ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
何度も謝る。許されるはずもないって分かってるのに
女傑とそのトレーナーの、ある日のお話

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とある企画にて書かせていただきました,ヒシマアゾンとトレーナーの後日譚を書きました。そちらを読まずとも楽しめる内容にしてはみましたが,気になる方はそちらも覗いてみてください!

↓からどうぞ
https://syosetu.org/novel/264941/


惚れた女傑との付き合い方

「ふぁ…」

 

 眠い瞼を擦りながら欠伸を一つ。少し肌寒くなってきた今の時期,暖かい布団の誘惑を惜しみつつもベットから体を起こす。そのままパジャマからジャージに着替えて,静かにドアを開けてアタシは寮の洗面所へと足を運ぶ。水道の蛇口を捻り,バシャバシャと冷たい水を顔にかけて眠気を吹き飛ばせば目が冴えてくる。

 

「よっしゃ,やるよ!」

 

 パチン,と気合を入れるように頬を叩き気合を入れる。寮長であるアタシを朝から待つのは1日を左右するくらい重大な仕事…朝ご飯の支度だ。

 

「朝は食欲ないからご飯要らない」

「トーストだけでいい」

「早く走りに行きたい」

 

 その子たちによって朝ご飯を食べない理由はあるだろうけどアタシが寮長である間はそんなこと言わせない。

 

 年頃の,食べ盛りの女の子であり常日頃から鍛えるアスリートである端くれなのだから朝から激しいトレーニングを乗り切るためにもしっかりと美味しいモノを食べて英気を養って欲しい。

 

 それに,愛する家族の元を離れて慣れない寮生活をするというのは中々辛いこともある。だけど折角一緒の屋根の下で生活するのだから,朝くらい誰かと顔を合わせて食事を囲んで,少しでも馴染んでくれたらという狙いもある。

 

 何より,アタシは寮の子達が喜んで笑ってくれるのを見るのが大好きだ。そのためだったらあの子たちの朝ご飯を作るのなんて訳じゃない。

 

 髪を後ろで纏めながら寮のキッチンに入り,予め用意したお米を大型炊飯器に入れて電源を入れる。

 

 次にオカズ。昨日の晩に余った煮物があるからそれを温めつつ,鮭の切り身をグリルに入れて焼いていく。あとはアタシ特製のだし巻き卵。付け合わせに大根おろしも添えるかな?

 

 あとはトーストが良いって子もいることだし,その子たちに合わせた物も幾つか作ろう。半熟のスクランブルエッグ。パプリカ,トマトを添えたグリーンサラダ。玉ねぎとベーコンが余り気味だからまとめてスープにしよう。これはご飯の子達も一緒でいいね。

 

 トントンとテンポの良い包丁の音が聞こえ,グリルからはパチパチ、ジュウジュウと香ばしい匂いがキッチンから漂い始める。

 

「姐さん,おはよ〜…」

 

「おはようさん!早く顔洗ってきな!」

 

「はぁい」

 

 まだ眠そうに目を擦る子達を見てアタシはクスリと笑う。微笑ましいこの瞬間は掛け替えの無いアタシの大事な時間だ。

 

 段々と目を覚ました子達が増えてきて寮内も賑わってきた。アタシの料理を手伝ったり,皿を机に運び食事の準備をしたり,お昼のお弁当を詰めたらしてくれる子達に指示を出しながら朝の一仕事も終わりが見えてきた。

 

「姐さん,これは?」

 

「ん?ああ,それかい。」

 

 メガネをかけたその子の手の中には1つのお弁当箱が収まっている。2段になっている黒色のそれはウマ娘達が持つにはちょっと浮いてしまっているデザインだ。

 

「ちょっと前のが古くなっててね。思い切って新調したんだよ。」

 

「え,でもコレ男物ー」

 

 そこまで言って気づいたのか,ボッと彼女は顔を赤くした。全く可愛いものだね。小さくアタシは笑うと弁当箱を貰い受ける。

 

