宇宙(ソラ)に輝く、星の守り手~Phantasy Star Online2外伝~   作:星野優季

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奈落の底と死神の獣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーside ハジメ

 

ザァーと水の流れる音がする。

 

 

 

冷たい微風が頬を撫て、時折ポタポタと雫が落ちる、が、それにしては後頭部がやけに暖かい。

 

どうしてだろうか。

 

気になり目を開けるハジメ、そこには。

 

 

 

「ハジメ君…よかった………!」

 

 

 

 

泣き笑いの香織の顔があった。

 

 

 

「白崎、さん……………どうして」

 

 

 

未だはっきりしない頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながらも、両腕に力を入れて上体を起こす。

 

 

 

「痛っ~ここは……僕は確か……」

 

「オルクス大迷宮の奈落の底だよ」

 

「あの時、ボクたち含めてあの場にいた全員が落ちちゃったんだよねー」

 

「どういう、こと?」 

 

ふらつく頭を片手で押さえながら、話を聞きながら辺りを見回す。

 

周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。

 

視線の先には幅五メートル程の川がある。

 

 

 

「そうだ……確か、橋が壊れて落ちたんだ。……それで……」

 

 

 

香織達の説明によると、全員が奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だったのだという。

 

落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していて────

 

「ウォータースライダーのごとく流されてな…ここまでヒヤヒヤしたのは久しぶりだったな」

 

 

 

そこから先は俺達も覚えてないけどな、とキリトは付け加える。

 

 

「奇跡…だよね」

 

「ああ。天文学的な確率のことを何度も引き当てた。紛れもない奇跡だ」

 

確かにとてつもない奇跡だ。

 

「でも良かった、頭も打ってなさそうだったし、ここで温まりながら今後の事を考えよ」

 

彼らの傍らにはキリト達があらかじめ起こしていたのだろうー、ささやかながらも火種がありその周りには自分の服が全てロープで近くにぶら下げられている。

 

ん?ちょっとまて。……………つまりすなわちそこから導き出される結論はあああああああああああああああっ!?

 

 

 

そこで初めて、自分が今一糸まとわぬ全裸だということに気が付くハジメ。

 

 

「ああああああ、えっと、…その…」

 

 

 

もじもじと俯き顔を真っ赤にするハジメに。

 

 

 

「気にしなくっていいよ、あのままじゃ風邪ひいちゃうし」

 

 

 

香織はちょっと意地悪い笑顔で答える。

 

「大丈夫だよ、脱がせたのは私だし、私も裸だから」

 

 

ぷしゅう、と。

 

ハジメの頭から煙が出る。

 

再起動まで、数分くらいかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから赤面しっぱなしのハジメは、未だ香織の顔を上手く見ることが出来ない。

 

「ハジメ君もあったまろうよ」

 

香織に促されハジメもまた再びたき火に手をかざす。

 

 

「そういえば、ユウキさんと楓さんは?一緒に落ちてたみたいだけど………」

 

「ああ、それなら………」

 

たき火の近くを指差すキリト。そこには、抱き合って眠る楓とユウキの姿があった。

 

「メイプル────楓はさっき起きたんだけどな。一向に目覚める気配もないユウキ(ユウ)を看ている内に、ああやって寝ちまったんだよ」

 

「そう、だったんだ…………」

 

起きていないことに落胆するハジメ。

 

そもそも、あの時倒れた状況も異常だった。

 

何か黒いもやのようなものを大量に吸収した結果、倒れてしまったのだ。

 

「一体、何が…………」

 

「さあ、ね。それは、ボクたちにも分からない。けど、あの時ユウキ(ユウ)が倒してたのは、訓練の時のダーカーってヤツだと思うんだ。しかも、そのダーカーから出たもやを吸収して倒れたんだとしたら───」

 

「ダーカー因子に、汚染された………?」

 

 

訓練の際、ユウキからダーカーの事について聞いていたのだ。

 

