問いを投げさせていただく。……汝、如何なる神性なりや?」

 

「──へぇ。驚いたな。その剣呑な目付きは気に入らないが、龍の國の騎士にも少しは弁えてるやつがいたか。──いいぜ。答えてやるよ……俺は『黄金』だ。見ての通りの、な」

 

(──やはりッ!)

 

 

 ダグダは目を見開き、勝算を確信した。

 この大陸に存在する神は数多(あまた)いるが、どの神も共通してあるひとつの特徴がある。

 

 龍神プロゴノスは、あらゆる獣の祖・生物の神としてドラゴンのカタチを持ち。

 霜天の牙オドベヌスは、冬の厳しさと命を刈り取る死神として、獰猛な剣歯虎にも似たスガタを得た。

 

 ……そう。すべての神は、自らの性格と権能に沿った外見を持つ!

 

 ならば、目の前の『黄金』も変わりはあるまい。

 一端の戦闘者ならば、見ただけで敵がどの程度のやり手(・・・)かは分かる。

 神である以上、侮ることはできない。

 しかし、眼前の女は佇まいも素人! 見た目通り、ただ美しいだけ。危険な香りを振り撒いているが、それだけだ。

 

 つまり……不意打ちであれば、いくらでも隙を突くことができる!

 

 

(人間を金塊に変えちまうのは、そりゃヤベェ……見られたまんまでいるのも、さっきからめちゃくちゃマズイ気がする……でもな)

 

 

 邪視の類いは相手の視界から逃れてしまえば何の問題もなく。

 足元には、蹴り上げれば十分に目くらましになる雪。

 

 ──黄金の魔眼、なにするものぞ。

 

 

それだけ(・・・・)なら、オレの方が一瞬(・・)速いッ!!」

 

「────」

 

 

 ダグダは獰猛に口角を吊り上げ、一気に前進した。

 と同時に、大地を捲り上げるつもりで、大きく一歩を踏み込む。

 衝撃により、ダグダの前にも雪が壁のように(・・・・・)舞い上がるが、問題はない。所詮は雪。ダグダの剛剣の前では紙吹雪も同然。よもや卑怯とは思うまい。

 

 このまま、やることは単純だ。

 

 振り上げた剣を、容赦なく振り下ろす。

 相手は異境の神とはいえ神は神。

 ただでは済まないだろうし、身体の半分は持っていかれるかもしれない。

 

 ──それでも。

 

 

(もうひとつ……オレにはさらに切り札があるッ!)

 

 

 それは懐に秘めた聖遺物。

 龍の國の騎士のなかでも、特別認められた者のみ所持するコトが許される戦利品(・・・)

 

 かつて、ダグダたちの王が水晶樹の森に攻め入り、エルフたちを虐殺し、その宝物庫から簒奪したと云う……神の鍛造物。

 

 名を、聖遺物・水晶剣──その働きは、神威の無効化(・・・・・・)

 

 見かけは小さな水晶細工の短刀に過ぎないが、女神デラウェアがエルフたちを守るため、その昔、百以上も造ったと伝わる水晶系、最高位の聖遺物だ。

 一説には、これがあったから、王はエルフたちを真っ先に狙ったのだとも言われている。

 

 そして、これを持っている限り……ダグダにはチャンスが絶対に訪れるワケだ。

 

 なぜなら、水晶剣はどんな神の加護や権能だろうと、一日に一度、ひとつの対象ずつ、必ず無かったコトにできる。

 

 先ほどは部下との会話中、近くに不審な気配を感じ、周囲一帯に向けてひそかに使った。

 何らかの加護を用い、隠密していたはずのエルフの少女を発見・捕獲できたのは、そのためである。

 

 ──で、あるならば。

 

 いま、黄金の邪神がその権能をダグダに向けても、一瞬の隙がモノを言うこの状況で、明らかに暴力に秀でたダグダが、無惨に散りゆくだけの展開は絶対に無いッ!

 

 

(先手は打った! 『勝機』はいまッ! ここで決める……ッ!!)

 

 

 ダグダは裂帛(れっぱく)の気合いと共に剛剣を加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それを。

 

 

「“閉塞打破(エレフセリア・イカルス)”」

 

 

 指を軽く、クイと。

 あらゆる制約、あらゆる(しがらみ)、あらゆる封を棄却する権能を以って。

 黄金のカイブツは、嘲笑うように片手間で拒絶した。

 

 

「ッぬ、グアァァぁああッ!!??」

 

 

 途端、見えぬ力に全身を引き戻され、勢いよく上空へと叩き飛ばされるダグダ。

 運動エネルギーの突然の氾濫に、鎧の内側で、いたるところが鞭打ちになる。

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!