「コレはアタシが用意するから,アンタは早く朝ご飯食べちゃいな。」

 

「は,はぁい」

 

 まだ頬を赤くしながらその子はキッチンを出て朝ご飯へと向かった。アタシはそれを見てまた笑った。そして新品の弁当箱にご飯をよそい,彼の好きなおかず丁寧に,一つ一つ詰め始めた。

 

 

 カタカタとキーボードを軽快に叩く音が響くトレーナールーム。俺は自分の担当バであるヒシアマゾンの次に参加するレースと,それまでのトレーニングメニューを考えていた。

 

 それだけじゃなくて,リーグへの移動…トゥインクル・シリーズからドリームトロフィーリーグと今よりも上のステージへと登るための準備も進めている最中だ。

 

 ヒシアマゾンは世代最強バの一角とされる程の実力と,それに相応しい業績を持ち合わせている俺の自慢の愛バだ。レースだけじゃなく,美浦寮寮長として日々家事や経費の管理。更には寮生である後輩達の悩み事を親身に聞く姿は正しく「姐さん」と呼ぶに相応しい。

 

 後輩だけではなく,同学年,先輩ウマ娘。そして彼女のファンと多くの人を魅力し,慕われるヒシアマゾンは俺には勿体ないくらいの素晴らしい女性だ。誰よりも気高く,力強く,優しい…〝女傑〟の二つ名が彼女ほど似合うウマ娘は居ないと俺は自負している。

 

 だけど,そんな彼女に対して俺は負い目を感じていることがある。それは成人しているトレーナーと担当とはいえまだ学生であるウマ娘が社会的には結んではいけない関係だ。

 

 いや,まぁアレだけど…学園内では多いけど。トレーナーとウマ娘のカップルは。場所が場所だからウマ娘同士のカップルや女トレーナーとウマ娘のカップルもよく聞く話だし,卒業後即結婚も珍しい話じゃないけれど。それでも一般社会においてはご法度なわけで…

 

 なによりも辛いのは,俺のことを信頼して3年間共に歩んできてくれたヒシアマゾンに手を出してしまったことだ。

 

 ある日,商店街に彼女と買い物をしてたまたま引き当てた温泉宿泊旅行券。URAファイナルズも終えて,レースも暫くなく落ち着いた時間を見つけて,お金にも余裕があったから少しばかり色をつけて2泊3日の時間を作って。温泉に浸かって,美味しい料理を腹一杯食べて…2人で夜道を歩いて…告白された。

 

 互いに秘めてた想いが爆発して,俺は流されるままヒシアマゾンとの一線を超えてしまった。全くバカな話だ。トレーナーとして許されるようなことではない。

 

「はぁ〜…」

 

 重いため息をつき俺は作業を止め,椅子の背もたれに体を沈めて天井を見る。後悔ばかりだ。辞職しようともしたが,それをして何になる?現実から目を背けて,責任を彼女になすりつけて自分だけ逃げるのか?そもそも,彼女の両親になんて言えばいいんだ…こんなこと周りのトレーナー達に言えるわけもないし,八方塞がりだ。

 

 そんな時,学園内にお昼休みを伝えるチャイムの音が鳴り響いた。彼女達の学び舎から少し離れてはいるが廊下から元気な声と足音が聞こえてくる。

 

 悶々と考えていても,人間生きている限りお腹は空く。トレーナー達もお弁当だったり,簡単な食事を用意したり学食で自分の担当バとご飯を食べたりと様々だ。俺も最初は学園のカフェテリアを利用したり,売店やコンビニで適当に惣菜パンやおにぎりを買って食べたりしていた。ずいぶん前の話になるけど。

 

 その時を少し懐かしむと,コンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。

 

「…どうぞ」

 

 そう中に入るよういえば,ガラガラとドアが開かれる。そこにいたのは先ほどまで思っていた俺の愛バ…ヒシアマゾン。目が合うと彼女は少しぎこちなく笑うのだった。

 