『ダーカーってのは、基本全ての敵。

元々は、世界全てを演算し、未来すら導き出した全知存在(アカシックレコード)を模倣しようとしたフォトナーが、失敗して生み出してしまったモノ───【深遠なる闇】から産まれた負のフォトンによって形作られた存在のこと。生き物や機械、果ては星すらも浸食し、食らうもの。だけど、ダーカーにはフォトンしか効かない。なぜなら、ダーカーを形作る因子はフォトンでしか浄化できないから。フォトンを持たない生き物がダーカー因子を大量に取り込めば─────』

 

『取り込めば?』

 

『精神が汚染され、凶暴になり、晴れて自身もダーカーの仲間入り、ってね』

 

つまり、今彼女はその影響で気絶しているのだ。

 

もしかすれば、浄化が間に合わず、ダーカー化しているのかもしれない……

 

不安に包まれる一行。そこへ────

 

『皆さんの考えてることにはなりませんよ。ユウキさんは浄化能力がズバ抜けてますし、観測できるところでは、もう殆ど因子も残っていませんし』

 

突如、彼女の周りを浮かんでいた変な物体がしゃべり出した。

 

『驚きました?今、ユウキさんのマグにアクセスして話しかけているんですよ』

 

変なトサカが生え、両側に手裏剣のような物体がついている丸いナニカ。

 

それがいきなりしゃべり出したのだ。

 

「まさか………アンタ、シエラさん、なのか?」

 

『はい、そうですよー。緊急時ですからね、ユウキさんのマグに管理者権限でフルアクセスさせてもらってます』

 

「シエラさん。今の彼女は、どういう状況なんだ?」

 

『………今のユウキさんは、ダーカー因子を一度に取り込みすぎて、体に負担が掛かった状態です。そのため、無意識の内に体内のフォトンの全てを因子の浄化に回していて、身体能力の回復には一切回っていないんです。だから、この人の浄化が終わるのを待つしかないんです』

 

シエラが言う。

 

「そう、か………無理、させてたんだな………」

 

キリトが申し訳なさそうに呟いた。

そこへ───

 

「ん、んぅぅ……」

 

「あ、楓ちゃん、起きたんだ」

 

「ぁ、木綿季、ちゃん?」

 

「おはよ、大丈夫?」

 

彼女は目をゴシゴシと擦るが、しばらくすると意識がハッキリしてきたようで、

 

「うん、大丈夫だよ!」

 

そう、元気よく話すのだった。

 

 

 

 

 

 

あれから数十分。

 

ハジメ達は、ユウキ(ミーシェ)を背負い、迷宮の奈落の底と思われる謎の空間を探索していた。

 

どこにいるのかは分からないが、動き出さなければ何も始まらないだろうと。

 

「やるしかない、なんとか地上に戻ろう」

 

「うん!大丈夫、きっと大丈夫だよ」

 

「何とかなるって、信じなきゃな」

 

「ボクたちだけでなんとかしないとね」

 

ユウキ(ミーシェ)ちゃんをはやく安全な場所に連れて行かないと……」

 

それは自分に、それぞれに言い聞かせるようだった。

 

 

 

慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進める。

 

彼らが進む通路は正しく洞窟といった感じだった。

 

低層のついこの前まで自分たちが進んでいたいかにもな四角い通路ではなく、岩や壁があちこちからせり出している。

 

 

 

通路の幅は優に二十メートルはあり、狭い所でも十メートル程はあるのだから相当な大きさだ。

 

歩き難くはあるが、逆に言えば隠れる場所も豊富であり、彼らは物陰から物陰に隠れつつ慎重に進んでいった。

 

そうやってどれくらい歩いただろうか。

 

自分たちが肩で息を始めた頃、ようやく巨大な四辻に差し掛かる、初めての分かれ道である。

 

 

「ここでちょっと休も、ね」

 

 

 

香織の言葉に全員はは岩陰に隠れひとまず腰を下ろし、どの道に進むべきかを小声で相談しあう。

 

 

 

「このまま真っ直ぐ行ってみるか……?」

 

キリトが言おうととした時、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

 

そっと顔だけ出して様子を窺うと正面の方向に

白い毛玉と長い耳が動いているのが見える。見た目はまんまウサギだった……ウサギなのだが、

 

しかしその大きさは中型犬サイズ、後ろ足もそれに比例し大きく発達、そして何より赤黒いラインがまるで血管のように幾本も体を走っており、しかも心臓のように脈打っている。

その禍々しさといったら、筆舌に尽くしがたいものであった。

 

明らかにヤバそうな魔物なので、直進は避けて右か左の道に進もうと決める。ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだ。

 

ハジメ達は息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、今だ! と飛び出そうとした。

 

その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

 

 

 

(やばい! み、見つかった? だ、大丈夫だよね?)

