宇宙(ソラ)に輝く、星の守り手~Phantasy Star Online2外伝~ 作:星野優季
定期テストとかワクチン接種とか色々あって投稿できなかったんです………
………………別に、ずっとウマ娘とかやってたわけじゃないですからね?
「「「すみません間違えました」」」
「「いやちょっと待って」」
思わず私とユウキちゃんは突っ込んだ。
それでも扉を閉めようとするハジメくんたち。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠かすれて呟つぶやきのようだったけど……
ただ、必死さは伝わった。
「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」
「嫌です」
「悪い、無理だ」
「いやなんで!?助けてあげようよ!」
「せめて話だけでも聞いてあげよっ!」
そう言って、やはり扉を閉めようとするハジメ達。鬼である。
「ど、どうして……なんでもする……だから……」
女の子は必死だ。首から上しか動かないが、それでも必死に顔を上げ懇願する。
しかし、ハジメは鬱陶うっとうしそうに言い返した。
「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」
確かに正論だった。
だがしかし、普通、囚われた女の子の助けを求める声をここまで躊躇ためらいなく切り捨てられる人間はそうはいないだろう。元の優しかったハジメは死んでしまったようだ。
すげなく断られた女の子だが、もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げる。
「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」
知らんとばかりに扉を閉めていき、もうわずかで完全に閉じるという時、ハジメ達は歯噛みした。もう少し早く閉めていれば聞かずに済んだのにと。
「裏切られただけ!」
もう僅かしか開いていない扉。
しかし、女の子の叫びに、閉じられていく扉は止まった。ほんの僅かな光だけが細く暗い部屋に差し込む。
十秒、二十秒と過ぎ、やがて扉は再び開いた。そこには、苦虫を何匹も噛み潰した表情のハジメが扉を全開にして立っていた。
ハジメとしては、何を言われようが助けるつもりなどなかった。こんな場所に封印されている以上相応の理由があるに決まっているのだ。それが危険な理由でない証拠がどこにあるというのか。邪悪な存在が騙そうとしているだけという可能性の方がむしろ高い。見捨てて然るべきだ。
「なにやってんだかな、俺は」
小さく溜息を吐くハジメ。
“裏切られた”――その言葉に心揺さぶられてしまうとは。
もう既に、あの檜山大介が放ったあの魔法のことはどうでもいいはずだった。〝生きる〟という、この領域においては著しく困難な願いを叶えるには、恨みなど余計な雑念に過ぎなかった。
それでも、こうまで心揺さぶられたのは、やはりどこかで割り切れていない部分があったのかもしれない。そして、もしかしたら同じ境遇の女の子に、同情してしまう程度には前のハジメの良心が残っていたのかもしれない。
ハジメは頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。
「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」
ハジメが戻って来たことに半ば呆然としている女の子。
ジッと、豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼でハジメを見つめる。何も答えない女の子にハジメがイラつき「おい。聞いてるのか? 話さないなら帰るぞ」と言って踵きびすを返しそうになる。それに、ハッと我を取り戻し、女の子は慌てて封印された理由を語り始めた。
「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながらハジメは呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、ハジメは尋ねた。
「お前、どっかの国の王族だったのか?」
「……(コクコク)」
「殺せないってなんだ?」
「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」
「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」
ハジメは「なるほどな~」と一人納得した。
「それと…………
ハジメ達も魔物を食らってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。他の錬成などに関しても詠唱は不要だ。
ただ、ハジメの場合、魔法適性がゼロなので魔力を直接操れても巨大な魔法陣は当然必要となり、碌に魔法が使えないことに変わりはない。
だが、この女の子のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカ魔法を撃てるのだから、正直、勝負にならない。しかも、不死身。おそらく絶対的なものではないだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。
「ってか、エーテルって何だ?」
キリトが問うが、
「…………分からない。コレを操る方法を教えて貰っただけだったから。でも───」
「でも?」
「
「えっと……マザーって?」
私は“マザー”なる人物について問いかけた。
「マザーは、私の教育係だった人。優しくて、賢くて、わたしの、尊敬する人だった……」
彼女はナニカ昔を懐かしむ様子で目を細める。
「……たすけて……」
そして、ハジメが一人で思索に耽ふけり一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。
「……」
ハジメはジッと女の子を見た。女の子もジッとハジメを見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか……
やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、女の子を拘束する立方体に手を置いた。
「あっ」
女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。
ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾く。迷宮の上下の岩盤のようだった。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。
「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」
ハジメは更に魔力を注ぎ込む。詠唱換算で六節相当の魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。