「やぁ、トレ公。お弁当持ってきたから,お昼にしないかい?」

 

 綺麗に包まれたお弁当を2つ,俺に見せながら彼女は小さく尻尾を揺らした。

 

 

 

 トリプルティアラを獲った。エリザベス女王杯も,有馬もジャパンカップも…URAファイナルズも優勝することができた。充分すぎるほどの戦績を讃えられ,アタシはいつからか〝女傑〟と世間から呼ばれるようになった。

 

 だけどそれはアタシ1人で掴んだ栄光ではない。恐れ知らずに目の前の勝負にタイマン挑むアタシを陰ながら支えてくれたトレ公がいたからだ。

 

 3年前,模擬レース前からアタシにトレーニングを提案してくれた。悩みも愚痴も全部聞いてくれた。時には喧嘩もした。レースの時には誰よりも声を掛けてくれた。URAで優勝した時,年甲斐もなくボロボロと泣いていたトレ公を見てアタシは嬉しかったし,もっと好きになった。

 

 それと共に独占欲も強く,深くなっていったのをアタシは感じていた。誰にも渡したくない。彼をアタシだけのトレーナーにしたくてたまらなかった。だから,温泉旅行券を当てた時はこれ以上ないチャンスだと思った。そしてアタシの思いを全部彼にぶつけた。

 

 そして彼は応えてくれた。アタシを好きだと,一緒に居たいと言ってくれた。そして今まで溜め込んでいた全ての感情を互いにぶつけ合った。

 

 トレーナーという仕事に誇りを持って,誰よりもアタシを大事にしてくれて…だからこそもどかしくて。彼の理性をドロドロに溶かして本心を晒した。アタシらしくもないタイマンだけど,そこまでする程アタシは彼をオトしたかった。欲しくて,欲しくて仕方がなかった。だから利用した。皆が思い描く〝ヒシアマ姐さん〟としてのアタシを。〝女傑〟としてのアタシの存在を。

 

 それだけトレ公を独占したかったのだから。他のウマ娘には渡したくない。それを抑えられるほどアタシはできた女じゃない。

 

 ありとあらゆる女の武器を全部使って,アタシはトレ公の退路を丁寧に潰して。そしてーそして…手に入れたのは一瞬の幸せと,彼を追い詰めてしまった現実だった。

 

 「ご、ごめんアマゾン!俺は…俺は君になんてことを…!」

 

 あの一夜から明けた朝,アタシの姿を見るや否や彼は顔を青ざめて,頭を床に擦り付けながら謝ってきた。背中は震え,アタシより大きいはずなのにずっと小さく見えた。

 

 「トレ公…アタシは気にしてないよ?寧ろ嬉しかった。だからさ,顔あげなよ?な?」

 

 アタシは震えるトレ公の肩に手を置くと、彼の体は跳ねる。そして恐る恐る上げられた顔には彼が自身に向ける後悔の色で染められていた。

 

 「でも俺は…まだ学生の君に手を出したんだ…君が許しても社会は許してくれない…それほどの事を俺はしたんだ…君の好意を,本気の気持ちを受けて,思い上がって!感情に任せて!まだこれからだって時なのに俺は!俺は…最低だ…!」

 

 そう話すトレ公の言葉は震えて,目から涙が溢れた。自分を責めるばかりの,悲しい程冷たい滴が次から次へと流れていく。

 

 待って,待ってよトレ公…アタシが望んだのはそんな顔じゃない。泣かせたくなかった。後悔させたくなかった!アンタの気持ちもアタシの気持ちも間違いなんかじゃない!アタシはただ!ただ…

 

 アタシもそこで気づいた。いや,気づかされた。

 

 そうだ…そうだよ。何がタイマンだ。何が女傑だ。何が皆の頼りになる〝ヒシアマ姐さん〟だ。

 