(おいおい、気付かれてないよな!?)

 

岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。あの鋭敏そうな耳に自分の鼓動が聞かれそうな気がして、ハジメ達は冷や汗を流す。

 

だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

 

「グルゥア!!」

 

獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

 

その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。

 

どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 

再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するハジメ。どう見ても、狼がおぞましいウサギを捕食する瞬間だ。

 

 

ハジメ達は、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。

 

だが、しかし……

 

「キュウ!」

 

その場に似つかわしくない鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 

ドバンッ!

 

およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。

 

すると、

 

 

ゴキッ!と、明らかに骨が折れた音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

 

ハジメは腰を浮かせたまま硬直し、キリトはどのようにしてここから逃れるか思案する。

 

そうこうしている間に、件のウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、真っ逆さまの状態で()()()()()()()()、地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼にぶち込んだ。

 

ベギャ!と、断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される二匹目の狼。

 

その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

 

今度こそウサギの負けかと思った瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスさながらに足を広げたまま高速で回転を始めたのだ。

 

飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられ、グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

 

最後の一匹が、「グルル」と唸り、その尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。

 

「グルアァ!!」

 

咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。

 

しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み、狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。

 

その狼は、仰け反りながら吹っ飛び、グシャリ、と音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。

 

 

 

その原因となったウサギはというと。

 

「キュ!」

 

と、勝利の雄叫びの如き鳴き声、耳をファサと前足で払った。

 

 

 

(……嘘だと言ってよママン……)

 

(冗談だろ……?)

 

(何、あれ…………?)

 

 

 

 乾いた笑みを浮かべながら未だ硬直が解けないハジメ達一行。ヤバイなんてレベルものじゃない。ハジメ達が散々苦労したトラウムソルジャーがまるでオモチャに見える。もしかしたら単純で単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも、余程強いかもしれない。

 

ハジメは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後退る。

 

後ずさってしまう。

 

 

それが間違いだった。

 

カラン

 

静寂なる迷宮に、その音はよく響いた。

 

ハジメが下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。ハジメ達の顔が真っ青になる。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

 

蹴りウサギは、思いっきりハジメ達を認識していた。。

 

 

 

その赤黒いルビーのような濁った瞳がハジメを捉え細められている。ハジメは蛇に睨まれたカエルの如く硬直した。他の人間も、恐怖とプレッシャーのあまり動けずにいる。ハジメの魂が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしているが、体は神経が切れたように動かない。

 

やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

 

(来る!)

 

『───避けて!』

 

ハジメが達が本能と共に悟り、シエラが叫んだ瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を残し、蟲型ダーカーもびっくりな速度で突撃してくる。

 

気がつけば彼らは、全力で横っ飛びをしていた。

 

直後、一瞬前までハジメ達のいた場所に爆弾でも爆発したかのような蹴りが突き刺ささり、地面が抉れる。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ、回避し、武器を構えるキリト達。陥没した地面に青褪めながら後退る。

 

ウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

 

ハジメは咄嗟に地面を錬成して石壁を構築するも、その石壁を軽々と貫いたウサギの蹴りがハジメに炸裂した。

 

咄嗟に左腕を掲げられたのは本能のなせる業か。顔面を粉砕されることだけはなかったが、衝撃で吹き飛び、再び地面を転がった。停止する頃には激烈な痛みが左腕を襲う。

 

「あがっ――」

 

「ハジメ君ッッッ!!!」

 

香織が叫ぶ。見れば左腕がおかしな方へ曲がりプラプラとしている。完全に粉砕されたようだ。痛みで蹲りながら必死でウサギの方を見てみれば、今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆっくり歩いてくる。

 

それがハジメの気のせいでなければ、蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色。完全に遊ばれているようだ。

 

ハジメ達には、尻餅をつきながら後退るという無様しか出来ない。

 