ハジメは更に魔力を上乗せする。七節分……八節分……。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。
「まだまだぁ!」
ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。
ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出してやった。
なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。
だが、とにかく放っておけないのだから仕方ない。邪魔するものは皆排除し、徹頭徹尾自分の目的のために生きると決めたはずなのだが……
ハジメはもう一度、内心で「なにやってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。
今や、ハジメ自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込んだその魔法は、ついにその効力を発揮し始める。
女の子を捕らえる立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。
ハジメも座り込んだ。肩でゼハーゼハーと息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。
「ハジメ君、今回復するね───“廻聖”」
カオリが魔法を使い魔力を譲渡する。
ハジメは荒い息を吐き震える手で神水を出そうとして、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。
ハジメが横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。
そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。
「……ありがとう」
その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには分からなかった。ただ、全て切り捨てたはずの心の裡に微かな、しかし、きっと消えることのない光が宿った気がした。
繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。
話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。
しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。
「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。
「……あなたたち、名前、なに?」
女の子が囁くような声でハジメに尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながらハジメは答え、女の子にも聞き返した。
「私はカエデ。本条楓だよ。こっちは本条ユウキ。あだ名はユウちゃんだよ」
「ボクは紺野木綿季。紺野が苗字でユウキが名前だよ」
「俺はキリト。桐ヶ谷和人だ」
「わたしはカオリ。白崎香織だよ」
「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」
女の子は「ハジメ、ユウキ、カエデ、キリト、カオリ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。
「……名前、付けて」
「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」
長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。
「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」
「……はぁ、そうは言ってもなぁ」
おそらく、ハジメが、変心したハジメになったのと同じような理由だろう。前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる。ハジメは痛みと恐怖、飢餓感の中で半ば強制的に変わったが、この女の子は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。
女の子は期待するような目でハジメを見ている。ハジメはカリカリと頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。
「〝ユエ〟なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」
「ユエ? ……ユエ……ユエ……」
「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」
「ベタだな」
「ベタだね」
「うるせぇ!」
カオリとキリトに突っ込まれるハジメ。思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
「取り敢えず……」
「?」
礼を言う女の子改めユエハジメの言葉にに不思議そうな顔をする。
その時、不意に後ろから外套をふわりとかけられる。
「これ着きなよ。いつまでも素っ裸じゃ、ね……」
「……」
そう言われてカエデに差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。確かに、すっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になるとカエデの渡してきた外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。
「ハジメ達のエッチ」
「……」
何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメ。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないので少し大きい。少しぶかぶかなのを調整する姿が微笑ましい。
ハジメは、その間に神水を飲んで回復する。活力が戻り、脳が回転を始める。そして〝気配感知〟を使い……凍りついた。とんでもない魔物の気配が直ぐ傍に存在することに気がついたのだ。
場所はちょうど……真上!
「……!何か来るぞッッッ!!!」
『いきなりっ!?巨大な反応が来ます、警戒して下さい!』
ハジメがその存在に気がついたのと、キリト達の警告、そしてソレが天井より降ってきたのはほぼ同時だった。
とっさに、ハジメはユエに飛びつき片腕で抱き上げると全力で〝縮地〟をする。一瞬で、移動したハジメが振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。
その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。
