気まぐれに、感情が限界を迎え次第吐き出していきます。
「あら……」
ひらりと、積み重ねられた書類の間から抜け落ちた小さな紙を見遣って、有栖川夏葉は思わず声を漏らした。外回りの後の自宅での事務仕事も終わり、ちょうど一息吐こうとしていたため、その紙が自分を見つけてくれと言っているかのようだった。
テーブルの下に入り込んだそれをかがんで拾うと、夏葉は思わずもう一度小さく声を上げた。
「そういえば、この子を綴じるのを忘れていたわね」
その
夏葉は愛おしさを隠せないかのようにゆっくりと表紙を撫ぜると、
「懐かしいわ……ここから始まったのよね」
1ページの1枚目、そこには初々しく、そしてまだどこか余所余所しい5人の写真。今はかけがえのない友となった4人との、最初の出会いだ。ちゃんとしたカメラではなく、スマートフォンでの撮影だからか、少しだけ画像は荒い。
この時は、そう。折角初めて集まった日なんだから記念に一枚、とプロデューサーが5人を半ば無理やりフレームに収めたのだった。今思えば、この時から彼はとても良い仕事をしてくれていた。この先長い道のりとなる最初の一歩だ。その一歩目が、こうして未だに記録にも記憶にも残っているのは、少し心が暖かくなる。
噛み締める様に微笑みながら、アルバムをめくっていく。一枚一枚、何気ない、そして大切な時を切り取った想い出達だ。
――ふと、めくる手が一つの写真で止まる。5人が本棚の前で、ぬいぐるみを掲げながらポーズを決めている写真。これは、この家で、初めて5人で撮った写真だ。この後には数え切れないほどにする、お泊り会の第一回。もうこの頃にはある程度打ち解けて、みな表情を緩めている。良い笑顔だ。
「この時は……果穂がすぐに眠ってしまったのだっけ」
生まれて初めてのゲームセンターというものにはしゃいでしまい、最年長であるにも関わらず4人を振り回してしまったような記憶がある。放クラといた時間は、初めての体験の連続だった。何もかもが新しく見えた。言い訳じみた物言いにはなってしまうが、仕方がないことだろう、と夏葉は自分でも思ってしまうのだ。
表情からも微かに眠気が窺い知れる果穂の隣、写真の中央には、ばっちりとウィンクを決めた智代子が映っている。この構図は、自撮りを好む智代子から貰った写真に多い構図だ。写真とは面白いもので、メンバーによって好む絵面がはっきりと別れている。
果穂は、真正面から全員がキメポーズ、もしくは大輪の笑みを咲かせている写真が多く。
凛世は、メンバー達のごく自然な日常を切り取ったような写真を好み。
智代子は、自撮りを好むため最前列に自分が映っていることが大半だ。
樹里だけは、あまり自分から写真を撮ることをしない。それも彼女らしい。
そして夏葉はというと、好む写真自体はとても果穂と近しい。大きな違いはと言えば、写真には写っていない撮影者の表情くらいだろうか。果穂にとって敬愛すべき"姉たち"との写真であることに比べて、夏葉にとっての彼女達は愛すべき"妹達"であるのだから。
なんとなく、過去の思い出に浸りたくなった気分になった夏葉は、何冊かのアルバムを本棚から取り出し、テーブルの上へと重ねた。――今夜は、コーヒーでも飲みながらゆっくりとこのアルバムたちと過ごすことにしよう。とても幸せで、暖かい、少しだけ後ろ髪を引かれる夜になりそうだ。
こちり、こちり、と。年季の入った置時計が部屋に幾度も呼吸の音を鳴り響かせた頃。夏葉が抱えたアルバムは、取り出した内の最後の一冊となっていた。背表紙には『放課後クライマックスガールズ⑨解散ライブまで』の文字。
ゆっくりと読み進めていく夏葉が開いているページには、皆が浴衣を着て夏祭りを満喫している写真達が切り抜かれていた。
――これは比較的記憶にも新しい。泊りがけの地方ロケの時のはずだ。プロデューサーが気を利かせて、浴衣の着付けをしたまま夏祭りに行けるように手配してくれていたのだった。
思い思いが楽しい時を過ごす瞬間を映し出す中に、貼り付けられた付箋に大きく、『やくそく達成!』と書かれた写真が、一枚。夏葉と果穂が顔を見合わせながら、駄菓子を見せ合っている写真。撮影者は凛世だろうか。二人とも、カメラには気づいている様なく、屈託のない笑みを向け合っている。
この何年か前に約束していた、二人で駄菓子屋に行こうという約束。少し変則的ではあったが、出店で屋台に並べられていた駄菓子を見て、顔を見合わせたものだ、と夏葉は一人ごちる。
――この時、すっかり色あせて、先っぽの赤印がなくなってしまっていた爪楊枝を果穂が取り出した時、思わず声を上げて笑ってしまったのを夏葉は思い出した。
どれも、一つ一つ、大事な思い出。大切な記憶達に触れながら、とうとう最後のページまで辿り着いた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、それでも誰にも負けない満開の笑顔を咲かせる、舞台裏での5人の一枚。5人が、別々の道を歩むことを決断した、放課後クライマックスガールズとしての最後の舞台、その公演後。アイドルが人様にお見せできる顔ではないのは重々承知だが、それでも胸を張って、これが私たちの最高の笑顔だ、と夏葉は誇れる。――私達にしか出来ない舞台だった。そして、私達にしか出来ない笑顔なのだ、と。数年経った今でも、いや今だからこそ尚、大きな声で自慢したいくらいなのだ。
パタン、とアルバムが最後の息を吐いた。放課後クライマックスガールズとしてのアルバムは、ここで終わりだ。天井を見上げ、夏葉はゆっくりと深呼吸をした。
「ああ、そうだ……また、忘れていたわ」
積まれたアルバムの脇に、一枚の紙を見つけ直した。これも、写真だ。夏葉は、最後のアルバムと入れ替えるようにしてその写真を手に取る。
「ふふ……いつだか、プロデューサーに言った言葉……その通りになってしまったわね」
その絵の中には、懐かしの事務所で涙ぐむ夏葉と、果穂の姿。
読み終えたアルバム達を棚へ戻すと、その何冊か右側にあったアルバムを改めて夏葉は引き出した。背表紙に書いてある文字は、『放課後クライマックスガールズ・放課後④』
――私たちの青春は、まだまだ終わらないんだから!
拝啓タイムカプセルへの想いが日に日に募り、こんな感じになってました。
「皆第一志望一緒じゃないんだって」
「日が暮れない魔法はなくていいんだって」
この二つの歌詞に、あまりにも衝撃と感銘を受けました。これを放クラに歌わせるか。
進む道が違ったとしても、それでも彼女たちは、放課後を過ごしていくんだと思います。いつまでも。