 アタシがしたことは,彼の純粋な好意を利用しただけだ。卑しい女の策略だ。最低なのはアタシの方だ…

 

 そこからの旅行のことはあまりハッキリと覚えてない。ただ,会話もぎこちなくて視線も合わなくて…今まで2人で駆け抜けた3年間はなんだったんだろう。そんな気持ちがずっと頭から消えることはなかった。気づいた時には学生寮の自室に戻っていた。

 

 「うっ…グスッ…ウァァ…ごめん,ごめんなさい…」

 

 誰もいない明かりのない自室で,アタシは彼の名前を呼びながら声を押し殺して泣いた。それで彼が許してくれるはずもないというのに。

 

 そこから何日か経つも,一度できた溝は埋まらないままだった。いつものトレーニングも,ミーティングも最低限の会話だけで終わっていた。それでも,気づけば当たり前のように作っていた彼の分のお弁当だけは欠かさなかった。それだけがアタシ達を結んでくれていた。

 

 そんなある日,彼から帰ってきた洗われたお弁当箱を見ると随分とボロボロになっていることに気づいた。所々擦れて大分使い込まれたお弁当箱。そういえばもう2年半は使い続けているのだから,当たり前といえば当たり前だ。

 

 (まだ使えない事もないけど交換時だね…それとも…もう作るのを辞めるきっかけになるのかな…)

 

 アタシは古くなった弁当箱を撫でながらそんな事を考える。あんな事をしてしまったのに,トレ公はアタシの作ったお弁当を律儀に受け取って、毎回綺麗に食べて洗ってから返してくれた。それも気づいたらできていた習慣だった。

 

 今日はコレが美味しかったと。また食べたいと嬉しそうに笑うトレ公との会話を思い出す。幸せな時間だった。戻れることなら戻りたい。だけどそんな都合の良い話なんてあるわけがないなんてことは分かってる。分かってるんだ…

 

 カチッ,カチッと時計の音が響く学生寮のリビング。消灯時間をとうに過ぎているというのに,アタシはボンヤリとソファに1人座っていた。手の中にはカップが収まっているが,中に入れていたコーヒーはとっくに冷めている。

 

(どうしたいんだろうね,アタシは。)

 

 トレ公に惚れて,どんどん好きになって。他の娘に取られたくなくて。彼の好意を利用して…しまいには震えて泣かせるくらい後悔させて…深い傷を負わせて…

 

 真面目な彼の事だ。責任から逃れるように辞職する手段は選ばないだろう。だけどアタシを他のトレーナーやチームに移籍しようにもその理由を他人に話せるはずもない。八方塞がりにしてしまったのは他ならぬアタシのせいだ。

 

(そうだ…そうだよ。アタシのせいでこうなったんだ。好きな人を苦しめたんだ。だったら…それを救えるのもアタシだけだ。他の誰でもない,彼の担当バであるヒシアマゾンただ1人じゃないか…!)

 

「もう一度…タイマン勝負といこうじゃないか。アタシららしく,ね。」

 

 そうと決めたらあとは行動するだけだ。アタシは休日にショッピングモールに行って彼に合いそうなお弁当箱を購入した。2段タイプの黒色の大きめのお弁当箱だ。好き嫌いはないから献立には困らないけど,彼が特に好きなオカズの材料も帰りの商店街で買い込んだ。

 

 特別な事じゃなくていい。アタシがトレ公のためにご飯を作って,彼がそれを受け取って。「美味しい」と笑う顔が見たい。それだけだ。最初はそんな小さい事がすごく嬉しかったんだ。

 

 それが段々と大きくなって,歪んでしまった。だから,あんな事をしてしまった。

 

 言い訳するつもりはない。事実から目を背けるようなことはアタシも嫌いだ。だから,今の気持ちぜーんぶ込めて,アタシはトレ公にタイマンを挑むから。だからさ,トレ公。もう一度だけアタシのわがままに付き合ってくれないかい?ちょっと前のアタシらみたいにさ。