 

 脳内に木霊するのは激痛の絶叫。

 内臓はシェイクされ、前後左右上下の感覚が、一斉にパニックと化した。

 そのうちに、眼球が飛び出て、口から胃液とも血とも判別できない汁が、泡となって吹き出る。

 

 自身の剛剣が、雪の壁を斬り裂き、問答無用の暴力を叩き込もうとした僅かな間隙。

 鉄の刃が邪神の頭蓋に触れる寸前で、いったい何が起こったのか。

 

 それすらも、ダグダにはもう分からない。

 

 マトモな思考機能を維持するには、あまりに一瞬で全身の生命機能を台無しにされた。

 

 そして

 

 

「ああ──悪い。俺、権能三つあるんだよ」

 

 

 地面に墜落した刹那。

 ダグダは最後に、そんなような言葉を聞いた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「──さて、と」

 

 大男が死に、地面に真っ赤な染みができた。

 俺は吐息をひとつ漏らして、あらためて気を取り直す。

 ルキアの居場所まですんなりと案内してもらうつもりだったが、この分では自分で探すしかない。

 

 

「魔力が強すぎたか……? さすがに人間ふたり分の黄金となると、中身は完全にイカレちまうみたいだな」

 

 

 一見正常そうに会話ができると見せかけておいて、その実態は、初めて遭遇したクズたちと何も変わらない。

 期待していただけに、やや残念な気持ちだった。

 

 

「他のヤツらと違って、明らかに別格そうな雰囲気が漂っていたのに」

 

 

 実際、こちらが何者なのかを誰何(すいか)する礼儀があり、表面上だけだったが、言葉遣いもなかなかに弁えたものだった。

 龍の國の騎士としては、はじめて、少しはマシなヤツもいるんだなと感心していたものだが……まぁ、結果がこうなっては仕方がない。

 “黄金楽土(クリューソス・パラディソス)”は素晴らしい権能だが、やはりまだ、繊細な力加減となると難しいものがある。

 

 

「しっかし、黄金()の言いなりになる奴隷化パターンならまだしも、斬りかかってくるのは新しいパターンだったな」

 

 

 反射で殺してしまったが、案の定、俺の心は小波(さざなみ)ひとつ起こらない。

 思えば明瞭に、たしかな殺意を持って人を殺したのは、コレが初めてのはずだが。

 

(所感としては、「俺の前に立ちはだかった大男(コイツ)が悪い」の一点しかないな)

 

 我ながらハッキリと狂っている。

 が、どうやら今現在の俺は、自分が思っている以上に、『壁』や『障碍』といったものが気に入らなくなってしまっているようだ。

 高次存在の化身(アバター)として、半ば本能で権能を行使していた。

 トリガーとしては、俺が少しでも閉塞感を覚えたら発動させてしまう感じだ。

 道ばたのゲロとかを見て、思わず「オエッ」となるのと同じである。

 気が緩んでいると、最悪、無意識で人を殺しかねない。困った話だ……

 

 

「まぁ、そんなコト、いまはどうでもいい。

 それよりルキアはどこだ?」

 

 

 俺はコキリ、と首を鳴らし辺りを観察する。

 少し遠くの方では、

 

「なんだコイツ!?」

不死(しなず)……なのか!?」

「まさか大騎士!?」

「んなワケあるか! 俺らの王は健在なんだぞ!」

 

 と、何やら順調に陽動を果たしてくれているらしい(イヌ)の頑張りが聞こえてくる。

 わざわざアホみたいに目立つ黄金の騎士甲冑を着せた甲斐があったというものだ。

 べつに、龍の國の騎士が何人いたところで、俺の敵なんかじゃあないが、わざわざ汚らしいゴミを片付けるのに、自分の手を汚す必要はない。

 穢らわしい埃が飛んでくる前に、さっさと囚われの姫君を颯爽と助け出すコトにしよう。ルキアは喜んでくれるだろうか。

 

 愛らしい少女の顔を思い浮かべ、俺はニコニコしながら粗末なテントを検分していく。

 

 

「ルキアー? ルキア、いるかー? 俺だぞー、俺が来たぞー。こっちにいるのか? それとも、ここ? んー……ここか!」

 

「……ん。あ、貴女様は……」

 