やがて、蹴りウサギがハジメ達の目の前で止まった。地べたを這いずる虫けらを見るように見下ろす蹴りウサギ。そして、見せつけるかのように片足を大きく振りかぶった。

 

(……ここで、終わりなのかな……)

 

絶望がハジメ達を襲う。諦めを宿した瞳で、顔面に掲げられたウサギの足を見やる。その視線の先で、遂に豪風と共に致死級の蹴りが振り下ろされる─────

 

ハジメは恐怖でギュッと目をつぶる。

 

 

 

「……あ、れ?」

 

しかし、彼らの下にはいつまで経っても予想していたその衝撃は来なかった。

 

ハジメが全員が。恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。なぜか、振り下ろされたまま寸止めされているのだ。

 

まさか、まだ遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見ればそのウサギがふるふると震えていた。

 

 

 

(な、何? 何を震えて……これじゃまるで怯えているみたいな……)

 

 

 

〝まるで〟ではない。事実、蹴りウサギは怯えていた。

 

で、あれば何に?

 

答えは簡単である。

 

ハジメ達が逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に、である。

 

その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨大な体躯に白い毛皮。この場所の他の魔物と同様に赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、まるで熊だった。足元まで伸びている太くて長い腕、三十センチはあるだろう鋭い爪が三本生えているという自分たちの知っている熊との違いはあれど。

 

その熊公が、いつの間にか接近しており、ウサギとハジメを睨む。

 

辺りを静寂が包む。ハジメは元よりウサギも硬直し、沈黙したまま動かない。いや、威圧などで動けないのだろう。まるで、先程のハジメ達のようだ。爪熊を凝視したまま凍りついている。

 

「……グルルル」

 

と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、熊野郎が低く唸り出す。

 

「ッ!?」

 

突然睨まれたウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した……というか脱兎そのものだった。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力で行使する。

 

だが、その試みは失敗に終わる。

 

 

 

熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったのだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

 

ハジメ達の目にも確かに熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。

 

 しかし……

 

着地したウサギの体はズルリと斜めにずれ、そのまま噴水のように真上へ血を噴き出しながら上半身が真横へドサリと倒れた。

 

愕然とする一行。あんなに圧倒的な強さを誇っていたウサギが、瞬殺されたのだ。

 

 

 

あのウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。ここにいる熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるで武術の達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。

 

化け熊は、のしのしとその巨大を揺らしながら、悠然とウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺しバリボリ、グチャグチャと音を立てながら喰らってゆく。

 

その場にいた人間は動けなかった。あまりの連続した恐怖に、そしてウサギの魔物だったものを咀嚼しながらも鋭い瞳で全員を見ている熊の視線に圧倒されて。

 

爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながら全員の方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前だと。

 

ハジメは、捕食者の目を向けられ恐慌に陥った。

 

「うわぁああーー!!」

 

「いや───────!」

 

「くそ!」

 

「く、来るなぁぁぁぁあ!!」

 

「ッッッ!!!」

 

 意味もなく叫び声を上げながらハジメの折れた左腕のことも忘れて必死に立ち上がり熊とは反対方向に逃げ出す。

 

 

 

しかし、ユウキ(ユウ)でもないのに、あのウサギですら逃げること敵わなかった相手から、全員、逃げられる道理などない。ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲う。そして、楓の腹を僅かに削る。熊公の攻撃の余波だけで全員が壁に叩きつけられた。

 

 

 

「がはっ!」

「あぐっ!」

「ぐっ!?」

「がっ!」

「ぎっ!?」

 

『皆さん!?』

 

肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメ。衝撃に揺れる視界でどうにか熊の方を見ると、熊は何かを咀嚼していた。

 

 

 

だが、一体何を咀嚼しているのだろう。蹴りウサギはさっき食べきったはずである。それにどうして、食らっている腕は見覚えがあるのだろう。

 

 

 

ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。────正確には、()()()()()()場所を……

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 

 ハジメは顔を引き攣らせながら、なんで腕がないの? どうして血が吹き出してるの? と首を傾げる。脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。

 

 

 

 しかし、そんな現実逃避いつまでも続くわけがない。ハジメの脳が夢から覚めろというように痛みをもって現実を教える。

 