 

 

「やぁ、トレ公。お弁当持ってきたから,お昼にしないかい?」

 

「うん,ありがとう。俺は奥で食べるからさ。アマゾンはー」

 

「い っ し ょ に 食 ベ る の !」

 

「あ,うん…分かった。お茶,持ってくるね。」

 

 彼女らしくない我儘な口調にビックリするも,俺は奥の簡易キッチンに行く。慣れた手つきでお茶を用意し,湯呑みに注いでキッチンから出れば彼女は部屋のソファに腰を下ろしていた。

 

「はい,熱いから気をつけてね。」

 

「ありがとなトレ公。」

 

 彼女の前に湯呑みを置き,対面のソファに俺も腰を下ろす。そういえば,少し前までは隣同士で座っていたんだっけ…

 

(何を今更…もう戻れるわけないのに)

 

 俺は自分の担当バに最低な事をした。それでも変わらずお弁当を作ってくれる彼女に甘えて,黙って受け取る俺はどこか彼女と少し前のような関係に戻りたいと願っているのだろう。全く情けない話だ。

 

「今日のお弁当はさ,ちょっと自信あるんだ。」

 

「へぇ…アマゾンの料理はいつも美味しいから,それを聞くと楽しみだよ。」

 

「だろ?だからさ,早く開けてみてくれないかい?」

 

 そう笑うヒシアマゾンだが,いつもの自信あふれる炎のような紅い瞳は不安そうに揺れている。耳も垂れてしまっている。元々感情を隠すのが下手だったけど,変わってないなぁと俺は小さく笑った。

 

 そんな彼女の視線を受けながらお弁当箱の包みを開ける。そこには前まで使っていた古い弁当箱ではなくて,新品の黒の2段弁当が置かれていた。

 

「これ…」

 

「前のやつ,大分古くなってたからさ。ちょうどいいかな,って思ったんだけど…余計なお世話だった?」

 

「そんな事ない!ちょっと驚いたけど…嬉しいよ。ありがとう。」

 

 そう本心を伝えれば彼女の尻尾がピン!と張った後にパタパタとソファの上を叩く。顔も若干赤くなって照れているのが丸わかりだった。

 

「そ,そうかい!ほら,それが本命じゃないからさ!早く中身見てくれよ!」

 

「ハイハイ。中身はなんだろうな…」

 

 照れ隠しのようにそう急かす彼女の言葉に従って蓋を開ける。なんだかこんな風に話すのは久しぶりな気がして嬉しく感じる。そして蓋を開けた1段目を見て俺は「あ…」と小さく呟いた。

 

 そこには,俺の好物ばかりが並んでいた。

 

 彼女お手製の卵焼きや味の染みた煮っ転がし。アスパラのベーコン巻きに茄子の挟み揚げ。お肉ばかりではなくてレタスやミニトマトも入っていて彩りも栄養バランスもバッチリだった。

 

 そして2段目には手間がかかるであろう炊き込みご飯が入っていた。きのこと鶏肉がたっぷり入った,俺が特に好きな料理だった。

 

「これ…」

 

「考えたんだ。アタシなりにトレ公に何かできないかなって…でもアタシはフジみたいに派手なことはできないから…こんなことしか思いつかなかった。」

 

 膝の上で手を握りながら,彼女はボソボソと話し始める。

 

「あの時…アタシ必死だったんだ。トレ公がチームを持つよう上から言われているのを聞いてさ。沢山の娘達からアドバイス求められて答えるのも見て…アタシ以外の娘の匂いを纏っているを感じるたびに胸の奥が苦しくて…仕方なかった。

 

だから,トレ公がアタシに向ける好意や視線を全部利用して…告白して,逃げられないように追い詰めて…必死に耐えるトレ公の気持ちを台無しにした…卑しいったらありゃしないよね。」

 

「アマゾン…」

 

話すうちに彼女の声は震えていた。顔は俯いているが,ポロポロと涙が落ちてスカートを濡らしているのがハッキリと俺の目に映った。それでも彼女は話し続ける。

 

「折角トレ公は,アタシの為に温泉連れてってくれたのに…アタシはそんな優しいトレ公の気持ちを台無しにした…!今までの3年間,トレ公との時間も全部…!あんな顔させたくなかった!