「ルキアッ!」

 

 

 四つ目のテントを(あらた)めると、後ろ手に縄をかけられたルキアが、ちょうど目を覚ますところだった。

 俺は急いで駆け寄り、チャチャッと縄をほどく。

 そしてそのまま、華奢なカラダを優しく抱き起こし、安心させるように微笑んだ。

 

 

「よかった。キミが無事で」

 

「え……」

 

「もう大丈夫だ。助けに来たんだよ」

 

「たす、け……?」

 

「……ああ。キミを奴隷になんかさせない。俺はキミが好きだから、キミを苦しめるあらゆるモノから、キミを守るコトにしたんだ」

 

「────まも、る?」

 

 

 ルキアはまだ意識がハッキリしないのか、呂律の回らない様子で、鸚鵡返しに俺を見上げるばかりだった。

 ……こういう場合、疑われるのは軽い脳震盪(のうしんとう)か、あるいは何らかの薬物によって気を失わせられていたお決まりのパターンだが。

 

(見たところ、ルキアの頭にこれといった外傷は無い。となると、何かのクスリか……?)

 

 騎士と言っても、半分以上は人攫いや強盗みたいなヤツらだ。

 希少なエルフの少女を見つけ、手荒な手段で拘束を試みたとは思えない。

 侵略、略奪、人身売買に手馴れているなら、人の意識を安全に奪う道具には事欠かないだろう。

 だが、本当にそれが安全な手段なのかは、きっと誰にも保証できない。神話の時代なら尚更だ。

 薬も毒も要は同じ。容量を間違えれば、容易く命に関わる。

 

 確定していた殺意に、ますますの燃料が注がれるようだった。

 

 

「…………」

 

「ぁ、きゃ!?」

 

 

 俺はすっくと立ち上がり、ルキアを抱き抱える。

 持ち上げる際、ルキアが小さく驚きの悲鳴をあげたが、気を遣う余裕もないほど衝動が止められない。

 

 この女は──俺のものだ。

 

 もはや誰にも何にも傷つけさせる気にはなれないし、一切の遠慮もしたくない。

 目を離せば、また危害が及ぶ恐れもある。

 

 ……少なくとも、ルキアの意識が明瞭になるまで、こうして肌身離さず彼女を守っていなければ、思わず俺自身が、危険な発想に飛びつきかねなかった。

 

 大事に、大事に……しっかり抱き締める。

 

 そんな俺に、ルキアは戸惑う様子を見せたが、抵抗はしなかった。

 気を許してくれているのか、それとも、抵抗するだけの気力もまだ出てこないか。

 どちらにしろ、この両腕の中にルキアがいて、その生命と尊厳がたしかなものであれば何でもいい。

 俺はテントを出た。

 

 すると、

 

 

「──我が君」

「オマエか」

 

 

 テントの前には、全身いたるところに真っ赤な血を塗りたくった、黄金の騎士甲冑が静かに跪いていた。

 剣、槍、斧、弓。

 目視できるだけでも、実に様々な武器が甲冑の隙間から肉体に刺さっている。

 

 しかし、黄金の騎士は呻くことも、激痛にのたうち回ることもしない。

 

(見た感じ、相当な致命傷だろうにな)

 

 俺が与えた黄金の剣も手放さず、荒く呼吸を乱すことすらしないで、ジッと。

 ただ、主からの賞賛を待つ忠犬のように、俺を見上げている。

 

 “閉塞打破”による不死の加護は、きちんと働いているようだ。

 

 

「敵はどうした?」

 

「ハッ、御下命(ごかめい)まっとうし、全員始末しております──が、申し訳ございません」

 

「なんだ」

 

「あなた様より頂いた、この黄金鎧。それに加え、偉大なる不死の祝福があるにもかかわらず、思いのほか手間取りました。この失態は、是非とも今後の働きで挽回させていただきたく──」

 

「……ああ、そういう話か。

 なら、生憎だけどその必要はないぞ?」

 

「──は?」

 

「もうオマエに用は無い。元から生かしておくつもりも無かったし。実験(ゲーム)と言っておいたよな? ──ま、そういうコトだよ」

 

 

 パチン、と指を鳴らし、俺は躊躇なく加護を取り上げた。

 瞬間、血塗れの黄金騎士はドサリと横に倒れ込み、拒絶されていた死の運命が一斉に忍び寄る。

 

 

「っ、な……な、ぜ……?」

 

 

