宇宙(ソラ)に輝く、星の守り手~Phantasy Star Online2外伝~ 作:星野優季
そんな、完全復活を遂げたわたし。
わたしは、次なる危機に直面していた。
「なんなの、おまえ………なぜ、私と叔父の名前を?」
魔力を解放して、常人なら畏怖してしまいそうな声音で話すアレーティアちゃん……今はユエちゃんだっけ?
「ちょいと訳ありでね………まずは、コレを観て欲しいんだ」
そう言った私は、立方体の裏に向かう。
正確には、立方体の真横へと。
「なっ…………!」
立方体は、真横へとずれ、その下から謎の文様が描かれた床が現れる。
「これが、“あの時”の真実。貴方を愛していた人の、最初で最後のメッセージ」
私は、立方体───封印石に隠されていたペンダントを取り出す。
すると、キィイイイイイ、と甲高い音を立てて、共鳴するようにペンダントと床の紋様が震え出した。
わたしの掌の上に置かれたペンダントは、そのまま床の紋様へと引き寄せられるようにずりずりと動き出す。薄暗くて分かりにくかったが、よく見れば、床の紋様の中央にちょうどペンダントがはまりそうな小さな穴が空いていた。
わたしはしゃがみ、おもむろにペンダントをその窪みへとはめ込む。
直後、床の紋様に光が奔ったかと思うと、金属同士が擦れるような音を立てて紋様の描かれた床の周囲がせり出てきた。直径三十センチ程の円柱形の石柱だ。それは、しゃがむわたしの目線くらいまで上がってくるとピタリと動きを止めた。そして、わたしの眼前で側面をパカリと開いた。
「……こんな仕掛けがあったなんてな。俺たちでも気づかなかったのに…………
なぜお前が知っているんだ、ユウ」
「それは、どういう……」
石柱の中には透明度の高い、一見するとダイヤモンドのようにも見えるピンボールくらいの大きさの白い鉱石が安置されていた。わたしはそれを取り出し、掌にのせる。
掌に乗せたそれをマジマジと見つめるハジメ達。
わたしはそれをハジメに手渡す。
「とりあえず、それに魔力を流してみて。悪いものじゃないから」
「…………分かった」
しぶしぶ、という感じで、ハジメは、白い水晶に魔力を流し込んだ。
直後、暗い封印の部屋を白の混じった黄金の光が満たした。そして、目を細めるハジメと香織の前で、映像記録を残した者の語りが始まる。
それは、深い深い愛と、慈しみ、そして途轍もない覚悟と懺悔に満ちたもの。そして、聞く者の魂をどうしようもなく震えさせるほど、温かく優しい、切なる願い。
アーティファクトが輝き、ふっと映像を映し出す。そこに現れた相手を見て、ユエが驚愕に目を見開き呆然と呟いた。
「……おじ、さま?」
投影された映像を呆然と眺めるアレーティアちゃん。ハジメくんたちも、眉を上げ、目を開き、少し動揺している様子だった。
そんな二人の前で、映像の人物が、ゆっくりと話し始めた。
『───アレーティア。久しい………というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』
自嘲するように苦笑いを浮かべながら、彼───ディンリードは気を取り直すように咳払いをした。
『そうだ。まずは礼を言おう。……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰か───いや、
ハジメくん達が刮目する。自身の存在を、過去の人間であるはずの彼が語っていることに。
『……南雲ハジメ君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。アレーティアにとって、どんな存在なのだろう? 恋人だろうか? 親友だろうか? あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか? 直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』
ユエは微動だにしない。ハジメに見えるのは光を反射してキラキラと煌く金糸だけ。
『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』
そこから語られた話は、この世界にとって、その常識を、根底からひっくり返すものだった。
彼が語ったことは、要約するとこういうことだった。ユエが神子という天職とエーテルを操る能力を持って生まれ、この世界で創世神とされる神エヒト───真名エヒトルジュエという
『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』
封印の部屋にも長くいるべきではなかったのだろう。だから、王城でユエを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。
その選択が、どれほど苦渋に満ちたものだったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが、それを示していた。
『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』
ディンリードの表情が苦しげなものから、泣き笑いのような表情になった。それは、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情だった。
『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。――娘のように思っていたんだ』
「……おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も……」
父のように思っていた。その想いは、ホロホロと頬を伝う涙と共に流れ落ちて言葉にならなかった。だが、ハジメの手を握り締める。その手を握る強さが、何より雄弁に伝えている。
『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』
「……そんな……そんな、ことっ」
目の前のあるのは過去の映像だ。ディンリードの遺言に過ぎない。だが、そんなことは関係なかった。叫ばずにはいられなかった。
ディンリードの目尻に光るものが溢れる。だが、彼は決して、それを流そうとはしなかった。グッと堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。
『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。〝どうか娘をお願いします〟と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』
夢見るように映像の向こう側で遠くに眼差しを向けるディンリード。もしかすると、その方向に、過去のユエがいるのかもしれない。
『そして、感謝する、
『やはり、話通りだった。
「…………うん。もちろんだとも。約束は守るとも」
『そして、これは、かの“マザー”からアレーティアへのの言伝だ。ただ一言、『謝罪する』、とだけ。不器用だから、と、それだけを言い残していた。恐らくは、神に対してのことだろうが………』
ディンリードさんは、話を続けた。彼は語る。