 

都合のいい女だっていうのは分かってる!でも…それでもアタシはー」

 

「ヒシアマゾン!」

 

「ヒッ!」

 

俺は彼女の自責の言葉を止めるように,強く名前を呼んだ。それに彼女は驚き,顔を上げてくれた。そこにはいつもの豪快な女傑ではなく,年頃の怯えた少女がいるだけだった。

 

俺は席を立ち,彼女の隣へと移動する。そしてまだ涙の収まらないヒシアマゾンを優しく抱きしめた。

 

「トレ公…やだ…離してよ…」

 

「なら,ウマ娘の膂力に任せて振り解けばいいだけだろう?本当に嫌なら,とっくにやってるだろうけど…」

 

そう話してもヒシマアゾンは俺の腕の中でジッとしてくれた。俺はそれを確認して話し始めた。

 

「ねぇヒシアマゾン…君がそういうなら俺だって狡い男だよ。」

 

「え?」

 

「だってそうだろ?トレーナーと学生の身分だからって言い訳して,君の好意に甘えてばかりでさ。君の気持ちに気づかずに辛い思いさせて,あんな事をさせてしまうくらい追い詰めてしまっていた。だからあの一件は俺の所為でもあるんだ。なのに,君にばかり辛い思いをさせてしまっている。トレーナー失格だよ。」

 

「そんな事…「でも!」ッ!」

 

「あの時,俺は君に告白されて嬉しかった。俺の言葉も嘘じゃない。本心だ。いつも寮の皆のために頑張るところ好きだ。料理上手で,家庭的なところが好きだ。レースでライバル達と正面から立ち向かう豪快な走りが好きだ。お化け屋敷やホラー映画が苦手なところも,勉強が苦手なところも。ぜーんぶひっくるめて俺はヒシマアゾンが大好きだ!」

 

 恥ずかしい事を言っている自覚はある。体は緊張で熱くなるし,汗が出るのも感じる。腕の中のヒシマアゾンの体は俺以上に熱くなっているのを感じるが,構うものか。

 

 ヒシマアゾンが,俺の愛バが。悩んで,苦しんで,悲しんで,それを乗り越えて。できることはないかって必死になってくれたその姿に答えなければ,俺は彼女の横に立つことはできないのだから。ならば,腹を括れ。過去にしてしまったことも,現実も全部受け入れろ。そうしなければ,彼女に追いつくことなど敵わない。

 

「アマゾン…俺も君も色々と急ぎすぎたんだ。だからさ,もう一度やり直そう。」

 

そう言って抱きしめていた彼女を話し,顔を合わせる。ヒシマアゾンの顔は真っ赤になって,耳もピコピコと忙しなく動いている。

 

「アタシ,酷いことトレ公にしたんだよ?」

 

「それは俺も一緒だよ。」

 

「トレ公の好意を無碍にしたんだよ?」

 

「そんなことない。」

 

「こんなアタシと…一緒にいてくれるの?」

 

「君が望むなら,いつまでも。」

 

 しばしの沈黙が2人の間に流れる。だが,ヒシアマゾンは口を震わせて,何か言いたそうにするが言葉が出てこないでいた。それを見て腕を広げれば彼女は再び俺の胸に飛び込んできた。俺はそれを受け止めて,彼女の背中に腕を回した。

 

「トレ公…トレ公,トレ公!ごめんなさい!あんなことしてごめんなさい!でも…それでも好きなんだ!アンタのことが好きで,好きで仕方ないんだ!」

 