 かひゅー、かひゅー、と零れる虫の息。

 見開かれた(まなこ)

 倒れた拍子に外れ、雪の上に転がっていく兜とともに、青年の命もまた、流れ落ちるように目減りしていく。

 

 露になった顔には、いっそ哀れを誘うほどに「信じられない」という感情が映し出され、俺はそれを無感情に見下ろしていた。

 

 

「不思議か? だとすれば、これほど幸いなことはない。

 俺は出会った時から、ずっとオマエがキライだった。

 言葉を交わした時も、仮とはいえ祝福を授けた時も……俺はずっと、オマエに対して、虫唾が走るような想いでいっぱいだった」

 

 

 なぜか?

 

 

「オマエたち龍の國の騎士は、気持ちが悪い(・・・・・・)

 オマエたちは、いったいどうしてそこまで醜く在れるのか」

 

 

 生き様が醜い。

 主義主張が醜い。

 考え方が醜い。

 一挙手一投足。

 髪の一本から足の爪先にいたるまで。

 とにかく気持ち悪くて仕方がない。

 

 

「自分が気持ち良くなるためならば、何をしてもいいと云うその価値観。根本的なところで言えば、俺も大いにそちら側だ。けどな、それは大多数の者にとって……到底許容し得ない『悪』なんだよ」

 

 

 許せるはずはない。

 許していいはずがない。

 悪とは、許されざるものだ。

 

 

「金が欲しい。力が欲しい。女が欲しい。この世で無二の、絶対的幸福が何より欲しい。

 ……そういった欲望を、他ならない俺は絶対に肯定するし、誰より、俺自身が最も強くそれを望んでいる。

 ──だけど、だからといって、見ず知らずの誰かを不幸せにしても構わないんだろうか?

 自分が気持ちよく幸せに浸るためなら、誰かを地獄のドン底に突き落としてもまったく気にならない?

 たしかに! そういう考え方もできなくはないよなぁ」

 

 

 自分とは何の縁もゆかりも無い赤の他人。

 そいつが何処でどんな目に遭おうと、そいつが不幸になってさえ(・・)くれれば、代わりに自分が確実に幸せになれる。

 

 そういう条件が満たされた時、いったいどれだけの人間が、第三者を切り捨てずにいられようか。

 

 

「たとえば、同じ町で暮らす二人の人間がいたとしよう」

 

 

 ひとりは家を持ち、日々の稼ぎもズバ抜けて高い立派な社会人だ。

 対して、もうひとりは家を持たず、これといってたしかな定職も持たない、言ってしまえば小汚い浮浪者。

 両者はたまたま同じ町に住んでいるというだけで、もしかしたら何度かすれ違ったこともあるかもしれないが、基本的には赤の他人。

 

 

「その二人に、自分か彼か、どちらかを殺せば莫大な報酬をやろうと話を持ちかける。

 ただし、手を下すのは自身ではなく絶対に第三者。

 あなたたちは、その第三者に、どちらが死ぬべきなのかをアピールしなければならない──と説明する」

 

 

 すると、

 

 

「恐らく、大半の者は、この時点で浮浪者が死ぬべきだと考えるはずだ。

 浮浪者自身も、自分が圧倒的に不利なのは悟るだろう。

 なぜなら、浮浪者は何の役にも立たなそうだし、町で見かければ、誰だって眉をひそめる。

 理屈はいくらでも()ねられるが、基本的に彼らは臭くてかなわない鼻つまみもの。

 立派に働いているもう一人を殺すより、浮浪者を殺した方が、全体の益に繋がると当たり前のように考えて──でも」

 

 

 ここで、もしもそのもう一人(・・・・)が、こう叫んでいたらどうだろうか?

 

 

「その浮浪者をさっさと殺せ。私の方が遥かにマシな人間なのは明らかだ。どうしてこんな簡単な問題も分からないのか──とかね。

 切羽詰まった瞬間にこそ、人間の真価は発揮される。

 それを見た第三者は、恐らくこう思うだろう。

 果たして、本当に要らないのはどちらなのだろうか? と。──つまりだ」

 

 

 人間は醜い。

 誰も彼も、蓋を開けてみれば、その本質は当然のように歪んでいる。

 聖人だとか英雄だとかはこの際、考慮しない。

 ここで言う人間とは、誰でもない誰かを指し示す一般的な名詞としてだ。──で、あれば。

 

 

「奇しくも俗物の代表として、俺は人間(オマエ)たちの醜さを認めよう。業腹(ごうはら)ものだが、オマエたちの欲求には俺も理解を示せる」

 

 

 しかし!