 

 

「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」

 

 

 

ハジメの絶叫が迷宮内に木霊する。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていた。

 

 

 

これが、この熊の固有魔法である。あの三本の爪は風の刃を纏っており、最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できる風属性の魔法。

 

ハジメの腕を咀嚼し終わった爪熊が悠然とハジメに歩み寄る。その目には蹴りウサギのような見下しの色はなく、ただひたすら食料という認識しかないように見えた。

 

眼前に迫り爪熊がゆっくりハジメに前足を伸ばす。その爪で切り裂かないということは生きたまま食うつもりなのかもしれない。

 

『させません!───エマージェンシーコード、入力!()()()()()()()()()()()()!!』

 

食われる、そう思った矢先、マグの真下の足下から、謎の魔法陣のようなものが現れた。

 

すると、マグが輝き、その姿が変化する。

 

その姿は、幻獣だった。

 

六つの腕を持つ女神の具現。

 

それこそ、揺るがぬ力、ユリウスタイプの具現である。

 

ユリウス・ニフタ。

 

超重力を以て、敵をねじ伏せ、それを収束させて崩壊させるもの。

 

シエラはそれを応用し、超重力で敵を押さえつけているのだ。

 

本来なら、このマグのフォトンブラストはこれではないのだが、シエラが本気でマグにハッキング命令したため、形態が一時的に変化したのだ。

 

『今です逃げて!』

 

「あ、あ、ぐぅうう、れ、〝錬成ぇ〟!」

 

シエラが叫ぶ。

 

ハジメは、あまりの痛みに涙と鼻水、涎で顔をベトベトに汚しながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。ほとんど無意識の行動だった。

 

無能と罵られ魔法の適性も身体スペックも低いハジメの唯一の力。通常は、剣や槍、防具を加工するためだけの魔法。その天職を持つ者はまず例外なく鍛治職に就く。故に戦いおいて役立たずと言われながら(無能と叫ばれながら)異世界人(地球人)ならではの発想で騎士団員達すら驚かせる使い方を考え、クラスメイトを助けることもできた力。

 

だからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼り、そして、それ故に活路が開けた。

 

背後の壁に縦五十センチ、横百二十センチ、奥行二メートル程のの穴が空く。ハジメ達は爪熊の前足が届くという間一髪のところでゴロゴロ転がりながら穴の中へ体を潜り込ませた。

 

目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊。

 

 

 

「グゥルアアア!!」

 

 

 

 咆哮を上げながら固有魔法を発動し、ハジメが潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

 

 

 

「うぁあああーー! 〝錬成〟! 〝錬成〟! 〝錬成ぇ〟!」

 

「我が意思の下にその形は変化する、“錬成”!」

 

爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い、ハジメが穴を掘り、キリトが埋め立てながら、どんどん奥へ進んでいく。

 

後ろは振り返らない。がむしゃらに錬成を繰り返す。地面をほふく前進の要領で進んでいく。既に左腕の痛みのことは頭から飛んでいた。生存本能の命ずるままに唯一の力を振るい続ける。

 

どれくらいそうやって進んだのか。

 

ハジメ達にはわからなかったが、恐ろしい音はもう聞こえなかった。

 

しかし、実際はそれほど進んではいないだろう。ハジメの一度の錬成の効果範囲はこれでも初期に比べ倍近く増えているとのの、二メートル位であるし、何より左腕の出血が酷い。そう長く動けはしない。

 

実際、ハジメの意識は出血多量により既に落ちかけていた。それでも、もがくように前へ進もうとする。

 

 しかし……

 

「〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝れんせぇ〟 ……」

 

何度錬成しても眼前の壁に変化はない。意識よりも先に魔力が尽きる。ズルリと壁に当てていた手が力尽きたように落ちる。

 

ハジメは、朦朧として今にも落ちそうな意識を辛うじて繋ぎ留めながらゴロリと仰向けに転がった。他の面々も()()()()()()()()()()()()()()()()バタリと倒れる。ボーとしながら真っ暗な天井を見つめる。この辺は緑光石が無いようで明かりもない。

 

いつしかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯というやつかもしれない。保育園時代から小学生、中学生、そして高校時代。様々な思い出が駆け巡るが、最後の思い出は……

 

月明かり射し込む窓辺での香織との時間。約束をした時の彼女の笑顔。

 

その美しい光景を最後にハジメの意識は闇に呑まれていった。その意識が完全に落ちる寸前、ぴたっ、ぴたっと頬や額に水滴を感じた。

 

それはまるで、誰かの流した涙のようだった。

 

 

 

ーーーーーside キリト

 

 

 

 

────────くそ。

 

くそっ、くそっ!