一番分かりやすいたとえをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方がいいだろう。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。自然とハジメの額に汗が流れた。私も冷や汗をかく。
部屋に入った直後は全開だった〝気配感知〟ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は〝気配感知〟でしっかり捉えている。
ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということだ。おそらく、彼女を逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。それはつまり、ユエを置いていけばハジメだけなら逃げられる可能性があるということだ。
腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、サソリモドキになど目もくれず一心にこちらを見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。ユエは自分の運命をハジメに委ねたのだ。
その瞳を見た瞬間、ハジメの口角が吊り上がり、いつもの不敵な笑みが浮かぶ。
他人などどうでもいいはずの彼らだが、ユエにはシンパシーを感じてしまったのだろう。崩壊して多くを失ったはずの心に光を宿されてしまった。そして、ひどい裏切りを受けたこの少女が今一度、私たちにその身を託すというのだ。私もこれに答えられなければ皆を守るなんて言えない。
「上等だ。……殺れるもんならやってみろ」
「させやしない。みんなを、殺させはしない」
ハジメはユエを肩に担ぎ一瞬でポーチから神水を取り出すと抱き直したユエの口に突っ込む。
私は、ユウちゃんをユエが封印されていた立方体の裏に寝かせる
「うむっ!?」
試験管型の容器から神水がユエの体内に流れ込む。ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。
ハジメはそのまま片腕でくるりとユエを回し背中に背負う。衰弱しきった今の彼女は足でまといだが、置いていけば先に始末されかねない。流石に守りながらサソリモドキと戦うのは勘弁だ。
私の場合は、背負ってると戦いにくいので彼女を下ろしたのだ。
「しっかり掴まってろ!ユエ!」
全開には程遠いが、手足に力が戻ってきたユエはギュっとハジメの背中にしがみついた。
ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。ハジメは背中にユエを感じつつ、不敵な笑みを浮かべながら宣言した。
「邪魔するってんなら……殺して喰ってやる」
「そっちがその気なら、私たちはあなたを、倒す!」
サソリモドキの初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だった。かなりの速度で飛来したそれを、ハジメはすかさず飛び退いてかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解液のようだ。
ハジメはそれを横目に確認しつつ、ドンナーを抜き様に発砲、私は機械神を展開し、全力で砲撃を浴びせかける。
ドパンッ!
ズドドドドドドドド!
最大威力だ。秒速三・九キロメートルの弾丸と超音速の攻撃がサソリモドキの頭部に炸裂する。
ハジメの背中越しにユエの驚愕が伝わって来た。見たこともない武器で、閃光のような攻撃を放ったのだ。それも魔法の気配もなく。若干、右手に電撃を帯びたようだが、それも魔法陣や詠唱を使用していない。つまり、ハジメが自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。
自分と“同じ”、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりもハジメを意識せずにはいられなかった。
一方、ハジメは足を止めることなく“空力”を使い跳躍を繰り返した。その表情は今までになく険しい。ハジメには、“気配感知”と“魔力感知”でサソリモドキが微動だにしていないことがわかっていたからだ。
それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメだが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。
「ぐっ!」
ハジメは苦しげに唸りながら、ドンナーで撃ち落とし、“豪脚”で払い、“風爪”で叩き切る。どうにか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーを発砲。直後、空中にドンナーを投げ、その間にポーチから取り出した手榴弾を投げつける。
サソリモドキはドンナーの一撃を再び耐えきり、更に散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、その前にコロコロと転がってきた直径八センチ程の手榴弾がカッと爆ぜる。その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らしサソリモドキへと付着した。
いわゆる“焼夷手榴弾”というやつだ。タールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、摂氏三千度の付着する炎を撒き散らす。
流石に、これは効いているようでサソリモドキが攻撃を中断して、付着した炎を引き剥がそうと大暴れした。その隙に、ハジメは地面に着地し、既にキャッチしていたドンナーを素早くリロードする。
それが終わる頃には、“焼夷手榴弾”はタールが燃え尽きたのかほとんど鎮火してしまっていた。しかし、あちこちから煙を吹き上げているサソリモドキにもダメージはあったようで強烈な怒りが伝わってくる。
「キシャァァァァア!!!」
絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、ハジメ達に向かって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながらハジメ達に迫る。
一本目を“縮地”でかわし、二本目を“空力”で跳躍してかわす。三本目を“豪脚”で蹴り流して体勢を崩しているハジメを、四本目のハサミが襲う。
が、ハジメは、咄嗟にドンナーを撃ち、その激発の衝撃を利用して自らを吹き飛ばしつつ身を捻ることで辛うじて回避に成功した。背中のユエが激しい動きに「うぅ」と唸っているが、どうにか堪えられているようだ。
ハジメは、そのまま空中を跳躍し、サソリモドキの背中部分に降り立った。そして、暴れるサソリモドキの上でなんとかバランスを取りながら、ゴツッと外殻に銃口を押し付けるとゼロ距離でドンナーを撃ち放った。
ズガンッ!!
凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。
しかし、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、ハジメはドンナーを振りかぶり“風爪”を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。
サソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言わんばかりに散弾針を自分の背中目掛けて放った。
ハジメは、即行でその場を飛び退き空中で身を捻ると、散弾針の付け根目掛けて発砲する。超速の弾丸が狙い違わず尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが……尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージがない。完全に攻撃力不足だ。
空中のハジメを、再度、四本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。ハジメは苦し紛れに“焼夷手榴弾”をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。
どうすべきかと、ハジメが思考を一瞬サソリモドキから逸した直後、今までにないサソリモドキの絶叫が響き渡った。
「キィィィィィイイ!!」
その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に“縮地”で距離をとろうとするハジメだったが……既に遅かった。
絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。
「ちくしょうっ!!」
「うわっ!?」
「くそ!!」
「うわわっ!?」
「キャッ!」
これには完全に意表を突かれた。
ハジメ達は必死に空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、ユエを庇って身を捻ったため体勢が崩れる。ドンナーと“豪脚”でどうにかいなすが、そんなハジメに、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。
顔が引き攣るハジメ。
次の瞬間、両尻尾から散弾針と溶解液が空中の標的を撃墜すべく発射された。ハジメは覚悟を決める。この状況では、両方かわすのは無理だと歯を食いしばった。
“空力”で辛うじて溶解液をかわすと肘までしかない左腕と右腕を可能な限りクロスさせて急所を守り、更にドンナーの銃身で顔を守る。そして、魔力の直接操作で身体を限界まで強化し筋肉を締めた。
直後、強烈な衝撃と共に鋭い針が何十本とハジメの体に深々と突き刺さった。
「がぁぁああ!!!」
「っ、ハジメ君ッッッ!!!」
悲鳴を上げながらなんとか致命傷だけは避ける。背中にユエがいるので自分の体で針を受け止め貫通させないようにする。
ハジメは衝撃で吹き飛ばされた。激痛に襲われながら更に地面に叩きつけられ、そのまま転がる。ユエもその衝撃で背中から放り出されてしまった。
体に無数の針を突き刺されながらも、ハジメは歯を食いしばって痛みに耐え、ポーチから“閃光手榴弾”を取り出しサソリモドキに投げつける。放物線を描いて飛ばされた“閃光手榴弾”はサソリモドキの眼前で強烈な閃光を放った。
「キィシャァァアア!!」
突然の閃光に悲鳴を上げ思わず後ろに下がるサソリモドキ。どうも最初からハジメの動きを視認しているようだったので、いけると踏んで投げたのだが、その推測は間違っていなかったらしい。
ハジメは奥歯に仕込んだ神水を噛み砕き飲み干しながら一気に針を抜いていく。
「ぐぅうう!」
激痛の余り食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。しかし、耐えられないほどではない。ハジメは、今の何倍もの苦痛を耐え切ってここにいるのだ。この程度は、心折れるにはまるで足りない。
ハジメは、針を抜きながら視線を巡らせユエを探す。しかし、ハジメが見つけるよりも、ユエがハジメのもとに来る方が早かった。
「ハジメ!」
心配そうにハジメに駆け寄るユエ。無表情が崩れ今にも泣き出しそうだ。
「大丈夫だ。それよりアイツ硬すぎだろ? 攻略法が見つからねぇ。目か口を狙おうにも四本のハサミが邪魔で通らねぇし……ダメージ覚悟で特攻するか?」
「それだとリスクが大きすぎるよ……なら、私の防御力に賭けたほうが──」
ユエの心配を余所にサソリモドキを攻略すべく思案するハジメ。そんなハジメにユエがポツリと零す。
「……どうして?」
「あ?」
「へ?」
「どうして逃げないの?」
自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。それに対して、私たちは呆れたような視線を向ける。
「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ」
「そうそう。それに、そんなのかっこ悪いし、何より──そんなんじゃ、
ハジメは、生きるためなら闇討ちも不意打ちも騙し討ちも、あるいは卑怯や嘘、ハッタリだって使う。爪熊との戦いは唯一の例外で、基本的には正々堂々なんてクソくらえだと思っている。そんな余裕をかませるほど甘い場所ではないのだ。そのことに罪悪感もない。そういう風に変わってしまった。
それはカエデにも言える事だ。彼女は
────だが。それでも、好き好んで外道に落ちたい等と思ってはいない。通すべき仁義くらいは弁えている。弁えることができている。ハジメ達の場合、そのことを思い出させたのは、取り戻させたのは、他ならぬユエなのだ。
だからこそ、ここで助けたユエを見捨てるという選択肢はない。彼女がハジメに己を預けたとき、その時のハジメの決断こそが、ハジメが外道に落ちるか否かのターニングポイントだったのだ。
ユエは、ハジメに言葉以上の何かを見たのか納得したように頷き、いきなり抱きついた。
「お、おう? どうした?」
状況が状況だけに、いきなり何してんの? と若干動揺するハジメ。そろそろサソリモドキが戻って来るころだ。ハジメの傷はもう治っている。早く戦闘態勢に入らなければならない。
だが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。
「ハジメ……信じて」
そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。
「ッ!?」
否、キスではない。噛み付いたのだ。
ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じた。そして、体から力が抜き取られているような違和感を覚えた。咄嗟に振りほどこうとしたハジメだったが、ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出し、吸血されているのだと理解する。
“信じて”────その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。
そう考えて、ハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「キィシャァアアア!!」
サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。
「だが、それなら俺の十八番だ」
ハジメは地面に右手を置き錬成を行った。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとユエを囲むように形成される。
周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。
地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリモドキが断然上だが、錬成速度はハジメの方が上だ。錬成範囲は三メートルから増えていないので頭打ちっぽい上に、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、守りにはハジメの錬成の方が向いているようだ。
ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。
どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。どういう訳か、先程までのやつれた感じは微塵もなくツヤツヤと張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。頬は夢見るようなバラ色だ。紅の瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるようにハジメの頬に置かれている。
「……ごちそうさま」
そう言うと、ユエは、おもむろに立ち上がりサソリモドキに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。
そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。
「“蒼天”」
その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。
直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。
だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリモドキを追いかけ……直撃した。
「グゥギィヤァァァアアア!?」
サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメ達は腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。
やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。
だが、そこにいたのは、ボロボロながらも、五体満足で立っていた
「なっ!?」
咄嗟にユエを抱きかかえ後退するも、足に針を大量に喰らいたたき落とされる。
「くそったれ………!」
もうダメか、と。自分らしくもなく、多少諦めの心が芽生える。
「キィシャアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「……………………守るっていったのに、あなたのこと、守り切れなかった、ごめんね、
サソリモドキの尻尾が自分たちに照準を合わせ、そして─────
ジャキンッッッ!!!、と。
いきなり、その尻尾が切り落とされる。
「ギィヤアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
サソリモドキは苦しげに叫ぶ。
「──────そんなことないよ。あなたがいてくれたから、私はここにいるんだよ。───────ごめん、遅くなって。ちょっと300年前位までレムレムしながら時間遡行してたら、遅くなっちゃった」
そこにいたのは、黒い姿の英雄だった。
フード付きの黒いコート、青い刃の鎌、
「ふーん、コイツがディンリードさんの……よろしい。血祭りに上げて差し上げようじゃないの。」
そして、彼女は一瞬、ユエの方を向き─────
「初めまして、かな?私はユウキ。本条ユウキだよ。アレーティアちゃん。あなたを助けに来た。
「っ!?──な、なぜその名を!?」
「ごめん、話は後。まずは、あの守護者を、ぶっ飛ばさないとね」
そう言うと、ユウキは、サソリモドキへと対峙した。
ーーーーーside ユウキ
わたしは、ディンリードさんの言っていた守護者──────ディソルスコーピオンに対峙する。
まずは……………
「それっ!」
スコーピオンの方向へ飛び、足を軽くたたっ切る。
「ギシャアアアアアアアアアアア!!」
スコーピオンが叫び声を上げる。
続いて、カタナへと持ち替え、高く飛び上がり────真上からカタナを叩きつける。
「ギグッ!?」
その衝撃で甲羅が割れ、中の肉も貫通した。
私は即座にサソリの正面へ移動し、長らく使っていなかった大剣ディメシオンを取り出す。
そのまま真上へ振り上げ────
「そーれ、喰らえ─────」
刃がフォトンを纏う。
巨大な光の刃を構成する。
「これぞ解式フォトンアーツ─────“インペリアル、クリーーーーーヴ”ッッッ!!!」
刃が、ディソルスコーピオンを真っ二つにする。
断面は、こんがりと焼けていた。
『反応、消失しました。────心配したんですよ、ユウキさん………』
シエラが、泣きそうな声で話す。
「ごめんごめん、少し、訳ありでね……」
『後で、ちゃんと話してくださいよ?』
「分かってるって」
今日、この日。
わたしこと、
完全復活を遂げたのだった。