『そしてもう一つ────彼ら解放者の記録からそれを知ったとき、私の下にとある“神託”のようなものが下った。それは、エヒトルジュエからではなく、“シオン”と名乗るものからのものだった。『待っている』、と。『私はずっと、待っている』と』
シオン………?シオンがここにいるの!?だとしたら……
『────そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』
「……やっ、嫌ですっ。叔父さ、お父様!」
わたしの思考をよそに、話は進んでいく。
記録できる限界が迫っているようで苦笑いするディンリードに、ユエが泣きながら手を伸ばす。叔父の、否、父親の深い深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。言葉にならない想いが溢れ出す。
『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』
「……お父様っ」
ディンリードの視線が彷徨う。それはきっと、ユエに寄り添うハジメくんの姿を想像しているからだろう。
『ハジメ君。私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』
「……ああ。分かったよ。当然、確約させてもらうさ」
ハジメの言葉が届いたわけではないだろう。だが、確かに、ディンリードは満足そうに微笑んだ。きっと遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるか確信していたのだろう。色んな意味で、とんでもない人だ。流石は、ユエの父親というべきか。
映像が薄れていく。ディンリードの姿が虚空に溶けていく。それはまるで、彼の魂が、思いが、召されていくかのようで……
ユエが、ハジメが、皆が真っ直ぐ見つめる先で、ディンリードの最後の言葉が響き渡った。
『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』
その言葉を最後に、映像は消え去り、後に残ったのは静寂のみだった。彼女────
狭き封印の間に、彼女の泣き声が木霊する。
どれほど、そうしていただろうか。
彼女は顔を上げる。
その目は、先ほどとは打って変わり、希望と光に満ちあふれていた。
その後。
サソリモドキを倒したハジメ達は、サソリモドキとサイクロプスの素材やら肉やらをハジメの拠点に持ち帰った。
その巨体と相まって物凄く苦労したのだが、最上級魔法の行使により、へばったユエに再度血を飲ませると瞬く間に復活し見事な身体強化で怪力を発揮してくれたため、二人がかりでなんとか運び込むことができた。
そんな訳で、現在ハジメ達は、消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。
「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」
「……マナー違反」
「………それはどうなの?」
「えっと………ちょっと擁護できないな~……」
「ハジメ君それは流石に………」
「………ちょっとそれは失礼なのでは?」
全員がが非難を込めたジト目と言葉の銃撃でフルボッコだった。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。
ハジメの記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。
「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」
「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」
聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。
ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。
なお、フォトナーの場合は、肉体なぞただの容れ物にすぎず、自作した肉体に精神を移すために、精神年齢としては何百才とかいってても不思議ではない。
ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。
なるほど、あのサソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。それが原因で神にも狙われた、と。
ユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「なんだ、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、ユエ曰く、接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだそうだ。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。
ちなみに、無詠唱で魔法を発動できるそうだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にするためになんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。
“自動再生”については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。
「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」
「……わからない。でも……」
ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。
「……この迷宮は反逆者………ううん、解放者の一人が作ったと言われてる」
「………そういえば、解放者って何なんだ?」
聞き慣れない上に、なんとも不穏な響き。思わず作業を中断してユエに視線を転じるハジメ達。キリトはそれに対して問いかける。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。
「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」
ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。ハジメとしては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。
ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。
その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。
わたしはそれを補足する。
「だけど、実際は神の手から人々を救おうとした英雄で、神との決戦の直前に、守るべき人々から襲われ瓦解、それぞれが七箇所の迷宮にバラバラになって逃走した、と言うことなんだ」
「なるほど、な…………」
そこに、ユエが
「けど……そこなら、地上への道があるかも……」
「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」