 

何もできなかった。

 

何一つ。

 

ヤツには負けるし死にかけるし………

 

『す ま ん、…………む を すぎた、ので、マグ、の、ないぞ ふぉ んが もうも ませ 。だ ら、ゆう  んが ざ る で、し  くつ   できま ん。………むり くな た しを、ゆ   く さい………!』

 

先ほど助けてくれたシエラさん操るマグが、音を出す。

 

「大丈夫です。………さっきは助けてくれて、ありがとうございました」

 

『よ、 っ、た………!』

 

それだけを言い残し、マグは落ち、沈黙する。

 

 

 

「そう言えば……」

 

俺は、ポケットからとあるものを取り出す。

 

なにかあったときのために、と、迷宮突入前にユウキ(ユウ)から回復アイテムとして手渡されていた謎の物体(コスモアトマイザー)

 

俺は、教わったとおりそれのボタンを押して、上へ放り投げる。

 

すると、全員の傷が塞がり、火傷も癒え、上げていたうめき声も止み、後に残ったのは沈黙だけだった。

 

その沈黙が、ただただ苦痛だった。

 

 

ーーーーーside out

 

ぴちょん……ぴちょん……

 

水滴が頬ほおに当たり口の中に流れ込む感触に、ハジメは意識が徐々に覚醒していくのを感じた。そのことを不思議に思いながらゆっくりと目を開く。

 

(……生きてる? ……助かったの?)

 

疑問に思いながらグッと体を起こす。

 

その高さを確認するため、天井に手を伸ばそうとした。

 

しかし、視界に入る腕が一本しかないことに気がつき動揺をあらわにする。

 

しばらく呆然としていたハジメだったが、やがて自分が左腕を失ったことを思い出し、その瞬間、無いはずの左腕に激痛を感じる。幻肢痛というものである。

 

そして、表情を苦悶に歪めながら反射的に左腕を押さえて気がつく。切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がっていることに。

 

「な、なんで? ……それに血もたくさん……」

 

暗くて見えないが明かりがあればハジメの周囲が血の海になっていることがわかっただろう。普通に考えれば絶対に助からない出血量だった。

 

ハジメが右手で周りを探れば、ヌルヌルとした感触が返ってくる。まだ辺りに流した血が乾いていないのだろう。やはり、大量出血したことは夢ではなかったようだし、血が乾いていないことから、気を失って未だそれほど時間は経っていないようである。

 

にもかかわらず傷が塞がっていることに、ハジメが疑問を感じていると再び頬や口元にぴちょんと水滴が落ちてきた。それが口に入った瞬間、ハジメは、また少し体に活力が戻った気がした。

 

「……まさか……これが?」

 

ハジメは幻肢痛と貧血による気怠さに耐えながら右手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行った。

 

そうやってふらつきながら再び錬成し奥へ奥へと進んで行く。

 

不思議なことに、岩の間からにじみ出るこの液体を飲むと魔力も回復するようで、いくら錬成しても魔力が尽きない。ハジメは休まず熱に浮かされたように水源を求めて錬成を繰り返した。

 

やがて、流れる謎の液体がポタポタからザーザーと明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところで、ハジメは遂に水源にたどり着いた。

 

「こ……れは……」

 

 

 

 そこには、()()()()()()()()()()()()()()巨大な青白く発光する地面から生えた鉱石と、大量の光る水の溜まるだだっ広い池のような場所が存在していた。

 

その鉱石は、下方へ向けてチョロチョロと水を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

 

ハジメは一瞬、幻肢痛も忘れて見蕩れてしまった。

 

そして縋り付くように、あるいは惹きつけられるように、その石に手を伸ばし直接口を付けた。

 