 

 

「これもまた、奇しくも俗物の代表として言っておくが、俺たちは醜いからこそ、美しいもの(・・・・・)の価値を知っているはずだ。いや、知っておかなければならない」

 

 

 古今東西、人間の歴史で数多の物語が愛されてきたのは何故か?

 悪を倒し、正義を貫き、弱きを助け、強きを挫く、俗に王道と呼ばれる物語。

 英雄が何ゆえに英雄と呼ばれ、聖人が何ゆえに聖人と目され、愛と希望が何ゆえに賛美されて(しか)るのか。

 

 それはひとえに、人間がその価値を大いに認めているからだ。

 

 

(ひるがえ)って、オマエたちはいったい何だ?

 自らが人間であるのも忘れ、あたかも人間以上と言わんばかりにあちこちで傍若無人の限り。

 あまつさえ……こんなにも美しいエルフ(いきもの)を汚そうとする────そんなモノはな、人間とは言わない」

 

 

 狗畜生(いぬちくしょう)と、そう呼ばれるべき害獣だ。

 

 

だから(・・・)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 初めから人間とは思っていないから、そういう扱いもしない。

 

 

「オマエも、べつに俺の名を聞かなかったしな。利用するだけの関係だったのは、お互い様だろ?」

 

「ぁ……ァァ……!」

 

 

 もはや言葉を紡ぐ余裕もなく、青年は許しを乞うように必死に手を伸ばさんとする。

 しかし、すでに述べたが……俺とコイツの関係がどこまで続くのか、俺は端から、ここ(・・)までだと決めていた。

 

 

「どうしてなんだろうなぁ? なんでなんだろうなぁ?

 俺とオマエは会ったばかりで、言うまでもなく、俺がオマエを好きになる理由なんか、どこにも転がっていなかったはずだ。

 オマエとしても、こんな俺を信頼する理由なんか、どこを見渡したって無かったはずなのに。

 ──なぁ、どうして、オマエは俺をそんなにも信じ込んでいたんだよ」

 

 

 新しい出会いを経て、美しい女神に見初められて、特別な力を手にして奇跡の復活。

 まさか、たったそれだけのコトで気を許していたワケじゃあるまいに。

 俺はこんなにも俗悪で、ルキアに接するような時と同じ優しさは、チラともコイツに見せなかった。

 

 元より、何かを裏切らなければ存在を保てない邪神。

 

 初めから裏切るコトを決めていた分、ややあからさまに振る舞っていたつもりですらある。

 

 

「もちろん、オマエも分かっていて乗ったはずだ。そこは間違いない。いけしゃあしゃあと宗旨替えを宣言された時、オマエの目には野心しか無かった。でも、ああ……そうか。そこからの見通しが良くなかったんだな」

 

 

 いったいどうして、自分の今が明日も変わらず続いていくと疑わないのか。

 

 

「いや、あるいはそれこそが、オマエたち龍の國の騎士の傲慢(特性)なのかもしれないが。時代の勝者はどこまでも強気だよな? だからこそ──気持ちが悪い」

 

 

 神でもないくせに、そうまで驕り高ぶる人間の醜悪さ。

 尊ぶべき善を忘れ、慈しむべき愛を捨て、者皆すべて我の糧であると貪り奪う餓狼の心。

 端的に言えば、身の程を知れよ矮小卑賤。

 十把一絡げの青人草が、神のごとく、あるいは獣のごとく堕ちゆくは、ひたすらに不快である。

 人間は、人間であるがゆえに決して手放してはならない光があるはずだ。

 

 ゆえに──

 

 

人間(オマエ)たちの愚かしさと醜さを識る神として。

 また、それゆえに、真に美しいものの価値を識る神として。

 俺は、オマエを、ここで殺す。死ね──ゴミクズめ。

 ……もっとも、すでに聞こえてはいないだろうがな」

 

 

 足元に転がった黄金の剣を操り、墓標のように突き刺す。

 俺はそうして、フンと鼻を鳴らして──その場を後にした。

 

 

 

 

 北部先遣はこれで(しま)い。

 次はいよいよ牙の神──オドベヌスと決着だ。

 

 

 







自己嫌悪ゆえの憧憬からくる激重感情は最高ですネー

まぁ、それはさておき。
人間を相手にするなら、こうなるのは順当。
本番はやはり、神VS神!


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