「俺もだよ。だからアマゾン。もう自分を許してあげて。」

 

「ヒグ…うう…うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 彼女がここまで泣くのは初めて見る。だけど,それを俺に見せてくれたのがなによりも嬉しく感じた。大声を上げて,子供のように泣きじゃくる彼女の背中を俺はポンポンとあやすように撫で続けた。

 

 

「うぅ…グスッ…恥ずかしい…」

 

「あー…目,擦らないで。今濡れタオル持ってくるからさ。」

 

 結局、ヒシアマゾンが泣き止む頃には昼休みの時間はとっくに過ぎてしまっていた。あの状況で授業に出させるわけにもいかないので,午後は彼女は休校というふうにさせて貰った。たづなさん辺りに後で何か言われるだろうが,そこはなんとかするとしよう。

 

 ヒシマアゾンは今はトレーナー室の仮眠ベッドの方にジャージ姿でうつ伏せになっている。まぁ俺もスーツが濡れてしまったのでジャージ姿なんだけど…そして時折恥ずかしそうな呻き声が聞こえるが,可愛くて仕方ない。

 

「また新しい一面が知れて嬉しいよ,俺は」

 

「なんでトレ公そんなに余裕なんだよ…あの時は死にそうな顔してた癖にさ…」

 

 濡れタオルを渡した際に枕から顔を上げた彼女は恨めしそうにこちらを睨む。うん,もう何をしても可愛く見えるのは彼女に惚れた弱みだね。

 

「大人なんてそんなもんだよ。そんな男に惚れたのは君だろう?俺も人のこと言えないけど。」

 

「〜ッ!トレ公のバカ!そんなやつこうしてやる!」

 

「ちょっ!危ないって!」

 

 顔を真っ赤にしながらヒシアマゾンは俺の腕を引っ張ってきた。その勢いのまま俺はヒシアマゾンの腕の中に閉じ込められる。

 

「んなっ!これは流石にマズイって!」

 

「ヘヘッ,アタシだって散々恥ずかしいところ見られたんだから,これでおあいこだろ?」

 

 視線を上げればいつものように笑うヒシマアゾンの顔がそこにあった。

 

「なぁ…ヒシアマゾン。」

 

「なんだい?」

 

「君が卒業したら,何処かで一緒に暮らさないか?そして,君の両親にも許しを貰えたら,結婚しよう。」

 

「んなっ!?」

 

 また顔を赤くして目を丸くするヒシマアゾンをジッと見つめる。ヒシアマゾンは「うぅ」とか「あぅ」としばらく呻いたあと,俺の顔に視線を向けた。

 

「分かった…分かったよ!ただし!在学中もトレ公の部屋には行くからね!休みの日もデートとか付き合ってもらうから覚悟しな!」

 

「え,それ生殺しにならない!?あとメディアや他の娘達にそんなところ見られたら大変なことにならない?」

 

「…言っとくけど,互いに認め合ったらトレーナーとウマ娘が付き合うのは暗黙のルールみたいな感じで咎められないんだよ。卒業後にトレーナーと結婚するウマ娘なんて珍しくもない。フジやブライアンだって自分のトレーナーと付き合ってるし…理事長もそこらへん寛大だしね。アタシの両親もトレ公のこと認めてるし,多分大丈夫だと思うよ。」

 

 待って,俺そんなこと知らない。ていうかあの2人のトレーナー何やってんの?それに俺たちがあんなに悩んだ意味って…嘘だろ?

 

 今度は俺が頭を抱えると,ヒシアマゾンは小さく笑って俺の額にキスをした。

 

「ヘヘッ…そんなところも好きだよ。これからもよろしくな,  」

 

 優しく微笑見ながら俺の名前を呼ぶヒシマアゾンの目にはもう不安なんてカケラもなかった。俺はそんな彼女の頬に手を添えて,今度はこちらから顔を寄せる。そしてまた互いに照れたように,笑うのだった。



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