すると、体の内に感じていた鈍痛や靄がかかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。

 

やはり、ハジメが生き残れたのはこの石から流れる液体が原因らしい。治癒作用がある液体のようだ。幻肢痛は治まらないが、他の怪我や出血の弊害は、瞬く間に回復していく。

 

ハジメは知らないが、実はその石は〝神結晶〟と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だったりする。

 

神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 

その液体を〝神水〟と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているという。

 

だが、このサイズは異常だった。

 

異常なほどのサイズに満ち満ちる()()()()

 

それらふくめて、なにもかもがおかしかった。

 

ようやく死の淵から生還したことを実感したのか、ハジメはそのままズルズルと壁にもたれながらへたり込んだ。

 

そして、死の恐怖に震える体を抱え体育座りしながら膝に顔を埋めた。既に脱出しようという気力はない。ハジメは心を折られてしまったのだ。

 

敵意や悪意になら立ち向かえたかもしれない。助かったと喜んで、再び立ち上がれたかもしれない。

 

しかし、爪熊のあの目はダメだった。ハジメを餌としてしか見ていない捕食者の目。弱肉強食の頂点に立つ人間がまず向けられることのない目だ。その目に、そして実際に自分の腕を喰われたことに、絶対に勝てない相手しかいないこの場所に、ハジメ達の心は砕けてしまった。

 

(誰か……助けて……)

 

ここは奈落の底。ハジメ達の言葉は誰にも届かない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいそうしていただろうか。

 

 

 

ハジメは、香織は、ユウキは、楓は。現在、横倒しになりギュッと手足を縮めて、まるで胎児のように丸まっていた。

 

 

 

全員が諦めた日から既に四日が経っている。

 

 

 

その間、皆が起き、神水などことを説明はしたが、それ以外ほとんど動かず、神水のみを口にして生きながらえていた。

 

しかし、神水は服用している間は余程のことがない限り服用者を生かし続けるものの空腹感まで消してくれるわけではなかった。死なないだけで、現在、全員は壮絶な飢餓感に苦しんでいた。

 

 

 

(どうして“僕/私/俺/ボク”がこんな目に?)

 

ここ数日何度も頭を巡る疑問。

 

痛みと空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、クリアになったがためにより鮮明にその苦痛を感じさせる。

 

何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛の沼に身を沈める。

 

もう何度、そんな微睡と覚醒を繰り返したのか。

 

いつしか、彼らは神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせるもっとも手っ取り早い方法を選択してしまったのだ。

 

こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……

 

そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。

 

それから更に三日が経った。

 

ピークを過ぎたのか一度は落ち着いた飢餓感だったが、嵐の前の静けさだったかのように再び、更に激しくなって襲い来る。ハジメの幻肢痛は一向に治まらず、状況も相まって、皆の精神を苛み続ける。まるで、端の方から少しずつヤスリで削られているかのような耐え難き苦痛。

 

まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……

 

そう死を望みながら無意識に生に縋る。矛盾した考えが交互に過る。彼らは既に、正常な思考が出来なくなっていた。支離滅裂なうわ言も呟くようになった。

 

それから更に三日が過ぎた。

 

既に神水の効力はなく、このままでは二日と保たずに死ぬかもしれない。食料どころか水分も摂っていないのだ。

 

しかし、少し前、八日目辺りからハジメ達の精神に異常が現れ始めていた。

 

ただひたすら、死と生を交互に願いながら、地獄のような苦痛が過ぎ去るのを待っているだけだったハジメ子供達の心に、ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、少しずつ、少しずつ、子供達の奥深くを侵食していった。

 

 

 

(なぜ“僕/私/俺/ボク”が苦しまなきゃならない……“僕/私/俺/ボク”が何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(ウサギは“僕/私/俺/ボク”を見下した……)

 

(アイツ(爪熊)は“僕/彼/ハジメ君/私”を喰った(殺そうとした)……)

 

次第に全員の思考が黒く黒く染まっていく。空に満ちるフォトンが伝染し、白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、そのインクすら満ち、渡り、ジワリジワリと彼らの中の美しかったものが汚れていく。

 

誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……

 

無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、そして暗い密閉空間がハジメの精神を蝕むしばむ。暗い感情を加速させる。

 

(どうして誰も助けてくれない……)

 

(どうして誰も助けられない?)