見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線もハジメの手元に戻る。ジーと見ている。
「……そんなに面白いか?」
口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿はなんとも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって思わず抱き締めたくなる可愛らしさだ。
(だが、三百歳。流石異世界だぜ。ロリババアが実在するとは……)
変心してもオタク知識は健在のハジメ。思わずそんなことを思い浮かべてしまい、ユエがすかさず反応する。
「……ハジメ、変なこと考えた?」
「いや、なにも?」
とぼけて返すハジメだが、ユエの、というより女の勘の鋭さに内心冷や汗をかく。黙々と作業することで誤魔化していると、ユエも気が逸れたのか今度はハジメに質問し出した。
「……そういえば、みんなは、どうしてここにいる?」
当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。
ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。ハジメくんの左腕はどうしたのか。そもそもみんなは人間なのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。わたしは一体何なのか。
ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていくわたしたち。
みんなも会話というものに飢えていたのかもしれない。面倒そうな素振りも見せず話に付き合っている。ハジメがなんだかんだでユエには甘いというのもあるだろう。もしかすると、彼らが目的のためには本当の意味で手段を選ばない外道に落ちないための最後の防波堤に、ユエがなり得るということを無意識に感じているのかもしれない。
わたしたちが、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、ポーション(ハジメ命名の神水)のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたこと、わたしがアークスとして歩んできた過去などを話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。
「なんだ?」と再び視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。ギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。
「いきなりどうした?」
「……ぐす……みんな……つらい……私も……つらい……」
どうやら、わたしたちのために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。
「気にするなよ。もうクラスメイトのことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」
「そうそう。こんなところでどうこうしてても仕方ないしね」
スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。
「……帰るの?」
「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」
「……そう」
ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。
「……私にはもう、帰る場所……ない……」
「……」
そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。
大変疑わしいが、別に、ハジメは鈍感というわけではない、らしい。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、ハジメが元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。
そのときのハジメは、内心「“徹頭徹尾自分の望みのために”と決意したはずなのに、どうにも甘いなぁ」と自分に呆れつつ、再度、ユエの頭を撫でた。
「あ~、なんならユエも来るか?」
「え?」
ハジメの言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。
「いや、だからさ、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない………と思ってた世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」
こちらの方を見ながら言ってきやがった。失礼な。こちらも人間だよ。………一応。多分、おそらくは。
…………やべっ、思い返せば色々やらかしすぎたから断言できねえ。
しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。
キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながらハジメ達は頷く。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。思わず、見蕩れてしまうハジメ。呆けた自分に気がついて慌てて首を振った。
なんとなくユエを見ていられなくて、ハジメは作業に没頭することにした。ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……
ハジメは気にしてはいけないと自分に言い聞かせた。
「そういえば………ユウ。あなたは………なぜ叔父様のことを知っていた?」
ユエちゃんがこちらの方を見て質問する。
みんなの視線もこちらを向く。
「そう、だね。さっきあったことを話さないと、ね」
わたしは一泊置き、話し始めた。
「まず、私の特技について話さないとね。
わたしは、ちょっと色々な事情がありまして、時間遡行が出来るんだよ」
「…………時間遡行?」
カエデが疑問形で問いかける。
「そう、時間遡行。オラクルで、今までも何度かやってきたんだけどね。んで、さっきまで私が寝てたときに、意識だけ遡行しちゃったみたいで、気付いたら、約300年前のこの場所に来てたんだ。そこで出会ったのが、封印されたアレーティアちゃんと、ディンリードさんってわけ」
私は続ける。
「わたしたちやみんなのことを話して、彼の秘密も話してもらって、それで、わたしに、この世界の………貴方に関する秘密を話してくれたんだ」
時間を渡った時、300年前のこの場所で、わたしはディンリードさんに出会った。
わたしの正体、みんなのこと、そしてここのギミックなどを話した後、わたしは、この世界の………アレーティアちゃんの、“真実”と“秘密”を、教えて貰ったんだ。
「これは、私の慚愧。ただの独白。我が人生においての、ただ一つの後悔だ」
睦月透火さん、誤字報告ありがとうございます。
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