羽沢さんちの看板娘〜BanG Dream!メンバーで大学ラブコメしてみた〜 作:渋川ジュン
「むにゃむにゃ……」
「卓馬くん。もうすぐ着くよ」
なにやら話しかけられたような気がして、俺は薄く目を開ける。
「──!?」
気づけば隣につぐみがいた。表情までは見えなかったが、彼女は小さく息を吸って、
「早く起きないと……イタズラしちゃうよ!」
「おはようございます!!」
いい目覚めだ。完全起床か失神かの二択だったが、前者で助かった。
電車から降りると、俺はつぐみの隣を歩いた。スーツケースの音がやや耳障りで、会話の邪魔をする。さっきのイタズラとはなんだったのか──そんなことばかり気になってしまって。
「あ、あれは冗談だからね!? どうしても起きないから、つい……」
「あぁ──」
彼女はあたふたしながら弁明していた。Afterglowのメンバーともこんなノリでやっているのだろうか。ライブでは縁の下の力持ち的な役割を担っているつぐみだが、結成のきっかけを作ったともあって行動力が尋常じゃない。
従兄妹《いとこ》にそんな感情は抱かない。そう決めていたはずなのに。会って数時間で、心は既に揺さぶられっぱなしだ。
「……ダメだな」
俺みたいな明らかに不釣り合いな男と何かあったりしたら、Afterglowメンバーや激烈なファンに殺戮されてしまう。
あくまで彼女は家族。妹に近しい存在で、この感情は一時の迷いに過ぎない。
「あっ、一番星」
駅を出たところで、つぐみは空を指さした。
「どこ?」
「見てみて。真上にあるよ」
つぐみの視線の先を追うと、薄い雲に挟まれて輝いている星を見つけた。
「お。一番星見つけるの、得意なんだっけ」
「そうだよ。さては卓馬くん、YouTubeのライブ見てたね?」
「バレたか……」
「えへへ、嬉しいよ」
腰に手を当てて勝ち誇るつぐみも、また可愛い。
◾︎
「羽沢龍次郎だ」
「恵子よ」
「一宮卓馬です……」
俺は閉店後の羽沢珈琲店のテーブルに座り、つぐみの両親と挨拶を交わしていた。
「娘に迎えに行かせてすまんな」
「俺は大丈夫ですけど……彼女は忙しいのでは?」
勉強、店の手伝い、町内会の青年部長にバンド活動──一日に50時間ぐらいないと全てはこなせなさそうだが。
「それについては問題ないわ。高校と違って、大学はたくさん自分の時間があるからね」
「それなら良いんですが……あと、女子大に進学してなかったことには驚きました」
「羽丘女子学園は高校までの系列だからな。それに、そろそろ男と関わっておかないと社会に出た時に困る」
厳格な父だった。強面で、娘とは似ても似つかない。つぐみはお母さん似のようだ。
「別に焦る必要は無いわよ。家にいいオトコも来たしね」
お母さんは満面の笑みで俺の顔を指さした。
「は? 俺?」
「む。そこら辺にいる得体の知れない男などに、ウチのつぐ……みはやらんぞ」
俺は思わず苦笑いをして、
「自分には釣り合わないですよ」
「そうかなー? お母さんは結構卓馬くんのこと気に入ったけどー♪」
「まだ挨拶だけだろう、母さん。決めるにはまだ早い」
「フフ、どうかしらね♪」
つぐみのお母さんは、やはりよく笑う。対照的にお父さんは強ばった面持ちを崩さない。
「改めて。不躾な自分ですが、よろしくお願いします」
俺は精一杯頭を下げた。アマチュアにもかかわらず超人気のバンド、Afterglowのメンバーと同じ屋根の下で暮らすことになるとは……
我ながら、胃がキリキリと痛む。見た目も性格も完璧な女に俺が何か出来るとは到底思えないが、せめて彼女の邪魔はしないようにしよう。そう思った。
◾︎
「卓馬くん、13番のテーブルにお願い」
「了解です」
ここに住み始めてから、三日が経った。俺は実家と繋がっている羽沢珈琲店の手伝い(バイト)をしている。
居候させてもらっているのだから、当然給料は出ない。それに、この手伝いは俺が志願してやっていることだ。
あと、少しつぐみに楽をさせてやりたかった。高校時代のスケジュールを見せてもらったが、社畜顔負けの鬼日程だったからな。……彼女の穴埋めをする形で、俺は開店から閉店まで永遠と働いているという訳だ。
「ご注文は?」
「サンドウィッチ、パン抜きで」
「それならサラダなどもございますよ」
元々、俺は人当たりのいいほうだと思う。つぐみのように良い笑顔を周りに振りまくことは難しいが、人間と関わることはそこまで苦じゃない。
まぁそんなことはどうでもいい。それよりも自分の仕事だ。
「フレッシュサラダ入りました!」
こうして何日か働いて感じたことだが、おかしな客が明らかに少ない。地域柄がいいのか、親切な人が多かった。
「おう」
叔父さんもとい、つぐみのお父さんは厨房に立って黙々と料理をしている。スイーツから本格飯までお手のもの。そりゃあ、人気店にもなるわけだ。
「はい、こちらがブレンドコーヒーになります♪」
おまけにお母さんは愛想がいい。あの看板娘もいるのだから、羽沢珈琲店は将来安泰だ。
「あ、お客さん待ってる」
「俺行ってきます!」
昼の時間帯は特に忙しい。俺たち三人は、何時間立ちっぱなしなのやら。
さて……接客時は笑顔、と。
「コホン。いらっしゃいま──」
ん?
「あれぇ〜、今日はつぐいないんだ〜」
「……二名です」
とっても見覚えのある二人組が、目の前に現れた。
「もしかしてぇー、バイトの方ですかー?」
「モカ、そうやってすぐ店員さんに絡まないで」
赤メッシュにパンク風の服装をした美女と、薄い緑のパーカーを羽織った、銀髪の美女。
なんてことない俺の顔を不思議な目で眺めていたのは。
言わずもがな、美竹蘭と青葉モカだ。