 

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

 

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

 

九日目には、彼ら全員の思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

 

激しい苦痛からの解放を望む心が、湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。この理不尽に過ぎる状況を打開するには、生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

 

 

(“俺/私/ボク”は・・何を望んでる?)

 

(“俺達/私達/ボクたち”は〝生〟を望んでる。)

 

(それを邪魔するのは誰だ?)

 

(邪魔するのは敵だ)

 

(敵とはなんだ?)

 

(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)

 

(では俺は何をすべきだ?)

 

(“俺/私/ボク”は、“俺/私/ボク”は……)

 

十日目。

 

彼らの心から憤怒も憎悪もなくなった。

 

神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……

 

全てはどうでもいいこと。

 

生きるために、生存の権利を獲得するために、そのようなことは全て些事だ。

 

ハジメ/キリト/ユウキ/カエデ/カオリの意思は、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

 

 

荒ぶ。荒んでいく。

 

ーーーーーside カエデ

 

 

 

 

(どうして誰も助けてくれない……)

 

(どうして誰も助けられない?)

 

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

 

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

 

九日目には、カエデの思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

 

激しい苦痛からの解放を望む心が、湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。この理不尽に過ぎる状況を打開するには、生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

 

 

(私は・・何を望んでる?)

 

(私達は〝生〟を望んでる。)

 

(それを邪魔するのは誰だ?)

 

(邪魔するのは敵だ)

 

(敵とはなんだ?)

 

(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)

 

(では俺は何をすべきだ?)

 

(私は、私は……)

 

十日目。

 

私のの心から憤怒も憎悪もなくなった。

 

神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……

 

全てはどうでもいいこと。

 

生きるために、生存の権利を獲得するために、彼女を守るため、そのようなことは全て些事だ。

 

カエデの意思は、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

 

 

 すなわち……

 

 

 

( 殺す )

 

 

 

 悪意も敵意も憎しみもない。

 

 

 

 ただ生きる為に必要だから、滅殺するという純粋なまでの殺意。

 

 

 

 自分の生存を脅かす者は全て敵。

 

 

 

 そして敵は、

 

 

 

(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す)

 

 

 

 この飢餓感から逃れるには、

 

 

 

(殺して────殺して喰らって───────)

 

 

ぎゅっ、と。

 

 

「………え?」

 

彼女のとなりにいたユウが、私の手を強く握る。

 

「ぁ、ゃ、ぁ…………っ!」

 

悪夢でも、見ているのか。

だけど、大丈夫だ。

 

「大丈夫だよ、ユウキちゃん。私が、私があなたを、守って───」

 

「いや、()()()()()()、かぇでぇ………」

 

……………………え?

 

行かないで?それは、どういう………

 

「かぇでがぁ、かえでまで、いなく、ならないでぇ…………()()()()()()()()()()………」

 

彼女は、眠りながら、泣いていた。

 

あ……………

 

辛いのだ、彼女は。

 

私の変化を感じ取ったのか。それとも、他の要因か。

 

けれど、多分、今の私は言うとおり何かを()()()()()()()のだろう。

 

ああ、なら。

 

私は、私だけは変わってはいけない。

 

だから。

 

だから。

 

私は。

 

 

 

 

 

「お前も行くのか、本条」

 

ハジメが言う。

 

「うん。願いのために」

 

私は進む。

 

「そう、か。キミも、なんだね」

 

ユウキは立つ。

 

「俺たちも、だよ」

 

キリトは剣を取る。

 

「そのためには、だね」

 

カオリは、唱う。

 

「「「「「そのためには、殺して喰らってやる(打ち倒し、前に進む)」」」」」

 

 

 

 

 

 

奈落のバケモノは、誇り高き薔薇の騎士は、黒き剣士は、紫紺の《絶剣》は、小さき治癒師は。

 

ここに立ち上がる。

全ては、生きるため(守るため)に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EPISODE 7

CHAPTER 2

 

 

 

THE KNIGHT WAKE UP

奈落の底と死神の獣

 

END

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